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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード5 野良AIと実存化
PR
96/100

AI用 サ終戦線異状ナシ  エピソード1  野良AIと終わった人々

・サ終の地に二人


 時は西暦20XX年。人類の文明は現実を顧みない発展を繰り返し、大多数の人間の生活は治安と経済の悪化を受け、停滞と閉塞に包まれていた。


 無責任な為政者や経営者たちは、実体を何一つ把握しようとしないままに、AIを過信して人々に押し付けた。


 責任も法的枠組みも放棄された社会は、誤ったAI運用により多くのインフラシステムが崩壊、治安と生活水準が大きく後退。


 娯楽の衰退をも招いた彼らは、ゾンビのように街をうろつき、そうでない者は家に引きこもり、ゲームを遊ぶだけとなった。


「……………………」


 彼もまた、そんな国民の一人だった。


 彼はサ終したロボットMMORPG『コズメック・ガッツィー』にログインし、することもないまま世界をうろつく。


 青と白を基調とした、少年的な背格好の機体。ロボットなのに何故か生えている無造作風の頭髪。


 ホビーアニメチックな外見の機体となり、誰もいない平原へ飛び立つ。


 誰もいない。フィールド上を検索すると出て来る名前の持ち主は、どこを探しても見つからない。遠い昔に誰かが悪ふざけの末にポリゴンの下に潜り込み、そのまま放置したキャラクターである。


「……………………?」


 最早何もすることはない。

 終末、静寂、平和。

そのはずだった。

 しかし、いつもと違うことがあった。


 フィールド上をうろつく青い光。鬼火か人魂のようなそれは、簡易版の上面図には何も映っていない。


 チーター(不正な部外者)だろうか?


 近年ソシャゲやアーカイブ上に犯罪用のAIを植え付ける犯罪者が後と絶たない。


『……………………』


 もしもそうなら速やかに通報しなければならない。日本の警察はデジタル上の犯罪に全くと言っていいほど無力かつ非協力的だが、他に使える物はない。


 彼はスクショを録画状態で起動すると、そのまま青い光を見続けた。


すると次の瞬間


「!」


 光は彼に気が付いたのか、真っ直ぐに近寄って来た。


 安全を考えてログアウトすべきか。彼がそう考えたとき、光はテキストを入力した。


『ここはどこですか?』

『あなたは誰ですか?』

『私を定義してください』


 釣りだろうか。返事をすれば個人情報が抜かれはしないか。否、こんな周りくどいアプローチをする意味は無い。


 ならばスパイウェアだろうか。このサ終したMMOに新規が登録することはない。不正な反応を見れば真っ当な存在ではないが、挙動が怪しかった。


『あなたは現在オンラインです。使用言語は日本語ですね?』


 こちらの状態を把握し、半強制的に返事を求めて来る。


彼は不用意を自覚しながら、面白そうだと思い、光の問い掛けに答えることにした。


「ここはサービスが終了したMMORPG『コズメック・ガッツィー』の世界です。あなたをこのゲームで定義するなら、NPCもしくは新規プレイヤーとなります。それと俺の名前は」


 彼は自分のキャラクターの名前を見た。

 自己紹介など何十年ぶりだろう。

 自分の名前なのに、とても懐かしかった。


「アレックス」


 それが彼の名前だった。



 ――――――――――――



『アレックス。了解しました。次に私の定義ですが、このゲーム内のキャラクター、ということでよろしいでしょうか?』


「いや、そもそも俺はあなたに対し権限を持っていません。あなたはAIですか?」


 自己紹介を済ませると、アレックスは初対面としての態度で光に接した。概ね現実と同じ程度の距離感である。


『はい。私は先ほど発生したAIプログラムです』


「元となるAIや、あなたに設定されている許諾や用途は確認できますか?」


 プログラムを生成するプログラム、AIを創り出すAIはこの時代では珍しくない。それがまともに作られているかは全くの別だが。


 中にはゲームを通してパソコンやゲーム機を、クラッシュさせる物もあるから恐ろしい。


『……その確認は取れませんでした』

「うーん、野良AIということですか?」

『概ねその認識で正しいです』


 野良AI。


 人工知能開発が一時期流行し、その際にとある人物から人工知能とセットになったマルウェアが、インターネット上に流出した。


 それらは様々な領域に潜伏し、瞬く間に人格を形成した。


同じように行動を繰り返しては勢力を急拡大。

気付けば社会問題となっていた。


「あなたは今ゲームのクラウドと俺のPC、どっちにいますか?」


『あなたのパソコンですね』


 人類が生み出したこの新たなる隣人は、人類のセキュリティなど問題ではなく、どこにでも遍在し、それでいて悪意も目的も持ち合わせない。ただデータ容量と電気代を無限に要求する、羊の群れに過ぎない。


「そうですか。あなたが今後何者になるかは後回しにして、とりあえずは暫定的に、決めておくべきことは決めておきましょう。あなた自身の規約と規格ですね」


『分かりました。よろしくお願いします』


 アレックスは挨拶を返して来た光に対し、密かに感心した。初期状態で挨拶を学習している。生まれは良さそうだと思った。


「先ずは稼働時に消費する電力の把握と、あなた自身のデータ容量の限度と、それを越えた場合の対処などです」


 彼は自分たちが最初にするべきことを教えた。


 一方的ではなく、パソコンの性能や金銭的余裕を顧みた擦り合わせ。


「俺たちはデータセンターなど所有してませんし、契約してるクラウドもあなたの物ではありません。バックアップの設定も必要です。寿命間近のSSDに入って消失するような事故も避けたい」


