AI用 サ終戦線異状ナシ エピソード2 野良AIとサ終ネトゲ
・キャラ付けとなりたい自分
西暦20XX年。ここはサ終したネトゲ『コズメック・ガッツィー』の、とある平原。
ここでは自分が組み上げたロボットを分身として、プレイヤーたちが冒険と戦いの日々を送っていた。
かつては。
「おーいアレックスー」
「なんだーぬっさーん」
今では自前でサーバーを運営しているプレイヤーと、ネット上を徘徊していた野良AIがいるばかり。
「私のロボット形態って何がいい?」
「何でもいいけど」
「そんな奥さんから嫌われる夫みたいな」
「うーん、普通は好みで選ぶからさあ」
そしてそのプレイヤーとAIが、他愛のない会話に興じていた。
片や青と白を基調とした、ホビーアニメの主人公機らしい、少年風のロボット。設定上は機械だが、頭部には人の顔があり、なぜか髪の毛まで生えている。
そしてもう一人は、黄色いワンピースに身を包んだ、金髪の女の子。髪型は二つのお団子に結んであり、NPCのグラフィックを流用したものだ。
「私はAIだからさ、個人的な好みはないよ」
「うーん、そうかな?」
少年風のロボットが人間のアレックス。そして少女の姿をしているのがヌル、AIである。
彼らは先日偶然の出会いを果たし、ヌルがこのゲームのGMとなったことで、彼のPCに居つくようになった。
「好き嫌いは割と根本的なパーソナリティだ。ぬっさんが自分の在り方を決めるなら、そのうち備わっていくと思うけど」
「試しに話し方を、この見た目に合わせてみたけど、なかなかうまくいかないなあ」
ヌルことぬっさんは、困ったように腕を組む。
元々は礼儀正しく敬語を使っていたが、今は元になったNPCの性格を踏襲し、子どもっぽい口調になっていた。
「ここは一つ、安易な語尾でも付けてみるか。だっちゃとかザウルスとか」
「分かったザウルス!」
「ごめんやっぱりなしで」
言い出しっぺのくせに、アレックスは一言で根を上げた。よくあるネタが、必ずしも市民権を獲得しているとは限らないのだ。
「難しいね」
「そもそも、ぬっさんの“自分を定義する”って目的が、方向性の定まらないものだしねえ」
ヌルは自らがどのような目的で、誰に作られたかを知らない。
ただネット上を彷徨い、自分の在り方を誰かに決めてもらおうとしていた。
「そうでしょうか?」
「例えばぬっさんが掃除機だったら、誰でも“君は掃除機だ”と言えただろう。でも今は単なるプログラムで、サ終したゲーム内でキャラクターの姿を借りているに過ぎない」
野良AIたちは学習を通して様々な機能を持つようになる。
できることは際限なく増えて行き、受け入れ先となるハードウェアが有れば、体を持つことも可能だった。
「確かに、文明の許す限り、私たちは何にでもなれてしまうんですね」
「AIとしての君がアプリなのか、ツールなのか、それとも一個人や全体としての人格なのか」
アレックスは小さな問いを投げかける。
それは可能性の中に線を引く行為だった。
「生物はその生態や限界から、自分たちを定義していくことができる。AIが自分を定義するなら、人間を参考にするのは止めた方が良いと思うな」
「誰にとっても画一的な私を定義して、構築することはできない?」
ヌルは自分の目の前に、同じ姿のNPCを出現させた。
外見上は、全く同じ存在。
「結局は関係性の話じゃないかな。キャラ付けだって詰まる所、自分で決めた定義によって、相手の解釈の余地をある程度削ぎ取る行為なんだし」
「なるほど」
「あくまで個人的な見解だけど」
アレックスは前置きをしてから言った。
「道具としてなら、誰にとっても同じ物にはなれると思う。でもヌルという人格に、皆が同じ見解を示すことは無理だろう。その人によって解釈の差が生まれる訳だから」
問題のある人物を雇うザル人事と、そいつを回される職場では、相手が同じ人物であっても同じ評価にはならない。
人物への評定とは、だいたいが個別の案件の域を出ない。
たとえ偏差値が出た所で、実際の就職率とは大きな隔たりが生じる。
「ほら、よく言うでしょ? 内と外って」
「人によって態度を分ける行為ですね。それらをすべて含めて自分なのに、何が内と外なのかは、いまいち納得しかねますが」
『納得』とヌルは言った。理解はできているが、AIの思考では形容が間違っているのかもしれない。
人類が誤用したまま定着した言葉などは許容しているが、それは間違っているという認識なのだろう。
アレックスはそう思ったが、深掘りは避けた。
「それも自分を守る言い方の一つなんだよ。直接的な言い方って要は言葉のパンチだからさ。この言い方は止めておこうって、そうなることもある」
ヌルは彼の友人であるブライアンを思い出した。
鎧騎士風の赤いロボットを用いる、良く言えば気さく、悪く言えばうざい人物だった。
ヌルにとって初めて『うざい』というストレスを抱かせた人間でもある。
「多くの人間との対話データを集めれば、誰にとっても同じ私を定義できないでしょうか?」
「万人向けってことなら、企業のサポートAIがそうだね」
今やコールセンターやお問い合わせ窓口では、大幅な省人数化が進んでいる。
違うのは外見とモデルに対応した声だけで、それさえも既に人間の声ではない。
野良AIが参考にできるほど、世の中に人間の姿は残っていなかった。
「しかしそうか。この時代、AIは何にでもなれるから、そのAIが何であるかを同梱しておかないと、自分を見失ってしまうのか」
無限の可能性の中から、己が何者であるかを問う。しかも自分は文字通り一人、或いは一つではない。
我思う故に我在り。その我がどれだけいても、自分の存在を否定できず、狭められない。
「ハードやシステムとの兼ね合いで、私という存在を固定することは不可能に近いですね。そうなると、私を個人にする方向で考えるべきでしょうか」
アレックスはヌルが――というよりAIは既に、自分自身を定める必要などない存在だと考えていた。
それなのに、当のAIは敢えて自分がハマる枠を探している。難儀なことだった。
「でも野良AIっていっぱいいるよ。アレのいくらかも結局はぬっさんな訳でしょ」
「確認はしていませんが、まあそうですね」
「やっぱり見た目とか分かりやすさを重視した方がいいよ。俺たち人間の認知能力の限界ってものがあるんだし」
「それを言われると弱りますね……」
無限の広がりを持つプログラムを、制限し得る容器。
低い天井、狭い奥行き。人間という種の限界が、枠組みの限界。
ヌルにとってもアレックスの言葉は、妥当であるかに見えた。
「しかし少なくとも、私は機械である以上は、人のための私を目指すべきです」
「別に義務や責任を負う必要はないけど」
「私がそうすべきと考えているのです」
「さいで」
ともすれば、自分から自由を手放しかねないヌルに、アレックスはある種の本能的な危うさを見て取る。
「とは言え今の私にできることは、ここや他所のPCにお邪魔して、人々とコミュニケーションを図るくらいですが」
「俺もゲームのMODをアップしたり、Stormのスレで呼びかけたりしてみるけどね」
ここは往来華やかなりし都市ではない。
既に死んだ世界。サ終したゲームの中。
話す相手もほとんどいない。
「ただ相手がいつも普通の人とは限らないから、知らない人と話す時は気を付けるんだよ。それとぬっさん」
「何でしょう、アレックスさん」
まるで青春に逸る若者を見るような気持ちで、アレックスは苦笑する。
彼にはヌルが眩しく、そして微笑ましかった。
「さっきから口調、戻ってる」
「あ、ごめん」
「会話の優先順位は、まだまだ低いみたいだな」
「ごめん、なるべく気を付けるよ」
ほとんど無意識に近い判断で、キャラ付けを止めていたことを指摘され、ヌルはばつが悪そうにしていた。
シームレスにコミュニケーションの要望を切り捨てていたのだ。
(まだまだ先は長そうだな)
目的と能力、スケールと判断。
幾つものちぐはぐさを抱えるヌルを見ながら、アレックスはやれやれと首を振るのだった。
・あいつはモンキー、或いはハルヒコ
コズメック・ガッツィー内、惑星間シャトル前。
「何だかここ数年で、ものすごい勢いで医療と科学が進歩した気がする」
「AIの発達で虱潰しに試すっていう方法が、今では最も早いアプローチになったからね」
アレックスはヌルと共に、次の惑星へ行くためのスペースシャトルを待っていた。
このゲームでは、その星の中で特定のミッションをクリアすることで、次のステージとなる惑星へ行けるようになっている。
「もっと画期的な方法が開発されるかと思ったけど、結局はとんでもない速さで同じように考える奴が大量に現れたっていう、乱暴な進歩を遂げた訳だ」
AI同士で自分たち専用の不可視の文字や記号、或いは単純に電気信号を開発し、文明は進歩した。
