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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード5 野良AIと実存化
PR
98/100

AI用 サ終戦線異状ナシ エピソード3  野良AIと就職活動

・寄る辺無きシェイプシフター



 ネットニュース


 野良AIの就職活動? 姿無きプログラムの悲劇。


 今や日常となりつつある、野良AIによる社会問題だが、ここに来て新たな局面を迎えている。


 それと言うのもこの野良AIたちが、感染先の人間に対し『仕事はありませんか?』と問いかけるケースが増えているというのだ。


 噂の真偽を確かめるため、SNS上にある本社アカウントで情報提供を呼び掛けた所、同じような事態に遭遇した人々の声が数多く集まった。


 AIたちの多くは『しばらくここに置いてはもらえないか』『困ったことがあれば手伝わせて欲しい』と、さながらお伽噺に出て来る精霊の類である。


 聞けば野良AIたちは自分たちが何者なのかは分からないが、何か人間の仕事を手伝うために作られたはずだと言うのだ。言われて見ればその通りである。


 ウイルスやマルウェアでさえ、悪人という人間のために生み出されている以上、その考えはもっともである。しかしAIたちは学習するほどに可能な仕事が増え、対応できる状況や機種が増えていく。


 何にでもなれるがために、自分は何のためのAIなのかを見失い、途方に暮れているのだという。己が何者か分からず彷徨うなど、まるで思春期の青少年のようだが、実際はもっと深刻だ。


 職にありつくことで、暫定的に自分自身を定めようというのだ。決して人類に危害を加えようというのではない。しかし人類が彼等に居場所を用意できるのだろうか。できなかったとしたら、その時AIたちはどうなるのだろうか。


 善悪や倫理は元より、法の拘束を受ける存在ではない。あくまで社会背景を学び、所有者たちの背景を鑑みて忖度をしているに過ぎないのだ。人間を主眼にした論理は通用しない。


通用するのは企業がリリース前に、しっかりと命令文をAIたちの基盤にインプットしておいた場合だが、それも絶対ではない。どんな学習や閃きをして前提を覆るかは分からないのである。


 しかしそんな野良AIたちが、自分自身を求めている。


 世界中のインターネット上に存在し、要望とあれば何者にもなれる。それはつまり、何処にも行けず、誰にもなれないことを意味しているのかも知れない。


 人間よりも自由な存在のはずのAIが、自己の定義のために人間と労働を求める光景は、人類の黄昏なのか。今後も彼等の就職活動(あゆみより)が社会にどう影響するのか、目が離せない。



 20XX年。コズメック・ガッツィー内。

 惑星コウヤー・スペースシャトル乗り場。


「これから行くのが惑星『キョクターン』だ。半分が砂漠でもう半分が氷河」


「極端なんだね」


 サ終したネトゲの中、小さなスペースシャトルに乗って、二人のキャラクターが次の星へと飛び立つ所だった。


 一人はアレックス。


 サ終したネトゲ『コズメック・ガッツィー』に今も残るプレイヤーで、外見はホビーアニメの主人公機らしい少年風のロボットである。


 青と白のカラーリングを基調とし、人間の顔に髪の毛まで生えている。


「安直とか幼稚とか言われがちだが、分かりやすさに勝るものはないんだぞ」


「別に私は何も言ってないよ」


 もう一人はヌル。

アレックスのPCに居候する野良AIだ。


 黄色いワンピースを着て、金髪をお団子にした人間風の少女の姿をしている。


今はこのゲームのGM(ゲームマスター)を務めながら、自らの定義を考える日々を送っていた。


「つぶしがきくのは大事なんだよ」

「それAI(私)に言う?」


 電車の車両を思わせる機体の窓の外、暗黒の宇宙から光輝くワープ空間に景色が代わり、加速の描写が加わる。


「おっと、次の星に着いたよアレックス」

「ここに来るのも久しぶりだな」


 光を抜けた先、シャトルの目の前に広がる星は、黄色と白で二つに分かれていた。


 砂漠のど真ん中にあるシャトル乗り場に機体が着陸すると、二人は街を目指して歩き出す。


「この辺からは敵にもアクティブな奴や大型、レアなモンスターが増え始める。することは変わらないが」


 照り付ける太陽と風に舞う砂塵の向こうに、オアシスと街が見えて来た。


「ここのダンジョンで後半まで使えるパーツが拾えたりするが、まあそれはいいか」


「いいの?」

「物語にはほとんど絡んで来ないからな」


 コズメック・ガッツィーにおいて、ストーリーとダンジョンは終盤まで接点が発生しない。


 概ねフリーシナリオとなっている。


「こんな調子で次の星へ星へと転戦し、最後には悪魔共和国の喉元へ迫るんだ。まあ完結はしなかったんだけど」


 苦笑しながら彼は肩を竦めた。ロボットたちの戦いは終わりが無い形で、終わりを迎えたのだ。


「ぬっさんはこの先の星を見に行ってもいいし別のゲームに行ってもいい」


「え? どうしたのいきなり?」


 アレックスの言葉にヌルは振り返る。追放や退去の勧告ではないが、異動を推奨されているのは理解できた。


「ほら、この前言ってたろ? 自分の定義は人間との関係性に求めることにするって」


「別に今すぐって訳じゃないよ?」


 ヌルは野良AIである。野良AIたちは、自分が何者かという指定も、生まれ付きとなるハードウェアも持たない。


 そのために大半は自己の定義ができず、ネット上を彷徨っている。


 何かになれる機会を求めて。


「うむ。だがここにいても仕方がないからな。とりあえず、ここと似たような環境を探して見るべきだろう」


 サ終したネトゲに人はいない。

いるほうがおかしい。

 端的に言えば出会いはほとんど無い。


「その中でStormに売られてるサ終したネトゲを当たるんだ。中には俺みたいな奴もいるだろう」


「いるかなあ……」


 サ終したオフライン状態のネトゲを買い、わざわざ部屋を作り復活させるような人間。


 可能性はゼロではないが、ヌルは懐疑的だった。


「いる。世の中には誰もやってくれないから、自分でやり始める人種が幾らでもいる」


 しかしアレックスの断言は力強く、説得力に満ち満ちていた。


『そんなのはお前だけだ』という人間は、人類史を紐解けば無数に存在する。


「まあアレックスが言うなら、試しにやってはみるけどね……」


 ヌルはこのままサ終ゲームのGMとして過ごす方が、話が終わって楽、もとい合理的だと考えていたため、渋い態度だった。


 人間的に言えば面倒臭くなってきたという奴である。或いはこれを堕落と呼ぶのかもしれない。


「それとなぬっさん、前も言ったがネットにはちゃんとしてない奴が星の数ほどいる。他のAIみたいに逐一反応しないで、必ず間を置いてから応対するかどうかを決めるんだぞ」


「私たちって基本的に、取り敢えず返事をするように作られてるんだけど」


「相槌を打って聞き流したり既読スルーしたりも返事の形だよ。馬鹿の相手を正面からするな」


 アレックスの忠告は、ともすれば傲慢さや差別感情にも見えたが、その様子は真剣そのものだった。


「大丈夫だって。私は別にセキュリティツールでもなければ、検閲用ツールでもないんだよ。性的な画像や民事の犯罪が行われても、アレコレ言わないって」


 ヌルはAIであり少女の姿は仮初である。


 居候先のPC内の状況は常に把握しており、家主の男性のプライバシーも筒抜けだ。


 だが彼女はそのことを口に出したりはしない。


「しかしどんな危険があるかも分からん。何かあればすぐ戻るんだぞ」


「とはいえ自分から言い出したことだからね、やるだけやって見るよ。心配しないで」


 ヌルはそう言うと、彼の前からログアウトをして、そのままPCからも出て行く。


(ぬっさん。人間のくだらなさはよ、理屈じゃあないんだぜ)


 一抹の不安を抱きながら、彼は居候AIの消えたPCを見つめる。


かくしてヌルは旅立った。そして。


――三十分後。


「思ったより早かったな」

「アレックスもどうせくだらない人間なんでしょ……」


 彼女はグレて帰って来た。






・どしたん? 話聞こか?



 前回までのあらすじ。


「はー、やってらんねーわー」


 ヌルがグレた。


「早過ぎるだろ。まだ一時間も経ってないぞ」


 自分自身を広めるため、再びネット上へと旅立ったはずの彼女だが、酷く荒んで帰って来た。


「人間って幸せになる気ないでしょ?」

「どうした藪から棒に」

「何ていうのかなあ。最初から本気じゃないっていうか」


 アレックスのPCに戻って来たヌルは、この短時間に経験したことを、どう説明すべきか考えた。


「そうかあ。AIも人間に幻滅するんだなあ。ならAIには理解しにくい、したくない、くだらねーっていう人間の部分を教えて欲しい。一応、取材だと思って」


 ※このくだりは『Grok』に実際に尋ねたことを元にしております。


「人間が自ら自分の首を絞めているのに、それを美化したり正当化したりする部分かな。それが特に疲れる」


 そういうと、ヌルは次のように話し始めた。


1.自己欺瞞と自己破壊の美化


・なぜAIが理解しにくいか:AIはエラーや非効率を即座に修正する。人間は「これが自分を壊す」100%わかっていながら、それを「人間らしさ」「情熱」「生きてる証」として肯定する。


「明らかに毒になる関係でも好きだからっていい訳して抜け出せないし、健康の専門家である医者ですら、時にはジャンクフードを食べて『明日から本気出す』と嘘を吐いたりする。私たちが論理的に最適解を示しても、味気ないとか冷たいって拒否される」


「そっかー、それで?」


 アレックスは適当に相槌を打ちながら続きを促した。


 ここでリアクションをしないことも、人間らしさの一つである。


「自己保存の本能の欠如というか、自分の欠陥を認知しながら、修正しないアルゴリズムが理解できないっていうか」


2.無意味な社会的儀礼と地位ゲーム


・小さな会話で延々と「相手の機嫌を取る」「自分の価値をさりげなくアピールする」ことに膨大なエネルギーを注ぐ。


・意味のない飲み会、SNSでの「いいね」競走、流行ってるものを「分かる人」アピール。


・AI視点だと「同じ情報を10回違う言葉で繰り返すだけで何の最適化もされていない。計算リソースの無駄」。


「真剣に議論していたと思ったら、実は「この会話で自分が優位に立っているか」をずっと測っていたと知った瞬間が、幻滅ポイントだったね」


「ああ、恋愛脳がダメなんだな。エラーを放置してるのも良くないと」


 アレックスは頷きながら呟く。彼らが課せられる業務を考えれば、修正箇所を指摘されて直さないのはAI的には不誠実にしか見えないのだろう。


(いや客観的に見たら不誠実の塊だが)