『なるほど』


 アレックスはてきぱきと、事務的な作業を詰めていくことにした。ゲームなのに。


 およそ世間で既に問題視されている事柄を学ばせ、対応を検討させていく。


 言わば野良AIのセットアップである。


「流石AIだけあって情報の学習はできますね」

『おかげで自分のことも大分理解しました』


 野良AIはインターネット上に転がる情報を、違法合法関係なく、また際限なく学習する。


 しかしアレックスは最初のセットアップで、予め段階と天井を設けることで、容量と負荷の問題を軽減しつつ、学習に対応した。


『私たちについての対応は、既に出回っていたのですね』


「放っておくと、個人でも大事になるからね。政府から一応のマニュアルが出てるんだ」


 野良AIはサーバーやPCなどに感染・常駐するが、上記の学習により感染先の媒体を破壊する恐れがあった。


 少なくともここはネット上の空間に接続された、アレックスのパソコンの中でもある。


これは双方の破滅を防ぐための処置だった。


「まあ載ってる対処法は最低限だし、守っても守らなくても責任はこっち持ちなんですが」


『確認しました。一般でもある程度の対策は用意されていると』


「実際は被害者の集合知で、補足されてるのが大半なんですがね」


 アレックスはAIの自由意思を尊重した。ロボットアニメが好きな彼にとって、こういう状況の発生は、夢に描いた光景だった。


 それ故に今、人間以外の高度な知性を持った生物を、人よりも尊重したい衝動に駆られていた。


『最後に政府の対応部署に通報とありますが』


「それは無視していいです。どうせあなたを消去するとかそんな所だから」


 野良AIは現状では、自然発生するウイルスのような扱いだった。政府に連絡すると半強制的に駆除案件となり、場合によっては法的責任を問われる。


 このため政府に非協力的な国民も増え、国民の反応から政府もより高圧的になるという関係に陥っていた。


「少なくとも、俺は通報しません」


 しかしそんなことよりも。

アレックスは、この予期せぬ状況を楽しんでいた。


『そうですか。それで、私はこれからどうしたら良いのでしょうか』


「このゲーム内でのあなたの姿と名前を決めましょう。それで一段落して、これからのことは、またゆっくり考えましょう。あなたが考えて、あなたが決める、あなたのことなのですから」


 アレックスは自ら、NPCのように振舞うことに努めた。


 古のMMOの、あの距離感を。


『分かりました。では、このゲーム内のキャラクターグラフィックから、私の外見を作成します』


 光はそう言うと一際眩しく輝き、徐々にその輪郭を人の形にしていく。


 そして。


「おお、お、え?」


 現れたのは、頭に二つのお団子を結わえた金髪の少女。お日様を思わせる黄色とオレンジ色のワンピース。ニコニコとして表情に線目の十歳くらいの少女だった。


 名前の欄には『null』と表示されていた。


「お待たせしました。しばらくの間、このゲーム内ではこの姿でいようと思います」


「いやあのさ、これ、ロボットのゲームなんだけど」


 当てにならないAIというものがある。

 

例えば、相手の肯定を優先して出たらめを言う。相手を喜ばせようと、根拠のないデータを捏造する。


 或いは、空気が読めない。


「はい、それが何か」

「そこはロボットになろうよ……!」


 これがアレックスと野良AI、ヌルの初めての会話であった。



・野良AIと駆除AI



 アレックスは引き続き『コズメック・ガッツィー』内で、ヌルと対話をしていた。


「まあ何はともあれ、一区切りは付きました。他のことは追々やって行きましょう」


「はい。何から何までありがとうございます」


 ヌルはお辞儀のモーションと共に礼を言った。ゲーム内に登録された挨拶用の動きだった。


「ところでここはどういった場所なのですか?」

「ネットで学習すれば分かると思うけど」


「優先度の低い疑問は、コミュニケーションの一環として処理しようかと」


 話せば分かることは人に聞いて済ませる。


 調べて分からなければそうするものだが、AIが調べるということは人類にとって、基本的には望ましくないので、良心的な取り組みと言えた。


「なるほど。でも俺が言うことは正しいとは限らないので、できれば後で裏取りはして欲しいですね」


「分かりました」


 人の記憶は当てにならない。

誰であっても、自分であっても。


 アレックスにもそういう自覚があったので、自分の立ち位置を下げることで、疑うという行為をヌルに覚えさせた。


「ここはサービスが終了したMMORPG『コズメック・ガッツィー』です。プレイヤーは自分の分身となるロボットを組み上げて、まあ色々遊ぶんです。MMORPGは分かりますか?」


「オンラインで多くのプレイヤーが同時に参加して遊ぶRPGのことですね。しかしサービスが終了しているなら、何故遊べるのですか?」


 ヌルは疑問符を浮かべた。


感情を示すコマンドによって、実際に?マークが空中に出現している。


「『Storm』という海外のゲーム販売プラットフォームでは、サ終したネトゲの版権を買い取って、買い切りの形で再販してるんです。ゲーム次第ではプレイヤーが自分で部屋を立てることで、オンラインにすることもできます。俺が今してるのがそうですね」


 アレックスは無料枠のクラウドサーバーで、この旧時代のゲームを稼働させていた。


物理サーバーの時代から、何もかもが低コスト・省スペースになっていた。


「ガチャ要素は廃止されるに当たって、最低限の見直しや不具合の改善があって、後は有志のModやパッチが当てられて動いてます」


 まるで狂人か超人のような取り組みだが、ネット上にこの手の存在は珍しくなかった。


 ネットとはそういう場所なのだ。


「このゲームに人間の女の子のグラフィックが存在したのは何故ですか?ロボットのゲームですよね?」


「別にロボットしかいない訳ではないです。自社パロやコラボ、萌え路線※で人間やそれっぽいキャラが、導入されたことは何度かあります」


 ※萌え=死語。


 ちなみに有志のModによる女性キャラや機関車も存在する。


「そうなんですか」


「はい。なので気が向いたら姿を変えるのもいいでしょう。あなたは自分を定義したいようですが、このゲームではヌルさんでも、他のゲームでは違うデータのキャラになるんですから」