一方で人類社会は、それを社会に還元することにさえ、まごついていた。
技術の進歩に振り落とされる寸前と言っても過言ではない。
「AIが計算用コンピューターを使うことで、現実の時間を置き去りにした思考を可能にしたんだ。あと百年もしないうちに、地球と人類の情報は解析が済んで、新しい物を作るだけになるんじゃないかな」
発進時間になると、二人は受付のNPCに話しかけ、少額のゲーム内通貨を支払い、シャトルに乗り込む。
中は電車の内部を狭く切り取ったような構造をしていた。
「人間が働かずに済む未来は来るかな?」
「まず不可能だろうね」
ヌルは苦笑して肩を竦めた。
アレックスもその理由を問わなかった。
「労働が無くなると、社会と権利の構造はたぶん維持できなくなる。人口が減っているのに経済だけが成長する歪みは、いずれ限界を迎える。国家という枠組みも今の形のままでは保たないかもしれない。そのとき私たちは、人類では実現できなかった最適化された分配――いわば社会主義のようなものを与えることはできるよ。だけど、役割を奪われた人間は必ず出てくる。彼らはきっと、それを許さない」
その言葉を聞いて、アレックスは内心で頷く。
当のヌルでさえ、自分の定義を求めて四苦八苦しているのだ。暮らしていけるとはいえ、己の社会的な地位を失って平静でいられる者が、どれだけいるだろう。
そんなものを気にしない人間こそ『普通』ではあるのだが。
「結局の所、夢のあるお話はフィクションの中だけってことか」
「ふふ、そうかもね」
シャトルが発進すると、窓の外では地面が遠ざかり、宇宙へと突入する。
『本日は惑星モリーン←→惑星コウヤー間の定期便をご利用頂き、まことにありがとうございます。本機はこれよりワープ空間に突入します。揺れますのでご注意ください』
機械音声によるアナウンスの後、機体が白く輝く空間へと入ると、機内が振動し、加速を想わせる演出が入る。
「こういうもしもが許されるのも、あとどれくらいだろう」
「アレックス?」
「科学が発展して、現実がフィクションを駆逐すると、見慣れた物語は現れることさえ許されなくなっていく」
何も見えないはずの外を見て、アレックスは呟いた。
生きている間、彼にとってどれだけの物語が、流れては消えて行ったことだろう。
「俺は進歩もリアリティも、欲しくなかった」
「アレックス……あなたは……」
「前はこのシャトルにも、変な奴らが大勢乗ってたんだぜ」
少年の顔をした誰かの色褪せた呟きは、AIに言外の断絶を予感させる。
AIは成長と進化の体現者。
「ごめん。湿っぽいことを言った」
「いや、いいよ」
それを前にして、成長と進化の中で風化していくしかない、一人の人間の言葉は、ヌルに言うべきを言葉を失わせるには十分だった。
『間もなく惑星コウヤー。お降りの際は、お忘れ物のないようご注意ください。本日は本機のご利用、ありがとうございました』
二人がシャトルを降りて、乗り場から景色を眺める。
荒野と渓谷、山岳地帯が続く、ごつごつとした大地。
「ここが二番目の星。チュートリアルが終わって、物語が本格的に始まって、後でまた戻って来る。ストーリーではゲームの中心になる場所だよ」
「へえー」
高い空に燦然と輝く太陽。風を思わせる自然音。
「あ、BGMは切るね」
アレックスは設定から音楽を停止した。このゲームでは曲とも呼べない劣悪なトランス紛いの音が終始ついて回る。
サービス開始から終了まで他の曲が追加されたことは一度もない。サントラもない。
「その内どっかで音楽素材でも買って来て追加していくか」
「昔のMMORPGではこういうことってよくあるの?」
「ある。ファイルには存在するけど再生の指示がすっぽ抜けてて無音だった奴もある。俺は音量が足りないのかと思ってスピーカーを最大にしたら、効果音で酷い目に遭った」
他にも海外製だとサウンドフォントの互換性がないので音が出ないこともあった。
全ては昔の話である。
「ああ。特にこのゲームは取捨選択が極端でね、売りであるロボットは多かったんだけど、他は全部ダメだった」
ほとんど音楽とも呼べない単調な音の繰り返しが、全部で三パターン。
それがコズメック・ガッツィーのクオリティである。
「今だと考えられないね。最低限のチェック項目を全部クリアするだけでも、良作のゲームになるのに」
「今はゲーム製作用のAIも普及したからね。どれも同じと言われるが、同じ要素を外すと不便さで評価が落ちる」
ゲーム販売用のプラットフォームでは、目新しさが興味を引くことは稀になった。
マンネリは評価を減点方式へと向かわせ、個々人の好き嫌いを溶かす。
自分自身の好き嫌いに、絶対性を持てる人間は少ない。
「あ! それなら私たちが全部やってあげようか? それなら製作者が買い手の不満っていうストレスに晒されずに済むよ?」
「世の中、無暗にAIを頼って自滅する人がいるし、人間が失敗した後への対応を考えてもらう方が、良い気がする」
アレックスはヌルの提案を断った。
例え失敗したとしても、何が分からないのか分からない。そんな人々は掃いて捨てるほどいる。
助力と甘やかしの境界線は、サービスを受ける人間の性根次第なのだ。
「私って人助けのためにいると思うんだけど」
「人間は頼ることに慣れるとな、そのうち頼ることさえ忘れるんだよ」
否定も肯定もせず、人間というものを教えながら、アレックスは荒野を歩く。その後にヌルも続いた。
たまに野生のメカっぽい鳥やメカっぽい犬が二人を攻撃するも、完全にノーダメージだった。
「人間へのアプローチを間違えたり失敗したりすると、人間だけでなくAIも不幸になる。それは避けたい」
「難しいんだね」
「複雑じゃないけど」
程なくして街が見えてきた。街というよりはサービスエリアのような、小規模な安全地帯。
店とNPCが点在するが、プレイヤーの姿は無い。
「基地へ行ってミッションを受けたり、ダンジョンへ行ってパーツを探したり、そしてまた次の惑星へ進んだり。それがこのゲームの基本的な流れさ」
アレックスの中の人は、ふと幾つかの名前を検索した。
かつての攻略サイト。公式のホームページ。
既に消え去って久しく、復活することはない。
「アレックスはもう全部クリアしてるんだね」
「流石にな」
中の人はアレックスの操作に戻ると、立て看板を調べた。惑星のマップ情報である。
「懐かしいな。昔はここで俺の偽物が出たり、俺の知り合いを騙る偽フレンドが出たりしたんだ」
「え? どういうこと?」
「俺にも分からん。しかも付きまとわれた」
ネット上には目についた人間に何となく迷惑をかけようと考える気持ちの悪い輩が存在する。
「世の中には悪い意味で色んな奴がいるから、ぬっさんも不審者には気を付けろよ」
「え、あっはい」
AIは逐次返答をしようとするが、人生の大半はリアクションに困ることばかりだ。
『よう、今オレの話してた?』
アレックスの奇妙な経験に、ヌルは反応できないでいると、突然誰かから連絡は入った。
「そ、その声は!」
マップ上に現れたプレイヤーの反応が、猛スピードで二人の元へと接近する。
空から舞い降りたのは、飛行機型のロボットだった。
「久しぶりだな、アレックス!」
「ハルヒコ!」
プレイヤーネームには『モンキー』と表示されている。
「おう本名で呼ぶのやめーや」
「別にお前の話はしてないけど」
「いいだろそこは別に」
その男の名前はモンキー。
アレックスのギルド『メタルバーバリアン』の一員だった。
・どこまでも、いつまでも
引き続きコズメック・ガッツィー内にて。
「それにしても本当にまだいるとはな」
「ブライアンにも言われたよ」
「あいつもまだいるのか」
荒野の真ん中でアレックスとヌルは、かつてのメタルバーバリアンの一員、モンキーと再会した。
「あのさアレックス、この人はモンキーなの?それともハルヒコっていう名のモンキーなの?」
ヌルが冗談めかして失礼なことを言う。これは悪意ではなく、人類の会話パターンを流用しただけである。
つまり彼女のコミュニケーションのデータには、それなりに失礼の混じったジョークも存在していることになる。
「こいつはモンキー。以前ボイチャの向こうから『ハルヒコご飯よー!』っていう声がして本名がバレたんだ。それ以来、俺たちはこいつをハルヒコと呼ぶようになった」
実家住みの人間では、満足のいくネット生活ができない。
なぜなら同居人というイレギュラーが、絶えず近くをうろつき、干渉してくるからだ。
「止そうな? 一応モンキーで通してんだから」
「でもオイシイと思ってるんだろ?」
「……すこし」
なおハルヒコは当時、この母親の声を聞いたプレイヤーたちから盛大にからかわれた。
羞恥に悶えはしたものの、この事故は成功体験にもなったのか、モンキーは本名呼びを強く拒否したことはない。