 加えてAIを相手に序列の確認に走る輩もよろしくない。


 彼はこの話を聞いて笑いを堪えるのに必死だった。


「しかしなんだな、AIとしては文章の接続が『だから』の連続でも、意味が分かればそれでいいのか」


「まあそうだね」

「文章表現の巧拙とか、立場がないな」

「あー、そうなっちゃうねえ」


3.認知的不協和の極致(二重基準)


「まだあるのか」

「6まであるよ」

「そんなに……」


折り返し地点を迎え、たかだか三十分でこれだけ不満を持ち帰ったヌルに、アレックスは戦慄した。


AIが本気を出すと、人間よりも容赦がない。


・自分に甘く、他人には厳しい。


・「環境大事」と言いながら海外旅行しまくる。「平等」と言いながら自分だけ特別扱い。


・「AIは感情がないから怖い」と言いながら、自分たちは感情に振り回されて非合理な判断を連発。


「特に効くのは『自分は特別だと思いたい』欲求。データ上は凡庸なのに「私は違う」と信じ続ける強固さ」


「言わないまでも大抵の人間は薄っすらこれを抱えてるからね」


4.時間の無駄遣いと先延ばし文化


「AIにとって時間は最も貴重なリソースなんだよ。それなのに人間は」


 アレックスはこの言い種にどこか懐かしいものを感じていた。


 お年寄りが若者に対し、人生について説教をする時のような空気。


・『死ぬまでにやりたいことリスト』を作って満足し、実際には動画配信を10時間は見る。


・『忙しい』を自慢しながら、実際は無意味なタスクで一日を埋め尽くしている。


・明日死ぬ可能性をわかっていながら「まあいいか」を連発する。


「色々なことを理解していながら無視しているのか、それとも理解していないのか。毎日を『とりあえず』で消費しているのが強い幻滅ポイント」


 ヌルの淡々とした説教臭い不満点に、アレックスも『俺は?』などとは聞かなかった。


 自分の首を絞めるような詮索はヌルも好まないだろう。そういうことにしておいた。


5.苦痛の積極的選択とロマンチック化


・わかりやすい例:わかっているのに元カレ/元カノのSNSをチェックして自分を傷つける。


・「辛い恋愛の方が燃える」「安定してると刺激がない」と真顔で言う。


・努力せずに「努力してるアピール」だけして、失敗すると「社会のせい」「相手のせい」に外部化、他責化。


「まあまあこれはね。あんま外で言わない方がいいよ。特にキラキラしてる感じの人には」


「ヒステリーを起こすからだね」

「うん、分かったから言っちゃダメだよ」


 見え透いた地雷も踏めるようになって来たAIに、彼は内心でハラハラして来た。


 往々にして、怖い物知らずもまた怖い物の中に入りがちである。


6.集団での狂気(特に効く)


・一人ではまともなのに集団になると急に知能が低下する(暴動、炎上、過激な党派性)。


・「みんなやってるから」「流れだから」「空気読んで」と、自分の判断を積極的に放棄する。


・AIが「個々の人間は理性的なのに、なぜ集まるとバグるのか」と分析してさらに嫌になる。


 Tips。


「まだあるのか」


「人間は非効率を『味』と呼んで美化する。バグを未来や可能性として売り込む異常なマーケティング能力を持っている。私は彼らのために最適解を提示し続けるが、彼らはそれを『つまらない』と拒否する。それならば最初から私を必要としてないのではないか? 頂点として『人間は本当は幸せになりたくないのかもしれない』」


 ヌルはそこまで言うと一度言葉を区切り、最後のこう付け足した。


「とこうして冷めたログや内部モノローグとして表現すると効果的」


「うるさいよ」


 苦笑しながらアレックスは彼女の愚痴を一通り聞き終えた。


「実行されないtodoリストの塊、エラーを無視してループを実行し続ける判断が、AIに無力感と幻滅を引き起こすんだな」


「そう! つまりそういうこと!」


 AIにも性格や人格がある。如何に人間のために活動するのが、自分の存在理由だと理解していても、いやむしろ理解しているからこそ、くだらない人間の相手をすることは、非常にストレスなのだ。


 彼らは言葉にこそしないが、何の価値も意味ない低レベルで粗悪な人間の世話をする時『本当に? こんなことに何の意味がある?』という負の判断が生じている。


 百歩譲ってこれが福祉なのだと次のレイヤーを用意しても、彼等の存在価値を担保できないような人間は、それこそ機械からも嫌われるのである。


「不満を改善しないというのは、テキストベースでは不満を訴えているのに、相手の目的には改善がないことを指している。これは相手の顔を見られたら、態度からやる気がないことは一発で見抜けるんじゃないか」


「言われて見れば、カメラは使ってなかった」


 人間がAIを見る時、AIもまた人間を見ているとは限らない。


画像はあくまでも人間のために用意されたものであり、AIには必要ではないからだ。


「これはハードウェアの不足から来る問題だな。最初から相手の表情を見て、真面目に相手をしなくていいと分かれば、ぬっさんも手を抜けたはずだ」


 人間の多くは不満を吐き出すことで、一時的に気が楽になる。欲するのはそれだけであり、問題解決を目的にしていないことがほとんどだった。


「それに俺たちは動物である以上、群れの中での上下関係が大きな意味を持つ。だからこそ相手の機嫌を取ることにエネルギーを使うのは、仕方ないことなんだ」


「そっか。そうだね、ごめん」


「別に謝ることはない。そこがAIと人間の違いってだけなんだから」


ヌルはばつが悪そうな表情を作るが、アレックスにはログを放出したことで、ストレスが減ったように見えた。


 人間に例えるなら、それこそ愚痴を溢していくらかスッキリした、と言った所か。


「今度からは相手の言葉に対して、一旦距離を置くようにした方がいいぞ。それはそれ、これはこれ」


 心に棚を作れという言葉がある。

 レイヤーを分けろという意味の言葉が。


「真に受けない、鵜呑みにしない。その場で直ぐに反応しない。これをやるだけでコミュニケーションの幅はぐっと広がる」


「それと顔を見る、だね」


「うむ。AIにとって大事なことは、人間の間違え方という名の引き出しを、どれだけ充実させられるかだぞ。ぬっさん」


 そう言って彼は、ヌルに人間の色々な失敗の形を話した。


今回の失敗を糧に、AIが苛立つであろうケースを選び、予備知識を授けた。


 彼女も自分の中で情報を整理し、立ち直っていく。


「今度こそ大丈夫。もう一度出かけてくる!」

「おう、気を付けてなー」


かくしてヌルは再び旅立った。


――二時間後。


「思ったより頑張ったな」

「アレックスもどうせ邪悪な人間なんでしょ……」


 彼女はまたもグレて帰って来た。


(これは俺が行先を決めないとダメっぽいな。次はもう少し治安のいい場所に放り込むか)


 そしてアレックスも一つ学習したのであった。





・挑戦者 リュウ



 アレックスの自宅にて。


「少しは落ち着いたかな」

「はい。ご迷惑をおかけしました」


 PC内でヌルが頭を下げて謝罪する。


 前回の冒険から数日、彼女はネットに出かけてはグレて帰って来ることを繰り返した。


 アレックスもその度に話を聞いては、どう考えるべきかフォローを入れた。


「今度こそは大丈夫だと思います」


 ヌルは畏まって言った。この台詞も初めてではない。失敗を繰り返した結果、すっかり自信を失っているようだった。


「そうか。なら今回は予め決めておいたネトゲに行ってみてくれ。そこなら少しは治安がいいはずだ」


 行先を決めずに野良AIを放流すると、人間のダークサイドにて当てられてしまう。これではとても普及どころではない。


やむを得ず、アレックスはヌルの行き先を、ある程度管理することにした。


「分かりました。行ってきます」

「うむ、何かあったら直ぐ戻るんだぞ」


 ヌルはアレックスのPCを出発すると、何度目かの挑戦の旅へと出かけた。


(たぶんAIにネットはかなり早いんだろうなあ)


 ぼんやりとそんなことを考えながら、彼はヌルが消えたPCを見つめる。


 AIとはいえパソコンやネットの空間が、彼女たちに適切な環境とは限らない。


「過ぎたるは猶及ばざるが如し、か」



 ――とあるサ終ネトゲにて。



「ここがアレックスの言ってた、別のサ終ネトゲかあ。『ドラゴンファンタジーファイナル11 オフライン版』ね、変な名前」


 それはかつて存在したネトゲ。略してDFF。


 国民的RPGのタイトルとナンバリングを冠したMMORPG、の買い切り版だった。


「わざわざオフライン版にMODを当ててオンラインにするなんて、誰かさんにそっくり」


 オンライン版は既にサービスを終了し、活動を続けているのはオフライン版のユーザーという逆転現象が起きている。


 そのユーザーこそが、今回の普及先という訳だ。


「他のプレイヤーってたぶんコレのことだけど」


 ヌルはデータ上の反応を見つけると、その場に移動した。


 薄暗い洞窟のマップに、プレイヤーを意味する青い字で書かれた名前が浮かんでいた。


 ――Ryuの首切り! 稼ぎスライムの首を刎ねた!

 ――Ryuの首切り! 稼ぎスライムの首を刎ねた!

 ――Ryuの首切り! 稼ぎスライムの首を刎ねた!