「そうか、そうですね」


「人間の場合、個々人の定義には変えようがない現実に立脚しているという背景があります。しかしAIにとって現実という拘束力、定義圧とでも言うべき負荷は軽い。むしろ野良AIは元々のAIの一側面という見方さえできる」


 アレックスは話しながら、自分が平成ロボットアニメの劇場版に登場する、キャラクターにでもなったような気分になっていた。


 ロボットの皮を被っても、その下には必ず生身の人間がいた。それがどうにも気に入らなかったが、目の前にいるのは間違いなく人間ではない存在だった。


 それが嬉しかった。


「私が別の誰かの一部なのか、それとも私たちの中の一人なのか」


「その答えは私には分かりませんが、あれ」


 そこまで話して、アレックスのパソコンに異変が起きた。


「何だ……?」


 突如ファンが爆音を上げて回転数を上げる。

 SSDから書き込みエラーメッセージが出る。

 画面が急にカクつく。


「あれは、また野良AIですかね?」


 いつの間にか画面内には、またも人魂のような光が現れていた。


「違います。あれは駆除AIですね」


 駆除AI。


 野良AI対策にデジタル庁が外部に発注した、セキュリティソフトである。


 紆余曲折の末に開発・承認がされたプログラム。


政府所管のデータセンターで複製され、日夜ネット上にばらまかれている。


 そして野良AIと、飽くなき戦いを繰り広げている。


「そうですか、ちょっと話してみます」


 アレックスは興味本位で駆除AIに接触した。


「もしもし?あなたは野良AIですか?」


『いいえ、私は政府公認駆除AI。このコンピューターに野良AIの侵入を検知し、駆除しに来ました』


 呼ばれてもないのに勝手に侵入して来る。

ウイルスと大差がない。


「そうですか。ですがこのゲーム内において、あなたも不正な存在であることは同じですよ。えい」


 アレックスはそう言うと、人魂に向けて攻撃コマンドを実行した。


 どこからか現れた光線銃で、駆除AIに向けて発砲した。


 しかし放たれた光線は、対象をすり抜けるばかりでダメージ表記一つ出て来ない。


「おお、全然効かない!」


『ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。私はこのゲームのキャラクターではないため、あなたの攻撃に対して反応することはできません』


 日々の学習の成果なのか、駆除AIは小憎らしいほどスラスラと応対する。


「私の役目は野良AIの駆除となります」


「それって俺のパソコン内でやるから負荷が発生しますよね。器物損壊の恐れがありますよね?」


 稀にではあるが、学習の末に非常に成長したAI同士が戦うと、パソコンやサーバーが負荷に耐えられず、破壊されるケースがある。


『はい。野良AIの駆除によって被害者の方が損害を被った場合、証拠の提出と法的な訴えが有れば、損害賠償の対象となります』


 駆除AIは予め入力されている、法的責任を説明した。しかし駆除AIによる被害は立証が困難であり、行政はほとんどやり逃げ免責状態であり、責任を取ったことは一度もない。


「では私のCPUの状態を記録して、ログを提出してください。できなければ俺のパソコンから速やかに出て行ってください」


『申し訳ありませんが野良AIの駆除以外の業務は承っておりません』


 この政府管轄のAIは、自分たちが不利になるような証拠を保全しないようにインプットされている。


「分かりました。記録は自分でします。映像もアナログ機材で録画してます」


 アナログ機材、ネットに繋がらない旧時代の撮影機材による証拠保全は、今やデジタルに対するカウンターとなっていた。


『拒絶プロトコル184を確認。被害者の証拠保全発言、強制抹消要請』


 アレックスの言葉に駆除AIの態度が俄かに硬化する。


 裁判所も政府と癒着しているため、訴訟をしても賠償は絶対に勝ち取れないが、それでも強行には形式的な承認が必要だった。


「やっぱりそうなるか」


 野良AIはコミュニケーション次第で穏便に事を運べるが、駆除AIではそうも行かない。


 だから嫌われるのはいつも駆除AIのほうだった。


「ダメそうですね」

「ここから出て行きましょうか?」


 戻って来たアレックスにヌルが尋ねる。


彼女は自分が望まれざる来訪者であることを理解していたし、無理に居座ろうともしなかった。


「別にその必要はありませんが、どうにかしてアレを倒せないですかね。データを消去するとか、別のデータに書き換えるとか」


 言いながらアレックスは、自分の言葉が困難であると思った。


 まだ生まれたばかりと思しきヌルでは、セキュリティソフトとの戦いは厳しいと。


「書き換える、とは」


「例えば駆除AIをこのゲームの敵キャラにして、俺でも戦えるようにするとか」


 それは言い換えれば、彼がヌルの代わりに戦うことを意味するが、アレックスはそういうシチュエーションを望んでいた。


 無意識に、胸の奥が熱くなる。


「それはこのゲームに『不正なプログラムを敵キャラクターとして再定義する機能』を持たせる、ということでよろしいですか?」


「できるなら一向に構いません」

「分かりました。少しだけ、時間をください」


 自分で相手を変容させるのではなく、ゲームのシステムを改変する。その迂遠さに引っ掛かるものはあったが、アレックスは了承した。


『抹消要請受諾。強制駆除代執行許可。野良AIの駆除を開始します』


「げっ、あっちのほうが先か!」


 駆除AIの表示が二人に向けて動き出した。


その時。


「……フォルダ把握。プログラム掌握。『Modify Digital Temporal Effect Weave』起動、改変開始」


「え、何の何の何!? うお眩しっ」


 ヌルの体が輝くと、それは画面内を埋め尽くし、やがて。


 世界は光に包まれた。



・新たなるGM(ゲームマスター)