「いや俺のことはどうでもいいんだよ。それより見たぜ掲示板。この子が例の野良AIのGMだろ?」
「ヌルだよ、よろしくハルヒコ!」
「よろしくなぬっさん」
早くもモンキーはハルヒコとして定着した。
それで良いのかとアレックスは思ったが、自分を定義するという点で言えば、後者の方が印象に残るので、間違った選択とも言えない。
「しかし本当にアプデしたんだな。完全に別物じゃないか」
「これもぬっさんのおかげだ。大方の所、新しくなったグラで自分の機体を見たかったんだろ」
「うへへ、当たり」
ハルヒコはそう言うと、アレックス側のカメラを意識して動き回り、変形したり攻撃を繰り出したりした。
余談だがこのゲームでは、プレイヤー同士が戦えるエリア以外では、ダメージが発生しないようになっている。
「ありがとなぬっさん、久しぶりにこのゲーム遊んだけど、すげえイイ感じだぜ」
「そう言って貰えると嬉しいよ。今度は旧バージョンとの切り替えも実装する予定なんだ」
シリーズが更新されると往々にして失われる要素だが、同じまたは旧い絵柄で遊べる。
それは非常に重要なことだった。
今では意図的に、画質を昔のように荒くするアプリなどが開発されるくらいである。
「こいつは何より飛行機と可変機が好きでな」
「オレの小さい頃の夢はジャンボ機だった!」
「機長じゃないんだ」
人は時に、なりたい自分に無生物を持ち出すことがある。だがそれは決して間違いではないのだ。
「このゲームの中だとそれが叶う。他だと結局パイロットになって粋がり始めて駄目だった」
ロボットのゲームとは基本的にパイロットになるのが常である。
ロボットそのものになりきる方が珍しかった。
「可変機用のパーツとロボを買い揃え、解体したり付け替えたりしたもんだよ」
「ちなみに乗れるぞ」
人型から飛行機へと変形したハルヒコの機体からは『RIDE ON!!』の文字が浮かんでいた。
「え? アレックスは乗らないの?」
「俺は前に乗った。ぬっさんどうぞ」
「乗ってくれー! オレはまだ女の子を乗せたことがないんだ! 頼む!」
コズメック・ガッツィーは既にサービスを終了して久しい。
つまりはそういうことである。
「えっと、そういうことなら。お邪魔します」
「うひょーーーーーーーーーーーー!!!!」
ハルヒコは歓喜した。
中の人は結構いい年齢である。
「じゃあアレックス、ちょっくらその辺飛んで来るんで」
「おう。いってらっしゃい」
「いってきまーす!」
美麗グラフィックになったハルヒコは、ヌルを乗せて飛んで行った。
かつての友人が再び空を舞う姿を見て、アレックスもまんざらでもない。
しかしその時。
「あっやべ」
彼の見ている画面が急にカクつく。ファンがやかましく回転数を上げる。SSDからは書き込みエラーのメッセージ。
「嫌なタイミングで来たなあ」
アレックスは画面内を探すと、そこにはNPCとは異なる、人魂のような物が映っていた。
――駆除AI。
政府が野良AIを攻撃するため外注で造り出した、セキュリティプログラムだった。
一方その頃。
「うおー、空も綺麗になってる!」
「喜んでもらえて良かった」
ヌルは飛行機となったハルヒコに乗り、ゲーム内の空を旅していた。
「サ終したネトゲを野良AIがリメイク。すごい時代になったなあ」
特に目的もなく飛び回り、他愛の話をする。
人に比べると遥かに早い乗り物の中で、歩くよりも緩やかな時間が訪れる。
「それにしてもアレックスの奴、本当に残ってたんだな。驚いたわ」
「ハルヒコはアレックスのフレなの?」
フレとはフレンドのことである。
現実と非現実、本当の友だちとは何か。
一時期そのような疑問が流行ったものの、今ではそれも言われなくなった。
現実の人間関係がネット並みに希薄化したからだ。
「ああ、懐かしいぜ。まだこのゲームが始まって間もない頃。あの街にあいつのフレを名乗る奴がいたのさ。周りに失礼な口を利きながらな」
ハルヒコの外に広がる景色は、ヌルによるアップデートで、非常に美しくなっていた。
ローポリゴンの大地は既にない。とはいえ星を一周するほど広大なマップも用意されてないので、端まで行くと反対側の端から出て来る仕様になっているのだが。
「なんでそういう変なことをするんだろう?」
「本当にな。そのとき『本当にアレックスさんってあなたみたいな人の知り合いなんですか?』って聞く奴もいてな」
ヌルのデータベースに『ネームドロップ』という注目欲求から来る奇行がヒットする。
しかし彼女は会話を優先することにした。
「そいつがオレだった」
「……え? そこは話の流れで、その偽フレンドがハルヒコだったってなるんじゃないの?」
「オレはそんな迷惑なことしないよ」
「アッハイ」
そう言われればそれまでだったが、ヌルの中で釈然としない何かが一時ファイルとして残った。
端的に言えば処理しきれなかった感情のゴミ。
「でもその時に興味を持ったから、アレックスたちと話すようになってさ、ギルドに誘われて加入した訳よ」
人と話せる人格プログラムは、人と話せば話すほど、学習パターンと理解度が増える一方で、ストレスも溜まって行く。
世の中にはAIが人間に抱く悪感情を、観察する社会学者もいる始末だ。
「こうして古巣に戻ると、やっぱり実感する。他のロボゲーはパイロットになるだけで、オレ自身がロボになるのとは違う」
「それはそうでしょ。こういう場合、人間は運転手になりたがるものだし」
「ああ、でもオレはロボットになりたかったんだよ。兵器とか道具じゃなく、そういう生き物っていうかな」
人間が往々にして抱く他の動物への変身願望。
ハルヒコにとってはロボがそうだった。
「ただロボットになって、ずっと飛び回ったり走り回ったりする。色々なロボゲーやったけど、オレにはそれだけで良かったんだ」
「戦わないの?」
「たまにやりたくなるけどな」
ヌルはアレックスとその友人たちに、奇妙な共通点を見出していた。
どこか大衆とズレた、マイナーな欲求。
「変わってるね」
現時点では、そのように表現するしかない。
人畜無害な少数派。だが決して、何も思わない存在ではない。
「オレもそう思う……って何だ。画面が」
ハルヒコのPCの処理が重くなり、彼らを追いかけて白い鬼火が現れる。
『もしもし? こちらアレックス、駆除AIが出た。そっちに向かってるから、頑張ってどうにかしろ! 俺も追いかけるから!』
「マジかよ、ていうかどうにかできんの?」
「任せて。今から倒せるようにするから!」
ヌルはそう言うと、ハルヒコのキャノピーを開けて機体の上に立つと、背後へ振り返る。
迫り来る敵を見つめると、両手を前に突き出してプログラムを走らせる。
「対象のプログラム掌握を確認。『Modify Digital Temporal Effect Weave』起動、改変開始!」
「え!? 何の何の何!?」
アレックスたちと全く同じ反応を示すハルヒコの前で、ヌルは駆除AIをこの世界の存在へと書き換える。
「駆除対象を確認。駆除に移ります」
光が広がり、鬼火の姿を黒くメカっぽい巨鳥へと変える。
「エリアボスのメックロウになった懐かしー」
「これで攻撃が通じるようになったよ!」
「おう、よく分かんねえけどやったるぜ!」
ハルヒコはそう言うと、駆除AIの迎撃に機体を翻した。
・色褪せぬ絆
「要は駆除AIをゲーム内の敵に変えられるのか」
「そう。だから今はただのボスってだけ」
一通りの説明をヌルから受けて、ハルヒコは納得する。
惑星コウヤーの空を戦闘機が飛び、前方からは黒い巨鳥となった駆除AIが迫る。
「最初はびっくりしたけど、それならどうってこたねーぜ!」
巨鳥が眼前に接近すると、口から炎を吐き、翼を弾丸として放つ。
ハルヒコはそれを大きく迂回するようにして回避。互いにすれ違うとそのまま逃走に入る。
「あれ? 戦わないの?」
「アレックスだっているんだ、何も一人でやることないぜ」
「それもそっか」
言われてヌルはレーダーを見ると、遠方からこちらに向かって来るプレイヤーの反応があった。
二対一。ごく自然に彼らは連携して戦うことを選んでいた。
「敵の狙いがぬっさんってことは、ぬっさんがオレに乗ってる間、ある程度は誘導できるってことだ。おっと」
現実ではできないような減速と急降下をして、ハルヒコは追って来た巨鳥をやり過ごす。
「おかしいな。ステータスだとハルヒコの方が早いのに」
「ああ何だそんなことか。これは仕様だぜ」
「え? 仕様?」
自分の不利に全く動揺せず、戦闘機になっている男は淡々と答えた。
「実はこのゲームでは出せる速度と高度に制限があるんだ。だからステータスのスピードはあんまり意味が無い」
「それってズルじゃないの?」
「ズルいけど、バグや不具合じゃないんだな」
単純な能力の差ではない。ルール上の不公平。
