最低点
本日、セント・エルモ学園では一年生の学年集会が行われる。一年生全員が体育館に集められ、中間テストで最低点を取った者が発表されるのだ。
そう、行われるのは集会という名の晒しあげであった。そして、Dクラスで晒されるのは只野なのである。また入学式以来、久しぶりにAからDまで全てのクラスが顔を合わせる日でもある。
もっとも、木杉にとって他のクラスなど興味ない。暗い表情で集会の開始を待っていた。
やがて壇上に学園長が現れ、お決まりの挨拶をした。続いて、Aクラス担任の武本欣也が進み出てくる。背が低く足が短く、全体的にこじんまりとしていた。ただし、顔だけは異様に大きい。顔の大きさだけを比べたら、二メートルの大男と同レベルなのではないだろうか。
その武本は、マイクを手にして喋り出す。
「いいか、お前たちぃ! ここにいる加藤悟はぁ、中間テストで最低点を取った! 先生は恥ずかしい! エリート揃いのAクラスの中で、こいつはずば抜けてひどい得点だった!」
皆に向かい芝居がかった口調で語った後、横を見た。
「コラ加藤、出て来い」
その声の数秒後、震えながら出てきたのはひとりの男子生徒であった。線が細くメガネをかけており、真面目なだけが取り柄という風貌である。このような場になれていないのか、体はガタガタ震えており今にも泣き出しそうだ。
しかし、武本は容赦しなかった。
「おい加藤、皆の前で言うんだ」
直後、耳に口をつけ何か囁く。
加藤は、顔を歪めて首を横に振った。拒絶の意思を表しているようだ。しかし、武本は許してくれそうもない。鋭い表情で、じっと睨み続けている。
やがて、加藤はこくんと頷いた。マイクを手に口を開く。
「ぼ、僕はAクラスにいながら、中間テストで最低点を取ってしまいました。Aクラスの名誉を汚してしまい、どうもすみませんでした」
直後、加藤は壇上でしゃがみ込む。額を床に擦り付けたのだ。泣きながら、皆の前で土下座させられている。
その様子を、武本は嬉しそうに見下ろしている。ややあって、彼はマイクを手にした。
「Aクラスのみんな、こんなバカが迷惑かけて申し訳なかったな。こいつは、これからBクラスの寮に入る。そこから心機一転して出直すからな」
そんなことを言ったが、誰も返事などしない。冷たい目で見ているのは、まだマシな方だ。Aクラスの大半は、携帯電話をいじっていた。そう、Aクラスは授業中であっても携帯電話の使用は許可されているのだ。クラス間の格差は、こんな所にもある。
武本が加藤を引っ立てていくと、続いてはBクラスの番だ。進み出て来たのは、パンツスーツ姿の女教師である。
この女性こそ、Bクラスの担任である中口貴美江だ。二十七歳と、担任教師の中でも若い。端正な顔立ちであり、他クラスの男子生徒たちの視線を釘付けにしてしまう。
しかし、次の瞬間に空気は変わった。
「お前たち、よく見ておくんだ。我らBクラスは、Aクラスへの下剋上を狙える位置にいた。なのに、このバカ者が全てを台無しにした」
そう言うと、横を向いた。
「さあ卑怯者、出て来い」
言われて出てきたのは、先ほどの加藤とは真逆の雰囲気の少年だった。髪型や顔立ちから見るに、クラスでも目立つタイプだ。もっとも、顔色は真っ青である。
「この沢田はなぁ、よりによってテスト中に不正をした。カンニングだよ。おかげで、こいつの得点は全て〇点だ。Bクラスの皆が頑張っていたことを、先生はよく知っている。テストの平均点もクラス内ポイントも、Aクラスといい勝負をしていた。なのに、こいつのせいで水の泡だよ!」
中口は、そこで皆を見回す。
「Bクラスのみんな! こんな奴をクラスメイトだと認めるのか!? カンニングなんて最低の行為をするクズを!?」
そんなことを言ったのだ。
あまりのひどさに唖然となる木杉たちだったが、本番はここからだった。
「認めねえ!」
「認めたくない!」
「認められない!」
Bクラスから、次々と声が飛ぶ。沢田はというと、いても立ってもいられず泣き出してしまった。
そんな沢田を、中口は冷酷な表情で見ていた。ややあって、彼の襟首をつかむと強引に引っ立てていく。
木杉と星川は、思わず顔を見合わせていた。噂には聞いていたが、あまりにもひどい仕打ちだ。今時、こんなことが許されていいのだろうか。
続いては、Cクラスの担任・徳原俊介が前に出てきた。軽薄そうな顔つきと、スラリとした体型をスーツに包んだ若い男だ。