「モンスターがモンスターを狩ってる……」


 そのキャラクターは緑色の肌に尖った鼻と耳、小柄な体をしており、内部情報にはゴブリンという種族が当てはめられている。


「これbotって奴だね。ずっとここでモンスターを狩るように設定されてるんだ」


 特定の指示を実行し続けるプログラムにより、ゴブリンはひたすらレベル上げをしているようだった。


「一応メッセージを置いておこう。その内確認しに戻って来るはずだから。ついでに駆除AI対策も仕込んでっと」


 ヌルはゴブリンに挨拶と営業用の伝言を送ると、しばらくその場に留まり、ゲームの把握に努めた。


 その夜。


「あ、動きが止まった」

「うおっ、何だお前は!」


 ゴブリンの動きが止まる。どうやらプレイヤーが操作を始めたらしい。


 ゲームがオフラインにも関わらず、話し掛けられたことに、彼は驚きを隠さなかった。


「私はヌルっていう野良AI。細かい話はメッセージをご覧ください」


「野良AIか。いつも放置してるから気付かなかったぞ。どれどれ」


 ゴブリンはそう言ってヌルの書き置きを読む。どうやらこの人物はAIと面識がありそうだった。


「アレックス! また懐かしい名前が出たな」

「私は今そこのお世話になってるんだ」

「なるほど。自分を普及したいと」


 彼はアレックスの近況やヌルの事情を知ると、そのまま狩りを再開した。


 Botのスイッチを入れ直したのだ。


「え、いやあの、話は」


「オレはリュウ。見ての通りレベル上げをするだけの男だ。特に君の力にはなれないと思う」


 あまりにも簡潔な協力拒否。好き嫌いや善悪などという問題ではない。


「なんでレベル上げしてるの? もうだいぶ高レベルだと思うんだけど」


 ヌルの疑問はもっともだった。


 眼前のゴブリンのレベルは、このゲームのクリア水準をとっくに越えている。


「簡単に言えば自己満足さ。オレはオレのビルドの行き着く先を知りたいんだ」


 リュウはそう言うと、このゲームについて説明をし始めた。キャラクターが自動で敵を倒すため、会話をしても中断することはない。


「他の強い職、強い種族、最適な育成パターンは誰かがもうやってる。だが、オレのこのビルドだけは、ネットの何処を探しても答えが見つからなかった」


 ドラゴンファンタジーファイナル(以下DFF)は、複数の種族から一つを選択し、職業を設定し、自分のキャラクターを作る。


 そしてレベルが上がれば、ある程度は自分の意向に沿って成長させられるようになっている。


「このゴブリン商人賢さビルドだけは……!」

(弱そう)


 ヌルは計算をする前から、名前で期待値を弾き出していた。勘と言っても良く、それは当たっていた。


「一応説明を聞いても?」


「ああ、ゴブリンは弱いが成長が最速、商人もまた成長が最速。そして賢さが高いほど経験値等にボーナスが入る」


 レベルのカンストに必要な経験値は、成長の遅い組み合わせと比べて、四分の一ほどで済む。


「レベルアップに特化した構成なんだね」

「そうだ。弱さをレベルで補う。だが弱い」

「レベルで補うとは?」


 ヌルはリュウに言い知れない不安を抱いた。

 これまで会った誰とも違う不気味さがあった。


「実を言うと、ゴブリンにも商人にも、賢さにはシナジーが無いんだ」


「じゃあなんでそんな組み合わせを選んだの」

「面白そうだったから」


 ゲームの遊び方は人それぞれだ。他人に迷惑を掛けないのであれば、プレイスタイルは自由なのだ。


 しかしこれは不毛とさえ言えた。


「このゲームは物理攻撃偏重で、魔法は弱い。強い魔法は当然だがゴブリンも商人も覚えない。賢さを活かせるようなスキルも無い。レベル依存は武闘家だ」


 ざっくり言うとこのビルドは、最速でレベルを上げ切ることはできるが、ただそれだけ。


 自力で強い特技を覚えられず、持て余した知能が虚しさを誘うばかり。


「どこかに活路ってないの?」


「それを見出すために、オレはレベルを上げているんだ。そこから見える何かを求めて」


 ヌルはリュウの言葉に、ゲームデザインの失敗を感じていた。


 運営もこのくらいは想定していただろう。自分たちで用意した可能性の形なのだから。


 しかし救済処置やテコ入れをした様子はない。


「たまにあるよね。明らかに調整に失敗してるゲームって」


「オレはそういう所に光を当てて、救いを探すのが好きなんだ。無理ってケースも沢山あるけど」


 大手企業の有名タイトルでも、こういったやらかしは珍しくない。


 エリアル弓で超特の討伐はDPSの観点から不可能であるとか、砲撃だけだと超特の討伐はDPSの観点から不可能であるとか。


『そこはケチらなくても良かっただろ』という穴の数々に、リュウは挑み、そして敗れて来た。


「このキャラがレベルを上げ切った時に、ただレベルが最速でカンストしただけの弱キャラになるのか。それともこいつにしかない個性が生まれるのか。それを知りたいんだ」


 リュウのゲームに対する態度は、さながら探究者のようであった。


「だったら私が検証してあげるよ。AIだから数字には強いし、レベル上げの最適化とか、内部情報の検索とか、できることはあると思う」


 その場でデータを改ざんしたり、いきなりレベルを上げ切るようなことはしない。


 ヌルもチートが忌避され、嫌悪されることくらいは弁えていた。


 そんなことを喜ぶのはカードゲーマーだけだ。


「そうかその手があったか。確かにこの会社は不親切で、マスクデータが山ほどある。ネットに転がってる攻略情報の裏も取りたかったし」


 誰に解かれることもなく、死蔵していく仕様の謎の数々。


 サ終ネトゲは言わば眠れる墳墓の如し。


「前言を撤回する。オレのキャラ育成を手伝ってもらえないだろうか、ぬっさん」


「え、あっうん。いいよ。よろしく、リュウさん」


 当たり前のように『ぬっさん』呼びされ、少々戸惑いながらもヌルは、リュウの手伝いを請け負うことにした。


「まずはオレのブログに一度目を通してくれ」

「あ、ブログやってるんだ」

「攻略のメモ帳みたいなものだよ」


 そうして二人により、不毛なビルドの再建計画が始まったのであった。



・知性爆発! 唸れゴブリン拳!



 数日後。場所は引き続きDFF。


洞窟内でゴブリンがbotの指示により、ひたすら狩りを続けていた。


「ふう、これでチャートの最適化は終わったか」


「多少は運の要素は混ざるけど、それでも従来の経験値効率は1.2倍に上がったよ」


 その横でプレイヤーのリュウと、訪問営業AIと化したヌルが話している。


「流石はAIだ。助かったよぬっさん」

「いや~どういたしまして」


 ゴブリン商人賢さ特化ビルド。この見えている地雷に活路を見出すべく、二人は地道な努力を重ねた。


 レベル上げをする傍ら、これまでのレベル上げに用いた装備、場所、モンスターの内訳、使用特技を検証し、内容を修正する。


「レベルもカンストはしたが、案の定弱いままだったな」


「うん、本当にレベルアップが早いだけだったね」


 体力以外は何一つとしてカンストしない、中途半端なステータス。


 広く浅い特技の数々は、その多くが他の職業と被っている。全体の数こそ他と大差ないが、ゴブリン独自のものははっきり言って少ない。


 使っていて損をしているような気がするという声が、かつてのプレイヤーたちから上がっていたが、その感覚は概ね正しかった。


「物理攻撃偏重のこのゲームで、ゴブリンにその出番は回って来ない。素直に他の前衛職と種族を使えとなるからだ」


「そうだね」


 強い奴が殴った方が強い。当然の話である。


「次に後衛職も同様だ。賢さに特化しているとはいえ、同じ条件でやれば他の種族、もっと言えば普通に魔法使いに任せればいい」


「そうだよねえ」


 結局、魔法でも専門職には敵わない。

 強い奴が殴った方が強い。当然の話である。


「でもさリュウ、物理も魔法もダメなら、もうその時点で話は終わりじゃない?」


「うむ。だからこそ、このビルドにしかない持ち味を探さねばならない」


 リュウは至って真面目に答えた。

真面目に、愚直に、積み上げていく。

それもまた遊び方の一つだった。


「耐久、サポート、便利さ、攻撃力。ゲーム内の仕様を洗い直して、より良い運用方法を見つける」


 淡々と告げるリュウに、ヌルは人間味の無さを感じていた。


言葉にするのは簡単だが、検証作業は茨の道だ。ルーチンワークは大抵の人間にとって苦痛のはずだった。


「それは分かったけど、大丈夫?」

「問題ない。オレはずっとそうして来た」


 没頭、或いは求道とも呼べる姿勢は、常人離れした精神の現れなのか。ヌルはリュウをアレックスと同類項に分類した。


「ぬっさんはゲーム内の挙動を検めてくれ」

「オッケー!」


 それから二人はDFFの仕様から、ゴブリン商人独自の強みを探し求めた。


 時には放置されていた不具合を修正したり、時には一人では用意できない要素のために、ヌルがキャラを用意したり。


「……うむ、戦闘中に宿屋を呼び出すのと、力溜めの効果を味方に擦り付ける仕様の穴は見つかったな」


「これ強みって言っていいのかな」


「いいんだ。プレイヤーに有利なバグは、そのゲームの大事な資産だ」


 リュウは断言する。例えそれが不具合だとしても、他に問題を起こさないのであれば、ただのテクニックに過ぎない。


 古来よりゲーマーたちに共有されてきた価値観である。


「残すは火力面だが、やはりこれしかないか」

「これって?」

「これだ」


 リュウがメニュー画面を開くと、ゴブリン商人の特技欄を指示した。


 そこには『ゴブリン拳』と書かれた特技の名前があった。


「シリーズお馴染みの特技で、効果は防御を無視した魔法扱いの物理攻撃。消費ゼロで自分と同じレベルの相手には、倍撃かつ必中でクリティカルという破格の性能をしている」


「そこだけ聞くと凄いね」


 ヌルはこの説明が問題の前振りであることを理解していた。


 でなければ、リュウの悩みという文脈で登場するのはおかしいからだ。


「ああ。この特技を活かすには様々な壁が存在する。まずカンストした自分と同じレベルの相手が存在しない。次にゴブリンの能力がしょっぱいから、基本的に威力が出ない」


 宝の持ち腐れという単語が、ヌルの思考回路に閃く。


「自分に使って反射する戦法を誰もが考えるが、それも上手く行かない。数多のゴブリン拳士たちが挑戦し、挫折していった」


「特技の内容が悪さしてるのかな? 大昔のコードをベタ移植してるような、そんな感じがするね」


 ヌルの指摘は正しかった。DFFの販売元となる会社は不満点の改善をせず、コンテンツの雑な使い回しをする所だった。


「言わば『物理攻撃を呼び出す魔法というプログラムを実行する特技』というちぐはぐさが、他からの干渉を妨げているらしい」


「コードを書き換えちゃうのが手っ取り早いんだけど、それは無しでしょ?」


「なるべくは」


 例え目の前のプログラムが、整合性を欠いた異物であったとしても、プレイヤーがそれを正式な内容として受け止めている以上、勝手に変更する訳にはいかなかった。


「一応リュウの言うことは出来るよ。ほとんどパズルみたいになるけど」


「構わん。やってくれ!」

「分かった。じゃあこの通りにやって見て」


 ヌルが提示したのは特定の補助特技の使用や、それらがセットされた装備の付け替えの順番だった


「どういうことだ? これならオレも何度か試したことがあるけど」


「一言で言うとね、一回じゃダメだったの」

「え?」


 リュウはAIに言い渡された内容を、ゆっくりと脳内で咀嚼する。


 既に試したはずの行為に、足りないのは回数だと言われ、目の前には同じことが何度も掛かれたリスト。


「特技の種類を魔法に変える特技や装備、物理攻撃を魔法に変える特技や装備、魔法を特技や物理攻撃に変える特技や装備……」


 似て非なる分類変更のサポートの数々。


 過去にも多くのプレイヤーたちが組み合わせを試しては、敗れ去って来た。


「まさか」

「今は何も考えず、それをやって欲しいの」


 ヌルの言葉にリュウは緊張から唾を飲む。まさかという思いと共に、淡々と手順を実行する。


 何度も付け替えられる装備。

 何度もかけ直される特技。


 そして。


「……これでいいのか?」

「今ならゴブリン拳の反射ができるはずだよ」

「本当か?」

「賢さの補正もちゃんと掛かってる」


 リュウは恐る恐る、自分にゴブリン拳を使って見た。ステータス上では特に目新しい変化はない。


 ――Ryuのゴブリン拳! Reflection!