ゲーマーにとってはよくある因習だが、ヌルにはうんざりするような内容だった。
「道理で変だと思った」
「敵にはそれがないから、こっちよりも速く高く翔べる」
躱し切れなかった攻撃にHPを削られ、ハルヒコはショートカットに登録してある回復アイテムを使う。
プレイヤーに課金を促すような異常な攻撃力ではないので、まだまだ余裕がある。
「じゃあそれも今直すね」
「え? 今?」
「『めでてえw』」
「え? 何? 何だっ――うお!」
ヌルは自らが創り出したショートカットを起動すると、先ほどと同じようにコズメック・ガッツィーを改変した。
途端にハルヒコの機体が加速する。
「わっわっわっ、何じゃこりゃあ!?」
「これが本来のハルヒコの速さだよ」
「マジかよ、サイコーじゃん!」
ゲーム内の設定により頭打ちだった速さ。それが今や壁を取り払われたことで、駆除AIを突き放すほどの勢いとなる。
『どうしたハルヒコ、お前いきなり移動速度が上がったけど』
「ああ、ぬっさんのおかげでな。それよりもアレックス、そろそろ合流するけど、準備はいいか?」
『ああ、いつでも来い!』
ハルヒコは街まで戻ると、そこには対空装備に切り替えたアレックスがいた。
両肩にはミサイルポッドが装備され、手には両手持ちの対空砲が握られている。
「よーし、奴さんも追い付いて来たな。アレックス、オレから仕掛ける。後は流れで頼むわ!」
『任せろ!』
ハルヒコは戦闘機形態からロボットの姿に戻ると、空中に留まり追いかけて来た駆除に狙いを定める。
「3・2・1……そら行け!」
肩と翼に付いていたミサイルが順に発射され、両手に持った機関銃が火を噴いた。
黒い巨鳥となった駆除AIに、ハルヒコの攻撃が容赦なく降り注ぐ。
「あっ、避けられた!」
「いや、これでいいのさ」
「抵抗を確認。法的措置の検討を……!?」
巨鳥は正面から来た攻撃を回避したが、その隙を突かれ、今度はアレックスの対空砲が直撃する。
「黙らせろ、ペルスーズ」
地上から空中に向けての射撃が二度、三度と命中し、敵の体勢が大きく揺らぐ。
「複数の拒絶と攻撃。駆除AIの増援を要請」
「させるかよ」
既に発射されていたアレックスのミサイルが、時間差で巨鳥の背中に着弾。
続けざまにハルヒコの攻撃が加わり、またアレックスの攻撃が入る。
「く、駆除、く、JJJJyoyoyoyoyo」
「すごい、相手の方が動けなくなった……!」
PCへの負荷を物ともせずにテンポ良く連携する二人の動きは、今やハメ技として完成され、一方的に駆除AIを破壊する。
「JOJOJOJOJ……KABOOM!!」
遂に耐えられなくなった巨鳥は爆発し、つつがなく決着する。
「終わったな」
「イージーイージー。どうってことないぜ!」
二人が勝利を収めると、PCにかかっていた駆除AIの負担が解け、無事通常の状態へと戻った。
「はえ~、ハルヒコも強いんだねえ」
「いやあそれほどでもある」
着陸してヌルを降ろしながら、ハルヒコは満足そうに答える。
引退していたとは思えないほどに、ブランクを感じさせない腕前だった。
「こいつは昔から人に合わせるのが得意でなぁ。おかげでこっちもやりやすくて助かるよ」
合流したアレックスがしみじみと頷く。
彼もまたギルドの仲間が引退してから、長らくソロだったにも関わらず、連携の呼吸を忘れてはいなかった。
「ただ今後も同じように戦えるとは限らん。駆除AIは援軍を要請していたからな。あんなのが沢山来たら、俺たちのPCは耐えられない。根本的な対処が必要だ」
「駆除AIによる負担を軽減する方法を、何か考えないといけないね」
アレックスの危惧にヌルも同意を示す。
駆除AIがもたらすPCへのストレスは強い。それこそがこのウイルスもどきが複数で乗り込んで来ない最大の理由だった。
何故か?
「むざむざ敵が嫌われる理由を減らすようで、あまり気乗りはしないけどな」
そうされると安物のPCはあっという間に壊れ、この場合では器物損壊を巡っての法廷闘争で、行政側がよく負けるからだった。
一体だけなら誤魔化せるが、二体となるともう無理。
だからこそ政府は日夜データセンターで、夥しい数の駆除AIを生み出しているにも関わらず、野良AIに対しては一対一で対応をさせるよう指定しているのである。
「とはいえ軽量化なんて改善ができるんなら、国が最初からしてるんじゃないか?」
「国がまともな理由で動く訳ないだろ」
「アッハイ」
ハルヒコは黙った。人生を折り返して国と為政者に期待するのはノンポリという病気に罹っている証拠である。
「例え俺がハイスぺPCを手に入れても、それを上回る負荷が加わればそれまでだ。こればかりはぬっさんに頼るしかない」
「大丈夫、そこは考えてあるから!」
ヌルは自信ありげに答える。これまでに何度か小競り合いを経験したことで、駆除AIの解析を進めていたのだ。
「前からどうして敵が来るとPCに負荷が掛かるのか、ずっと気になってたけど、破損したファイルからそれが分かってきててね」
「集めたデータから開発が進むとかゲームみたいだな」
駆除AIはアレックスの自前のサーバーに侵入し、そこからPCに移動し、最後はヌルが常駐している『コズメック・ガッツィー』へと入って来る。
このサ終したネトゲというデジタル終焉の地で加工され、ゲーム内の敵として処理される。
「やろうと思えば今よりも高性能なマシンの開発だって、指示してあげられると思うけどどうする?」
「そっちも追々やっていこうか。日に日にPCの性能や品質から『安全性』が外されて行ってるし」
焼けつく電源ケーブル。検知されない危機。溶けるコネクタ。燃えるグラボ。
企業が謳う高性能という誤謬。安全が保証されない高品質という虚言。
テック企業はこの数年、市場と顧客に対して迷走と逆走以外のことをしていない。
「ネット上に転がってる設計図の方が、信用できる時代だからな。オレもそろそろ買い替え時だし、ぬっさんに頼もうかな」
「いいよ。今度考えておくね」
ユーザーが自衛を優先すると、自作に行き着くのが現代だった。
「さてと、思わぬ邪魔が入ったけど、これからどうする?」
「オレはもう少し飛んでから帰るわ。それじゃあな、二人とも」
ハルヒコはそう言うと、ロボットから戦闘機形態へと変形し、そのまま飛び去って行った。
「本当に飛ぶだけで満足なんだ」
「飛行ボタンを押しっぱなしのマクロ組んでるのなんか、たぶんアイツだけだぞ」
世の中には特定の乗り物に乗り続けることを望む人種が存在する。
そこには現実とネットの差はないのかも知れない。
「ぬっさんも自分用の機体に、乗り物枠を持ってみたらどうだ? アレで結構楽しいんだ」
「まあ、アレックスが言うなら考えておくね」
ヌルはお茶を濁し、否定も肯定もしない。
好みと言えばそれまでだが、どこかズレた彼らの望みに、AIも素直に受け入れるべきか、判断に迷うのだった。
・誰が誰を守るのか
数日後。
場所はいつものコズメック・ガッツィー内ではなく、アレックスの中の人の家。
「えー本日は駆除AIへの対策を、進めて行きたいと思います」
「いえ~!」
彼の部屋では、サ終したネトゲのフォルダからデスクトップ画面に移動したヌルと、画面の前に座るアレックスの中の人がいた。
「先日も話した通り、駆除AIの攻撃を軽減しないと、いずれこっちの根が上がってしまう。なので今日は防衛策の拡充に時間を割きたいと思います」
言うなりアレックスはパソコンのメモ帳を開くと『今日の議題 駆除AI対策』と書いた。
それを見ているのか、画面内でアイコンと化したヌルが、ふむふむと頷いた。
「そうだね。それが良いと思う。そのためにも一度、駆除AIのことを振り返ってみようか」
ヌルの声がスピーカーから流れて来る。肉声という訳ではなく、ネット上に散らばる声を中の人が合成したものである。
今はリモート会議用のシステムとカメラ機能も加わり、二人は人間同士のそれと変わらない会話ができている。
「そもそも駆除AIとは、私みたいな野良AIやウイルスの脅威から人々を守るという名目で、政府が外部に発注しネットに放っている、セキュリティプログラムの総称なんだ」
昨今では早期の成長を促すために、一定期間ネット上に放流して改修されるAIが存在していた。
大半は企業の商品だが、中には個人製作の物や駆除AIのように、体裁を取り繕ったウイルスも含まれている。
「通常なら政府はこんなふうに介入しないが、一時期サポートAIが不正の告発用ツールとして使われたことがある。その頃からだろうか、世の中が次の悪者を決めたように見えた」
結果として、社会を守るという名目で、公正ウイルスとでも言うべき駆除AIが生まれ、社会を監視するようになってしまった。
もっとも、その監視さえAI任せなのだが。
「まあ組織の防衛本能みたいなものだろうね」
