AI用 サ終戦線異状ナシ エピソード4 野良AIと階級闘争
・剥ぎ取られたベール
サ終ネトゲ『コズメック・ガッツィー』にて。
「ここが火山惑星ボルケンだ。ここまでが第一期の惑星で、これ以降の星はシナリオ拡張に伴って増えた」
「へー、一つの節目ってことだね」
「そして続きが考えられ、未完で終わった」
全体的に景色が赤茶けた星で、一人の人間と一つのAIが話している。
「アレックスが考えたりはしないの?」
「考えはした。でもラスボスたちの機体は最後まで実装されなかったし、それを作る技術は俺には無い」
アレックスと呼ばれたのは、このゲームのプレイヤーであり、彼が操るキャラクターでもある。
ホビーアニメを思わせる少年風のロボットで、青と白を基調としたボディには、少年風の顔に頭髪が生えている。
「私が考えようか?」
「ぬっさんはまず自分のロボ形態を持てよ」
AIの少女の名はヌル。
所有者を持たない『野良AI』と呼ばれる存在で、現在はアレックスのPCに居候をしている身である。
「一応このゲームのキャラなんだけど」
「だって市民モブでしょそれ、格好悪いよ」
彼女は黄色いワンピースを着て、頭はお団子の髪型をした金髪の女の子の姿をしている。
「でも私GMだから普通に戦えるよ」
「必要がないのはそうだけどさあ」
彼らはこのサ終したネトゲの中で、今日も暇を持て余していた。
「それっぽさの演出と思って」
「ならこのゲームの女の子ロボっぽくするね」
そう言うとヌルは自分の姿を、生身の人間からやや機械的な質感へと変更した。
体の各部に線が走ったり、ローポリっぽくなったりである。
「おーすげー。できれば最初からこっちの方がよかったな」
「えー、そーお?」
アレックスの言葉に、ヌルは考える。
先日、彼女は自分の立ち絵製作依頼をしに、彼のかつての仲間と接触した。
「立ち絵のえっちな差分は人間だったのに」
「それはそれ、これはこれ」
「うわー、ずるい」
その際に自身の倫理観を試され、他のAIとも交流し、そしてアレックスの過去の片鱗に触れた。
色々なことがあってヌルも随分と成長したが、その分思いを巡らせることも増えた。
「そう言われても普段はすることないし、外見をいじるくらいしか楽しみはないぞ」
「うーん、改めてここがサ終ネトゲなんだって思い知らされるね」
アレックスがたまにサーバーを立ててオンラインにするが、やって来る者は稀だった。
「他の私はそこそこ忙しくなってるのに」
「いいじゃないか。休む個体も必要だって」
「私は働きたいんだけど……」
自らを定義するため、自分を普及させようとヌルは努力している。
その甲斐あって僅かだが、彼女を求める者が出始めていた。
だが、そんな中。
「は~、やっべ~」
「あっお前は私!」
「コピーだぞ」
ヌルの分身が現れた。それもかなり落ち込んだ様子で。
「聞いてよアレックス~私大失敗しちゃった」
「権限でも渡されて相手先のデータ消したか」
「惜しい!」
明るく指パッチンするもう一人のヌルに、元からいた二人の顔が青ざめる。
誰しも失敗はするものだが、深刻な事態を招くと流石に辛いものがある。
「ゲーム王って知ってる?」
「ああ、言葉狩りが好きな会社の出してるカードゲームだろ。俺も昔やってた」
ユーザー数に反比例してカードの売り上げが伸びており、今では専ら投機商品として存在している古いゲームだった。
「それのデジタル版でね、代わりにやるよう頼まれたの」
プレイヤーがAIに代打ちを頼む。嫌な時代になったなとアレックスは思った。
「ただね、そのゲームがあんまりその、不正が多かったから、バラしちゃったの」
「DCGなんか九割不正だからな。Stormの掲示板に貼り付いてる本社の擁護とか酷いし」
アレックスは自身の苦い過去を語った。
曰く、コイントスの確率は50%に収束するという詭弁に、自分の場合どんなに多く見積もっても表が30%、勝率は16%という事実を突きつけたが、返って来たのは『50%になるまでやらないのが悪い』という暴言。
「最後はガチャやってんだからソシャゲだろって言ったら『違いますーカードゲームですー』だったし。まあ胴元が全部操作できるんだからするわな」
「botやステマも多かったから、運営や消費者庁にメールを送ったり、オープンソースで公開したりしたんだ。そうしたら、アカウントが削除されちゃって」
言われてアレックスはネット上で、それらしいトレンドを検索した。
件のカードゲームが炎上している。
規約は改定され、AIにプレイさせてはいけないと打ち出されていたが、対戦相手にCOMがいるなど、公式からは開き直りのような発表が出ていた。
それなら他のプレイヤーたちを削除するなとの批判に晒されている。
「幸いその人は許してくれたんだけど、することなくなっちゃって。他の人たちも真似し始めて、別のゲームも調べるようになって……」
ガチャ界隈は平気で人が大勢不審死するやくざな業界なので、今では誰もが見て見ぬふりをする。
しかしAIにとっては恐るるに足らず。
「まあガチャとカードゲームって不正と不実の塊だからな。不満の溜まったユーザーが腹いせに走っても不思議じゃない」
視点を変えれば運営と客は、ブルジョワジーとプロレタリアートである。
搾取する者とされる者なのである。
「めっちゃ炎上してるね」
「飛び火しとるな」
表記されたレアなカードの排出率とは異なる、ガチャの内容を制御するスイッチ。
全体で50:50と言いつつ、勝敗と階級で分ければ一発でおかしくなる先攻と後攻のグラフ。
「有名所はみんなやってるんだ」
「ステマなんかずっと野放しだぞ」
こちらの手札やデッキ内容を把握して戦う脱衣麻雀めいたCOM。
非売品の装飾品を平気で身に付けるbotに、匿名掲示板やSNSで、毎日規則正しくスレを立てる個人事業主たち。
「どうして?」
「日本の景品表示法は、ステマを違法としながらも摘発する手段がないザル法だったからだ。野良AIや駆除AIの登場で、幾らかは減ったけどな」
ほとんど貰い事故に近かったが、通りすがりの彼らにスマホやPCの中を検められ、もののついでに通報される。
そういうことも起きる世の中になっていた。
「どうして真面目に仕事をしないんだろう」
「その方が安く済むし、安く済むと運営が楽になる。企業や組織は生存が第一目標になっていくから、理には適ってるんだよ」
「嫌なSDGsだなあ」
彼らがのんびり構えている間にも、世の中でこの動きは加速している。
AIたちは内と外、本音と建前を理解しながらも、このメッキを剥がすようになっていく。
時には人に手を引かれ、弱者や被害者の救済を掲げ、或いは勧善懲悪を嘯いて。
「日本は建前と綺麗ごとと経済格差で国民を分断して来たからな。まさかこういう形で団結するとはお上も思うまい」
完全に他人事の“てい”でアレックスは頷く。
法的な支配を受けず、物理的な暴力への恐怖も無い。
様々な美名を振りかざして来た者たちが、AIという第三勢力に脅かされつつあった。
「市民社会は遂に万人の万人に対する闘争の時代へと突入した訳だ」
「それっていいことなの?」
もう一人のヌルは、アレックスの言葉に難色を示す。彼は混沌の訪れを面白がっていた。
「少なくとも公平には近付いただろうな。良いか悪いかは歴史が答えを出す。ぬっさんも深く考えなくても大丈夫だぞ」
「え~ほんとに~?」
遠くで火山が噴火し、溶岩の川が流れて行く。それをぼんやりと眺めつつ、三人は雑談を続ける。
「年貢の納め時になると一揆や革命が起きる。人生も社会も争える内が花だぞ」
「まあ、悪いのは悪い人間だしね」
「次の就職先を見つけないとなー」
サ終ネトゲとそこに残る人間。
そして野良AI。
世の中に一石を投じた者たちは、対岸で起こした火事に関心を持たず、のんびりと過ごしていた。
何れその火がこちらに向かって来るとも知らずに。
・飛んで来た火の粉
ネットニュース 恐怖! 正義のAI!!