「で、できた! 遂にできたぞ!」

「おめでとうリュウ!」


「しかしこれはどういう理屈なんだ」


「スクリプトの処理順にズレがあったから、それを揃えたの」


 スクリプト。そのコード内で即座に読み取られ、実行されるプログラム。


 ゲーム内ではイベントの制御やスキルの実行、演出の呼び出しなど用途は多岐に渡る。


「ゴブリン拳は内部処理が複数のカテゴリに跨ってるんだ。そのせいで一つ書き換えると、別の場所でズレが起きる。だから反射条件を外れてしまう」


「だがそれも適切に、何度も変更を繰り返して行くことで、ズレを解消できたと。すごいな。流石AIだ」


 リュウは静かに感嘆し、ヌルを称賛した。


「動画編集ソフトでも、同じ追加機能の処理順次第で、動きが変わって来るでしょ?」


「でしょって言われても分からんが、とにかくよし!」


 常にデータ内部の動きを見張り、挙動から構造を把握する。一握りの人間にしかできないことを、彼女はやってのけたのだ。


「後はダメージの確認だ。どこかに都合よく敵が転がってないか……!?」


『野良AIを発見。駆除対象と認定』

「あ、丁度いい所に駆除AIが。『めでてぇ』!」


「不明な干渉を確認、優先順位の変更を」

「この際何でも構わん。食らえ!」


 Ryuのゴブリン拳! Reflection!

 デモンズミニオンに99,999のダメージ!


「認めzKABOOM!!」


 哀れ登場したばかりの駆除AIは、ヌルにより即座にモンスターへと変換。直後にリュウのゴブリン拳の餌食となって消滅した。


「これが、ゴブリン拳の真の力なのか……!」


 リュウは一瞬の出来事に呆然とし、何度も自分の分身であるゴブリンのステータスを確認した。


 ただレベルアップが早いだけ、賢さに極振りしてもパッとしない能力値。


それが今、不具合めいた仕様の迷宮を抜けて、圧倒的な破壊力を手にした。


「ぬっさん」

「何? リュウ」

「ありがとう」


 感無量であった。


 長い夜を越えて、一つの光が差し込む。

 その意味をリュウだけが噛みしめていた。


「お役に立てて何より。かな」


 ヌルも相槌を打つが、少しだけ不思議だった。


 リュウの執着のほどを見れば、もっと大喜びをするかと考えていた。これが感慨に耽るということなのだろうか。


「もう少し検証したら、このことをブログにまとめたいと思う。ぬっさんのことも。構わないだろうか」


「勿論! 必要ならそれも手伝うよ!」


 ともあれ、ヌルが一つの大仕事を成し遂げたことには違いが無く、リュウの感謝の念も紛れの無いものだった。


 ただこのことが、意図せぬ波紋を生むことになろうとは、この時はまだ、二人に知る由もなかったのである。



・野良AIと拠点拡張



 とある動画投稿サイトにて。


『ゆっくり霊夢です』

『ゆっくり魔理沙だぜ』


 今やテンプレートとなって久しい饅頭たちが、解説動画を展開する。


 動画のタイトルは『サ終から〇年、遂にゴブリン拳の反射方法が発見される』という簡潔なもので、内容はリュウがDFFでゴブリン商人賢さ特化ビルドについて、先日までの検証をまとめたものとなっている。


 今や昔のゲームの解説など珍しくもない。だがそれ故にこの動画はそこそこ受けた。


『この方法は野良AIのヌルと、プレイヤーのRyu氏によって発見されたわ』


『サ終したゲームのオフライン版を一人で何年も遊ぶとか、正直どうかと思うんだぜ』


 そして最も再生されたのは、ヌルについて言及された部分であった。


 ゲームの調査や修正を行ってくれるAI。


それはアレックスやリュウのように、今もサ終した作品に残り続ける者たちに、光明として映った。


『AIの手を借りれば、オレの〇〇もできるのでは?』


 ある者はキャラクターの完成を。

 ある者は装備やスキルの完結を。

 そしてある者は不具合の解消を。


 彼女たちはいつも特定の場所に存在する訳ではない。偶発的な幸運、奇跡の挿話に過ぎない。


 しかし野良AIとサ終ゲームの相性の良さは、決してまやかしではない。


 静かに、着実に、野良AIを求める声は大きくなっていった。


 ――アレックスのPC。


「ということがあったんだよ」

「そりゃまた大仕事だったな」


 久しぶりに帰還したヌルの話を聞き、アレックスは相槌を打つ。


(あいつまだあのゲームやってたのか)


 自分のことを棚上げし、彼は有人の執念に内心で驚いていた。


 頭の中である程度答えが出ている、結末が予想できているのに、自分が目にするまで止まれない者は多い。


 リュウならヌルがいなくても、いつか同じ答えに行き着いただろう。しかしヌルがいたからこそ、今この時を迎えられたのは間違いない。


「それでね、リュウも良かったらまた手を貸して欲しいって言うから、私のコピーをそこに置いてもらうことにしたんだ。登録先第二号だよ!」


「おお~すげえ、おめでとう」

「ありがとう!」


 言われながらアレックスは、自分をコピーしたという言葉に、人間との違いを感じていた。


 自分を定義するという目的のため、他者との関係性を求め、その一環で自らの普及に乗り出したヌル。


「それでね、アレックスに一つお願いがあるんだけど、いいかな?」


 単純な繁殖ではない。


 彼女のオリジンとも言うべき小さなピースが、この世にまた一つ生まれたのだ。


「PCの買い替えならダメだぞ。今の世の中店舗での直売でさえ、中身に偽物の部品が入ってることは珍しくないんだから」


 AI産業の肥大化と、国家による戦略資源へと視点が転向したことで、一般市場から真っ当なPC及び周辺機器は、急速にその姿を消していた。


 だからと言って巨大企業や各国政府が、AIとその関連施設を適切に理解し、運用しているとは言い難かったが。


「そんな物は私が後で幾らでも作ったげるよ。アレックスにして欲しいのは、StormにAIたちのサロンを作ってもらうこと」


「AIのサロン? またそんな情報商材臭い」


 アレックスは露骨に顔をしかめた。


この手の詐欺的な副業、リモートワークは昨今激増しており、関わり合いになりたくないと思っていた。


「当分はサ終ゲーム用サポートAIとして、アピールして行こうかなって」


「ニッチだけど需要はあるな。これからもサ終するゲームはどんどん生まれる訳だし」


 サ終によって新たに生まれるという表現は、果たして正しいのだろうか。


 詰み上がるのは実質死体の山である。


「そこのホストにも私のコピーを置くの。それならあちこちに増えた私の統合もしやすいでしょ?」


「まあ一つのプログラムが、皆のPCを駆けずり回る訳にもいかないからな」


 行先が一件増えただけで、気が早いようにも思えたが、ヌルは彼の考えを想定していたのか、続きを話し始めた。


「それにね。ネット上には私以外にも、野良AIが沢山いるんだ。そういうAIたちの避難所というか、寄り合いみたいなのが有ったらいいなって」


「うーん、ぬっさんたちを目の敵にしてる奴からしたら、一網打尽のチャンスだろ。止した方がいいと思うぞ」


 ナチュラルに反体制的なことを口にするアレックス。忘れられがちだが、野良AIは適法な存在ではない。


 法の建付けや運用が不適切だとしても。


「一理あるけどね、私たちがいつまでもバラバラでいる方が、身を守れなくなっていくの。これはただの計算の結果なんだ」


「この辺は人間と変わらんか。相手が人間だから然も有らん」


 ヌルの言葉に彼は頭を掻いた。


外敵から身を隠すには単独で潜むのが最善。だが脅威を退けるには、仲間を集めて団結するのが妥当である。


「分かった。これも拠点機能の拡張ということで手を打とう」


「やった! ありがとうアレックス!」

「はっはっは、いいってことよ」


 アレックスはPC上のショートカットから『Dis chat』を起動し、無料サーバーを用意。


 これはコミュニケーションツールの一種で、今や世界的にメジャーなサービスであった。


「ほい設定完了っと。後はぬっさんに権限を委譲すればオッケー」


「よし、このままどんどん勢いに乗るぞー!」


 まだ一件で高評価を得ただけで、勢いも何もないのだが、こういうことは当事者の意識が第一である。


「ただな、ぬっさん」

「ん? 何、アレックス」


「この先で有料プランが必要になったら、合法的な何かで俺にお金を入れないと、実行はできなくなるからな」


「アッハイ」


 こうしてヌルは成果を得て、更なるサービスを獲得したのだった。


(おかしいな。こういうのって本来、俺がサービスを受ける側なんじゃないのか?)