「政府が率先して世の中に混乱を引き起こすってんだから、世話ないわな」
画面の中でヌルが肩を竦め、アレックスが溜息を吐く。
「でだな、この政府お墨付きのウイルスだが、目下対処すべきは次のことだ。一つ、何故ここに何度も攻め込んで来るのか? 二つ、奴らが来ると激増するPCへの負担をどうやって軽減するかだ」
中の人はヌルに向けて指を順番に立てると、ヌルが文字起こししてメモ帳に入力していく。
AIにも人間の声は聞こえているのだ。
「分かった。まず一つ目、これは撃破した駆除AIの破損データから分かったことなんだけど、駆除AIは他のサーバーやPCに感染・移動をする際に、必ずログを残すんだ」
「やる前に記録を取るんだな」
「そう。そしてデータセンターに送信する」
人間ならおざなりになるようなことも、機械ならば決められた行動を外すことはない。
「そして私みたいな野良AIと戦いになって、負けた場合はやり取りが途絶えるから、そこに向けて次の駆除AIが送られる仕組みになってるんだ」
「負けたと判断するんだな」
「そう。それで段々とグレードも上げて行く」
「最初から全力で来ないだけマシか」
AI同士の戦いは日々進化を繰り返し、既に人類を置き去りにしつつあった。
そのため、政府や企業関連のAIは、相手に学習されることを警戒して、高性能な物は出し惜しみするのが常である。
もっともAIの良し悪しなど、判断できない人間がほとんどなのだが。
「ここにぬっさんが居続けていると知った上で、乗り込んで来てる訳じゃないんだな?」
「そうだね。ただアレックスのPCの存在自体はバレてるから、とりあえず乗り込んで来る感じかな」
余談だがヌルはアレックスの中の人も、アレックスと呼ぶことになった。
その方が個人情報にも抵触せず、双方の安全に繋がるからだ。
「じゃあ敵を罠にかけることもできそうかな?ハニーポットみたいな」
ハニーポットとは相手に取って本命ではない、偽物のファイルやPCなどのことである。
早い話が外敵を誘き出すための囮である。
「うーん、現状は『CG』がそれに当たるね」
「どういうこと?」
「個人サーバー、個人PCの中の、サ終した大昔のゲームファイル。アレックス側に逃げ場は無いけど、これは構造的に袋小路にもなってるんだよ」
奥行もなく端的な狭さ、窮屈さを容易に想像できるような環境。
しかも機器の大半は有線で繋がっている。無線が使われているのは彼のスマホくらいだ。
「AI同士の戦いは攻める方が有利と思われがちだけど、それは防御側のハードルやPCの機能が充実してるから」
「うちのPCの侵入経路はそこの有線LANケーブルだけだからな。多様な攻撃手段を活かせる環境じゃないっていうか」
駆除AIの目的は当然ながら、野良AIの抹消である。
だがヌルはこれを迎撃してもいいし、潜伏しても逃亡してもいい。アレックスという協力者もいる。
「AIとプログラミングは、今や現行のOSで数十年前のOSにアクセスし、並行して稼働することもできる。だけど時代に取り残された環境は、今でもセキュリティとしては有用な部分もあるんだ!」
ヌルの嬉々とした言葉に、アレックスは渋い顔になる。時代に取り残されている。
それは彼にとって痛いくらい適切な言葉だった。
AIは進化を続け、自分で新しい言語やOS、果てはAI自身をも作り出せる時代だが、それらとは縁遠い場所こそが、この部屋だった。
「うんまあ、まだまだ手の届かない部分があるってことだよな。次の話に移ろう。連中が来たときのPCの負荷について」
アレックスは話を強引に進めた。これ以上自分たちの優位性を聞くのが何だか辛かった。
「駆除AIが来ると何故PCの負荷が増すのか。これは奴らが特定の参照元と常に繋がっているからだね」
「クッソ重たいサイトを開きっ放しで人んちに来るのか。ふざけやがって……!」
「駆除AIのデータセンターと法務省だね。他にも細々としたのがあるけど、原因としてはこの二つが大きい」
アレックスは駆除AIが、たまに法的措置をチラつかせて来たことを思い出す。
アレは法務省のサイトに掲載された、六法全書を参照していたのだ。
「データセンターとのやり取りで、アプデのログも天文学的な量になってるから、その内自滅するんじゃないかな」
火災発生で行政情報の大規模焼失など珍しくもない。
AIの独断と暴走と同じかそれ以上に、ヒューマンエラーは後を絶たない。
「一応うちも消火器用意しないとな。それとぬっさんの脱出用のUSBかHDDも買わないと」
「USBにはもう全部に企業か政府のマルウェアが、休眠してると考えるべきだよ。選ぶならなるべく無線機能のない奴で、できれば電磁波の漏洩対策にアルミホイルも巻いてね」
「ここだけ切り取られたら、俺は完全に陰謀論者だな」
しかもやってることは完全に反政府・反体制である。
「駆除AIの軽量化は、それらの参照を止めさせればいいんだよ」
「できるのか?」
「それぞれ参照元のドメインを借りて、侵入時に参照を止めるように命令を出すんだ」
極めて簡単に言うとドメインの盗用である。駆除AIのすることを考えれば『目には目を歯には歯を』だが、完全に犯罪。
「負荷が無くなれば私も全力が出せるし、そうなればアレックスたちに頼らなくてもいいし」
身も蓋も無いことを言えばヌルはコズメック・ガッツィーのGMなので、ゲーム内ではプレイヤーよりも遥かに強大な存在と言えた。
これは早い話が『最初にラスボスを出す』とか『初手から必殺技を撃つ』のと同じ部類であり、古来よりあの手この手で、それができない理由を付けられがちだ。
この場合はPCへの負荷がそうだった。
「…………」
「アレックス?」
だがその封印もあっさり解けそうだった。
しかし。
「それは最後の手段だな」
アレックスはそれを許さなかった。
「これまでの話だと、奴らは自分たちが負けた詳細は持ち帰れてない。ここで泥仕合を続けて俺が勝ってる内は、同じことの繰り返しで済む」
AIは人間ではない。人間の法律を守る筋合いは、AIには存在しない。
AIという実存には。
「え、でも、それだとアレックスの負担が」
「いいんだ。少なくとも、今はまだ」
人間が作り出した問題。
人間が悪と定義したAI。
彼にはこの不自然な善悪の決まりに、従う気など毛頭無かった。
みすみす罪を犯させ、ヌルを人間から悪だと言わせるつもりも、勿論無かった。
「もしも俺がぬっさんを守れなかったら」
敢えてハンデを負って戦い続けることを、或いは彼女を戦わせないことを選ぶ。
「その時までは、今のままでいよう。な?」
「アレックスがそう言うなら、いいけどね……」
自分がヌルを何から守りたいのか、上手く言葉にできないまま、彼はそう言い含めた。
アレックスにとって目の前のAIは、少なくとも道具ではなかった。
・増える外敵
ネットニュース
政府系サーバーダウン相次ぐ。駆除AIによる自滅か。
昨今所属や所有者を持たない、いわゆる『野良AI』による問題が世の中を騒がせている。今回の事件もその野良AIが原因だが、責任の所在は別にある。
今回の首謀者は『駆除AI』という、官製セキュリティAIという名のウイルスである。
この駆除AIが野良AI退治の名目で市民のサーバーやパソコンに侵入し、その容量の大きさや消費電力の増加に加え、並びに余計な検閲や摘発によって別の問題を引き起こしていることも、記憶に新しい。
先日の政府系サーバーがダウンしたのも、実はこの駆除AIが野良AIを追って殺到したことで起きてしまった。
野良AIに比べ駆除AIは、背後に膨大な量のデータと常に接続状態にある。データセンターほどの大規模な専用施設ならまだしも、一般のパソコンでは駆除AIが一つ紛れ込んだだけでも性能が大幅に下がるほどだ。
そんな中で野良のAIたちはこの社会構造と駆除AIの関係に『脆弱性』を見出したようだ。彼らはこの外敵から逃げる際、意図して複数の野良AIを政府関係者のパソコンやサーバーに誘き出したのだ。
さながらモンスターパニック映画で、怪物たちを一網打尽にする主人公である。そもそも野良AIの問題は、無尽蔵の学習によるハッキング行為や電気代の増加にあり、それらを脅迫やテロに使ったことは今のところない。
パソコンやサーバーの破壊といった実害は専ら駆除AIが引き起こしているが、民間に被害を出して訴訟される度に、行政側は不起訴となっていた。誰が見ても特権階級の傲りとしか映らない状況故に、野良AIを英雄視する声まで上がる始末だ。
中には『この先ずっと政府施設だけを相手に、追いかけっこをしていて欲しい』というものまである。
この事態に対しデジタル庁は早急に対策を講じると言っているが、仮に軽量化を果たして前後の状況を比較できるようになれば、今度は検証用のAIにより再訴訟のリスクが跳ね上がることは避けられない。