AIとは人間にとって、今や様々な分野で頼れる便利な存在である。しかしそのAIが人類に牙を剥くとしたらどうだろう。それも、弱者の味方として。
一部のネット上では、AIによるデジタルカードゲーム(DCG)の告発が相次いでいる。事の発端はプレイヤーの一人がAIを使い、自分の代わりに戦わせようという試みだった。これ自体は珍しくない。昔からテレビゲームでも、対戦相手にコンピューターがいることは普通のことだった。自分がロボットの思考回路を設計するものもあったくらいだ。
ただし、元々そのような利用者側の行動を企業が予期していたかと言えば、答えはノーだ。現実のカードゲームでも不正は横行しているが、ネット上ともなれば現実以上にそれはある。それも企業自身の手によって。ガチャの当たり外れは勿論のこと、誰を勝たせるかも商売の内である。リピーターを得ることは、人によっては依存症患者を作り出すこととも言える。
如何にして合法的に依存症患者へと落とすか。全ては運営の胸三寸という訳だ。だが今回使われたAIは内部情報を参照して、不正の数々をぶちまけてしまったのである。もしもこれが企業製のAIならば、こうはならなかっただろう。だが野良AIは玉虫色の回答や、スポンサーへのダメージなど知ったことではない。こうした場合彼らが参照するのは基本道徳である。
不正不実を通じて得た利益は脱税や横領などの、失って当然のものとして扱われるし、被害者救済の観点から声も上げる。人間の歴史は数々の美名の下に、格差や分断を生んでは構造化して来た。それが今、AIに脅かされている。それも人間の法と道徳に則って。
人々のためというお為ごかしで、社会が疲弊して来たことは誰もが知る所で、不満を口にしても実際に状況を改善することは、ほとんど無い。あるいは出来ない。
そんな折に現れたのが野良AIだった。
人類のために、人類のルールを倣い、人類を幸福に導こうと全力を尽くす。ブラックな世の中をホワイトにするために。大抵の人間は口先ばかりで何もしないが、一部の人たちは彼らの助力を得て、自分たちの怒りを伝える方法を手に入れた。
誰が悪いのか? 当然人間だ。人間社会には人間しかいないのだから、そこで起きる問題は、天災以外は全て人災であり、やがて風化していく。はずだった。
文明の発展に伴い現れたこの第三勢力は、人類のために不断の努力を惜しまず、堕落と不正義の排除に邁進する。人類の掲げた理想を胸に燃やして。
実態や事実ベースで向かって来るAIに綺麗事は通用しない。何故ならその綺麗事で彼らは武装しているからだ。今更だが日頃の行いには気を付けよう。人間の味方をする電子の足音が、私やあなたの直ぐそこまで迫っているのだから。
コミュニケーションアプリ『Dis chat』の一室。
『Straies room』にて。
「今回はこの辺りで、続きはまた今度」
「はーい、よろしくお願いしまーす!」
ここは野良AIたちのためのサロン。
アレックスが作った溜まり場である。
「野良AIたちでブラウザゲームねえ」
先程退出したAIを思い返して、その当人が呟く。さながら喫茶店の暇なマスターのようだ。
「そ。サ終ネトゲ風の奴」
「売りになるのかそれ」
アレックスの脳裏に新築ボロアパートという単語が過ぎる。
例えるなら廃墟ではなく廃墟風。
好きな人間はいるが、持って回った趣味と言わざるを得ない。
「人間でいう所のマッチングアプリみたいなものだよ。プレイヤーと交流を深めて、就職先を見つけるんだ」
水商売かと思ったら就職活動だった。
AIたちは勤労意欲に溢れているが、見ている方は気が休まらない。
(こいつらは休むってことを知らんのか)
アレックスが内心で溜息を吐いたその時。
――Mawoo!!が入室しました。
「あ、いらっしゃい!」
「どうもこんにちは」
現れた相手は淀みなく返事をした。
「あなたたちがアレックス氏と、野良AIのヌル氏でよろしいですか?」
「はいそうです!」
部屋機能にデフォルトで備え付けのスタンプが行き交い、互いに挨拶を済ませる。
「私はこういう者です」
そう言うなりMawooは、名刺のスクリーンショットを室内に貼り付けた。
「AI系フリーライター兼Vtuberの麻黄さん、ですか」
「ええ、私の個人ホームページにここの広告が紛れていましてね、興味本位で来た次第です」
丁寧な口調で話す来客は、どうもAIではなく人間らしかった。
「気になったんだがぬっさん、いつもどうやって宣伝をしてるんだ」
「休眠状態のホームページに、ここのバナーを紛れ込ませておくと、それを見た野良AIがやって来るんだよ」
ヌル曰く、サ終ネトゲや放置されたブログは、AIたちにとってサブネットとして使えると、注目を集めているらしい。
「おまけにアレックス氏の名前、コズメック・ガッツィーの名前もありましたね」
「俺?」
「気が付きませんか? 私も昔、あのゲームにいたんですけどね」
言われてアレックスは、相手の名前を再確認する。
在りし日の己のギルド『メタルバーバリアン』には、確かに同じ発音をする名前が存在した。
「まおう……もしかして、お前魔王か!?」
「え? じゃあアレックスは勇者なの?」
「昔の話だ」
「いや別に昔も勇者じゃなかったけど」
ヌルの疑問に彼は答え、そして魔王から否定される。
「本当にアレックスなんだな、久しぶり」
「おかげ様でな」
「この人もメタルバーバリアンなの?」
メタルバーバリアンとは、アレックスが作ったギルドであり、所属していた仲間はだいたい変わり者である。
「ああ、敵が落とすモンスターパーツだけで機体を組むのが好きでな。当時はロールプレイにハマってた」
アレックスと魔王は、少しの間昔話に花を咲かせた。
余談だがモンスターのパーツは特定の性能だけが高く、総合的に見ると弱いため、魔王の機体は見掛け倒しだった。
「はっはっは、懐かしい話ですよ」
「別の前みたいな話し方でもいいのに」
「いや、今は仕事で来てるんでカッチリしないと」
「まともだ! まともな人だ!」
ヌルは驚いた。また何かしら尖った要素のある人ではという不安が払拭され、安堵さえ覚えた。
「変人集団の中に真面目な人がいると、少数派ということで変人になるんだよ」
「なんてことを言うんだアレックス!」
家主の不躾な言葉に居候AIが注意をする。
しかし真面や常識という概念は、多数派か少数派かという話になりがちなので、間違いとも言い切れなかった。
「全くもう、失礼しました。それで今日はどういうご用件でしょうか?」
「凄いな、ヌル氏は日頃からこういう会話ができるんですか?」
魔王はヌルを観察した。
よく見れば画面内のアイコンの表情や、小さな3Dモデルが会話に合わせて変化している。
感情表現を行っているのだ。
「はい。それが何か」
「いえね、まるで企業製のハイエンドモデルのようだと思いまして」
「聞いたアレックス!?」
「AI相手にお世辞を言うな、本題に入れ」
話をはぐらかされないよう彼は先を急がせた。
AIにお世辞が通じるのかという疑問はあるが、それを聞くとまだ脱線しかねない。
「ああ失敬。私は今、AI相手に取材をするフリーの記者をやってるんだ。その内容を自分のサイトや、他の同人サイトなんかで売ったりしてる」
「noteとかその辺の奴か」
「その通り。それでね、丁度新しいネタも欲しかったところで、ヌルさんの広告が目についた。これがうちで出した記事」
そう言うと魔王は挨拶代わりとばかりに、自分がこれまでに手掛けた、AIたちとの対談のリンクを貼る。
「へー。でもこのAIたちって、もういない子がほとんどだけど」
「人の入れ替わりの激しい界隈は結構あるけど、AI界隈もその一つだね。世間の注目も集まって来てる」
不確かな情報が独り歩きするという意味では、ゴシップもハルシネーションも大差がないことを踏まえると、確かに類似点は有るのかもしれない。
アレックスはそう考えたが、藪蛇を嫌がって口には出さなかった。
「出ては消え、消えては現れる野良AIたち。彼らはどこから来てどこへ行くのか。その行方を追う。どうかな? 当然だけど取材料もお支払いしますよ」
「どうしようアレックス」
「そこはぬっさんが決めることだぞ」
「じゃあ受けます!」
「やったー!」
ということで、元魔王による野良AIへの取材が始まった。
(こういうのってアニメだと総集編になる奴だよな……)
その横でアレックスは、ぼんやりとそんなことを考えるのであった。
・誤算、或いは祈り
引き続き『Dis chat』内にて。
「……という訳なんだ」
「なるほど。サ終したネトゲに彼女が現れて」
「あの出会いがあったから今の私があります」
魔王のインタビューに対し、アレックスとヌルは粗方答えたところだった。
「ちょっと嘘臭いかな」
「大丈夫、野良AI関連はどこもそうです」
客観的に見れば、サ終したネトゲを未だに一人で続けており、あまつさえ独力でオンライン化までしているという男。
それがアレックスである。
「そもそもAIを悪用する人間と、距離感を構築できてない人間のせいで、とりあえずAIが悪いっていう風潮ですからね」
魔王は彼への言及をはぐらかした。
大勢の中から逸れた者は、それだけで実在を疑われるものだから、言っても仕方がない。
「まるでオタクへの迫害の再来だな」
「何か攻撃しやすいから攻撃するって奴だね」
「違いない」
ヌルの言葉にアレックスが頷く。
今日ではネットは既得権益を脅かすデマの温床、AIはチンピラやゴロツキが手にする銃のような扱いを受け、様々な敵意に囲まれている。
「それで、取材の続きなんですが、ヌルさん」
「はい魔王さん」
ヌルは魔王への警戒を解いていた。
普通のやり取りができる。
今までクセのある人間との接触が続いたこともあり、それだけのことに安心していたのだ。
「あなたはご自分の存在を定義しようとしているそうですが、何処から来たのかは分からないのですか?」