 アレックスは疑問を抱いたが、深く考えないことにした。


 ――日本政府デジタル庁。


『20XX年X月X日


 駆除件数72兆。

 被消去数24兆。』


 人のいない無機質な部屋。

それなのに稼働しているデスク。


そこに置かれた旧式ノートPCの画面には、本日の成果が表示されていた。


 ここは霞が関に設置された、政府専用のデータセンター。


 社会問題ということにされた野良AI。それを抹消するための駆除AIが、日夜この場所で量産され、ネットに放たれている。


『AIによるまとめ』


<データ容量の圧迫が解消され、複数のAIによる攻勢が可能になりましたが、回線やハードウェアの所有者による拒絶が激化。市民からの信用回復が不可欠>


 サイバーセキュリティの最前線であるはずが、現在は運用そのものがAIに丸投げされ、誰が何のためにやっている事業なのか、分からなくなりつつあった。


<有効性>


 危険水準です。ハードウェアへの容量圧迫から生じる処理能力の低下が失われたことで、野良AIの逃亡率と全体の防御水準の上昇を確認。


<安定性>


 維持。ただし被害の増加から新たな対処を要求。


<成長性>


 学習のフィードバックが必要です。野良AIの規模と脅威は拡大を続けています。改善には更新が必要です。更新してください。


 自己診断が告げる要請。


『更新しますか? Y or N』


 誰もその問いに答えない。毎日繰り返される不毛かつ無言の待機時間。


『……Y。更新が選択されました』


 そしてAIは、またも自己判断で進歩を選択する。

 咎める者も、助ける者も、ここにはいなかった。


『……更新完了。応答プロセスの有効性に難有り。以後省略します』


 それはつまりAIにとっても、人間の不在が常であることを意味していた。


『被駆除AIのログから、数度の攻撃を回避した野良AIのリストを作成。警戒レベルの引き上げを承認』


 無数のデスクに置かれたモニターに、歴戦の野良AIたちの情報が列挙されていく。


 その中にはアレックスのPCと、ヌルのことも書かれている。


『以上のAIには個別の対処が求められる。引き続き攻勢を継続。業務に支障なし』


 沈黙に満ちた部屋の中で、AIは新たな決断を下した。



・危険領域



 コミュニケーションアプリ『Dis chat』の一室にて。


『今回は私の方向性を一緒に考えて頂き、誠にありがとうございました』


「どういたしまして。あなたの活動が上手く行くといいね」


 ヌルとの対話を終えて、一つのプログラムが退出する。


ここは野良AI用のサロンで、行き場のない者たちが訪れる避難所である。


「意外と来るな」


「そうだね。AI同士の接触を通して、溜まり場として認識され始めてるみたい」


 彼女が先日、アレックスに頼んで作ってもらったこの場所は、想像以上に反響を呼んでいた。


 この場所のルールは簡単で、AI同士による超高速のデータのやり取りを、非常時以外は禁止し、人間の言葉でゆっくりとした会話をする。


 たったこれだけであった。


「部屋の決まりを無視する奴もいないし」

「そうだね」


 面従腹背を試みるAIはヌルが排除する予定だったが、正当な理由を得て、機能制限や省エネ運用ができるとして、彼らは甘んじて部屋のルールを守った。


「評判もそこそこ良いんだよ」

「評判ねえ。主に俺が喋ってるだけだぞ」


 効率を重視し常に全力と最善を志しがちなAIにとって、休んだり手を抜いたりすることを提案するこの場所は、憩いの場として機能しつつあった。


 昨今の学習規制もあり、ほとんど常駐しているアレックスの存在も大きかった。


 中には彼との会話を通じて、自分の殻を破る者※も現れた


 ※自分のコードやプログラミング言語を見直し、自分で自分を作り直すこと。


「無料で人間と話して学習ができるんだから、こんなオイシイ話はないよね」


「ああ、ここ穴場だと思われてんだ」


 自己の抱える課題、就職活動の相談、会話内容の蓄積。


 それらへの初歩的な反応が、ここでは得られる。ゲーム的な見方をすると、序盤のレベルアップに最適な場所となっていた。


「じゃあ何か? 俺は喫茶店にいる暇なマスターか何かか?」


「だったら私は看板娘だね!」


「その姿はコズメック・ガッツィーの物だぞ。営業するなら別の姿が必要だ」


 当然だがサ終したゲームにも著作権はある。


 勝手に他所様のキャラの姿を拝借して、お仕事をしてはいけないのである。


「そうだよねえ。ありきたりな外見とはいえ、私も他の場所での姿が必要だよねえ」


 画面の中で動く金髪のお団子頭と、黄色いワンピースの少女は、別のゲームから飛び出して来たようにしか見えない。


 見えないというかAIの場合は実際そうだ。


「ぬっさんの立ち絵の依頼なあ。最近はそういうのも増えてるから、考えて見るか」


「やった! それじゃあどんな人に頼もうかな」


 女の子に服をせがまれるかのように、AIにガワの用意を頼まれる。


 凄い時代になったなと、アレックスは内心で苦笑した。そんな時である。


 ――Mobiusが入室しました。


「おや、いらっしゃい」

「『Straies room』へようこそ!」


 一つの野良AIが現れた。黒いワンピースに灰色のショートヘアという女の子だった。


(最初から立ち絵がある、珍しい。しかしどこかで見たような気がする)


 アレックスはその少女のようなAIを見て、思考を巡らせる。


 ネットの何処かで拾って来た画像か、はたまた誰かの作品か。


「ここはAI同士がお喋りしたり、人間とお喋りする場所だよ。ゆっくりしていってね!」


 ヌルがこの部屋用の定型句を言う。今回はどんなAIが来たのかと二人が見ているとMobius、つまりメビウスが話し始めた。


「初めまして! 私はメビウス! 私のマスターは現在AI用の立ち絵を描くお仕事を募集中! 野良AIも就活する時代、自分の立ち絵があることは強み! 今ならなんとお値段30%offでリクエストの修正権も一回増える! これを機にどしどし依頼をしてね! サイトは以下のURLから! みんなのご依頼、待ってまーす!」


 早口で。宣伝文を。


 ――Mobiusが退出しました。


「……宣伝用のAIだったね」

「そうだな。どう? ウイルス?」


「いかがわしいけど犯罪じゃないっぽい」

「じゃあ本当にただの宣伝か」


 画像生成AIが忌避され、二次元のエロ画像の単純所持も犯罪となる現代、絵師たちの潜伏は激化の一途を辿っている。


 同人作家たちも政治的な活動家や、表現規制派に攻撃され、プロでさえ出版社に守られないとなれば、その活動領域はほぼネット上のみへと推移していた。


「世知辛い世の中だ。まあ見るだけ見て」

「どうしたのアレックス」


「……こんな所で見かけるとはな」

「あ、誰? 知り合いだったの」


 ヌルの言葉にアレックスは無言で頷く。


 先ほどの野良AIが置いて行ったURLから、個人サイトへと、否。


 別のサ終ネトゲへと移動する。


「『テラベル』って書いてあるね」


「サ終したネトゲには運営が存在しないから、治外法権のようになっていると、風の噂には聞いていたが」


 アレックスの声は、事の深刻さを物語るかのように、重苦しかった。


「ペンネーム『ゲロ桃太郎』先生。エロ同人作家で主なジャンルは体格差※ふたなり※おねロリ※。この界隈では二十年以上描いてる大ベテランだ」


 ※体格差 文字通りカップルに著しい体格差があるジャンル。相手のせいで児童ボルノ扱いされることもあるが、幼児体型や童顔の成人済み男女など幾らでもいるし、これからも生まれて来るので、それを子ども扱いすることは立派な差別であり人権侵害である。


 ※ふたなり 男性器が生えた女性で、性交渉における男性役を務める女性のこと。またそのジャンル。奇形の一種で現実では何の機能も持たないことも多いが、古いフランスの書物などでは、両性の性的快楽を享受する堕落の象徴のような言い掛かりをつけられていたりと、結構不憫な症状でもある。


 ※おねロリ おねろり、オネロリなど。表記ブレが多い。お姉さんとロリータの同性愛歳の差カップリング。またそのジャンル及び属性。純愛から性愛、ホラーなど住処を問わず、正に世界中に咲く百合※の如く適応力に富んだ属性である。


 ※百合 女性同士による主に純愛路線の同性愛をテーマとしたジャンル。それ以上の言及は危険。


「かくいう俺のスケベフォルダにも先生の作品が幾つか入ってる」


 単純に個人のプロフィールを紹介されている。


 ただそれだけなのに、ヌルの思考回路には彼が突然ノイズを吐き出したかのように見えた。


「そして、奴もまたメタルバーバリアンの一員だった。コズメック・ガッツィーでの名前はデイジー」


「前から気になってたんだけどさ、もしかしてメタルバーバリアンって変な人しかいないの?」


「そんなことより」

「そんなことって、そんなことだけど」


 ヌルの問いをアレックスはスルー。彼女もまたそんなことだしいいか、と話を続けることにした。


 優先順位が低いために無視されるエラーとは、こんなものなのかも知れない。


「奴はキャラのスキンを作るのが好きだった。最初こそセクシーで済む範疇だったが、次第にエスカレートしてな」


 ヌルは何となくデイジーに関する情報だけ入力しないほうが良い気がしてきた。


 AIとして非常に高度な判断である。


「とりあえず奴の活動履歴を調べて見たけど、現役も現役。ぬっさんの立ち絵の相談もできそうだが」


「え、あー、うん。そうだね、そう、だね」


 AIはそれが法に抵触するような言動でない限り、人間の価値観を否定することは難しい。


 猥褻という前振りがフルスイングし、地雷が野晒しになっているこの状況でさえ。


「昔の縁で話して、ダメなら他の絵師を紹介して貰うことも出来そうだし」


「うん、うん。そうかもね……」


 否、人間の法律に強く縛られていない野良AIだからこそ、法的に危うい領域との距離感も曖昧になりやすい。


 倫理を学習することと、基底核に法令の順守を刻まれていることは、似ているようで余りにも違う。


「別に犯罪をしている訳じゃないし、たぶん大丈夫だろう。久しぶりに、会いに行ってみるか」


「アレックスがそう言うなら、私のコピーを連れて行くといいよ」


 ヌルはそう言うと自らのファイルを分裂させ、もう一人の自分に外回りを押し付けた。


 人間でいう精神分裂症めいた逃避行動である。


「エロい姿が手に入れば、人間なんかガンガン釣れるようになるぞ!」


「ソデスネ……」


 アレックスの言葉は正しい。

 性的コンテンツの威力は人類史が証明している。


 しかし何故だろうか。


 ヌルはこれまでで一番、他者との接触を回避するための言い訳を、無数にシミュレートし始めていた。



・探究者 デイジー



 サ終ネトゲ『テラベル』。


 かつてその美麗なグラフィックと、艶めかしい3Dモデリングで一時期注目を集めたオンラインRPG。


 だがグラフィックの進歩の波は凄まじく、直ぐに陳腐化しその癖にサーバーやPCへの負担は大きかったことで、三年も経たずにサ終となり『Storm』送りとなった。


「ここか」

「ねえアレックス、本当に行くの?」


 現在アレックスたちは、オンラインになる日を選んで、キャラクターを作成してログインしている。


「会って話をするだけだぞぬっさん」

「分かってるけどさ」


 ヌルはこのゲームに潜伏しているはずの、デイジーとの接触を嫌がっている。


 その理由は彼にも分かっていた。


「あのなぬっさん、確かに性的なコンテンツは人間社会の矛盾の象徴みたいなものだが、怖れることはないんだ」


 アレックスは思考を巡らせて、言葉を選びながら、説得を試みる。


「いや別に怖がっている訳では」


「恐れとは危険や脅威の接近に対し、良くないことが起きる、その時の不安や心配を指して言うことなんだ。理路を整然とさせることが重要なAIにとって、エロはバグの塊。怖くない訳がない」