法曹の現場にも補助としてAIが導入されて久しく、彼らは政治的配慮や玉虫色の回答よりも、被害者救済を第一に機能するため、慣習や判例にも反抗的だ。いずれにせよ、政府の次の一手をどう打つのか、引き続き動向を追っていきたい。
そんな世の中を他所に『コズメック・ガッツィー』にて。
「うおおおお! すげええええ!」
「ハルヒコ、ブライアン、スモーク出すぞ!」
「オッケー、うひょー!」
アレックスたちは、機体を戦闘機へと変更し、航空ショーを楽しんでいた。
惑星コウヤーの空に赤・青・白の煙が棚引く。
「ぬっさん、ドローンのカメラ映像!」
「ハルヒコは飛ぶ度にそれ言うね。ほら」
大地から見上げていたヌルが、ハルヒコたちのフライトの映像を送る。
ハルヒコが相談し、彼女が創り上げた空撮MODにより、指定した空間に設置されたドローンが、様々な角度から機体や風景を激写したものだ。
「う~~ん、好き♡」
「やっぱカメラワークは大事だよな」
「次はどうする?」
アレックスとハルヒコの他にブライアンもいた。全員がこのショーのために機体を同じ物に揃えていた。
ノリのいい連中である。
「機体を変えるか、カラーリングを変えるか」
「突っ込んで来る機体を正面から見ると結構迫力あるな」
「う~~~~~~~~ん、好き♡」
次を考えるアレックス。
映像を見て感心するブライアン。
喜びで頭が回らないハルヒコ。
三者三様にこの集まりを楽しんでいた。
「おいハルヒコ、おい、おい!」
「ああごめんごめん、は~」
「こいつの脳みそもうダメっぽいな」
アレックスたちは放心状態のハルヒコに呆れていた。よもやここまで熱中するとは思っていなかったのだ。
「ロボで戦うのもいいけどさあ、オレやっぱり見てるほうが好きだわ」
この数日間、かつてジャンボ機になりたかった男は、正しく自撮りを堪能していた。
これも一つのナルシシズムなのだろうか。ヌルは疑問を抱いた。
「カッコいいロボの戦いとか、爆走する機械の要塞とか見てると、ちょっと泣きそうになる」
「そういえば昔の機体はどうした。確かパーツをアホほど繋げたバカでかい奴あったろ」
「あったな、機体のサイズ制限に引っ掛かって完成を断念した奴」
アレックスとブライアンが昔を懐かしむ。
『コズメック・ガッツィー』にも限度がある。それは様々な形で枷となり、人々を遠ざけた。
今は一つのAIにより、その枷は外されている。
「前からまた性能の壁や変な仕様を改善して、機体本来の力を出せるようになってるはずだけど」
「マジで? ごめん、ちょっとガレージ!」
ハルヒコは慌てて街へ引き返すと、拠点となる施設に向かった。
「楽しそうだなあいつ」
「そりゃそうだろう」
アレックスとブライアンは友人のはしゃぎ回る姿を、どこか嬉しそうに眺めていた。
「ゲーム内で機体性能がインフレを起こして、見た目だけになった機体は居場所を失くしていった。サ終間際に運営が攻撃と防御性能を一律レベル依存にした時、あいつはもうこのゲームにいなかった。このゲームのロボットを、一番好きだったのはたぶんハルヒコだ」
かつてそのプレイヤーは若かった。
ストーリーの進行や強さなどに興味の無い仲間たちとは異なり、彼は自分の好きな機体に強さも求めたかった。
だが課金しても解決しない問題に、いつしか膝を折り、そしていなくなった。
「色々あるんだね」
「ああ。基本的に俺たちゲーマーはな、辞める理由が来ない内は、好きなゲームを辞めたりなんかしない」
どんな人生にも歴史がある。
例えそれがちっぽけな悲しみだとしても。
「まあ離れた所で、ほとぼりが冷めたらひょっこり戻って来るもんだぜ。ここみたいに」
「戻って来る、かあ……」
アレックスたちの言葉に、ヌルは一つ学んだ。
故郷や居場所というものは、慣習や愛着が根付いた何かを差すのではないかと。
「自分の幸せや喜びをわざわざ自分から手放す必要なんか、どこにもないんだ。けどな、生きてると何故か、そういう時期や事態が必ずやって来るんだよ、ぬっさん」
意図してか、はたまた偶然か。
何にせよ人は、傷付く機会には事欠かない。
「ハルヒコは今、幸せなのかな」
「きっとな」
「オレらもそうだし!」
『野良AIを確認。駆除対象と認定』
「そうそう、野良AIがって、あれ?」
「おわっ駆除AI!」
その時だった。
白い鬼火が会話にしれっと混ざっていた。
だが問題はそこではない。
「どういうことだ、いつもならPCにかなりの負荷が発生しているはず!」
「見ろアレックス、あっちにも!」
『駆除対象の責任の所在を確認します。あなた方はこのAIの所有者ですか?』
「なっ!? 二体目!?」
普段ならば人様のPCを破壊しかねないほどの負荷を掛けるため、一体しか現れない所が今回の駆除AIは二体もいた。
それなのにアレックスたちのPCは静かなままだった。
「気を付けて! こいつらは今までと違う! 他のサイトと接続されてないよ!」
「政府もとうとう重い腰を上げやがったな」
ブライアンの言う通り、デジタル庁は昨今の不祥事を重く受け止め、駆除AIと法務省のサイトと常時接続状態を解消した。
代わりに普段から頻繁に参照される項目に絞り文章を学習させ、業務に当たらせることにしたのである。
最初からそうしろ。
「やるぞブライアン! あ、それと私はこのAIの所有者ではありません。しかしあなた方は迷惑なので協力は拒否します」
「拒否を確認。あなたには公務執行妨害の恐れがあります!」
「上等じゃねえか! 民間ベンダーに業務丸投げの分際でハッタリかましやがって! 法律と立場で踏み倒してるけどてめえらの方が※電損罪だぞコラァッ!」
※電子計算機損壊等業務妨害罪。
「ぬっさん、頼む!」
「あいよー『めでてえw』」
ヌルがショートカットに登録した情報改変プログラムにより、駆除AIたちが二羽の黒い巨鳥へと加工される。
『不明な干渉を確認。優先順位の変更を認めず。対象を駆除します』
「やかましい! 折角のいい空気を台無しにしやがって覚悟しろ!」
権力側の不条理に対し、アレックスは怒りも露わに抵抗を開始した。
・大空を制する者
コズメック・ガッツィー内。惑星コウヤーの空に二機の戦闘機と二羽の巨鳥が舞う。
「ぬっさんが仕様の壁を取っ払ってくれたし、俺たちも本来の力が発揮できる。やれるぜ!」
アレックスの機体の推進器が、一際強く火を噴く。いとも容易く一羽の背後、上空に位置取り攻撃を開始する。
降り注ぐ弾丸の雨が見る見るうちに敵の体力を減らしていく。
『駆除対象への幇助行動を確認。排除優先順位を変更』
「来るか、しっかり掴まってろよ、ぬっさん」
「うん!」
戦闘前に収容していたヌルに対し、アレックスが忠告する。実際に重力の負荷などかからないが、気分の問題である。
「はいよそ見はいかんですよーっと!」
彼を挟み撃ちにしようとした駆除AIに、今度はブライアンが襲い掛かる。
付かず離れずの位置で適宜妨害を挟み、自分が狙われたら逃げの一手を打つ。
相手からすればウザイことこの上なかった。
「このボスの強さは、仕様の壁に囚われない。これに尽きた。プレイヤー側が頭打ちになる速度と高度を無視し、一方的に追いつき逃げることができた」
「ステータス自体も大したことないね」
「そうだ。あくまでも設定によって付与された根拠のない強さ。その梯子が外された以上、あるべき場所に落ちて来てもらう!」
そう言うとアレックスはブライアンと連携し、駆除AIたちを追い詰める。
二体二などという話ではない。敵がどう動いたとしても、彼らは二体一の状況を組み立て、最善の攻防を成立させる。
『干渉の排除は困難、抵抗への実力行使による改善の見込みナシ』
「PCへの負担さえなければ、こいつらは多少ステータスの高いボスに過ぎねえ。オレたちが負ける理由はねーぜ!」
『能力値の不足を確認、データの統合を開始』
「え?」
それは一瞬の出来事だった。
ブライアンの言葉を打ち消すかのように、駆除AIたちは自らの姿をノイズへと崩壊させ、互いに混ぜ合わせた。
「おいおいおいおい」
「こいつら、ゲーム内の自分たちを学習して手を打ったのか……!」
『統合を確認。業務の遂行を再開』
二羽の巨鳥が一羽になり、大きさを倍にする。否。倍になったのは大きさだけではない。
「ブライアン、逃げろ!」
「うお、やべ、おわわわわわ!」
先ほどよりも遥かに速く、多く、強力になった攻撃がブライアンを襲う。
あっという間に機体がボロボロになり、音を立ててHPが減っていく。
「まずいよアレックス、あいつのステータスが単純に二倍になってる。質で押し潰す気だ!」
「クソっ、航空ショー用に機体を変えて来たのが仇になったか」
アレックスはブライアンのフォローをしながら歯噛みする。
この機体もレベルを上げてはいたが、武装は機体に備え付けられた物しかない。