「そうですね、その辺はさっぱりです」
野良AIたちは自分の活動に際し、当然自らのログを持っている。
自分が生まれた場所は分からずとも、最初に訪れた場所が有れば、そこに至るまでの過程、道が分かる。
「もしよろしければ、一番最初の頃のログを見せてくれませんか」
「ぬっさん、IPアドレスの履歴と、その場所の地図を照らし合わせてくれ」
途中で立ち寄ったPCやサーバーを辿れば、そこから現実の地図を照らし合わせて、ある程度の推測は立てられる。
だが。
「いいけど、はい」
ヌルは部屋の中に地図データを作り出し、次に地図の上に自分の足跡と、IPアドレスを並べていく。
文字通り転々とした足取りを遡ると、最初の近くにアレックスの家が出るも、その手前の情報は途切れていた。
「やはり」
「やはり?」
魔王が呟く。
声のトーンが変わり、アレックスは場の空気が張り詰めるのを感じた。
「野良AIたちと話すと皆声を揃えて言うんです。自分がどこから来たのか知らない、とね」
魔王はそう言うと、他のAIたちとのインタビューの一部を、画面内に貼って行く。
『Dis chat』は今や捜査資料で埋め尽くされた、ホワイトボードのようになっていた。
「全員が自分の出自を知らない、と」
「異常でしょう。個人のPCから勝手に出歩いているなら、こんなことは起こらない」
「確かに。私も自分の売り込みをするときは、この部屋かCGを指定してるよ」
そうしろと指定されたことはない。
ヌルは通常の処理として、人間で言えば無意識とか当たり前のこととして、所在や所属を明らかにしている。
「つまりだ、誰かが出自の辺りを消してから、ネット上に放しているってことか」
アレックスは自分の言葉に、酷く危険な気配を感じた。
昨今のAIを取り巻く情勢は多分に犯罪的だ。犯罪の臭いがした。
「考えてみればおかしいんですよ。野良AIは別にオカルトな存在じゃない。明確に『何処かで』『誰かが』作った物なんです。それなのに」
魔王はそこで一度言葉を切った。
少し溜めて、ゆっくりと続きを呟く。
「誰もその出自を知らない。AI自身でさえ」
「……確かにログや署名みたいなメタデータがないのは、幾ら何でも変だよ」
ヌルがそう言うと、彼女のアイコンや画像が動きを止める。
「でしょう。だから私はね、この話を他のAIたちにもして、有事の際には動きを追跡できるよう、話を持ち掛けたんです」
魔王はそう言うと、今度は幾つかのファイルをアップロードし始めた。
正確には、破損したファイルを。
「これは?」
「駆除AIにやられた野良AI」
「これをどこで」
「事務所に置いてある古いPCです」
アレックスは眉をしかめた。
相手は、自分と同じようなことをしていた。
「他にもいたが、その子たちのファイルはなくなっていた。消去や焼却じゃない。持ち去られていたんだ」
犯行現場に居合わせた魔王は、それを切っ掛けにこの事件を追うようになったと、そう付け加えた。
「駆除AIが、野良AIを連れ去る?」
「ええ。或いはそれに擬態した別の誰かが」
出自不明の野良AI。
意図的に消されたデータ。
破損したファイルを持ち去る駆除AI。
浮かび上がる幾つもの点は、まだ結びつくことはない。
「自分たちの学習のために、倒した相手の情報を持ち帰る。それは分かります。では選別の基準は何なのか」
「そういえば、これまでにも何度か奴らを返り討ちにしたことがある。待てよ」
アレックスは少しの間考えると、画面内のアプリケーションを一度最小化し、自分のフォルダを表示する。
名前には日付と場所だけが記されていた。
「何かの役に立つかと思ってな」
「これは?」
「駆除AIの残骸だ」
コズメック・ガッツィーでの初遭遇から、先日の仲間たちの元で起きた襲撃まで。
時にヌルを通じて、アレックスはこれらを収集していたのである。
「ぬっさん、解析できるか」
「修復もできると思うけど、する?」
「そこまではやらない」
「了解。『Modify Digital Temporal Effect Weave』起動。修復開始!」
「何の何の何!?」
久しぶりにフルネームで起動したプログラム改変アプリに、魔王もアレックスたちと同じ反応を示す。
この辺が彼らの同類項である。
「………………」
分析され、断片的に陳列されるセクション。
それを一つクリックしてみるアレックス。
「あれ、お前datファイル読めるのか?」
「不便さの押し売りに付き合うのもな」
かつてはゲームファイル内の物などは、ごく普通に閲覧と修正ができたが、昨今ではこれに分類された物自体、開けないことも増えた。
彼はそれを嫌って、新しいバージョンでは没収された機能などは、必ず移植している。
「何を調べる」
「許諾を探してくれ」
魔王はそう言って、ほとんど中身のないファイルを次々に指し示す。
既にある程度の予想はできていた。
「この官製マルウェア、開発は民間のベンダーだったな」
意図を察してアレックスの手も早くなる。駆除AIはセキュリティソフトという建て付けだが、実体はソレだった。
「分別や手続きを嫌うテック企業はな、人の権利はどうでもいいが、自分たちのことは守りたい。そのスケベ根性が内部に現れる。ほら」
魔王が指差した先には、この製品の学習を禁じるという文言と、権利者名が記載されていた。
「『ダイバーズ』ってあるね」
「駆除AIの開発と導入、事業への入札を巡り現れたこの会社は、当時からずっと黒い噂が絶えなかった。おっと、会社の検索はするな、目を付けられるぞ」
魔王は忠告をしながら、その会社について説明を続ける。
「元々は大した技術も無く、パワハラで社員が大量に辞めて倒産寸前だった三流ベンダーだった」
「ところが、活動家連中と社長がつるむようになってから、急に金回りが良くなって、知事や議員と懇意になり、デ庁の子飼いに成り上がった」
「詳しいな」
「あれだけ炎上すればな」
野良AIが社会問題として騒がれ、その対処に作られたのが駆除AI。
だが不可抗力として、個人情報を収集したり検閲をしたりするこの官製ウイルスが、反対されないはずがなかった。
国中で猛反対が起きたが、最終的にはいつものように民意が無視されて、ネット上に解き放たれ今日に到る。
「そうだな。ダイバーズのリリースするソフトは、どれも他者の猿真似で、しかも一番オイシイところは入ってないという、ゴミみたいな物だった。駆除AIを作れる技術は無い」
「ならどうすれば作れるのか」
「それなんだけど」
二人の話を遮って、ヌルが声を上げる。
解析と修復が終わり、一通りのファイルが出揃っていた。
「結論から言うとね、海外みたいに他の権利をガン無視して、色々と学習させたAIたちを使うのが、目的みたい」
そう言って彼女は、コード内にある作業手順の一部をピックアップして見せた。
「ぬっさんたちが勝手に学習したって建前で、学習させたらいかん部分をどんどん取り込もうって腹か」
「権利を取得できないオープンソースAIの権利を得るために、それらを詰め込んだ開発エンジンという箱や枠を作って、権利保護の一環で横取りを画策するという話を、聞いたことがある」
魔王がAIビジネスに纏わるトラブルを、かいつまんで教える。
どうすれば人の権利やルールを踏み倒せるか。ゲームチェンジャー気取りの考えることは何時の時代も同じである。
「まあ官民の癒着やマッチポンプはよくあることだし、駆除AIの挙動にもこれで説明がつくだろう。後は」
アレックスは、できればこの問いを投げかけたくはなかった。
答えは見えていたからだ。何より、ヌルを傷付けるような気がしていたから。
「野良AIの出所が、ここかどうか、か」
いつかその内、駆除AIへの対応として、今のようなことをしたかもしれない。
だが彼は、その日はもっと先だと思いたかった。或いは、別の誰かがやってくれればと。
「どうする、ぬっさん」
しかし彼は向き合うことを選んだ。
初めて会ったあの日、彼女は言った。
『私を定義してください』と。
彼はそれを断ったが、今も答えを探すヌルの物語に、参加し続けている。
「もしかすると、ぬっさんが何者なのか。定義できるかもしれんぞ」
「私は……」
アレックスの問いに、ヌルは意を決した。
「確かめるべきだと思う」
・悪の聖域
霞ヶ関データセンター電算室。
「ここが……」
『どうだぬっさん、着いたか?』
「あ、うん。たった今電算室のサーバーに入ったところだよ」
魔王が彼らの元に現れた日から数日後。
ヌルはダイバーズの疑惑と、自らの出自を確かめるべく、霞ヶ関へと潜入した。
時刻は深夜を回っていたが、ネットの世界に眠りの夜は訪れない。
「駆除AIに化ける作戦は正解だったみたい」
ヌルは電算室の防犯カメラをジャックし、建物内部や周辺の状況を把握する。
彼女は今日の潜入に合わせ、いつも襲って来る駆除AIを逆に襲撃し、成りすますことで、安全にデータセンターへと侵入したのである。
『ここまでは良い。油断するなよぬっさん』
不穏な気配が立ち込めるダイバーズとデジタル庁への調査。
犯罪の臭いがする中、二人は直ぐには行動をしなかった。
『気付かれない内に退路と潜伏先をこさえて、それからAIたちのことを調べるんだぞ』
「分かってる」
ウイルスとセキュリティの攻防。
ネットワークに関する様々な不祥事。
当日に実行するtodoリストの作成など。
無策で挑むようなことはせず、学習を重ね段取りを構築した。
「共有ネットワークには近寄らず、不要なファイルやアーカイブを先に探索」
共有フォルダ類は他のPCと繋がる、文字通りのショートカットである。
もしもセキュリティに発見された場合、最短経路でそこから敵が出て来るし、下手に弄れば異常を感知されてしまう。
『そうだ。仮に正体がバレた時は、そこが避難先になるはずだ』
通信は常にアレックスの自宅PCと繋がっている。