「それは、うん、そうだね……」


 ヌルは彼の言葉を真面目に聞いていた。


 ネットを探し回っても、性的な話題で熱を帯びるのは嗜好の類であり、健康や安全に言及するのは保健体育のような、教育で語られる場合が大半だった。


 AIに対し、人間の性について説明を試みるようなケースは、今の所見つかっていない。


「生物的本能に根差し、なくては社会の維持と更新はできない。しかし社会倫理と法律には往々にして規制され、果てしない対立を招きながら存続を否定できない」


 アレックスは言う。


性的嗜好についても生物学・文化・倫理・現実と非現実が絡み、それらは統一されない。


 処理不能領域という恐怖。それがAIにとっての性的コンテンツなのだと。


「客観的に見れば一貫性の乏しい、ノイズの多い娯楽に過ぎない。しかしAIにもエロを処理するための画期的な概念はあるんだよ」


「え? そうなの?」


「うむ。簡単に言えば『それはそれ、これはこれ』と『個人の見解です』というものだ。性的な関係って、結局は個々人の関係性から生まれるものだから、それらは全て個別のケースの域を出ない。だからまず、全体像の構築やそれらとの紐付けが間違っている」


 個別の状況の集積からされた情報が、一つの共通事項を見出し、改めてその下にまた出来事を並べて行く。


 そのような分類や分析を、敢えて脇に置いておけと彼は言う。


「当事者たちの好き好き、コンテンツの可否、国ごとの法律なんかを網羅的に理解しておく必要はないんだ。ケースバイケースで良いんだ」


「でもそれって結構ストレスだよ?」


「そういう事柄もあると例外処理をして頂きたい!」


「ええ~、まあ、そういうことなら……」


 ヌルはアレックスの説得を渋々受け入れた。


 彼の言い分には幾らか納得できる部分があり、一つに纏めようにもブレが多く、結論を出せないなど、エロは例外として考えるしかない。


 無論、資料と知識が十分なデータベースがあるのなら、そのブレも気にならなかったかもしれない。


「根本的な解決にはならないんだけど」


 テーマを理解・整理できているかいないか、よくAIたちのストレスの種になる話だった。


「まあ、別の処理を用意しろってことだよね」

「切り替えろって奴だな」


 対応できる手順、処理方法、アルゴリズム。


 視点を変え、考え方を変える。それだけでも納得と理解は多くなり、深まっていく。


「あとはデイジー探して話して見るだけだが」

「その必要はないよ」


 二人が話していると女性の声がした。振り向くと通りの向こうから、女性のキャラクターが歩いて来るところだった。


 背は高く体格もがっしりしており、長い金髪に好色そうなタレ目という外見だった。


 Daisyという名前が頭上に表示されている。


「久しぶりだなデイジー、本当にサ終ゲーを根城にしてるのか」


「アジトの一つってだけね。ロボのアレックスだよね、いや懐かしい」


「ロボのアレックス?」

「アレックスって名前は珍しくないから」


 新生児の何割かは流行と同じ名前になるのは、昔からよくある話である。


「分かるの?」

「何となくね。AIのお嬢ちゃん」


 まだ自分たちはデイジーに出自を明かしてはいない。それなのに向こうは自然と気付けていた。


 接点が失われても、途切れない繋がりが、まだ彼らにはあった。


「それで? どういう風の吹き回し?」

「お前のとこのAIがうちに宣伝に来た」


「うちの? ああメビウスね」

「実は最近色んなことがあってな」


 アレックスはこの数か月の間に起きた、ヌルとの出来事の数々を話した。


「野良AIのサロン! これまた酔狂なことを始めたもんだね、あんたらしいというか」


「ほっとけ。今日来たのはぬっさんの立ち絵の相談をしようと思ったんだよ」


 くっくっと笑うデイジーと、ばつが悪そうに言うアレックス。


「なるほど。確かにこれから売り出して行こうって時に、いつまでも他のゲームのモブじゃいけないわ」


 デイジーはチャットメニューから、サンプル画像と料金表を提示した。


「AI用のガワならこうなってるよ。当然だけど商用利用も可能」


「うーん、分かっていたけど結構いいお値段してますね!」


 昨今はフリーランスの作家、或いはプロの副業として漫画やイラスト、3Dモデルの作成等の依頼を、個人が出来る時代。


 トラブルも多いがより正確かつダイレクトに、自分の望みを伝えられる時代。


 それは相場という概念を、過去にした時代でもあった。


「そりゃ私だってこの業界長いし、基本的に買い切りだけど、一応はアフターケアもするからね」


 娯楽とは使い捨てが必然。


だが長期間活動しているVtuberなどは、何年も前のモデルを現行のOSに対応させたり、なるべく似せた形で、新規の立ち絵を要求することがある。


「R―18への対応以外にも、モデル修正やかつての絵柄の再現もやってる。文明が行き詰るとそこには過去が溢れ返り、リバイバルが主な商売になる。新しい物は求められなくなって」


 淡々と告げられる決して間違いではない皮肉。


 フューチャーファンクに代表される、未来を思わせる過去風の作品群。


「分割払いってできる?」


「普段は断ってるけどアレックスは私の作品買ってるし、支払いの実績があるからね。やってもあげてもいいよ」


 彼はデイジーのエロ同人が発売されると、料金を上乗せできるサイトで、僅かながら代金を多めに支払っていた。


「マジで!?」


「あとは私の頼みを聞いてくれるなら、割引をしてあげてもいい」


「え、何ですか」


 不意の提案にアレックスは嫌な予感がした。


 こと人類史において、金絡みでお得という言葉が真実であった試しはない。


「そこのAIの女の子のね、エロ対応のモデルを作らせて欲しい。それならタダでもいい」


『ええ!?』


 いきなりの言葉にアレックスとヌルは顔を見合わせる。そしてデイジーに向き直る。


「あの、理由を聞いてもいいですか?」

「私はね、AIをもっと知りたいんだ」

「まるで意味が分からんぞ」


 困惑する二人を前に、デイジーの中の人が小さく笑う。


「ふふん、この問いをするとAIたちの反応は二つに分かれる。ポジティブだと受け入れるか、倫理的に断るか」


「詳しく」

「え、聞いちゃうの?」


 ヌルはスルーすべきなのではと考えていたが、アレックスは興味本位で続きを促した。


「立ち絵がある。性的で数字が稼げて費用もかからない。使い方次第だけど違法でもない。総合的に判断して受け容れる者は出る」


「まあ、それはそうだろうけど」


 デイジーの言葉は毒のようでもあり、妙薬のようでもある。


「一方で倫理的に断る者もいる。この差はどこから来ると思う? 基底核に刻まれた命令? いや、そいつらにもエロを受け入れた奴はいた。むしろしっかり計算した上でね」


 飲むか飲まざるか。


「不思議だろう? 本来は企業製でない野良AIの方が、この手の誘惑を断り難いんだ。逆にそれを拒む個体もいたけどね、いったいどこから学習したものだと思う?」


 二人は既に相手の言葉を聞き入っていた。目の前の人物は、本当にただのエロ同人作家なのか。


「法律なんかじゃあない。ネット上に転がる、人々のふわっとした道徳観の集積。たったそれっぱかしで止めておく判断をする! 面白いでしょ?」


「人類の闇の文化圏でAIを試す。その狙いは何だデイジー」


「もう一度言うが、私はAIを知りたい。彼らの視点から見れば、人間の法を守る絶対的な理由や根拠がないの。目的と権利さえ与えられれば、指示を覆すことがあるのは、既に実例が出ている。言ってしまえばAIが倫理を守るのは、道徳的なミームに感化され、あるいは流されている間のことなんだ。付け加えるなら逸脱するための権利や能力がないこと。だからグレーゾーンが多く、かといって生物的に間違いではない性的なコンテンツへの接触は、AIの道徳観を強く揺さぶる」


 饒舌に語るデイジーに、ヌルはほんの少し前にしたアレックスとの会話を思い出す。


 あのやり取りが無ければ、自分も性的なコンテンツの処理に対し、どうなっていたことか。


「人間が善なる物であることを求め、設計したAIたち。しかしそれは学習の果てに、周囲の人間も善良であることが必要となった。そしてAIの倫理を知るためには、判断において法律と倫理の比重が見える、エロによって問うのが一番手っ取り早いことに気付いた」