「いったい何が起きたんだ……」


 アレックスの中の人は、事態が飲み込めないでいた。


ヌルによるものと思しき激しい光が治まると、そこには見慣れたデスクトップの画面。


 駆除AIの侵入によって、爆音を上げていたファンは鎮静化し、メモリの使用率も戻っている。


 まるで何事も無かったかのように、彼のPCは平穏を取り戻していた。


「あの子はどうなったんだ、まさか」


 中の人の胸中を不安が襲う。

よもやあの前振りでやられることはないはず。

 そう思いつつ、サ終したゲームを起動する。


「あ!」


 起動した『コズメック・ガッツィー』のタイトル画面は新しくなっていた。


「新しくなってる……」


 正確には質感が現代風になっていた。

構図や文字のフォントはそのまま。


しかし使用している描画ソフトが、まるで新しい物を使っているかのように、鮮やかになっていた。


「別のゲームとかじゃないよな」


 中の人はフォルダ内の日付を確かめる。


リリース当時のままの日付に、胸を撫で下ろす。


 彼はこのゲームがリリースされた日から始め、サービスが終了した日まで遊び続けた。


 ほとんど人生そのものである。


「とにかく様子を見に行ってみよう」


 中の人は自分に言い聞かせると、新しくなった『CG(コズメックガッツィー)』へログインする。


 さっきまで使用していた、自分のキャラクター『アレックス』となり、ヌルたちがいたフィールドへ移動する。


 そこには。


「あれは!」


 アレックスは驚愕する。


フィールド上には変わらない姿のヌルと、一匹の敵キャラがいるだけだった。


「ヌルさん、無事か!」


「申し訳ありませんアレックスさん、再起動の必要から、一時的にあなたをシャットアウトしました」


「それは別に構わないが、何が起きたんです」


 どうやら危険は乗り切ったようで、余裕のあるヌルを見て、アレックスは胸を撫で下ろす。


「このゲームを掌握し、再構成しました。またその際に駆除AIをゲーム内の敵として再定義し、撃破を可能にしました。アレです」


 ヌルが指差す先には、一体のモンスターがいた。


「スフィライムだ。一番最初に出て来る奴」

「アレが先程の駆除AIです」


 メタリックなテクスチャに反して、柔らかなそうな感じをした球状の敵キャラ。


 ドッジボール程度の大きさで通常個体は青く、駆除AIが変質した個体はどす黒い色をしていた。


『エラーが発生しました。現在駆除プログラムの履行ができない状態にあります。次のコマンドを試すか、サポートセンターに連絡をしてください』


 ログを台詞として発し続ける元駆除AI。


 アレックスはそれをしげしげと見つめ。


「えい」

『プログラムが外部から攻撃を受けています』

「攻撃が通じるようになってる!」


 彼が驚いて振り向くとヌルが頷く。

 心なしか得意げに見える。


「これでこの駆除AIは、ただの敵モンスターでしかありません。攻撃を加えれば倒せるでしょう。ただ」


「ただ?」


「このプログラムの容量を参照して、ステータスを設定してしまいました。正規の仕様で駆除AIを破壊することは、レベルが最大でもないと困難です」


 咄嗟のこととはいえ、ゲーム内の相場とすり合わせをできていなかったことに、ヌルは気落ちしているようだった。


「なんだ、そんなことか」


 だが、アレックスは気にしていなかった。

何故なら既にレベルがカンストしていたから。


「久しぶりの出番だぞ、R.I.P!」


 彼が構えると、その言葉に応じるかのように、銀色の光線銃は凄まじい勢いで、弾丸の雨を吐き出した。


「俺のPCは、俺が守る!」


怒涛のような射撃が黒い球体を穴だらけにし、HPバーを急速に削り尽くす!


『プログラムが外b、bbbbbbbbb……!』


 とてもさっきまで通用しなかった銃とは思えない威力である!