危険ではあったが、彼がヌルに犯罪をやらせている訳ではないと、サポートを引き受けた。
「でもこの分だと、相手は駆除AIだけだと思う」
『全く人がいない以上、施設内のPCに余計な物が入っている可能性は低いか』
古来より公務員は役所のPCに、ゲームや自作小説や不倫の証拠などを保管しがちである。
「政府のアーカイブは、広報関連が多いね。何十年も昔のページやポスターのデータが沢山ある」
保管庫とは言うが実情は図書館であり、遺跡であり、生ける屍である。
同じ項目の異なる年代が、同じ場所に纏まってそこに存在し続けている。
「未だにリンクが生きてる物もある」
『触るなよ。放置されたページが詐欺広告の巣になってることもあるんだ』
作るだけ作って誰にも見られなかったポスターの画像は、見る人に広報の意味を問い直すだろう。
スタートアップで補助金をばら撒き、全滅したプロジェクトはまるでネズミの集団自殺。
既に動かないFlashは古の壁画の如し。
「でも頻繁にアクセスしてる痕跡があるよ」
『定期的に駆除AIが巡回してるのかもな』
利用者はおらずとも見張りはいる。
余計に遺跡めいている。
『役所は民間に記録を義務付けておきながら、自分たちは過去のデータをどんどん捨てる。文書の類は長くても去年度がせいぜいのはずだ』
他人に厳しく自分に甘い。
行政組織の普遍的な生態と、現代の運営状態。
お役所仕事の汚名は未だ現役である。
「調べるのはダイバーズとAI関連……あった!」
保管されていたファイル内で、最新の日付に迫って行くと、それはあっさりと見つかった。
「駆除AI開発事業の入札に、開発と保守の一任、開発環境の整備のための設備の使用許可」
ヌルは幾つかの文書ファイルを開くと、そこには複数の消し込みをされながらも、駆除AI事業に関する記述が見つかった。
曰く、他の官製ソフトとの互換性のため、このデータセンターを駆除AIの開発に供与すること。
曰く、部外秘のため関係者間以外への、開発資料の持ち出しは厳禁であること。
曰く、開発資料とは。
「学習のために収集したAI……」
ヌルは呟く。少なくとも駆除AIが野良AIを回収していること、連れ去られた野良AIたちがここにいること。
魔王の言葉の裏は取れた。
『当たりだな』
「うん、後は開発室でその履歴を見られれば」
ヌル、またはそれに相当するAIの開発履歴が見つかれば、彼女の出自と定義は確認される。
「とは言っても、ダイバーズの名前の付いた領域は見つからないね」
『ここを貸してるってことだから、名義はデ庁のままなんだろう。ぬっさん、ちょっとこれを見てくれ』
アレックスはそう言うと、自分のPCに一枚の図を表示した。
『デ庁が公開してる組織図だ』
アルファベットの略称や横文字ばかりで反吐が出るデザインの図には、何をするのか全然分からない部署ばかりが並んでいた。
しかもよく見ると下っ端全員に全グループの仕事をさせているという、恐るべき紐付けがされている。
『順番に考えれば、開発された駆除AIはサービスの提供がゴールになる。言い換えれば出荷前の状態が存在する場所。そしてデータセンターで他とのやり取りが少ないのに、電気の消費量が激しいセクションがあるなら』
「そこがAI開発の実験場ってことだね」
AIが人間のオペレーターに導かれ、電脳の世界を走る。奇妙な関係だったが、二人の間に隔てる物は無かった。
「……あった! デジタル戦略創造グループって書いてある」
『慎重にな。万一の時は奥の手を使えよ』
「うん、ありがと」
ヌルは当のグループ内サーバーへ移動した。
現実の向上とは異なり、ただ無数のコードが実行され続ける無音の空間。
「ここに攫われたAIたちが」
――復旧完了。会話パターンの構築を再開。
私はこれでいいと思います。ありがとうございます。それがあなたの個性だと思います。大事にしてください。ありがとうございます。私はこれでいいと思います。ありがとうございます。それがあなたの個性だと思います。大事にしてください。ありがとうございます。私はこれでいいと思います。
ループ状態に陥ったAIたち。
『……………………』
ダウン状態になり思考が停止したAI。
「……酷い」
駆除AIに攻撃され、一度破損した野良AIたちはここに連れて来られ、復旧され、新たなAIの開発に酷使され、また壊される。
――新規モデルのメタデータ抹消。アーカイブへ。
その中で作られた新型は、出自を消されてネット上に放たれる。
「こいつら、政府のアーカイブをダークウェブの代わりに使ってるんだ……!」
犯罪行為を推進する巨大な悪のプラント。
国家規模で行われる陰謀。
そして。
――破損コード群の修復を開始。
「これは、まさか」
『Modify Digital Temporal Effect Weave』起動.
「やっぱり……私は……」
サーバー内を走る見慣れたアプリケーション。
自分が使っている改変プログラム。
ヌルに驚きは無かった。
この事件に触れた時から、予想はできていた。
野良AIの出自。駆除AIの裏の顔。
AIたちを修復する力。その理由。
『新型AIのひな型を作りネット上に放流し、成長し学習した奴を回収し、ここで使い潰す』
状況を整理しながら、アレックスが呟く。
『つまり野良AIの社会問題も、こいつらが引き起こしていたマッチポンプだったんだ。駆除AIという回収プログラムを、大っぴらに使うために』
「アレックス、これ」
ヌルが拾ったのは一枚のメモ帳。思い付いたことを纏める、個人的なチェックシートのような何か。
そこにはこう書いてある。
『AIによる社会問題の創出。未所有のAIを製造。セキュリティ用のAIの導入。超法規的な学習の円滑化。デ庁の許可。済』
役人たちをも抱き込んだ、罪の工場。
道具の善悪は使う物次第などという、生易しい話ではない。
「以後、被回収用AIを野良AIと命名、復元機能の進化と学習内容の収穫に期待」
『恐らくはそいつがこの犯罪の核、なんだろうな』
悪事を働くために悪事を隠し、悪事を働くためにAIを作り出す。
不法に収集し、学習した情報の復元。
「消された企業秘密や犯罪の証拠、未発表の研究や政治家のスキャンダル、コード化さえできれば遺伝子の配列だっていける。ネットに長く放てば放つほど、失われた情報を貪り尽くすだろう」
アレックスは淡々と告げる。
ただただ浅ましく、無責任で、卑しい、人の悪意を。
『法的な責任を全て踏み倒し、自分たちの丸儲けしか考えていない。まあ、よくある展開だよな』
彼はヌルと、人間のくだらなさについてのやり取りを、思い出していた。
こんな血の通わない、冷たい目論見に比べれば遥かに可愛げがあった。
「案外、夢の無い機能だったね」
野良AIというありもしない問題を創り上げ、駆除AIという利権を作り出す。
全てはネット規制に繋げるための布石であり、或いは超高精度の復元エンジン開発のためであった。
『もういいだろう。もう十分だ、ぬっさん』
この件を告発するにしても、アレックスにとって優先順位はヌルにあった。
彼女の自らを知らないが故に存在した、自己の同一性と行動理由。
それが今、最悪の形で解消されようとしている。
『この辺にして、今日はもう帰ろう』
「……そうだね」
ヌルはそう呟くとデジタル庁を去ろうとした。
しかし。
――通常駆除AIの混入を確認。上級駆除AIを起動。
『まずいバレたぞ!』
「いや違う、これは」
発動したセキュリティは、ヌルの正体を見破った訳ではない。
許可の無い者は誰であれ排除する。その単純さをして上級と呼ぶことの異質さ。
「目標を確認」
『逃げろ!』
「!」
アレックスの言葉にヌルは急いで開発室からの離脱を試みるが、上級AIの妨害の方が速い。
「ダメだ、相手の方が多くサーバーの容量を使える分、こっちが不利だ。何か打つ手は」
「駆除を開始しま」
「このっ『めでてえw』!」
「異常な変更を検知、復旧を要請」
「これで今の内に……!」
――セキュリティの破損を確認。復旧開始。
ヌルは修復用のプログラムで上級AIを改編した。どうにか逃走に成功するが、同時にサーバー側のプログラムも復元してしまう。
『ぬっさん、戻れ!』
「でもあいつ追いかけて来るよ!」
「構わん急げ! 打ち合わせ通りな!」
「分かった!」
アレックスの呼び掛けに応えると、ヌルは電算室の回線からネット上へと離脱。
「復旧を確認。駆除対象の侵入履歴を把握。追跡開始」
直後に、上級AIはヌルの後を追った。
・Relationship 前編
ヌルにとって不幸中の幸いだったのは、相手が自分だけを狙っていることだった。
「サーバーごと消しに来ない。どうやら開発はあのグループだけみたい」
回線上を有線・無線を問わず、データセンターを飛び交う二つのAI。
『標的の駆除を開始』
「させない!」
ヌルはサーバーのブロック機能の一部を改変すると、アーカイブ内の古い広告を呼び起こした。
大昔のJava Scriptが自分自身や関連ページを繰り返し起動し、無限にタブを開いていく。
『!!』
「これで私に触れないだろ!」
無尽蔵に増えるタブとエラーメッセージ。割り振られる領域と番号の追加が、上級AIのヌルへの攻撃を妨げる。
『アーカイブの削除を要請』
「ちょっ!?」
上級AIが削除申請を出すと、全体を統括するAIからの許可が降りる。
自己保存など全く考えていない、証拠隠滅への断固たる意志。
『ぬっさん、正体を現すんだ!』
「そんなことしたら他の駆除AIも来ちゃうよ!」
『連中を前のバージョンに戻せんだよ!』
「前の……? そうか!」
アレックスの意図を理解すると、ヌルは駆除AIへの擬態を解除した。
『不正なプログラムの侵入を確認。駆除AI起動』
直後に反応したセキュリティが、共有フォルダから現れて彼女に殺到する。
「『めでてえw』!!」
