第21話 スコアブック
放課後。
いつものように、僕たち3人は部室で談笑していた。
「最近、少人数の部活からの依頼が多いよな」と直臣が言う。
「というか、この学校って変な部活が多いでしょ」由紀乃が答える。
「それ言う? 一番変なのはこの部でしょ」
僕が言うと、3人で顔を見合わせた。
「そりゃそうだ」
そう言って笑った。
そのとき、部室のドアが開いた。
入ってきたのは、バスケットボール部のユニフォームを着た男子だった。
直臣がすぐに言う。
「お帰りください」
「まだ何も言ってないぞ」
「また何かなくなったんですか?」
僕が聞く。
「なくなった? ああ、優勝カップのことか。まあ、なくなったと言えばなくなったか」
「今度は何を?」と直臣が聞く。
「スコアだ」
「スコア?」
バスケットボール部には、練習試合や公式戦の記録を残しているスコアブックがある。
その中の一試合だけ、第4クォーターの途中の得点が黒く塗りつぶされ、その上から別の数字が書き直されていた。
「誰がやったのかわからないんです」
バスケ部員は言った。
「顧問には?」
由紀乃が聞く。
「まだ報告してない。もし部員の誰かが勝手に書き換えたんだったら、できれば大事にしたくないんだ」
僕たちはスコアブックを見せてもらった。
問題の試合は、少し前に行われたA高校との練習試合。
最終スコアは、68対66。
ところが、第4クォーターの途中に書かれている「58」という数字が、黒く塗りつぶされ、その上から「60」と書き直されている。
「上から書いただけじゃないですね」と由紀乃が言った。
「何が?」
直臣が覗き込む。
「一度、数字を黒いペンで塗りつぶして、その上から別のペンで書いてる」
「誰が消したんだろう」と僕が聞く。
「そんなの、スコアをつけてた奴じゃないの?」直臣が言う。
「その試合でスコアをつけていたのは?」
「女子マネージャーだ」
僕たちは女子マネージャーを見つけ、話を聞いた。
「確かに最初は私がスコアを書いてた。でも、第4クォーターは私じゃないわ」
「では誰が?」
「1年生の控え選手にお願いしたの」
今度は、その1年生を探した。
「この前の練習試合のスコアを君が書いたんだよね?」と僕が聞く。
「第4クォーターはそうだよ」
「ちゃんとつけた?」
「もちろん」
すると直臣が、少し強い口調で聞いた。
「はっきり言う。スコアが書き換えられた形跡がある。君がやったのか?」
「そんなことするわけがない」
本人は即答した。
僕たちは、他の部員にも話を聞いた。
わかったことは次の通りだった。
スコアブックは普段、部室に置きっぱなし。
練習中なら誰でも見ることができる。
試合後、何人かの部員がスコアを確認していた。
次の大会に向けて、顧問も試合記録を確認していた。
1年生の控え選手は、その試合でミスをしてかなり落ち込んでいた。
試合後、主将がその1年生を注意していた。
「これは1年生の控え選手がやった可能性が高そうだけど」僕が言うと、「普通に考えたらそうでしょ」と直臣も頷いた。
僕たちは、もう一度1年生のところへ行った。
「本当に君じゃないんだな?」
「僕じゃありません」
「そうか」
僕が頷く。
直臣がすかさずツッコんだ。
「いやいや、そこはもっと聞けよ!」
「彼が犯人だと決まったわけじゃないから」
そう言って、僕はスコアブックを見つめた。
すると、由紀乃が突然、声を上げた。
「……ちょっと待って」
由紀乃はスコアブックを持ち上げ、紙を光にかざした。
「この60の下に、別の数字が透けてる」
「え?」
僕たちも覗き込む。
「最初に書かれていたのは……60」と由紀乃が言った。
「その上から58を書いて、その58をさらに黒く塗りつぶして、もう一度60を書いてる」
僕は目を丸くした。
「つまり……」
「60→58→60」
由紀乃が指を一本ずつ折りながら言う。
「三回、数字が書かれてる」
「まじかよ」
直臣が呟いた。
「一人が書き換えたんじゃない」
僕はスコアブックを見つめた。
「2人いる」
「となると、今までの考えは根底から覆されるな」
「そうね」
由紀乃が頷く。
「誰かが一度、60を58に変えた。その後、別の誰かが58を60に戻した可能性がある」
「改ざんは一回じゃなかったのか」僕は呟いた。