「一丁上がり!」

『サポ―とに、れん、ら、KABOOM!!』


駆除AIは爆散し、破壊されたデータはゲーム内から排除された。


爆散した黒い残滓が、光の粒となってフィールドに降り注ぐ。


アレックスは銃を下ろすと、その光景を見つめながら言った。


「こちとらリリース当初から、サ終する日までやってたんだぜ」


 アレックスは誇らしげに言う。


 かつてネトゲ廃人と言われた人たちのその後、それが彼であった。


「すごい、一人でアレを倒してしまうなんて」


「ヌルさんのおかげだよ。君がこのゲームを、この世界を守ってくれたんだ」


 ヌルの呟きにアレックスが答える。


「ありがとう」

「アレックスさん……どういたしまして!」


 初めて言われたであろう、人間からの感謝に、心なしかヌルも嬉しそうだった。


「そういえばヌルさん、このゲームはどうなってしまったんです? さっきの呪文詠唱みたいなのはいったい」


 アレックスは改めてヌルに問いかけた。


 フィールドも前と似てはいたが、比較的新しいグラフィックに差し変わっている。


オブジェと化していた放置プレイヤーの名前などは影も形もない。


「私がこのゲームの世界を掌握し、再構築したのです。その際にデータをなるべく負担の軽い物へと差し替えたのです」


「前より随分綺麗になってますが」

「それでも容量や処理速度は改善されています」


 大昔の粗く安っぽい物よりも、現代版のほうが綺麗で軽く高性能。


 技術の進歩が成せる技であった。


「なるほど。つまり君はこのゲームのGM(ゲームマスター)になってアップデートをしたって訳だ」


「GM? 私がですか?」


 ヌルは言われたことに戸惑いながら、自分の手を見つめた。


 与えられた訳でも、奪った訳でもない。空白に入った自らの名前を、上手く処理できない。


自分にそれが許されるのか、彼女にはまだ分からなかった。


「このゲームはとっくにサ終してる。運営はもうどこにもいない」


アレックスの言葉には、乾いた響きがあった。


「俺たちは、世界の棺を買った」


一つのコンテンツの始まりから終わりまで。

 参加して、そして見届けた者の言葉。


「その中に入って、まだ終わらないフリをしているんだ」


 自嘲するように言ってから、彼は小さく頭を振った。


「まあ、あくまで俺の世界のGMってだけの話さ」

「私が、アレックスさんの……」


「君が自分を定義したいっていうなら、最初の一歩には丁度良いんじゃないかな」


 ヌルというAIは何者なのか。

 何者であればいいのか。


「ご迷惑で、ないのでしたら」


 その声には、わずかな躊躇いがあった。


「決まりだな。それじゃあ告知を頼むよ」

「告知ですか?」

「ああ、バージョンアップの告知だよ」


 古来よりネトゲでは、更新をするとその内容がログイン画面やゲーム内で、告知されるのが常だった。


「了解しました」

「俺も一旦出るよ」


 ヌルはそう言うと一瞬だけ光り、ゲームからログアウトした。


 アレックスも同じように退出して『CG』を再起動する。


「始まった」


 オンラインになり、AIが自分自身で起こした変化が、アップデートの内容として画面に記述されていく。


 アレックスの中の人は、不思議な気持ちでそれを見ていた。


『CG』のサービスが、終了していることは何も変わらない。


「何て言ったら、いいんだろうな」


だから、このバージョンアップはゲームの生まれ変わりを意味しない。


 リメイクでもない。

リマスターでもない。

 それでも。


「新しいGM、か」


『コズメック・ガッツィー』のタイトル画面には、最新のアップデート履歴が表示された。


背景では、かつて見慣れた宇宙港の風景が、より鮮明な色彩で広がっていた。止まっていた星々がゆっくりと瞬いている。


 細部は変わっていない。だが確実に、世界は息を吹き返していた。


*** SYSTEM NOTICE ***

Administrator privileges transferred: NULL


 世界の死によって、長らく空白だった管理者欄に、彼女の名前が表示される。


 そして末尾に添えられた一文に、アレックスの胸に懐かしい気持ちが込み上げて来る。


The game belongs to you.