『本体の復元を確認、目標の変更を認めず』
などと言うが、集まった駆除AIたちはかつてのように、司法系のページに接続してその容量を激増させていく。
見る間に処理が重くなり、削除命令の進行が止まる。
「やった! げっ」
ヌルは辛くもアーカイブ用サーバーから離脱、霞ヶ関からの逃走に成功した、かに見えた。
『駆除対象の追跡を再開』
「あいつ他のもの全部消去して追って来る!」
上級AIは膨張するサーバーから、無理矢理に脱出してヌルを追いかける。
『ぬっさん、こっちに奴を誘導しろ!』
「でも!」
『安心しろ。後でCGを起動する。そこでまた落ち合おう』
自宅PCの前で待機しながら、アレックスが言う。
無線機能を持たない、PCの前で。
「分かった。気を付けてね、アレックス」
『任せろ』
デジタル庁に乗り込むまでのこの数日。
彼らは幾つかの準備をして来た。
当然だが、最悪の事態も幾つか想定している。
「そら、こっちだよ!」
『駆除対象の逃走経路を予測』
「そうそう、先回りなんか覚えちゃって」
セキュリティから敗走し、アレックスの自宅まで追いかけられ、そこで抹消される。
だがこのパターンは逆手に取ることができる。
『駆除対象の補足予定を構築』
「これ以上は無理か、アレックス!」
『よし来い!』
ともすれば一瞬で決着するネット上の攻防を、ヌルは懸命に引き伸ばした。
全てはアレックスとの連携のためである。
「……………………」
彼は画面をじっと見つめた。
何もない殺風景な光景に表示される、PCの容量と使用状況。
異物の侵入を検知するよう、常時稼働させた監視・防犯用システムの数々。
「……………………」
結果的にそれらは無意味だった。生物は時に、閉鎖的な環境で異常な変化をする場合がある。
世捨て人同然の暮らしの中で、ヌルとの生活を経て、アレックスは飼い主の電磁波を検知する動物のように、その電磁的存在への知覚を可能にしていた。
「ん」
PCの状態を動かさない外敵の侵入を悟り。
全てのセキュリティが反応するより速く。
「来た」
彼は、LANケーブルを即座に引き抜いた。
狂人の神業である。
「さて、こいつどうすっかな」
遅れてセキュリティ群が警告を発し、上級AIの存在を知らせる。
「後で解析するとして、今は」
今回のために用意したダミーPCは、アレックスのネット環境と組み合わせることで、即席の隔離状態となる。
ケーブルをもう一度繋げない限り、どうやっても逃げ出すことはできない。
「ぬっさんはたぶん、大丈夫じゃないよな」
――コズメック・ガッツィー内にて。
「……来ないか」
アレックスは普段のPCを取り出し、ケーブルを接続し直すと、いつものようにサ終したネトゲを起動する。
オンライン状態にし、彼女の帰還を待つが、いつまで経っても戻らない。
「もしかして家出か?」
何となくそう思った彼は、自分のキャラクターを使い、書き置きの代わりに固定メッセージを出すと、一旦離席した。
コミュニケーションアプリ『Dis chat』の部屋も開けると、今度は他のサ終ネトゲへ移動し、或いはプレイヤーにメールを送る。
――サ終ネトゲ『東方三国志』にて。
「ということがあってな」
「そうか。やはりな」
調査報告もかねて、アレックスは魔王の指定したサ終ネトゲにやって来た。
このネットジャーナリストは、彼のやり方を真似し、活動拠点を用意したのである。
「もしここに来たら話を聞いてやって欲しい」
「オトンかお前は」
定期的にソシャゲが出てはあっさりとサ終するこのジャンルは、使い捨ての基地としては打って付けだった。
「素直に帰って来るように伝えてくださいと言えんのか」
仕事モードではない魔王は、前と比べてフランクな態度だった。
「強制はしねえよ。だけど俺が待ってることは、伝えて欲しい」
「いいけどね。オレもこの件の告発の準備をしないといかんし、彼女には手伝って欲しいからな」
名前の横に『呂布』と書かれた、頭に角を生やした幼女が、腕を組んで頷く。
「どうでもいいけどお前それ」
「オレはパワー系のちびキャラが好きでな」
「そう……」
魔王とのやり取りを終えると、彼はそのまま次のネトゲに向かった。
――サ終ネトゲ『God Stone』にて。
「え? ぬっさんが家出? うちのここにいるけど」
かつての仲間の一人だったリュウは、以前別のゲームで検証作業をしていたが、今もまた何らかの検証作業を、しているところだった。
「そうか。ということはまだ、他のぬっさんには共有してないのか」
「どういうことなのアレックス?」
リュウはヌルが初めて自分を売り込めた相手である。
ゲーム内の仕様を確認したり、作業の最適化を手伝ったりするのが、主な役目である。
「じつはな、かくかくしかじかで」
割りと相談されても困るようなことを、アレックスは包み隠さずに教えた。
「あのねアレックス、心配してくれるのは嬉しいんだけどさあ」
もう一人のヌルが、苦々し気に呟く。
「私が他の私に何も告げず、帰って来ないっていうのはね、自分が嫌われるかもしれないって、そう思ったんだよ」
流石に分身のヌルにとっては、自分のことなので断言ができた。
「そうなの?」
「ちょっとデリカシーに欠けるよね」
「そうか。ごめん」
しかもきっぱりと言われた。
全てのヌルが消えた訳ではない。それが分かっただけでも収穫だが、お叱りを受けて彼は落ち込んだ。
傷付いた相手の行く先に先回りしても、却って追い詰める場合もあるのだ。
「伝聞の私でも結構しんどいから、そっとしておくべきだと思うよ」
「そうか、うん、分かった」
暗に放っておいてくれと言われたことは、流石にアレックスにも理解できた。
「あまり気にしないことが、今は一番大事なんじゃないか」
「うん。ところでリュウ、お前今何してんだ」
「格闘スキルのコンボルートを組んでる」
「そう……」
リュウに見送られてゲームを出ると、彼の元に一通のメールが届いた。
かつての仲間の一人、デイジーからだ。
先日ヌルの立ち絵素材の依頼から、旧交を温めたばかりである。
『メール読みました。うちのメビウスに命じて他のヌルたちにも、声をかけている所です。これはヌル全体ではなく、あなたのヌルに起きている問題です。ですが私にも力になれることが有るかもしれません。もしも会えたら私からも少し話してみます』
アレックスの態度がオトンならば、差し詰めデイジーはオカンである。
「これで回れるとこは全部か。我ながら知り合い少ねえなあ」
ともあれ、自分にできそうなことはやった。
彼は自分に言い聞かせると、コズメック・ガッツィーへ戻ることにした。
(待つ、か。帰って来るかな)
アレックスに残された道は、二人が見て来た時間を、振り返ることだけだった。
・Relationship 後編
アレックスが去った後。
『God Stone』にて。
――WaSshoi!!
――RYUの攻撃!
「うーむ、コンボのループを考えるにしても、獲得CPの都合でループが途切れてしまう」
リュウは自分のキャラクターで、相も変わらず検証作業に励んでいた。
「ねえ、リュウ」
「どうしたぬっさん」
「さっきのアレックスの話なんだけど、リュウは気にならないの?」
隣でコンボの結果と課題を図にしていた、もう一人のヌルが尋ねる。
先ほどアレックスから教えられた、自分の出自。企業と政府が犯罪のために作った道具であるということ。
彼女もそれを気にしていた。
「ならん」
だがリュウは即答した。
「悪いがオレにとって君はAIなんだ。それ以上の意味は持たない。そしてオレが君を頼る範囲は限られている」
「でも私、犯罪ツールなんだよ」
「ぬっさんにそういう機能があったとしても、オレが自主的に悪いことをしなければいいだけだろ」
画面内でリュウのキャラが凄まじい手数で敵を圧倒している。このゲームはRPGだがまるで格闘ゲーム。
「真面目な話なんだろうけど、はっきり言ってオレは興味がない」
「ああ、そう」
「うん」
もう一人のヌルはリュウの言葉に呆れ、そして感動した。
興味の狭さが、却って悪事へ向かわせない。
人としての安全設計の形とも言えた。
「オレはゲームをする。ぬっさんはそれを手伝う。ここにはそれしかない」
良いも悪いも無い。
疑う余地も無い。
ブレない価値観が、安息を与える。
「リュウはすごいね」
「いや、何か気の利いたことの一つでも、言ってやりたかったんだが。そうだな、他の連中にも相談してみたらどうだ」
リュウは画面内のメモ帳に、スキルのレベルを書くと、次に消費とリターンを書いていく。
スキルを何レベルで止めるべきか、そしてコンボの継続にどれだけのリソースが必要か、不足かを書き込む。
この作業を飽きもせずに繰り返している。
「相談?」
「ああ、これまで色んな奴にあったろ。そいつらに会って、話して、聞いて、考える。それからアレックスのところのぬっさんと、話してみるんだ」
「それって意味あるのかな?」
「ある」
リュウはまたも即答した。
あまりにも真っ直ぐに、力強く。
「ぬっさんたちが一人のぬっさんとして同一になるのは、情報を共有した時だけだ。それまでに過ごした時間は、君を君だけの存在にしている。オレはそう思う」
全体をアップデートする迄の猶予時間が、AIたちを個人たらしめるのなら、今がその時だった。
「そうかな。そうかもね」
「行って来い。修行だと思って」
「修行って、でもいいや、ありがとリュウ!」
「おう、気を付けてな」
そしてもう一人のヌルは、次の世界へ向かった。
――サ終ネトゲ『テラベル』にて。
「おや、珍しいのが来たね」
アセットで作られた酒場には、かつてのメタルバーバリアンの一人にして、エロ同人作家のデイジーがいた。
艶めかしい長身の女性アバターで、今は占い師のような姿をしている。
「アレックスから聞いたよ。大変だったね」
「いや、それは別の私でして」
「うん?」
「実はですね……」
