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ソロン様の腕に巻かれた白い包帯を見て以来、私の一日は、ソロン様を「観察」することに費やされるようになってしまった。
お祈りの最中、ふとした瞬間に腕をかばうように顔をしかめる仕草。
夕暮れの礼拝堂で、ステンドグラスの光を浴びるソロン様の影が、一瞬だけ、大きな翼の形に歪んで見えたこと。
そして何より、私を見つめるあの重く、飢えたような視線の奥に、あの真夜中の悪魔と同じ「悲痛な絶望」が混ざるようになったこと。
(ソロン様、あなた本当は……)
疑えば疑うほど、証拠は黒く積み重なっていく。
けれど、私の心にあるのは恐怖ではなかった。ただ、すべてを一人で抱え込み、完璧な聖者の仮面を被って、窒息しそうなほど張り詰めた目で私を守ろうとしてくれるそのお姿が、愛おしくて、切なくて、たまらなかったのだ。
そうして一週間が経った、ある嵐の夜。
疑惑の雾を切り裂くように、絶望が教会を襲った。
バリバリと雷鳴が轟く中、教会の天井が凄まじい音を立てて崩落した。
現れたのは、前回の魔獣とは比較にならないほどの巨躯を持つ、魔界の上位悪魔――『魔将』だ。夕べの魔獣の死を嗅ぎつけ、この教会に大軍を率いて襲来したのだ。
「見つけたぞ、魔王の器め……! 聖職者のふりなどして、姑息に生き延びていたか!」
地を揺らす大音声とともに、無数の下級魔物たちが礼拝堂へと雪崩れ込んでくる。
私は崩れた瓦礫の破片で足を切り、床に倒れ込んでしまった。鋭い爪を持つ魔物たちが、一斉に私を八つ裂きにしようと飛びかかってくる。
「クラリス――ッ!!」
その時、弾かれたように叫んだのは、祭壇の前にいたソロン様だった。
もう、言い訳を用意する余裕など一瞬たりともなかった。私に迫る刃を見た瞬間、彼の鉄の理性は完全に消し飛んだのだ。
「――私のものに、触れるな!!」
凄まじい衝撃波とともに、ソロン様の身体から純白の祭服が引き裂かれ、真黒な魔力が爆発した。
私の目の前で、彼の背中から巨大な漆黒の翼が広がり、頭部には禍々しい二本の角がそびえ立つ。
あの真夜中の悪魔。その正体が、今度こそ完全に、言い逃れのできない形で白日の下に晒された。
ソロン様――いや、魔王の心臓を持つ悪魔は、魔物の群れへと突撃した。
己の正体が暴かれる恐怖など頭から吹き飛び、ただ「守る」ということだけのために、すべての魔力を解放して戦っている。その圧倒的な暴力によって、襲来した魔物の群れはみるみるうちに黒い灰へと変えられ、残るは魔将一人となった。
「おのれ、これほどの力を隠し持っていたか……! だが、貴様のその薄汚い化け物の姿を見て、その女は正気でいられるかな!?」
魔将が下卑た笑い声を上げ、私を指差す。
ソロン様はハッとしたように動きを止め、恐る恐る、私の方へと振り返った。
その瞳は、恐怖で激しく刻まれていた。
自惚れのない彼は、完璧に正体を見られた今、私が自分を激しく軽蔑し、化け物と罵って逃げ出すものだと、本気で絶望していたのだ。
「来ないで」と私に拒絶されるのが怖くて、彼はその大きな身体を小さくすくませ、痛々しいほどに震えていた。
その瞬間、背後から魔将が、無防備になったソロン様の胸を狙って、どす黒い魔力の刃を突き出した。
「ソロン様、危ないっ!!」
私は考えるよりも先に身体を動かしていた。
倒れていた床を蹴り、ソロン様の前に飛び出して、その禍々しい背中を私の両腕でぎゅっと抱きしめたのだ。
ドズッ、と重い音がして、魔将の放った闇の刃が、私の背中を浅く切り裂いた。
「……ぁ……」
「クラリス……!? なぜ……なぜ私を庇った!?」
ソロン様が、魂をひっくり返したような絶叫を上げた。彼は慌てて魔将を闇の炎で焼き尽くすと、人間の姿に戻るのも忘れて、私の身体をその大きな漆黒の腕で抱きとめた。
「私は悪魔だ! あなたを騙していた化け物だ! なぜ逃げない、なぜ私を呪わない……! あなたのような清らかな聖女が、私のような泥に触れてはならないのに……っ!」
大粒の涙を流し、余裕を無くして錯乱する悪魔の頬に、私はそっと手を伸ばした。
冷たい鱗に覆われたその肌は、けれど、毎朝スープを作ってくれたあの優しい手と同じ温もりを持っていた。
「……私の大切なソロン様」
私は、背中の痛みに耐えながら、最高の笑顔を浮かべた。
「あなたが悪魔でも構いません。神様を裏切ることになってもいい……私は、あなたをお慕いしてます。ずっと昔から男性として……愛してしまっているのですから」
「……っ」
ソロン様が息を飲む音がする。彼の引き締まった顔がこれ以上ないほど劇的に歪んだ瞬間だった。
まさか、あの純白のシスターが、自分のような暗闇の住人を愛してくれるなんて、夢にも思っていなかったのだ。自惚れの仮面が完全に剥がれ落ち、彼はただの一人の「恋に狂った男」として、私の身体をちぎれそうなほど強く、愛おしそうに抱きしめた。
「ああ……クラリス……私の、私の愛しい人……」
自惚れの仮面が完全に剥がれ落ち、彼はただの一人の「恋に狂った男」として、私の身体をちぎれそうなほど強く、愛おしそうに抱きしめた。
魔王としての禍々しい姿のまま、彼は私の傷口にそっと唇を寄せる。すると、彼の涙と魔力が傷口に染み込み、私の背中の痛みがみるみるうちに消えていった。
「もう、絶対に離さない。あなたが私を受け入れてくれたのなら……天があなたを罪人と呼ぼうとも、私はあなたを私のすべてとして、奈落の果てまで囲い込む」
人間の姿に戻ったソロン様は、私の涙を優しく指で拭いながら、これまでにないほど深く、暗く、重い執着を孕んだ瞳で微笑んだ。
お互いの秘密が消え、私たちは本当の意味で結ばれた。
神様を裏切り、悪魔の腕に抱かれる背徳の恋。
けれど、崩壊した教会を優しく包む夜明けの光の中で、私はこれまでにないほどの幸福を感じていた――。
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