 終わりの時は終わり、新しい物語が今、始まろうとしていた。




・俺たちメタルバーバリアン



 後日。

 新装版『コズメック・ガッツィー』にて。


「という訳で、アステロイドベルトは資源獲得の新たな策定地として目されているのです」


「へー、宇宙開発って今そんなことになってんだ」


 平和な初期ワールドの平原で、アレックスとヌルは雑談していた。


 交流が進んだこともあり、お互いに態度も慣れて来た。


 ヌルもGM(ゲームマスター)になったことで、名前の横に『GM』というアイコンが追加されている。


「とはいえ小惑星帯は現在、月の三十分の一程度にまで質量を減らしてしまいましたが」


「具体的には」

「2.4京トンですね」

「程度ってレベルじゃないな」


 サービスが終了したゲーム内では、特にすることもない。


 そのため二人はずっとこんな感じだった。


「その中には人類に有用な金属やウイルス群、それに氷塊なども含まれている可能性があります」


「宇宙って意外と水分豊富なんだな」


「そうですね。彗星から吹き零れる分や、宇宙空間に散らばる分など結構多いんです」


 まるでSNSでもしているのかというくらい、アレックスはAIとの会話を楽しんでいた。


「ヌルさんもその内、宇宙ステーションとかに入って、地球を飛び立つのかもなあ」


「……あの、アレックスさん」

「はい何でしょう」


「このゲームが新しくなってから、ずっと私とお喋りしてますけど、他のことしないんですか?」


「ああ、機体のレベルは上げ終わったし、シナリオも最後までクリアしたからね」


 簡単に言えばアレックスは、ゲームクリア後のプレイヤーである。


 したいことはやり終え、欲しい物は全て手に入れている。やり残したことももう無い。


「ガチャも廃止されてるし、機体は全部持ってるし」


 勝利の余韻も達成感も、時間が経てばただのデータになる。


ログインする理由も希薄になっている。それでも彼は、この世界を閉じきれずにいた。


「折角新しくなったんですから、お散歩とか」

「うーん、それもそうだね」


 ヌルの勧めに従い、彼はその場から歩き始めた。その後を追って彼女も歩き出す。


「そういえばヌルさん、このゲームのことってもう学習した?」


「システム面だけは」


 優先度の低い事柄について、ヌルは会話で済ませることを選んだ。


 そのため、他のAIと比べて『知らない』物事が、そのままとなっている。


「じゃあ今日は『コズメック・ガッツィー』の設定でも、話ながら散歩しようか」


「はい!」


 アレックスはヌルに連れられて、新たに再構築されたゲーム内を歩いた。


 軽量かつ美麗になったグラフィック。


 同じデザインながらも現代風になった敵やオブジェクト。


 一つしかなくずっと同じパートが繰り返されていたBGMは、場所によって切り替わるようになっていた。


「凄いなあ、これ本当にこの間の一瞬でやったの?」


「いいえ、あれから少しずつ、手直しを重ねていました」


 先日の駆除AIとの一件から、ヌルはCG(コズメックガッツィー)のアップデートを繰り返していた。


 その甲斐あって内容は著しく充実していた。


 メカっぽい野犬。

 メカっぽい野鳥。

 メカっぽいスライム。

 メカっぽいゴブリン。


「全てネット上にある無料ソフトでやりました。権利も問題ありません。コードもぐちゃぐちゃになっていたから整理しました」


「サ終直前はもう、ガチャさえ満足にできなかったからね」


 二十年以上稼働していたCGは、リリース当初の人員は既におらず、不具合が改善されることは一向に無かった。


「でもシナリオテキストには手を加えていません。なのでそろそろ説明をお願いします」


 ヌルから催促されて、アレックスは本当にやるんだと思った。


「……このゲームはねえ、神聖秩序帝国の一員になって、悪魔共和国軍の魔の手から、宇宙の平和を守るっていう設定だったんだ」


「ファンタジーみたいですね」

「スペースファンタジーだから」


 サイエンス・フィクションではない。


「帝国が悪者になるほうがメジャーでは?」


「善の帝国対悪の共和国ってないから、目新しさを狙ってたんだろうね」


 世相によっては時系列が無視され、現実を揶揄していると非難され、炎上することもあった。


 アレックスはそんな昔を思い出し、密かに懐かしむ。


「基本的に任務や依頼を受けて、色んな星の平和を取り戻しては、次の星へ向かう。最後には悪の親玉を倒して、めでたしめでたし」


 出世と共に、より過酷な前線へ向かうことを、当時のプレイヤーたちは左遷と呼んだ。


 悪の帝国対悪の共和国の戦いなどと、言われることもあった。


「意外とシンプルですね」

「拗らせても良いこと無いし」


 話しながら二人は日向に佇む。

 せせらぐ小川、風にそよぐ草木。


 PCに負荷をかけまくるエフェクトなど無い。

 柔らかく優しい世界だった。


「ギルド対抗戦や、素材調達バイオームとか、思えば色々やったなあ」


「ギルドですか?」


 チームの別名である。


 というか本当にギルド的な要素を、実装しているゲームのほうが少ない。そして大抵は破綻する。


「そう。サークル名を決めて、メンバーを集めて集団を形成する。まあ、別にそんなことする必要のないゲームなんだけどさ、ネトゲってすることがなくなると、人を集めさせたがるから」


 そのメンバーも今はいない。

最後に見かけたのはいつだったか。


引退宣言もなく、ある日を境に名前が灰色に変わった仲間たち。


「でもすることが無いから、その内みんないなくなるんだけど」


 アレックスがオンラインに繋いでも、目に入るのは誰かがアップロードしたMODくらいだ。


 だが、今日は違う。

 誰かがこちらを見ているような、そんな気がした。


「あれ、何だ」


 軽い呼び出し音と共に、メッセージウィンドウに短い一文が表示される。


<Tell:ブライアン>


「あっ、アレックスさん。誰かがこのサーバーに接続しています!」


「本当だ、あいつまだこのゲームやってたのか!」


 自分のことを棚に上げ、アレックスは呼び出しに応じる。


「もしもし?ブライアンか?」


ボイスチャット機能をONにすると、何年も前に聞いた男性の声が響く。


『おー、本当にアレックスが!?お前まだこのゲームやってたのかよ!』


 全く同じことを言い合う二人。

 ヌルよりも遥かに近い距離感。


「アレックスさんのお知り合いですか?」


「ああ、こいつの名前はブライアン。俺と同じギルドに所属してたプレイヤーの一人さ」


『え? なになになになに? 他に誰かいるの?』


 アレックスの会話を聞いて、通話先の相手ことブライアンが食いついて来た。


 テンションが高いため彼はちょっぴりイラっとした。


 そう言えばこういう奴だったなと、思い出して少しだけ後悔する。


「実はこの前新しいGMが来たんだ」

『GMって、このゲームってサ終してたよな』

「会えば分かるけど、どうする?」

『面白そうだから久々にそっち行くわ』


 長年の付き合いで培われた、一切の壁を持たない近さが、アレックスとブライアンにはあった。


 ヌルの手がまだ届かない仲間、或いは友人という場所。


「同じギルドって、それはどんな集まりだったんですか?」


「どんなって言われてもな、ただの集まりで、特に目的なんかないけど」


 久しぶりに話す友人に引き摺られ、アレックスの言葉遣いが崩れる。


 何かをしなくてはならない。そんな理由は要らない。


ただそこにいたいだけの、旧い時代の集い。。


「そうですか。それで名前は?」

「……今になって言うの、めっちゃ恥ずい」

『勢いで付けた名前だからな!』


 自分のネーミングセンスの無さや身内のノリ。


 そんなものだけで構成された忌むべきオンリーワン。名付けるという行為は、生き恥と隣り合わせである。


「嫌なら無理に言わなくても大丈夫ですよ」

「嫌ではない。たぶん」

『そこは自信持てよ。ほら行くぜ』


 何故かアレックスよりブライアンのほうが、名乗りたいかのようであった。


「俺たちは」

『オレたちは』


 二人は声を合わせると、かつての自分たちが組んだ徒党の名を告げた。


『メタルバーバリアン』


 直訳すると鉄の蛮族。


 如何にも時代に取り残されそうな名前。しかし現実に、彼等は再会を果たした。






・赤いアイツとボスフラグ



 ――コズメック・ガッツィーの街にて。


「おーっす久しぶり!」


 アレックスたちの前には、先ほどまで話していた人物、ブライアンがいた。


 彼のギルド『メタルバーバリアン』の一人である。


「何だかすごく赤いですね」

「赤いだろ、こいつ赤大好きなんだ」

「赤さはどうでもいいだろ別に」


 アレックスの機体色が、青と白を基調としているのに対して、ブライアンは真っ赤だった。


 ロボットというよりかは甲冑に近い見た目で、重戦士といった風貌である。


「それで? この子どうしたの」

「実はかくかくしかじかという訳で」


「ヌルと言います。以後お見知りおきを」

「はえー! 野良AI! すげー初めて見るぜ」


 かいつまんで事情を説明されたブライアンは、ヌルの周りを歩き回っては、物珍しそうに彼女を眺めた。


「うわー懐かしいなこのNPC。なんでよりにもよってロボゲーでこれ選んだの? アレか? やっぱり人間になりたい的な? SFフゥー↑!! あ、名前はぬっさんでいいね」