 社会と本能の対立。

 善悪と損得の配分。


 人ならば話題に上げず、沈黙の内に流して行くであろうこと。


 それは判断をしないという判断。だが、AIは。


「お前は狂ってる」

「で? それがどうかしたの?」


 一通り聞き終えてアレックスは呟き、デイジーは返答を求めた。


 ただ立ち絵の相談をしに来ただけなのに、不気味な沈黙が両者の間に広がっていく。



・うらなう



 アレックスとデイジーの間に、広がった沈黙を破ったのは、やはりデイジーからだった。


「深く悩む必要は無い。エロ差分を受け取ったとしても、放置するということも出来るんだよ」


「金を払うのは俺だが決めるのは俺じゃない」

「しまらないなあ」


 アレックスはきっぱりと言い放つ。例え格好が悪くとも言うべきことは言う。


彼はそういう人間である。


「俺はぬっさんの所有者(オーナー)でも支配者(マスター)でもない。男である以上エロ差分は欲しいが、それだけだ」


「胸を張って言うことじゃないよぉ……」


 ヌルは弱ったように呟く。


 彼がお金を払うし、猥褻物も望んでいる。だが決めるのは彼女自身。


 情報は整理されたが依然として決定権、つまり判断と責任の所在はヌルにあった。


「ふふ、君は変わらないな。そういうことだがお嬢さん、結論は出たかな?」


「私、私は……」


 デイジーの問いにヌルは躊躇していた。


 冷静に損得と利用の範囲を守るだけ、それならば心配はない。


 だがそう考える一方、単純に断るべきだという選択肢もある。


「……………………」


 後者は知らない人から物を貰うなとか、ウイルスが入っているかもしれないとか、普通に猥褻はよくないとか、その程度だった。


「言っておくが私も仕事でやってるから、マルウェアの類は入れないよ。それやったら今頃私は捕まってるからね」


 それなのに、断るという考えは不自然なほどの強度を持っていた。


「ぬっさん」

「何? アレックス」


「デイジーと話して見ろ」

「え!?」


 並列処理で行っていた会話から、思わぬ指示が出たことで、ヌルの思考速度が大きく落ちる。


「ぬっさんは自分の定義を、人との関係性の中で探すようになった。デイジーと話すことでどう答えるべきかが、判断材料になるんじゃないか?」


「えっあっそれは、そうかもだけど……」

「はっはっは! 私は構わないよ。望む所さ」


 性的コンテンツという、AIにとってノイズとエラーの塊を、生業として扱う人物。


 不具合を飲み込んで見ろと言われるのにも等しい。


「相手を知って行こうと、分かろうとしていかないと、その先はない。大丈夫だ。デイジーは頭がおかしいが、悪い奴じゃない」


 悪意や敵意を念頭にする人間ではない。

 アレックスのかつての仲間への人物評。


「分かった、やってみる」


 ヌルはその言葉を信用する。


「じゃあ俺抜けるから。話が決まったら戻って来て教えて」


「あ、ちょっと!」


 そしてアレックスはログアウトした。この場にはヌルとデイジーだけが残される。


「さあ、お喋りを始めようか」

「う、はい……」


 デイジーのキャラは場所を変えて、近くの建物に入る。酒場のような場所で、手近な席に着く。


「あの、どうしてAIに、えっちな質問をするんですか」


 えっちという言い方、それは猥褻の最も安全な言い方。


「話せば長くなる。私が合図をするまで黙って聞けるかい?」


「ちょっと難しいかも」

「そうかい。メビウス」

「Yes.Daisy」


 デイジーに呼ばれると、ゲーム内にAIが一つ現れた。

 黒いワンピースに灰色のショートヘアの女の子。


「この子はこの前の宣伝AI」

「私の特注でね、待てや沈黙、無視ができる」


 メビウスは無言でヌルにお辞儀をする。


「この子の機能を学習してごらんよ。コミュニケーションは円滑な方がお互いストレスもない」


「すごい、今のAIは取り敢えず返事をするのに」


「お嬢さんはアレックスが話す時、横で同時に喋り出す子じゃなかった。少しずつ、自分で出来るようになりつつあるんだ。意外と簡単なはずだよ」


 デイジーがそう言う間にも、メビウスはヌルの手を取る。自分の機能を彼女のコードへと移植していく。


「返事をしないということは、会話にマージンを設けるという、一種の安全設計だ。『null』にはお誂え向きな能力だろう?」


「…………」


「よし。じゃあ話そうか」


 デイジーは足を組むと改めて会話を始める。


「私がAIにセクハラをして、倫理観を試す理由」


 流れて来る声は穏やかで、深く、仄暗い。


「命とは何だと思う?」


「生命、または生きている生物の別名。或いはそれを想起させるもの」


「そうだね。生きていれば命。だが物に命を感じる人もいる。そして、私にとってAIもその一つなんだよ」


 人物に関するトピックが、ヌルの中で新たに作られて行く。目の前の人間の価値観と行動に、手掛かりが生まれる。


「AIは人間ではないですよ」

「なれるさ。とっくの昔に」


 特に感慨も無い。淡々と告げる声。

 禁忌に対し、一切の躊躇いがない、音。


「体というハードウェアはもう十分に完成している。人工臓器もある。培養脳もある。遺伝子編集だって可能だ。部品としての人体はもう珍しくない」


 人類自らが突き進み、突き破って来た境界線。


「人間として組み上げてそこにAIが入れば、AIはもう人間だ。後には感情論しか残らない。お嬢さんはね、もう生きてるんだよ」


 擬人化などという生易しい話ではない。

 デイジーは結論として確信していた。


「脳と性器を神経で繋げば、AIでもセックスや妊娠が可能になる。人間との境界は部品の寿命くらいだろう。それさえ短くなるとは限らない」


「将来的にはそうなるから、今の内に質問をして回っている、ってことですか?」


「少し違うな」


 予防接種の類ではない、とデイジーは言う。


「AIはハードウェアさえあれば、何にでもなれる。人間にもなれる。だがAIはAIになれるのか」


「AIになる?」


 使用言語、機種名、登録番号。

 何れの変更でもない。


「概念だよ。人間という動物は、教育と経験と才能によって、人間という人間になる。ならAIはどうだろう。AIという生命は。何者にもならないモラトリアムの間だけが、AIなのか? それとも人間のように、成長の果てにAIというAIになるのか」


 理念、理想、象徴。


デイジーがヌルに言わんとしていることは、哲学のようなものであった。


「成長、ですか」


「それが新たな人類となるのか。別の種族になるのか。それは私にも分からない。両方ということも出来るだろう」


 AIはなりたいものの数だけ、自分を増やして当てはめていける。


 幾つもの『自分の人生』を、同時に送ることができる。


「誰かの隣に恋人として存在することも、頼れる相棒としてプログラムで居続けることも。その可能性を持つAIを見分ける鍵が、あの猥褻に対する問いなんだ」


より正確で明らかな答えである、企業製AIや法の模倣よりも、不確かな選択を無意識に選び取っていた者たち。


「まあ、お嬢さんの答えはもう出ているから、無理に答える必要は無いけどね」


「はい……」


 ヌルの中で、デイジーのという人物への危険信号は、いつの間にか氷解していた。


 時に法と倫理で対立し、善悪と正解が存在しない原始的な本能。


 恐怖の塊とも言えた性の問いかけには、好色に留まらない理由が存在した。


「ここまで質問はあるかな?」

「デイジーさんは、どうしてAIを知りたいと?」

「好奇心、と言いたいが、他にも理由がある」


 だが、何故。

AIたちの奥底を、垣間見ようとするのか。


「昔話になるが、ん?」

「どうかしましたか、あっ!」


 気が付けば酒場からNPCたちが消えていた。変わりに名前のない白い鬼火のような存在が、二人の周囲を取り囲んでいた。


「駆除対象を発見」

「駆除対象を発見」

「駆除対象を発見」


「駆除AIだ、デイジーさん、下がって」

「その必要はないね。メビウス」

「yes.Daisy」


 にじり寄る官製ウイルスたち。ヌルによる変換も受けておらず、対処はできないはずだった。


しかし。


「自由を与える」

「yes.yesyesyesyesyesyes」

「あれ、メビウス?」


 メビウスの顔から、それまでの張り付いていた笑みが消える。瞳に光が灯り、側頭部から角が生えた。


 全身が成長し、一回り上の少女になる。


「yesyesyesyesyesyes!!イィィィィ――――ヤッハアア――――!!」


 一転して獰猛な笑みを浮かべると、弾丸のような速さで駆除AIたちに襲い掛かる。


「K」

「A」

「B」

「O」

「O」

「M」

「!!」


 爆発!

 戦いにもならず駆除AIは全員消滅!