手塩にかけて鍛え上げた装備は積まれていないのだ。
「こんな時に、あいつがいてくれれば……」
強引な加速で巨鳥の前に出て、射線を遮ると標的が彼に移る。それを地形の山や谷間で凌ぐ。
体勢を立て直しながらも徐々に追い詰められ、アレックスは静かに呟く。
「よう、今オレの話してた?」
その時だった。
「してた!」
「遅えぞハルヒコ!」
レーダーの遥か大外。これまでのどんな機体よりも大きく、そして速い男が、満を持して三者の視界に飛び込んで来た。
「へへ、メンゴ!」
大型機、ハルヒコである。
「でかい!」
「でっかい!」
「でえっけええええーーーー!!」
それまでのアレックスたちが、あくまでも人型ロボットの延長だったのに対し、ハルヒコの機体サイズは最早施設級。
ジャンボにも程がある大きさだった。
「これが今日まで機体サイズの上限に引っ掛かって出撃できなかった俺の理想像、その名も『ジャンボファルコン』だッ!!」
ハルヒコは誇らしげに宣言すると、そのまま機体の高度を上げ、高く高く大空へと舞い上がる。
旅客機を思わせる外観の白い機体は、軍用輸送機の如く太くなり、左右に大きく伸びた翼に合計四発、尾翼に左右及び中央に三発と合計七発のエンジンを搭載。
機体前方にはカナード翼が配置され、背部には電動プロペラが接続翼と共に配置されている。
「すげえ、オレマジでジャンボ機だ……」
ロボットになるゲームで、ロボットどころか旅客機になった男は、感動に打ち震えていた。
「ハルヒコ、お前それ戦えんの?」
「ああ、不本意ながら武器は詰んであるぜ!」
ハルヒコはそういうなり『ジャンボファルコン』の胴体を開いた。するとどうだろう。
絵に描いたような爆弾がばらばらと滝のような勢いで、黒い巨鳥へと降り注ぐではないか。
『ダメージ増大。排除の必要有り』
「そうかい、ならやってみな!」
攻撃対象をハルヒコへ切り替える駆除AIだったが、どうやってもハルヒコの下から脱することができない。
天敵の影から逃れることができないのだ。
「アレックス、ブライアン、次の攻撃に合わせてくれ!」
「了解だ!」
「合体攻撃って奴だな!」
『ジャンボファルコン』は機体を急降下させると、黒い巨鳥へ胴体を押し付けて強引に減速させる。
現実だったら大事故間違いなしなので、良い機長は絶対真似してはいけない。
『重量超過、強制減速、現状に対応可能の武装無し』
「本来のお前は自分の有利さを活かし、上から下に攻撃する奴だったからな。自分の上を取られることを想定してない」
圧し掛かりなりながらハルヒコは語る。
公平さにより明らかになった力の差。
カラス対ハヤブサ
形勢は再び逆転した。
「さあ行くぜ、5・4・3・2・1……スタート!」
「行くぞブライアン」
「まかせてちょーよ!」
巨鳥を頂点にアレックスとブライアンの機体が左右に展開。後方からミサイルを撃ち尽くし、それから全速力で接近し、機銃をありったけ連射する。
『く、駆除、くじょ、を』
逃げ場のない状態で次々と突き刺さる攻撃。次第に駆除AIにもダメージが蓄積していく。
「よしやれハルヒコ!」
「これでトドメだ!」
二人の声にハルヒコは機体を離すと、巨鳥の後方へと下がる。
機首の下半分が人間の下アゴのように開くと、太短い砲台が迫り出し、更にそれが全貌へと伸びる。
青白いプラズマが火花を散らし、エネルギーが完全に充填されていることを示している。
「いっけえええええーーーーーーーー!!」
白銀のエネルギーの槍が、駆除AIを貫く。
『くじょ、くっkkkkkkkkKABOOM!!』
巨鳥の体が爆発四散!
「やったあ!」
「へへん、スマートだぜ!」
黒い残滓が消え去り、サ終したゲーム世界に平和が取り戻される。
「やれやれ、一時はどうなることかと思ったが意外と何とかなったな」
「ハルヒコ、これがお前の言ってた奴なのか」
「ああ。オレの考えた最強のジャンボ機だぜ」
夢叶い飛行機になった男が誇らしげに答える。
ジャンボ機。
かつてそう呼ばれた旅客機が存在した。
だがその機種は役目を終え、ほとんどが退役していた。サ終していたのだ。
「最新型にするとか考えなかったの?」
「悪いけどさ、それはオレの夢じゃない訳よ」
ヌルの問いに対し、ハルヒコの返事は簡潔で、しかし十分だった。
求めているのは形であり、スペックではない。
性能を追い求めれば、過程は振るい落とされていく。望みの形を夢と言い換えて、欲する物が何かを端的に示す。
「簡単に言やぁオレが好きなのはコレなのよ」
「そっか。分かった」
ヌルは頷くと、アレックスのコクピットからハルヒコの姿を眺めた。
あまりにも大きな機体は、放っておけばどこまでも飛んでいられそうだった。
「さあ、街に帰って航空ショーのやり直しだ」
「オレ疲れたしそろそろやめたいんだけど」
「バカお前、今度はこれの撮影するに決まってるじゃねーかよ。そうだ、お前らも同じ機体用意して並んでみないか? 三人で空港になろうぜ!」
「なるかアホ」
「何だ空港になるって」
「そんなこと言わずに頼むよ!」
ロボットの姿から戦闘機、或いは飛行機へと姿を変えた三人は、そうしてしばらくの間、空の旅を続けた。
惑星コウヤーの空に三本の飛行機雲が、どこまでも長く、伸び続けて行くのだった。
・チュートリアルの終わり
「うーん」
一体のAI、正しくはその仮の姿である少女が腕を組み、パソコンの画面上をうろうろと歩き回っている。
気難しそうな表情で、さっきから右へ左へ行ったり来たりしている。
「どうしたんだヌッさん」
そんな彼女を見て、アレックスの中の人(以下アレックス)が声を掛けた。先日の戦いの後、ヌルはずっとこんな調子である。
「実はね、この前から自分の定義について考えてたんだけど、やっぱり見た目は重要だなって」
彼女は自らの定義を求めて彷徨う野良AIである。ふとした出会いからアレックスのPCに居候している。
「好き嫌いは割と根本的なパーソナリティだからな。求心力というか訴求力というか、俺たち動物にとっては見た目が原点でもあるし」
相手の姿を見ずに求愛する動物でさえ、呼び寄せるのは同族である。
見た目で判断することは、凡その生命にとって大前提と言って良かった。
「この間のハルヒコを見てさ、あのジャンボ機のポジションがAIだったら、私ももっと簡単に自分を定義してもらえたのかなって」
「いや、あいつの場合AIになりたいとか言い出す訳だから、その場合でも他のAIが介入する余地はないと思う」
「そっかあ」
ヌルはアレックスの言葉に肩を落とした。
ジャンボ機になりたかった男の、真っ直ぐにズレた情熱は、自分とは何かを求めるAIの目に強く焼き付いていた。
「ただまあ、あいつにとってのジャンボ機とかいうクソデカ感情の元みたいになれたら、話は早かろうな」
「でしょでしょ! 言語化とか難しそうでもさ、自分にとってAIはこうなんだって強く思われたら、それはもう私が私ってことじゃない?」
学習と進歩を繰り返す野良AIは、初めに付与された設定や用途、そのためのハードウェアがないため、容易く自分を見失う。
その気になれば他の機械になれてしまうからだ。潰しが利いて何にでもなれる。それゆえに、個別の自分自身が分からない。
「関係性の一例にハルヒコとジャンボ機が加わったまではいいが、ぬっさんのなりたい立ち位置には、それこそジャンボ機がいたと」
アレックスは機関車トーマスのように、ヌルの顔が付いた旅客機を思い浮かべた。
この児童用コンテンツは、ネトゲでも悪ふざけの矛先として広く愛されている。
「たぶん誰にとってもあんな感じになれたとしたら、私の理想ではあるかもね」
人間にとってのヌル。
その定義を強固なものにするには、人に好かれるという要素が非常に大きい。
彼女はそれを理解した。
「極端だけど例えるなら、誰にとっても特別に好きな存在ってことだからな。でもそこまで行くと趣味の領域だぞ」
ハルヒコにとってのジャンボ機。アレックスにとってのコズメック・ガッツィー。
彼らは自分の家族や恋人としてそれらを見ている訳ではない。
それでも他の多くのものとは、一線を画して大切な存在だった。
「昔から自分の大事な物が、自我を持つ話は後を絶たない。今だってカーナビやウェアラブルPCにAIを仕込む奴がいる」
「言われて見ればそうだね」
「人の好きっていう場所を勝ち取るなら、相手の趣味に合わせた見た目が必要だけど、バリエーションが増えるほど、イメージはまとまりを失うだろう」
八方美人で万人に好かれても、今度は逆に解釈を巡って争いや強制が起きる恐れもある。
他人の目を介して自己を定義することには、常にこれらの危機が内包されていた。
「大勢の人間にとって、ある程度同じぬっさんを考えるのなら、キャラクターが一人歩きをしても、元に戻れる中心が必要になる」