最初は、誰かがスコアを消して書き換えたと思っていた。
しかし、実際には違う。
誰かがスコアを60から58に変え、その後、別の誰かが58を60に戻していたのだ。
つまり、問題は三つある。
最初に60を58へ書き換えたのは誰か。
それを58から60へ戻したのは誰か。
なぜ二人とも、そのことを黙っているのか。
どうやら、最初に思っていたほど単純な話ではないらしい。
「でも、誰が最初に書き換えたのかは、まだ分からないわね」
由紀乃がスコアブックをめくりながら言う。
「じゃあ、試合後のことを聞いてみようぜ」と直臣が言った。
僕たちは、もう一度部員たちに話を聞いた。
「試合が終わったあと、スコアブックを見た人は?」
「俺が見たよ」一人の部員が答えた。
「そのとき、58だった?」
「いや、60だった。最終スコアを確認したから覚えてる」
「そのあと、スコアブックを見た人は?」
「何人かいたと思う。片付けの時間に部室に戻ってきた奴らが見てたな」
「1年生の控え選手は?」
「そいつもいたと思う。でも、ずっと部室にいたわけじゃない」
僕は考えた。
試合直後には、まだ60だった。
つまり、その後のどこかで誰かが60を58に書き換え、そのさらに後で、誰かが58を60に戻したことになる。
「じゃあ、最初に書き換えたのは別の奴?」と直臣が言う。
「そういうことになるわね」由紀乃が答えた。
僕たちは、再び1年生の控え選手のところへ向かった。
「なんで自分がスコアを戻したって言わなかったんだ?」直臣が聞く。
1年生は黙っていたが、やがて口を開いた。
「……怒られると思ったから」
「誰に?」
「先輩に」
「先輩?」
「先輩がスコアを書き換えたところを見たんです」
僕たちは顔を見合わせた。
「先輩は、なんで書き換えたんだ?」
「自分が出場している時間帯の失点が多かったことを、隠したかったんだと思います」
「なるほど」
僕が頷く。
「じゃあ、君は先輩を庇ったのか?」
「それだけじゃありません」
1年生は俯いた。
「スコアを書き換えたことが顧問に知られたら、問題になると思ったんです」
「どういうこと?」
「大会前なのに、部全体が揉めるのが怖かったんです。だから……僕が元に戻せば、それで終わると思って」
「つまり、先輩を庇ったというより、チームを壊したくなかったんだな」
「……はい」
僕は先輩を呼んだ。
そして、二人を前にして言った。
「二人とも間違っている」
先輩が顔を上げる。
「先輩は、自分の失敗を隠すために数字を変えた」
次に1年生を見る。
「君は、それを隠すために黙って数字を戻した」
「でも……」
「どちらも、スコアブックを正しく扱っていない」
僕は続けた。
「だから顧問には話すべきだ。ただし、処分を求めるわけじゃない。自分たちで、ちゃんと事情を説明すればいい」
二人は顧問のところへ行き、事情を説明した。
話を聞き終えた顧問は、呆れたように言った。
「そんなことで、こんなに騒いでいたのか」
「えっ」
「えっ」
先輩と1年生が同時に声を上げる。
「そんなことなんて言わないでください」と直臣が言った。
「でも、確かにスコアを改ざんするのはよくないですよ」由紀乃も続ける。
「ところで、このスコアブックなんですが」僕が言った。
「何だ?」
「この試合、最終スコアが68対66になっていますよね」
「ああ」
「第4クォーターの途中では、58から60になっています」
「ああ」
「でも、その後の得点を全部足すと……」
僕はスコアを計算した。
そして、気づいた。
「……合わない」
「何が?」
直臣が聞く。
「第4クォーターの得点を全部足しても、最終スコアが68対66にならない」
「じゃあ、何点になる?」
僕はもう一度計算した。
「67対66」
全員が黙った。
「……1点?」
「最初から1点、書き間違えてたんじゃない?」
顧問が言った。
「練習試合だからな」
「今まで何を推理してたんだよ!」と直臣。
この騒動に新聞部がやって来た。
「騒がしいが事件か?」
「深海魚が水圧でつぶれないのはなんでかって話」と由紀乃が言う。
「それだ!」そう言うと新聞部は去って行った。
「……あいつら何しに来たんだ?」と直臣が言う。
「さあ」
「……じゃあ、僕たちは何を推理してたんだ?」
直臣が頭を抱える「最初から足し算しろよ!」