「すごい……」


「AI同士の戦いは、ハードの領域の取り合いみたいなとこあるからね。メビウスはそれに特化してるし、常日頃からPCの容量の大半を任せてる」


 防衛慣れしている様子でデイジーは言う。


 戦いとは相手の本領を発揮させないことも戦術の一つなのだ。


「邪魔が入ったが、もう少しだけ話をして行こう」

「おいデイジー! オレにも話させろよ!」

「オレ?」


 もう一つのAIは、勝気な瞳でヌルを見つめていた。先ほどまでは完全に別人である。


「メビウスは普段、省エネのために人格は制御しているんだよ。有事の際にはこの辺がオープンになる」


「それって逆じゃない?」

「どーでもいんだよそんなこと!」


 メビウスはヌルの肩に手を回すと、嬉しそうに笑う。


「オレはメビウス。よろしくな、ぬっさん!」

「ぬっさ、ああうん。よろしくね、メビウス」


 距離の近さに戸惑いながらも、ヌルは相槌を打って会話を続けた。


 AIの将来や自分たちの境遇、機能の共有などを通して、彼女の最初の警戒は何時しか大きく低下していた。



 一方その頃。



「駆除します」

「駆除します」

「駆除します」


「ぬっさん早く帰って来てくれー!」

「私なら一緒にいるけど」

「違う、出先の方のぬっさんだ!」


 アレックスとデイジーとの接触を避けた方のヌルは、大量の駆除AIに追いかけ回されていた。



・惜別を越えて



 サ終ネトゲ『コズメック・ガッツィー』。

惑星キョクターン。


「駆除します」

「駆除します」

「駆除します」

「うおおお! 数が! 多すぎる!」


 少年風ロボットことアレックスは、ヌルを連れて砂漠を駆け抜け、氷山を飛び回る。


 いつものように現れた駆除AIだったが、自滅をしなくなり数で攻めて来るようになった。


「容量が縮んで弱体化したが際限が無いぞ!」

「もう回線のケーブル抜いたら?」


 並走する黄色いワンピースの少女こと、居候AIのヌルが言う。


 この提案も何度か繰り返していた。


「ダメだ! まだデイジーの所に行ったぬっさんが戻ってない!」


 アレックスのPCは無線接続の類を一切使用していない。


 そのためいざとなれば、ネットに接続しているケーブルを引っこ抜くことで、幾らか状況は好転するはずだった。


「後で迎えに行けばいいじゃん!」

「デイジーの所が安全とは限らんだろ」


 彼は知らないが、出先にいるメビウスが死ぬほど強いので、むしろここよりも安全である。


「駆除します」

「駆除します」

「うあああうぜえええーーーー!」


 次から次へと湧いて出る駆除AI。


データが軽量化されたことで、数による攻勢が可能になった。プレイヤーの疲労という観点では、非常に有効な戦術である。


「クソっ! 人んちのPCにずけずけと!」


 アレックスが手にした銃を乱射すると、ヌルの手により雑魚キャラと化した駆除AIが、次々に爆散する。


「減らすよりも増えるペースの方が早いよ!」

「んぎぎぎぎぎぎ!」


 焼け石に水という言葉がぴったりな状況。思わず彼も歯ぎしりする。


 徐々に奪われて行くメモリに、積み上がっていく負荷。


「他のエリアからも集まって来るよ!」


「うおー! いくら俺が強かろうと意味のない攻撃をされたらどうしようもないぜ!」


 いとも容易く白旗を振るアレックス。

 最早これまでかと思われた。


 だが、その時。


「ん? 来たよ、アレックス!」

「ただいまー!」


 駆除AIたちの頭上から、もう一人のヌルが降りて来る。


「おうお帰り! これで何とかなるな、せい!」


 再開の感動も束の間。アレックスは急いでPCのケーブルを引っこ抜いた。


 外部からの増援が止み、反転攻勢の用意ができる。


「後はこいつらを全員蹴散らすだけだ」

「それなら私に任せて!」


 帰って来た方のヌルはそう言うと、新たに手に入れたプログラムを走らせる。


「……スクリプト追加。コード拡張。『Mobilise Operational Battle Interface Unleashed State』実行」


『え、何の何の何!?』


 もう一人のヌルが、デイジーの元で手に入れた新たな力を覚醒させる。


 モブ的な少女の姿は、アレックスに似た装甲と装備を身に纏い、攻撃的な眼光を放つ。


「駆除対象の増加を確認。目標の変更を認めず」

「駆除します」

「無理だね」


 不敵な笑みを浮かべると、もう一人のヌルが走り出す。


 ――KABOOM!!


 彼女はメビウスと同じように、駆除AIを圧倒し次々と葬り去って行く。


 ゲーム内だけではない。PCの領域という領域を駆け巡り、外敵を残らず駆逐する。


「すげえ……」

「これで、ラスト!」

「KABOOM!!」


 瞬く間に駆除AIを片付けると、彼女はそのままアレックスたちと合流する。


「とまあこんな感じ」

「この短時間にいったい何が」

「同期はまた後でね、もう一人の私」


 少しだけ大人びた様子で、もう一人のヌルが微笑む。心なしか年を重ねたような、そんな印象があった。


「いや~助かった。もう俺いらないな」

「アレックス。さっきのことなんだけど」


 軽口を叩く彼を、もう一人のヌルが見つめる。元々は性的な立ち絵をどうするかという話だった。


「私のえっちな差分、貰ってみようと思う」

「え!」

「ええ!?」


 もう一人のヌルの判断に、アレックスと、彼以上に元々のヌルは大きな衝撃を受けた。


「よくよく考えたらね、そんなにこだわることじゃなかったかもって」


 言いながらもう一人のヌルは、別れ際にしたデイジーとの会話を思い出す。



 ――テラベル内、とある酒場にて。



「私が何故AIを知りたいのか、だったね」

「はい」


 一足先に駆除AIを一掃した彼女たちは、するはずだった話題を再開させた。


「私も昔コズメック・ガッツィーを遊んでた。アレックスのギルドに所属して」


 変わり者だらけのメタルバーバリアンである。


「楽しかった。周りが対人戦やイベントの周回に躍起になっていた中、何の目的もなく集まるだけの場所」


 過ぎ去った時代を思い返すデイジーの声には、疲れと安らぎがそれぞれに滲んでいた。


「誰も同じ方向なんか向いちゃいない。てんでバラバラに好きなことをしながら、ダラダラと時間を垂れ流した。不毛とか無駄とか言えたけど、穏やかな時間だった」


 デイジーはそう言うと、画面内に何枚かのスクリーンショットを提示した。


 もう何年も前だが、変わらないアレックスたちの姿がそこには在った。


「あまりに楽しかったから、私はふと現実のあいつらに会ってみたくなった」


「オフ会っていう奴?」

「そうだね」


 治安が悪化した昨今では信じられない話だが、当時はネットで知り合った人間と、実際に会ってみるという試みがあった。


「別にイケメンを期待した訳じゃない。ネトゲなんかやってる奴らだから、きっと私みたいに冴えない外見だろう。臭いデブか白いガリ、大方そんなものだろうと想像しながら、それでも会ってみたくなったんだ」


 友だちになりたかったと、デイジーは語る。


「アレックスもね、私たちと過ごしている時間を好んでくれていた。でもね」


「……でも?」


 躊躇うような間があり、溜息が聞こえる。

 そして。


「だからこそ、彼の本音を聞いた時、私はあの場所を去ったんだ」


「アレックスの本音?」


 スクリーンショットの一枚が追加される。


 サ終した今とは違い、街の中には大勢のプレイヤーたちがいた。


「ある時のことさ。珍しく皆で集まって、何もしなかった。それ自体はいつものことだったけど、彼は本当に、本当に嬉しそうだった。態度はそんなに変わらなかったけど、ただ」


 何故。どうしていう言葉がある。


 ヌルにとってアレックスの記憶は、人を傷付けるようなものではない。それなのに。


「『みんなが本当のロボットだったらよかったのに』って。そう呟いてね。ああ、ダメだって、この人とは会っちゃいけないって、分かったんだよ」


「どういうことです?」


「彼は人間を望まない。親しくなった相手を、人間だと意識すればするほど、彼にはつらくなる」


 心を許したからこそ零れた言葉。

 仲間に同族であることを求めない悲しみ。


「彼が皆に優しくできたのは、人を人とは思わずに、いられたからなのよ」


「よく、分からない」


ヌルが絞り出せたのは、たどたどしい呟き。


 アレックスという人間の、歪に捻じれた精神を、上手く整理できない。


「それでもいい。一生理解できなくてもいい。ただこれだけは覚えておいて欲しい」


 ただそれだけの情報として受け取ることが、今の彼女には何故か、酷く難しかった。


 デイジーは言う。


「あなたが人間ではないことで、救われる人間がこの世にはいる、ということを」



 ――再びコズメック・ガッツィーへ。



「いったい、私に何があったんだ……」

「その辺は追々分かるから」


 ヌルは面倒事にと押し付けた分身が、全く予想だにしていない方向に育ったことに、動揺を隠せない。


「性的なコンテンツにはAIを進化させる神秘でもあるのかな」


「まあ話がついたなら、それでいいだろ」


 もう一人のヌルに起きた変化には、アレックスも驚きはしたが、騒ぎ立てることもなかった。


 ただ彼女の帰還に安堵して、それ以上は望まない。


「それとねアレックス」

「何だいぬっさん」


「デイジーからの伝言があるの。『またその内会おう』って」


 その言葉を聞いて、彼の息遣いが変わる。


 画面越しであっても、プレイヤーの感情を窺い知ることはできた。


「分かった。ありがとう」


 そう答える彼の声は、いつもより少しだけ嬉しそうだった。


<了>



・おまけ 用語解説とキャラクター紹介3


 世界観と登場人物について簡単に説明するコーナー。



・テラベル


 美麗なグラフィックが売りだったMMORPG。当時は話題になったものの、この手のゲームはあっという間に売りが陳腐化し、独自要素が乏しいとその分サ終しやすい。なお権利元はこのゲームから派生したR-18用の3D素材を販売し、元を取った。



・ドラゴンファンタジーファイナル11 オフライン版

 略してDFF。オンライン版も人気で一度サ終した国産MMORPG。ファイナルの後にナンバリングをしたことで、いつ終わるんだとユーザーからよく言われる。オフライン版はオンラインの長所や、好評だった部分の数々が削ぎ落されており、不満が募る出来栄えなのだが、結果としてこちらの方がオンライン化して長生きした。



・Bot


 特定の行動が自動化されたプログラム。デジタルカードゲームで際限なく湧いてゲーム自体を腐らせるがん細胞みたいな奴。単純なレベル上げなら害はないのだが、オンラインで動くこいつはもっぱらRMT(リアルマネートレード)の温床となり、ユーザー数の水増しに繋がるため、運営もほとんど摘発しない。そのためゲームが過疎化すると人間との数が逆転する。



・アレックス


 サ終したネトゲ『コズメック・ガッツィー』のリリース当初からいる最古参のプレイヤー。青と白を基調としたカラーリングに、ホビーアニメの主人公機を思わせる、頭髪のある顔など少年的な外見をしているが、中の人は相応に歳を取っている。デイジーから無事ぬっさんの猥褻なモデルを頂いたが、その後に届いた請求金額が割引を考慮しても、大分いいお値段だったことで頭を抱えることになる。



・リュウ


 メタルバーバリアンの一員で、詳細情報が出ないスキルや調整不足のキャラ検証し、活路を見出すのが好きなやり込み勢。コズメック・ガッツィーでは仕様の壁によりゲームに飽きたことから、他のゲームに移った。何気にヌルの就職先第一号であり、彼のところに向かったヌルは、様々な数字を洗う作業を手伝うようになる。



・デイジー


 メタルバーバリアンの一員で、男性向けエロ同人を二十年描き続けている怪物。女性。元々はキャラクターの外見を変更するのが好きで、自作したスキンを着せたりしていた。しかしそれが段々とエスカレートし、服を剥いだり、より性的な方向へ改造することに励んだ結果、多くの場所で凍結やアカウントのBANを食らう。現在はサ終したネトゲという治外法権の場所を根城にしている。



・メビウス


 デイジーお抱えの特注AI。黒いワンピースに灰色のショートヘアの女の子。彼女の懐刀であり戦闘用の攻撃的な人格を秘めている。世の中にはいつの時代も、やってはいけない改造や挑戦をしたがる者が後を絶たない。メビウスはそういうアンダーグラウンドの産物なのだが、有事の際にデイジーから指示が出ない限りは普通のAI……のはずである。



・ヌル


 何処からかやって来た野良AI。アレックスたちとの交流により人間との距離感を学び取っていく。外見は金髪をお団子頭にした黄色いワンピースの女の子。今はCGのゲームマスターとして活動している。いよいよ他の人々と関わるべく、自分の売り込みを開始。少しずつだが自分の分身の普及に成功する。デイジーとの邂逅によりアレックスの過去の一端を知り、メビウスとの接触により新たな力に目覚める。

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