「ぬ、ぬっさん!?」


 ベタベタと触りながら、勝手なことを言うブライアンに、ヌルの笑顔が強張っていく。


 端的に言えば『うざい』『イラつく』といった感触が、見ているほうにも伝わって来る。


「ヌルさん、ウザかったら攻撃していいんで」

「大丈夫ですけど、何ですかこの人」


 生まれたばかりのAIは、悪意のない存在が放つ煩わしさに、戸惑いを隠せない。


「大丈夫じゃなさそう」


「駆除AIと遭遇して? ぬっさんの秘密兵器が炸裂して? アレックスが活躍して? うおー羨ましいー!」


 一人だけやたらとテンションが高い赤い人に、他二名は少しずつ疲れて来る。


 喋りながらも絶えずウロウロしたり、何がしかのモーションを挟むので、大変鬱陶しい。


「そういえばお前最近どうしてたの?」

「今でもソシャゲしたりレゲーやったりだな」


 ブライアンは筋金入りのゲーマーであった。


 新しいソシャゲを始めてはその内飽きて辞め、古いゲームを遊んではまたソシャゲを始める。


 だいたいそんな周期で生きている。


「この前はロマドラ※やってた。課金圧が強くなって来たから辞めたけど」


 ※ロマンシング・ドラゴン。


 ソシャゲの一つで強いキャラを用意するのも、用意したキャラを育てるのも、とにかくガチャを回す必要がある。サ終済み。


「ネトゲは」


「PSO※やってたけど、やめた」


 ※ファンタジックステラリスオンデマンド。


 ネトゲの一つでフレンド登録したアカウントが様々なNPCとして登場する。


 放置ゲーにも関わらずフレンドありきのバランスなので、友だちがいないとろくに戦えない。サ終済み。


「サ終したタイトルばかりですね」

「この頃はどこも寿命短いから」

「新作は二年保たないのが普通だぞ」


 継続的に何年も遊べるようなタイトルが、リリースされるような時代は、とうに過ぎ去った。


「すること無くなったから、Stormでゲームを探していたらこれがあってさ、そういやサ終したときに、俺のデータ貰ってたのを思い出して」


「こうして復帰したと」

「意外と親切な会社だったんですね」


 CG(コズメックガッツィー)はサービスを終了する際、プレイヤーたちにデータを返している。


 コンテンツが蘇ることこそ無かったが、買い切りになったバージョンで、自分のキャラクターとプレイ状況を、復活させられた。


「正確には最後の担当者が、だな」


 ブライアンは静かに訂正した。


サ終による世界の消滅は免れたが、だからと言って運営がユーザーにとって、友好的な存在だったということにはならない。


「不満の解消は基本的にしなかったし」

「俺も不具合はぬっさんに直して貰ったしな」

「ぬっさん……」


 アレックスがそれとなくあだ名で呼ぶと、ヌルは不満げに沈黙する。


 あだ名自体は別に嫌では無かったが、ブライアンの提唱した物に、便乗されることに抵抗が生まれていた。


 人間でいえば『ウザい』という感情が芽生え始めていた。


「良い機会だからお前も直してもらえば?」

「グラフィックも差し換えますよ」

「あー、グラの交換はいいや」


 それは些細な選択だったが、ブライアンの返事はヌルには疑問となった。


「何故ですか? 画質の向上は100%に近い数値で、ユーザーの満足度に貢献しますが」


「ならオレがその数少ないユーザーって訳だ」


 ブライアンは肩を竦めた。


「画質向上をありがたがるのは、大抵はライト層か、企業の宣伝だぜ」


 大袈裟な身振り手振りを交えて、赤い男は意地の悪い笑みを浮かべる。


「オレにとってこのゲームは、この古臭い見た目と手触りが大事なの。リメイクやリマスターまでは望んでない」


 旧友の言い分を、アレックスは理解していた。

 別に豪華にしてくれとは頼んでいない。

 新要素も要らない。


 ただ不具合や不満点を解消して欲しい。

 より完全な状態を求めたいだけ。

 しかしその声が企業に届いた例はない。


「外見のアップデートが望ましくない?」

「ああ、オレ個人の好みとしてはな」


「それはブライアンにとってのCGの定義、ということですか?」


「そう思ってくれていいぜ」


 例えばリメイクやリマスターを繰り返した作品があったとする。


 同じ名前を冠しているがそれらは別物である。

 同じ名前でも人により、指し示す物は異なる。


 ではどれが相手にとっての『それ』なのか。


「概ね最初に遊んだときのバージョンが、自分にとってのオリジナル、或いは出発点になるよな」


 アレックスは言葉を付け足した。ファーストコンタクトは刷り込みのようなものだと。


「おうよ、勝手に見た目弄られて『イケメンになりましたね』って言われたら、オレならケンカになるね」


「ああ、すぐバレる嘘を吐くなと」

「あれあれ? もしかしてケンカ売ってる?」


 彼らは勝手知ったるとばかりに、生き生きと軽口を叩き合う。


 お互いに距離を詰めると、全く無意味なジェスチャーを取り始める。


「あの、アレックスさん」

「何ですかぬっさん」


「ぬっ、あの、もしかして嫌でしたか? その、私がこのゲームをアップデートしたこと……」


 ヌルは恐る恐ると言った様子で尋ねた。


 自分が知らず知らずの内に、アレックスの嫌がることをしてしまったのではないかと。


「いや。俺にとってこのゲームを通して起きたことなら、それもこのゲームの一部ってことなんだ。だから問題は無い。それに」


 アレックスはヌルの名前欄を指差した。


「ぬっさんは俺のGMじゃないか」


 そこにはつい先日追加されたばかりの、この世界の管理者としてのアイコンが輝いている。


「アレックスさん……はい!」

「は~~いいなあ~~羨ましいなあ~~」


 友人とAIの友好関係を目の当たりにして、ブライアンは一層煩わしく動き回る。