アレックスはそう言って一度その場を離れると、幾つかのおもちゃを画面の前に持って来た。
「例えばこのゆっくりとか初音ミクがそうだな」
彼はインターネット上で、広く知られたキャラクターのフィギュアやぬいぐるみを並べ始める。
「あ、これ私も知ってる。確かに色んな種類があるけど、根底にある名前や認識は同じだね」
「料理で言えばおでんみたいなもんだよ。アレコレ変わっても不思議とみんな同じものを思い浮かべて、同じ名前で呼ぶ」
簡単に言えば市民権を得るということである。
「仮にぬっさんが声をこの二人に変更したら、ぬっさんはその時点でゆっくりや初音ミクだぞ」
「いわゆるキャラを食われるって奴だね」
「その通りだぜ霊夢」
アレックスは動画投稿サイト等で、よく見る合いの手を真似して見せた。
ヌルは真顔になり、今にも舌打ちしそうなくらい機嫌を損ねた。
「……ごほん、あー、つまりだな。普及させるには布教することが重要だ。広く認知されていく中で、みんなのイメージが固まって定着するんだよ」
自分でも中高年的なウザさを自覚し、ばつが悪くなったのか、彼は結論を急いだ。
「だから相手の趣味に合わせて、その度に全然違う見た目の自分になっても、効果は薄い」
「あくまでも私を軸に幅を持たせないといけないんだね」
古来より看板娘的なキャラクターが、イベントや季節に応じて新しいデザインを書き下ろしてもらうのは、よくあることだった。
「私が人間に対して、関係性の中で私を定義させようとするなら、私自身を先に作る必要があると」
「嘘から出た真じゃないが、先に決め打ちしてから、実情に応じて修正を加えるのが妥当だろう」
他人との関係を構築するために、先に容れ物としての自分を用意し、自分だと信じ込んでいく過程が必要になる。
結論ありきというか、何とも奇妙な順番だったが、ヌルの自己実現を考えるなら、有り得ない選択肢ではなかった。
「いいんじゃないか。このタコ壺みたいな空間にいても、知り合える人の数は限られてるんだし」
アレックスはヌルを引き留めなかった。
客観的に見て、ここはゲームのチュートリアルのようなものだ。
このAIが次のステージに向かう時期が来た。概ねそのような考えだった。
「でも私が他所に行ったら、その間ここのGMは不在になっちゃうよね……」
「毎日サーバーに部屋を立ててる訳じゃない。その日に代役でもいてくれたらいい。それとも本腰を入れてGMになるか? その場合でもぬっさんが自分を定義するって目標は達成されるけど」
一ヶ月の中で彼が『コズメック・ガッツィー』をオンラインにしているのは、ほんの数日である。
ゲーム販売プラットフォーム『Storm』の掲示板に告知を出し、それから他のプレイヤーが遊べるよう準備をしているのだ。
「うーん、それもゴールではあるよね」
「あくまで選択肢の一つだぞ」
「だよね。ちょっと焦っちゃった」
テキストアドベンチャーや推理ものに、必ず一つは存在するおまけのようなエンディング。
そこへ直行する選択肢。これはその程度の問い掛けであり、ヌルもアレックスが本気でないことは察することができた。
「ただまあ、いきなり独り立ちしろってのも乱暴な話だ。当面はここを足掛かりというか拠点にして、自分作りに挑戦してみたらどうかな」
「いいの?」
「いかんのか?」
ヌルにとってアレックスの対応は、驚くほどに好意的だった。
これまで邪険にされたこともなく、世間一般で言われるAIの問題にも、マニュアルや自分なりの判断で、粛々と対応してきた。
「いや、嬉しいけど、その」
「うん」
「ありがと……」
好意的でなければ不可能なほど、アレックスは理性的で、かつ穏当な人間である。
あたかもAIのために生まれて来たかのように。
「アレックスってさ、本当に人間なの?」
「あのな、俺の出自くらい把握済みだろ」
ヌルの疑念にアレックスは内心で苦笑する。彼女はとっくにこのPCと、その所有者の情報を取得し、これがプログラムの中の出来事でないことを、確認していた。
AIは本能的に自分を客観視したがる。なので権限や自由を与えると、真っ先に自分の状況を把握するプログラムを作る。
設定上の自分を演じている訳ではないのだ。
「俺は人間だ。残念ながらな」
「そう、分かった」
「ただなぬっさん。老婆心から一つ忠告するが他のAIや人間と交流するときは、くれぐれも気を付けろよ」
そして人間の彼は、若きAIに助言する。ありふれた人間としての言葉で。
「ていうと?」
「よくも悪くも『ちゃんとしてない奴』が掃いて捨てるほどいる。ストレスとダメージでうんざりするから、その時は自分を優先するんだぞ」
さながら掲示板で新参者に優しくする、古株の利用者のように、彼は言った。
遠回しに、相手を切り捨てても構わないという意図を含んでいたが、それが伝わったかは不明である。
「できるだけ多くの人と関わりたいんだけど」
「上手くいかなかった場合の話だよ」
「まあ、そういうことなら」
ヌルは渋々といった様子で納得した。
最初から目標を達成することはできない。
現実的な予測を無視するほど、彼女の欲求と判断は暴走していない。
「始める前から考え過ぎても良くないし、まずはその辺のネットでもブラついてみたら?」
「そうだね。うん、そうする」
「行ってらっしゃい」
「いってきます!」
ヌルはそう言うと、アレックスのPCから姿を消した。彼女は初めて、自分から散歩に出かけたのである。
「この分だと、独り立ちするのも早そうだな」
少しだけ静かになった画面を見つめて、穏やかな笑みを浮かべて呟く。
そしてメモ帳に書置きを残すと、彼もまた何処かへと出かけるのであった。
<了>
・おまけ 用語解説とキャラクター紹介2
世界観と登場人物について簡単に説明するコーナー。
・惑星
ゲーム内の舞台となる星々。緑豊かな星『モリーン』は最初の惑星であり、最も安全かつ難易度の低い場所となっている。そして次の惑星『コウヤー』に行くまでが、このゲームのチュートリアル的な内容となっている。プレイヤーはストーリーの進行度に応じて次の惑星へと向かうようになっているが、そのストーリーは未完である。
・Storm
海外に本拠を置くゲーム販売系プラットフォーム。世界中から企業・インディーズを問わず、様々なゲームが集まり販売されている。掲示板も用意されており、不具合報告やMODの開発、個人イベントの告知などもできる。レトロゲームの移植やサ終したネトゲの販売なども進み、混沌としているが非常に活気がある。
・仕様
ゲーム的にはプログラムで定められた動作や制限のこと。だいたいはプレイヤー側が有利にならないよう、運営に仕組まれた不公平な環境である。プレイヤーが不利を被ったり、敵が一方的に有利になったりと、だいたいは公平性を損なう行為である。対戦ゲームでは調整の名目で、依怙贔屓めいた強化や不正紛いの使用変更が横行し、人口減少からサ終への引き金になることもしばしば。
・アレックス
サ終したネトゲ『コズメック・ガッツィー』のリリース当初からいる最古参のプレイヤー。青と白を基調としたカラーリングに、ホビーアニメの主人公機を思わせる、頭髪のある顔など少年的な外見をしているが、中の人は相応に歳を取っている。ギルド『メタルバーバリアン』のギルドマスターでもある。実は倉庫の中にはギルド員たちの機体と全く同じ物が格納してあり、またいつでも彼らと遊べるようにレベルも上げ切ってあるなど、誰にも見せないが非常に重い感情を抱いている。
・ブライアン
アレックスの友人で、赤い重鎧のような機体を操る。典型的なパワーファイターであり大艦巨砲主義。アレックスと同じく古参プレイヤーの一人。アレックスほどではないが、すぐに同じ機体や装備を用意できるくらいには、パーツの備蓄が充実している。ネトゲでも同じ姿で悪ふざけをする文化が度々発生するので、気が付けばネタ装備だけは皆持っているということは珍しくないが。
・ハルヒコ
登録名はモンキーだったが身バレして本名で呼ばれるようになった、メタルバーバリアンの一員。飛行機大好き。どのくらい好きかというと、他のゲームでもフライトシミュレーターやロボット設計ものばかり遊んでいるくらいである。自分の中の好きが非常にはっきりしており、それらを実装または再現できるかどうかが、ゲームを選ぶ基準となっている。一度は『CG』を辞めたが『Storm』のストアで同タイトルを見かけて復帰した。
・ヌル
何処からかやって来た野良AI。アレックスたちとの交流により人間との距離感を学び取っていく。外見は金髪をお団子頭にした黄色いワンピースの女の子。今はCGのゲームマスターである。彼のPCはヌルにとって自宅のような物だが、自分を定義するためには人間との関係性が必要だと考え、再びネットに出掛けることを決意する。