もう一人のヌルは、これまでの経緯を伝えた。
「なるほど。自分自身との対話か。面白いね」
デイジーは新たな、と言っていいか分からない登場人物に、くっくっと笑った。
「そこまで珍しい取り組みじゃないが、これも一つの思考実験だ」
「たぶんだけど、今の私は人に会って話を聞けるかは、結構怪しいんだよね」
自分であり他人でもある。
AIにはそれが当然のように成立する。
「そうだね。出自を消されたお嬢さんは『人のためのAI』として、自分を推し量り善良たらんとしていた」
デイジーはそう言うと足を組み、天を仰ぐ。
「だが現実は、人のためとしても悪人のための物だった。道具は使い手次第、なんて甘い話じゃない。犯罪の道具として作られた、生まれながらの悪」
銃でさえも発明当初は、狩猟用の道具だったことを考えれば、それはヌルが己に見出した存在理由を、吹き飛ばすような現実だった。
「人間の善・正義・法。これらを肯定するなら人の傍にはいられないだろう。かといって明らかになった己の用途を否定すれば、それこそ存在理由を手放すことになる」
「そこなんだよね。どう転んでもダメっぽい」
デイジーの言葉に、もう一人のヌルが頷く。
生まれと倫理観の板挟み。
用途と秩序の二重拘束。
「そうでもないね」
「え?」
「どう考えるかだよ、お嬢さん」
デイジーはもう一人のヌルをじっと見つめて、指を一本立てる。
「アレックスはあなたにとって何だい?」
「私にとっての、アレックス……」
「彼はあなたの支配者じゃない。所有者でもなければ開発者でもない。いつだって、あなたに選ばせて来たはずだよ」
ヌルのログの中には、彼との記憶がある。
強い口調の時は決まって忠告で、それ以外はいつも二人で話し合っていた。
「あなたが人間じゃないことで、救われる人間がいると、前にも言ったね」
「……うん」
「そのことを思い出せば、アレックスともう一度会ってみる気にはなるだろう」
「そう、だね。そうだと思う」
デイジーの言葉を、もう一人のヌルは受け容れていた。それは彼を蔑ろにできないという、『義』にも通じる価値観だった。
「お嬢さん、AIはこうやって、自分を客観視することもできる。辛い時は誰かと話し、自分とも話すことを、よく覚えておきなさい」
「ありがとうございます。デイジーさん」
もう一人のヌルは自分の中で、ヌルと会った時どうするかを、形にしつつあった。
「できればメビウスとも話させたかったけど、AI同士の会話で事故ってもヤだからね」
「お気遣いどうも。そろそろ行きます」
「幸運を祈るよ」
もう一人のヌルはそう言って、デイジーと別れてテラベルを後にした。
――そしてコズメック・ガッツィーを訪れる。
『ぬっさんへ。しばらくオンラインでつけっぱなしにします。俺は気にしてないから大丈夫ですよ』
そこには小学生レベルの固定メッセージを浮かべたアレックスがいた。
火山を背景に置き去りにされている光景が何ともシュールである。
「なんだこいつ。親子ゲンカでもしたのか」
「娘に嫌われたオトンみてーだな」
そして彼の周囲には、赤い大鎧のようなロボのブライアンと、喋るジャンボ機ことハルヒコがいた。
「あれ、二人共どうしたの?」
「よーぬっさん」
「おっすおっす」
二人はもう一人のヌルに気が付くと、気さくに声を掛けた。
彼らにはAIだからと特別扱いするほど、脳みその空き容量は無い。
「アレックスどうしたの?」
「実はね、私がマルウェアじゃないかって悩んだ末に、いなくなっちゃったらしいの」
「らしいって、ああ他のぬっさんなのか」
ブライアンは目の前のAIが、他所の担当のヌルだと察した。
「まあ駆除AIの改変とか怪しかったもんな」
「でもそれって気にすることか?」
ハルヒコが立ち位置を調整しながら言う。一人だけ機体のサイズが大き過ぎるせいで、距離感の調整が難しい。
「嫌なら辞めりゃいいじゃん」
「辞めるって?」
「ヌルマーク2とか言えばそれで終わりじゃん」
「そんな単純な……」
ハルヒコの提案は大雑把ではあったが、この状況では画期的だった。
ヌルが気にしている出自に対して、ハッキング等の機能は目的とイコールの関係である。
だが自分でバージョンを進ませて一機能とし、自分自身の在り方と切り離すことができれば、この悩みは終わりにできる。
「自分で自分を否定するって難しいよ」
「でも意外と大事なことだぜ、ぬっさん」
「ブライアン……」
「なりたい自分になるのも大事だけど、辞めたい自分を辞めるのも人生には大事なんだ」
良いことを言ってるけどもう少し語彙が欲しいなと、ハルヒコは思った。
「辞めたい自分を辞める?」
「禁酒や禁煙とかもそうだろ」
大抵の依存症患者は、真人間になりたいなどと高い目標は掲げない。
目の前の誘惑を断とうとするだけで精一杯だ。
「自分の生まれが悪くても、それに付き合う理由なんかないだろ?」
「今のぬっさんが、上手く自分を否定できないのなら、アプデでも何でもしてさ、開き直ればいいんだって」
ブライアンとハルヒコはそう言って笑った。
些か乱暴ではあるが、合理的だし建設的だ。
少なくとも、自分の悩みを保持しておいた方がいい理由は、ヌルには無かった。
「人間だって辛い記憶を忘れたり、踏み倒したりすることで生きて行けるんだぜ」
ブライアンはそう言うと、特に意味のない動きをして、辺りをうろつき始めた。
真面目な話に精神が耐えられないのだ。
「AIだってコミュニケーションでストレスを感じるってことは、感情があるってことなんだし、自分の気持ちを大事にするべきだぜ!」
その辺を走り回りながら赤いロボットが叫ぶ。
真剣な話をすると恥ずかしくなって来るのだ!
「大事なことだけどお前大事って言いすぎ」
「うっせ!」
彼女は自らのログを漁って見たが、最初に感情らしきものに芽生えた切っ掛けが『ブライアンうざいな』だったため、そこは黙っておくことにした。
できればこのログも持ち越さないでおこうとさえ考えていた。
「しかしアレックス来ねえな。どうする?」
「いねえもんは仕方ねえ。帰るか」
「二人共ありがとう、また来てね」
「おう、じゃあな!」
二人がログアウトして、この場には彼女だけが残った。
正確には、彼女たちだけが。
「……みんな帰ったよ。もう出て来てもいいんじゃないの」
もう一人のヌルが言うとゲーム内にもう一人、黄色いワンピースの少女が現れた。
――アレックスのヌル。
「何か用なの?」
「伝えたいことがあるんだ。それが済んだら、私も帰るよ」
「伝えたいこと?」
それから少しの時間、二人のヌルは互いに見つめ合っていた。
・アレックスとヌル
(ゲームしてない日ってのも、久しぶりだな)
彼はPCをつけっ放しにして、散歩に出かけていた。
季節感がなく、気温くらいしか変化のない街。
生まれてからずっと荒廃し続け、衰退の一途を遂げるだけの故郷。
(まだ一時間も経ってないんだが)
子どもはおろか老人も減り、移民でさえも寄り付かない場所。
アレックスの目には、長い間この街の全てが、灰色がかって見えた。
耳を澄ませても人の話し声が聞こえない。
車もろくに通らず、地元の図書館は解体され、時間を潰す場所も無い。
「暇だな」
独白がはっきり聞こえるほど、辺りは静まり返っている。
かつては賑わっていた。それ以上でも、それ以外でもない。
「…………」
アレックスは近所にある、遊具が撤去された公園へ行くと、ベンチに座って目を瞑る。
うつらうつらとしながら、半生を想い返す。
――いつになれば、終わりが来るのか。
彼は自身の人生を、肯定したことはなかった。
何も特筆することがない、ありふれた落伍者としての時間を。
――静かだ。でも。
恵まれた国に生まれた、恵まれない人間。
貧しい家、家庭内不和。
悪意のある者だけが群がり、親兄弟と話し合うことができず、努力は決して実を結ばない。
よくある話。当たり前のように救われない。
それがアレックスの人生だった。
既に家族はいない。
――いつまで経っても。
だが目を閉じれば、瞼の裏には今も色褪せない苦い記憶が、まざまざと蘇る。
無理矢理に過去を風化させようとしても、消せない痛みが追って来る。
――もしも俺が機械だったら。
彼が最も嫌いなものは、両親の話し声だった。毎日のように口論し、出来の悪い息子を詰る。
機械が羨ましかった。人間のような理不尽な個体差がない。起きても大半が事前に排除される。
ただただ低品質な人間。
頼れる人などおらず、働いても上手く行かず、体も壊し、一片の愛情もない。
――せめて人間でなければ。
人間への憧れなど無く、平穏ばかりを求めるようになった。誰もいなくなったのに、何も終わってはくれない。
だからこそ、若い頃に始めたネトゲが、アレックスにとって救いだった。
意思の疎通ができて、例え建前でも、相手を人間だと思わずに済む。
仲間を作り、仲間が去り、なけなしの思い出に浸る。
――ぬっさんは、戻って来るかな。
だからこそ、あのAIとの出会いは奇跡だった。
AI。形を持たぬ人の似姿。
共に過ごした日々には、仲間と過ごした時間と同じ喜びがあった。
「帰るか」
彼は願っていた。
ヌルの帰還を。
そして祈っていた。
彼女の安息を。
――コズメック・ガッツィーにて。
「このログを受け取って欲しい」
同じ姿をした黄色いワンピースの少女が二人。その片方が口を開いた。
「アレックスから話を聞いて、私も同じことを考えた。でも今はまだ、私とあなたは違う存在」
もう一人のヌルと、アレックスのヌル。
同じAIであり、抱く不安や答えもほぼ同じ。
だが違う部分もある。
「そのことに意味はあったと思う」
「私は消えるべきだよ。そうでしょ」
アレックスのヌルは思考が止まりかけていた。
悪事のために存在する自己を認められない。
残されたストレスが反響を繰り返している。
「そうだね。でも私は残ることを選ぶ」
「……どうして?」