徳原は、面倒くさそうに横を向いた。
「おい須藤、こっち来い」
言われて出てきたのは、以前にDクラスへ嫌がらせをしに来た生徒だった。その時は傲慢な顔つきで、Dクラスの教室を我が者顔でのしのし歩いていた。
しかし今、当時の面影はどこにもない。死人のような顔つきで、ガタガタ震えながら進み出てきた。この少年の横暴な態度を間近で見ていた木杉ですら、哀れに思うほどの惨めさであった。
そんな須藤に向かい、徳原は微塵も興味なさそうな顔つきで口を開く。
「はっきり言ってさ、お前みたいなのに時間を割くこと自体が、他の生徒に迷惑なんだよな。なあ、さっさと辞めちまえ。その方がお前も楽だろ? そう思わないか?」
聞いている須藤は、今にも泣き出しそうだ。しかし、徳原は容赦しない。
「ま、お前がどうしようが先生は知らない。好きにしてくれよ。お前みたいなゴミクズに、これ以上の時間を割くのももったいないからな。以上」
そう言うと、ガタガタ震えている須藤を引っ立てて連れて行った。
残るは、Dクラスの担任・玉川である。彼は、もったいぶった態度で前に出てきた。
その瞬間、木杉は我慢できなくなってきた。こんなくだらんイベントに、只野を参加させたくない……木杉は、拳を握り前に歩き出そうとする。
だが、そこで彼の肩をつかんだ者がいた。誰かと思えば芳賀だ。彼女は、平静な顔つきで口を開く。
「只野くんなら大丈夫。こんな連中には、絶対に負けないから」
そのセリフの直後、玉川の演説が始まる。
「一年生の諸君! 覚えておきたまえ! 世の中の全ての人間は、勝ち組と負け組とに分けられる。まあ、こんなことは、このセント・エルモ学園に入った時点でわかっていることだろう。だがしかし! そんな簡単なことすら理解できていない愚か者がいる!」
マイク片手に語る玉川。その表情は恍惚としており、自分に酔いしれているかのようだった。
少しの間を置き、玉川は横を向く。
「この学園で、もっとも愚かな最底辺の男……只野聖斗! 出て来い!」
何やら芝居がかったセリフの直後、横から出てきたのは只野だ。なぜか首を傾げており、右手を顔の位置まであげ忙しなく動かしている。その動きは、オーケストラの指揮者のようだ。他の生徒の視線など、完全に無視している。
見ている生徒たちの口から、プッという声が漏れた。吹き出しているのだろう。だが、玉川は面白くなかった。この状況に、全く動じていない只野を凄まじい形相で睨みつける。
「いいか、よく覚えておけ。お前はな、一生負け組だ! この先ずっと、負け組として生き続けるんだ! その頭に叩きこんでおけ!」
その言葉に、只野はようやく玉川の方を向いた。
次の瞬間、彼は驚くべき行動に出る。なんと、玉川の持っているマイクを引ったくったのだ。
さらに、信じられないことを口にする──
「マケ組? それはアレですか? ヤクザですか? 僕にヤクザになれと? いや、怖いから無理ですね」
途端に、玉川の顔が真っ赤になる。
「何だとお! 貴様! 私をナメてるのか!」
「ナメてませんよ。だいたい、ナメたらお腹壊しそうだし」
「こ、この野郎! もう許さん! お前を殺す! 絶対に殺す!」
金切り声をあげ、只野につかみかかる玉川。しかし、さすがに暴力はマズいと判断したらしい。他の教師たちが割って入り、ふたりとも連れ出されてしまった。
当然ながら、生徒たちは笑っている。先ほどまでの空気は、完全に壊れてしまった。学園による恐怖政治と権力行使の場だったはずが、和やかな雰囲気で幕を閉じようとしていた。
しかし、ひとり驚愕の表情を浮かべている生徒がいたのだ。Aクラスのトップである桜小路力也である。
「嘘だろ? あの只野とかいう奴、アメリカのベネディ家のパーティーで見かけたぞ?」
ベネディ家……かつてアメリカ大統領を輩出し、その後もアメリカの政治に大きな発言力を持つ富豪の一族である。
そのベネディ家の開催するパーティーに、力也も出席したのだ。日本人でこのパーティーに呼ばれたのは、桜小路財閥の人間だけかと思っていた。
しかし、パーティーには日本人の少年がいた。よりによって、浴衣姿で歩いていたのだ。
その上、アメリカでもトップクラスの起業家であり富豪でもあるイーデス・マスクに、日本の麩菓子を勧めていたのだ──
「只野聖斗……何者だ?」