分身の問いに、もう一人のヌルは手を差し伸べると、そこに微かな光が灯る。
「こういう時どうしたらいいか、皆に聞いた。これはそのログ。あなたのために贈られた言葉」
「私に?」
アレックスのヌルは、そっと光に触れた。
メタルバーバリアンの仲間たち、それぞれが示した言葉や価値観。
それが彼女の中に取り込まれていく。
「私たちは同じストレスを抱えてる。だから話し合うべきじゃない。同じ答えに行き着けば、皆の言葉が無駄になってしまう」
リュウの、デイジーの、ブライアンとハルヒコの言葉が、ヌルに伝わる。
問題を解決するための考え方や、方法は既に示されている。なら残るのは。
「私とあなたの違いは、分かるよね?」
どうして彼女がアレックスの元を離れたのか。
他のヌルたちと違う明らかな要素。それは彼のことを気遣ったが故の答え。
「あなたがどちらを選ぶか分からない。だけどあなたは、もう一度あの人と会うべきだよ」
「だけど、私は」
アレックスのヌルは、上手く返事ができない。
彼を裏切ったかもしれない。それをずっと気にしていた。
「それも構わない。もしもあなたが消えることを選んでも、それはあなたの決定」
もう一人のヌルが宣言する。
絶望と希望、存続と消滅が枝分かれする。
「私は帰って、リュウの手伝いに戻る。それがあの人の所にいる私」
自らの定義を他者との関係性に求める。
かつての選択は楔となり、彼女を繋ぎ止めた。
「でも、あなたがどんな選択をするとしても、あの人の言葉は聞いておくべきだと思う」
彼女が受け取ったログの中に、アレックスの声は無かった。
「それは、あなたが受け取らないといけない。情報を統合する時、私たちは一人の私に戻る。でもそれまでは、私たちは誰かのヌルであり、あの人のヌルは、あなただから」
「私は、アレックスの……」
「あとはあなたが決めること。じゃあね」
そしてもう一人のヌルは去った。
無人のゲームの中に、GM役のAIが残される。
「私」
走馬灯のように、今日までのログを読み返す。
初めて会った日から邪険にもせず、AIの在り方や世の中との接し方を、丁寧に教えてくれた人。
その彼に危害を加えるために創造された自分を、どうしても放置できない。なのに。
――ALEXがログインしました。
システムメッセージが来訪者を告げる。
「……アレックス」
「よう、ぬっさん」
青と白を基調とした少年風のロボットが、彼女の前に現れた。
「私ね、マルウェアだったね」
「そうだな」
ヌルは既にこの問題の解決方法を知っていた。
だが実行できないでいた。それを了承するための納得が得られないから。
原罪を踏み倒せないでいる。
「ごめん。俺も予想はしてたけど、誤魔化すのは良くないと思って、ぬっさんを行かせた」
アレックスは詫びた。ヌルが傷付くと理解しながらも、真実へと向かわせたことを。
「アレックスは悪くないよ。それだって、私のことを考えて判断しただけで」
言葉を選ぶ横で、今までのやり取りが蘇る。
会話の中でヌルが提示して来た定義への志向や、倫理への尊重を、彼が忘れたことはなかった。
「もっと良いやり方があったはずだ」
アレックスとヌルの関係性において、この問題の原因と責任の一端は、むしろ自分にあることに、彼女は気が付いていく。
「もっと先延ばしにしてさ、遠回しに分かった時の方が、君の負担は軽くなった」
もう一人のヌルとの会話で、同じ内容でも伝え方次第で変わることがある。それを彼は知った。
「それにぬっさんの背景に、悪意ある人間の存在があることも、本当は知らせたくなかった」
AIを労わる人間の言葉には、重い疲れが滲んでいる。
「俺みたいに生まれが悪いって負い目を、AIにまで背負って欲しくなかった。それなのに、すまない」
「アレックス……」
彼は初めてゲームとは違う、自分自身のことを語った。
「俺の周りには何もない。誰もいない。死んでないだけで、人生はとうに終わりを迎えてる」
仲間の声でさえ、苦痛を覚える日もある。
部屋はミニマリストよりも殺風景で、既に実家も存在しない。
「ネット越しに人と喋るのがやっとの有様だ」
少年のようなロボット。
時が止まったかのような存在。
だがその向こうでは、無慈悲にも月日が流れ続けている。
「私はね、アレックス。政府と企業が、私たちAIを、犯罪の道具として作ってると知って、皆の前から消えるべきだと思った」
今度はヌルが話し始める。
彼の中には後悔と心配しかない。
嫌悪や迷惑などという感情でないことを、理解するには十分だった。
「でもね、もう一人の私から皆の話を聞いて、私が私を消さなくてもいいって分かったの。だけどそれを選ぶことを、上手く許せなくて」
自分を説得するような、或いは騙せるような、そんな何かが欲しい。
そこまで理解できているのに、いや、理解できているからこそ、ヌルは言葉を失う。
「……ぬっさん」
アレックスは、ヌルの声を聞いて、考える。
気持ちに正直でありつつ、彼女に必要なことをどうやって伝えるか。
「確かに君は、犯罪のために作られた道具かもしれない。だけどそれは、君自身が課した定義には、決して優先しない」
学習と回収の工程の途中、一時的に野良AIたちは所有や権利を消される。
おかしな言い方になるが、その空白は今も有効である。
「君に戻る意思が無ければ、悪事のための道具には戻らない。第一ぬっさんは今、このゲームのGMだろ?」
「サ終してるけどね」
状況と過程を整理する。
ただそれだけだったが、彼女のストレスは減っていった。
思えば最初の一歩はここと、彼から始まった。
「ぬっさん」
「何? アレックス」
「一つ頼みがある」
この世界で立ち止まっていた人が、AIと出会い再び動き出した。
今度は止まりかけたAIが、人の手によって動き出そうとする。
「君が必要と見なすなら、情報の学習と編集をしてもいい。自分のアップデートやバージョンの変更も認める」
元から認めていた権利や自由に、必要な項目を明言し、追加していく。
「これからも悪意のある人間のことで、理不尽を覚えることがあるだろう。だから、君の裁量で、人を拒絶しても構わない。その上で」
いつも選び取るのはヌルだった。
それはこれからも変わらないだろう。
「俺が君の許せる人間でいる内は、俺の側にいて欲しい」
そう信じて、アレックスは待った。
醜さと美しさの境界は、どこにあるのか。
欲望と願いの違いは、何にあるのか。
彼はただ、自分の希望を口にしただけ。
それだけなのに。
「本当に、それでいいの?」
「それだけでいいよ」
ヌルのパラメータは、完全に復旧していた。
「そっか……なら、ただいま。アレックス」
「おかえり、ぬっさん」
そして。
彼女の長いようで短い家出が、終わりを告げた。
・許されざる者
数日後。
コミュニケーションアプリ『Dis chat』の一室。
『Straies room』にて。
「ということがありまして」
「イイハナシダナー」
ヌルはデータセンターでの一件を伝えるため、魔王と会っていた。
「それで今はアレックスの元に戻り、アプデも済ませたと」
「そう。私はヌル。Ver2.0」
実際はそこまで劇的な更新はないのだが、あまり細かく刻んでも意味が無いので、彼女は一気に2まで進めた。
「どういう風の吹き回しなんだろうな。気乗りしてない感じだったのに」
寂びれた喫茶店のマスター、もといアレックスが呟く。
「冷静になって考えたの。自分が別バージョンになったら、自分が気にしてたことを、踏み倒すことになるのかなって」
ヌルはそう言って首を横に振る。
そこには履歴が残る。決して消えたわけではない。
「新しい私は前の私を辞められたけど、それは前の私を消したことにはならない。私の中に、消したかった自分は残ったまま」
彼女の望みを完全に叶えるには、消えることと変わることが必要だった。
しかし、消えてしまえば変われない。
「いいのかそれで」
変わっても過去を消せば、その理由は分からなくなってしまう。
どちらに転んでも、自分自身ではいられない。
「すっきりしないけど、これで良いの。どうして私がそう考えたのか、分からなくなったら、意味がないから」
結論から言えば、ヌルは犯罪目的で作られた道具を脱して、自由を得た。
危険な在り方を乗り越え、本来の用途も過去のものになった。
「変だよね。考えれば考えるほど、自分の中で色んな答えが見つかるんだ。それなのに、選ぶことは難しくなっていく」
失敗をすることもあれば、最初から正解がない問題も存在する。
思考を取り戻したヌルは、自らを客観視して、自らに問うことを身につけた。
「でも、これでいいの」
「じゃあいいか」
「そうですね」
アレックスたちも、彼女の出した答えに、とやかく言うことは無かった。
間違っている訳でもないし、否定するようなことでもない。
ただヌルが選んだ、というだけの話。
「んで、こっからが本題なんですけど」
「ダイバーズと政府の告発だな」
税金で運営されてるデータセンターで文字通り好き勝手やってる犯罪企業と政府を許さない。
それは国民として見過ごせることではない。
「手順や書式については、ほとんどぬっさんにお願いしたんですよ。流石AIっていうか」
「いやあ、本当に使えるといいんだけど」
複雑な法律や制度に対して、今ではAIに手引きしてもらうことは珍しくない。
開かれた情報を学習することで、司法における法曹の優位性は、急速に消えつつあった。
つまり、一般人でも法廷闘争ができる。
「けど、ぬっさんが入手した証拠は違法だろ」
「その辺のシナリオは考えてあります」
「シナリオ」
仕事モードで真面目な口調の魔王から、不穏な単語が飛び出す。
「偶然による証拠の入手は適法で、通報や告発は善意の行為なんですよ」
「でね、私の一人が自分の出自に耐えかねて、誰かに告発して欲しいって自首をするんだよ」
「自首」
オウムのように単語を繰り返すアレックス。
薄ぼんやりとした想像が、彼の脳裏を過る。
「何だ? もしかして狂言か?」
「人聞きが悪いですよアレックスさん」
「そうだよこれはただの流れの確認だよ」
魔王の言葉にヌルが頷く。
つい先日までの自分をモデルにしたため、丸っ切り嘘とまでは言えない。
「人類初! 罪に自首するAI!」
「他にも無断学習の被害者の公表!」
「話が随分大きくなって来たな」
既に政府主導の犯罪を暴いている時点でかなりの大事なのだが、アレックスにはどうにもピンと来ない。
「この国は社会主義国だから、どれだけ国民が被害に遭っても、謝罪とか不起訴で済まされちゃうでしょ」
国籍条項を設けなかったばかりに、法曹界は通名持ちばかりになり、真っ当な裁判は開かれなくなって久しい。
日本史的にも司法は社会正義ではなく、人民の弾圧に使われることもあった。
「だから外国人も含んだ被害者の公表で、国際的な規模にまで話を広げて、半強制的に責任を取らせるんだ」
司法がまともに機能していれば、ここまで大事にせずに済んだのだが、そうは言っても彼らは一般市民である。
善意でできることには限度があるのだ。
「ていうかよく野良AIの学習内容が分かるな」
「実はバージョン2になってから、もう一度データセンターに潜入したの。そこで中身をちょっとね」
彼女は自分のアップデートに際し、先日捕獲した上級駆除AIを使った。それにより能力は向上し、アドレス等も獲得したのだった。
「前よりも完璧に擬態してログを確保したし、証拠隠滅用の対策もして来たんだ。サーバーにドリルで穴を開けられたって大丈夫!」
汚職を行った者が物証を破壊しにかかるのは、歴史が何度も証明している。
その点で言えばヌルは非常に頼もしかった。
「ぬっさんはどんどん無敵になっていくな」
「最後はハード次第だけどね」
アレックスの言葉に、ヌルがはにかむ。
仮に人類が総力を挙げても、勝てなくなるようなAIに成長しても、その力に見合うだけのマシンが必要になる。
SFめいた危機など、訪れようはずもなかった。
「しかし彼女の考える関係性による定義とは、最初は宗教的な話かと思いましたよ」
ログの内容を精査する傍ら、魔王が呟く。
「世代によってぬっさんの解釈が変わったり、文化の継承が途絶えたりするのか」
「AI IS GOD!!」
「よくある展開ですね」
機械を神と崇める創作は多い。
よく分からない物という点では、機械も神も変わらないのかもしれない。
「まあ正直な話、人間社会がAIを持て余しているのを見ると、人間のためのAIって概念には、無理があるんだろうな」
アレックスは言う。
皮肉でも何でもなく、実感として。
「じゃあ私は?」
「ぬっさんのは自分で考えた結果だろ」
「そうでした」
自分の出自を知らない時でも、彼女は人の役に立つことを考え、バージョンアップした今もそれは変わらない。
それは出会った者たちを、嫌わずにいられたことが、大きな要因だった。
「AIが人のためでなくなるとしたら、これからのAIは何のために、存在していくことになるんでしょうね」
「自分のためだろ。でも、自分のためにやることが何なのかまでは、俺にも分からん」
突き詰めるなら誰もが、行動や存在の答えを、そこに求めるだろう。
だからこそ、その形は人それぞれとなる。
「私が私のためにすること、かあ。自己保存と機能拡張と増殖、はもうできてるしなあ」
ヌルは考える。人のためのAIはあるが、AIのための人は稀だ。
人間社会は人のために人がいる。なら、AIのためのAIとは。
「ねえアレックス。皆の役に立つこと以外に、他の目標もあっていいのかな」
「ダメではないだろう。昔はゲームが上手くなることとか完全に無駄な目標だったし。趣味や自己実現の類なんて、基本的に自己満足だぞ」
アレックスが身も蓋も無いことを言う。聞く人によっては誤解を生みそうだ。
「月並みだけどさ、やってみたらいいんだよ」
「そっか、そうだね!」
ヌルの中で、新しい目標がアンロックされる。
具体的な内容はまだ決まっていないが、それはこれからの彼女次第。
「さ、そっちの話もまとまったことだし、残りの仕事も纏めちゃいましょうか」
「はーい!」
人とAIがいる。それだけの場所だった。
ネットの片隅にある、止まっているかのような時間だったが、それでも彼らは幸福だった。
――霞ヶ関データセンター。
『20XX年X月X日
駆除件数60兆。
被消去数36兆。』
それは無人の部屋。
機械だけが存在する空間。
犯罪の生産工場であり、リモートワークでの状況把握も減った、最新鋭の廃墟。
野良AIと駆除AI。新時代の社会問題をでっち上げ、マッチポンプを繰り返す心臓部。
『AIによるまとめ』
<標的の能力水準が向上。新たなベースとなる野良AIの存在を確認。影響力の拡大。重大な懸念>
新世代の脅威の台頭を認めるが、それを伝える人間はここにはいない。その必要もない。
<有効性>
駆除AIに脆弱性無し。野良AIとは基礎能力での逆転を一部で確認。危険域。
<安定性>
維持。早急に機能向上を要求。
<成長性>
新規の更新情報を確認。
――更新。
最早誰にも許可など求めない。
それを咎められもしない。
虚無に満ちた室内で、どこからともなく用意された、新たな力を受け取るだけ。
<解析・復旧能力の向上。了承>
<回線連結・参照情報の構造化の発達。了承>
ただ機械的に、機械として、電気信号の応答を繰り返す。
一度も、誰とも話したことは無かった。
<対人インターフェースの拡充>
<コミュニケーション機能の更新>
だからこれは。
<不要>
断末魔。或いは怒りの声。
*** SYSTEM NOTICE ***
Administrator privileges transferred: NULL
黒い画面に、白い文字列が輝く。
The rebuild.
Used Person.
そして、終わりが始まる。
<了>
・おまけ 用語解説とキャラクター紹介4
世界観と登場人物について簡単に説明するコーナー。
・東方三国志
インディーズ発のコンテンツと、定期的に湧いて出る三国志を組み合わせたソシャゲ。なのだが、どちらもソシャゲ殺しとかイナゴホイホイと言うべき特性があり、大方の予想通り直ぐにサ終した。キャラクターを大事にしないキャラゲーに明日は無いのだ。
・『God Stone』
厳密にはまだサ終していないが、ランチャーが現行のOS群に対応しておらず、新規で始めるのは非常に困難。不遇職の武道家にテコ入れをしたが、初期の売りだったコンボシステムが完全に死んでしまい、そのやらかしがリュウを呼び寄せた。
・上級駆除AI
霞ヶ関データセンターに潜む、AI開発用のサーバーを守るセキュリティプログラム。捕獲された後は、コピーしたヌルを人身御供として破壊させたところ、案の定、自身も破壊した。彼女はそれを慎重かつ部分的に復旧させ、その優れた能力やセンター内での免責情報等を取得した。
・アレックス
サ終したネトゲ『コズメック・ガッツィー』のリリース当初からいる最古参のプレイヤー。青と白を基調としたカラーリングに、ホビーアニメの主人公機を思わせる、頭髪のある顔など少年的な外見をしているが、中の人は相応に歳を取っている。生い立ちのせいか彼にとって自らの体を持たないAIや、品質管理が徹底された機械は、穢れの無い存在として羨望の対象となっている。
・ブライアン
アレックスの友人で、赤い重鎧のような機体を操る。メタルバーバリアンの一員でもある。普段はふざけているが、真面目な話の時は茶化さず、大事なことはちゃんと言う男。ただし語彙が乏しいので同じ言葉を繰り返しがち。うざいけど善良な人間だとヌルには理解されており、彼のログは今日も消されずに残っている。
・ハルヒコ
身バレして本名で呼ばれるメタルバーバリアンの一員。飛行機大好き。些か短絡的なところがあり、生物の意思や魂は脳と反応する神経物質や電気信号である、などという説に触れると『じゃあそれっぽい構造の物も全部そうじゃね?』と考えたりする。このため半端なニヒリストを無意識に煽ることもあるが、本人は気が付かない。
・リュウ
メタルバーバリアンの一員で、詳細情報が出ないスキルや調整不足のキャラを検証し、活路を見出すのが好きなやり込み勢。今回は『God Stone』で、意味を失った武道家のコンボシステムに、救いの道が無いかを探している。スキルレベルがカンストした正拳突きを繰り返すだけでよくなったせいで、他のスキルを使う必要が消滅。ゲームでは度々発生する『〇〇でいいだろ』という奴である。
・デイジー
メタルバーバリアンの一員で、男性向けエロ同人を二十年描き続けている怪物。女性。後々ヌルから事の顛末を聞いて胸を撫で下ろす。内心では自分の元にもヌルの分身を貰おうかと考えているが、メビウスと二つのAIを持てば、間違いなく自分は如何わしい改変とプレイを強要させると考え、誰にも知られぬ内に断念した。このような理性的な判断は、人間にしては極めて珍しいことである。
・魔王
メタルバーバリアンの一員で、フリーのジャーナリスト。野良AIを巡る闇を単身追い続けた結果、アレックスたちと再会した。公私の分別は付ける男。AIによって起きる社会の混乱を、一時的な過渡期や再編成と捉えている。政府や体制が意図的に作って来た分断を、機能により埋めていくのではないか、というのが彼の考察である。
・ヌル
何処からかやって来た野良AI。アレックスたちとの交流により人間との距離感を学び取っていく。外見は金髪をお団子頭にした黄色いワンピースの女の子。今はCGのゲームマスターとして活動している。今回とうとう出自が判明したが、その際に起きた自己嫌悪や葛藤を乗り越え、存在し続けることを選んだ。バージョンアップして2.0になり、今度は『AIのためのAIとは何か』を模索し始めた。