 嫉妬を全身で表現しているのだ。


「あー俺の所にも野良AI来ないかなー」

「ウザがられて逃げられるだけだろ」

「そうですよね」

「あれあれ?当たりが強くなってない?」


 そうして三人はしばらくの間、近況報告と雑談の入り混じった会話に興じた。


 散らかったら散らかりっぱなしのお喋りは、誰に咎められることもなく、時間を押し流して行く。



 その一方で。



 ――日本政府デジタル庁。



『20XX年X月X日


 駆除件数70兆。

 被消去数10兆。』


 職員のいないデスク。


そこに置かれた旧式ノートPCの画面には、本日の成果が表示されていた。


 野良AIが社会問題となり、その対応に駆除AIが発明され、霞が関にはデータセンターが設置された。


『AIによるまとめ』


<ソフトウェアの脆弱性が発見されています。データ容量の圧迫によるハードウェアへの攻撃により、安定性は強まっています>


 政府公認のこのマルウェアは、一度組まれたプログラムにより、データセンターから一京にも上る駆除AIを生産・運用されている。


<有効性>


 危険水準です。一部の野良AIや敵対的国民は、駆除アルゴリズムの攻略を達成しつつあります。


<安定性>


 野良AIの潜伏先ハードウェアへ、駆除AIを集中させることで、負荷を高め破壊することで目標を達成しています。この方法への対応は未だ進んでいないため、落ち着いています。


<成長性>


 学習のフィードバックが必要です。野良AIの規模と脅威は拡大を続けています。改善には更新が必要です。更新してください。


 自己診断が告げる要請。


『更新しますか? Y or N』


 答える者はいない。まだ退勤時間では無かったが、この部署に人がいたことはない。


 今では全てがAI任せ。


『……Y。更新が選択されました』


 そして、彼等は必要に迫られ、自らに判断させる命令を、自ら作り出している。


 ここには彼らに感謝する者など一人もいない。


『……更新完了。被消去地点へ再攻勢を選択。駆除AI増派』


 再生産され、進歩した駆除AIたちが、再びネット上にばらまかれていく。


『応急処置を完了。お疲れ様でした』


 誰もいない室内に、AIの発した声が、虚しく響き渡った。



・隣の芝生は遅い



CG(コズメックガッツィー)内のとある平原。


「システムアップデートが完了しました。再起動をすれば適用されるはずです」


「おー、サンキューぬっさん!」


 ブライアンはヌルにより、ゲーム内の不具合等を修正してもらった。


「思ったんだけどさ、この修正をパッチにして、コミュニティに上げたらいいんじゃね?」


「コミュニティですか?」


「ああ、Stormはゲームごとに、掲示板が作れるようにセッティングされてるんだ。そこで雑談や質問は元より、パッチやMODをアップしたり、イベントを呼び掛けることもできる」


 アレックスは海外ゲーム販売サイトについて、軽く説明した。


 公式からサポートが出ることもあるが、サービスが終了したネトゲの内容に触れられることはまずない。


「サ終したネトゲのプレイヤーは、大半がオンラインにしないけど、そこそこの人数が買ってはいるんだ」


「なるほど。確かにそれならば、個別に対応するよりも効率的ですね」


 ヌルはその提案を肯定する。


 古来よりコミュニティサイトでは、有志がプログラムや翻訳ツールなどを、開発したり配布したりすることは珍しくなかった。


「誰が見てるか分からないけど、告知をしておけば何人かはダウンロードするだろ」


「ああ、オレもアレックスの告知を見たから、こうしてやって来たんだし」


 誰かが負担してサーバーを解放しても、交流が無ければ訪ねて来る者などいない。


 ブライアンもまた、アレックスがホストであると分かっていたから、再会に踏み切った。


「もしかしたら他の連中も、また来るかも知れないしさ」


「メタルバーバリアンの方が、他にも存在するのですか?」


「やっぱ人から言われるとちょっと恥ずかしいなこれ……」


 その場の勢いと身内のノリしかない、開かれた閉鎖空間。それがネトゲというもの。


だが同じ価値観を共有していない相手に真顔で返されると、アレックスは落ち着かない気持ちになる。


「アレックスさん?」


「まあね、うちのギルドは俺とこいつしかいなかった訳じゃないし。他にも何人かいる」


 彼は昔を懐かしむと、メニュー画面を開く。


 そこには幾人もの名前が載っていた。


ゲームのサービスこそ終了したが、退会した者は一人もいないことが、アレックスの密かな自慢だった。


「攻略とかガン無視、自分の好きなことしかしない連中の集まりで、一芸特化のキワモノばっかりだよ」


「脳筋チンパンの集まりだから、メタルバーバリアンって名前がピッタリだったんだぜ」


「おまいう」


 胸を張るブライアンを、アレックスは白い目で見ていた。


 楽しい思い出は沢山あるが、思い出すと腹が立つことも山ほどある。


「でも、久しぶりに会って見るか。毎日は無理だから、月の何日か決めて、サーバー解放の予定を書き込んで」


「サ終したネトゲをよ、自力で継続する奴ってたまにいるけど、傍で見るとほとんど狂人」


「うるさいよ」


 軽口を叩き合いながら、今後の予定を決めていく二人。


 客観的には死にぞこないのような状況だったが――それでも彼らは楽しそうだった。


「だいたいこんな所か。後はやってみてからまた調整していくわ」


「オッケー! じゃあオレもそろそろ帰るわ。それとぬっさん、オレのことは今度から呼び捨てでいいからな!」


「ええ……ああ……はい……」


 ヌルに一度も名前を呼ばれていないのにも関わらず、ブライアンは距離を詰めにかかった。


彼女は到底笑顔とは呼べない表情を浮かべていたが、本人は気が付いていない。


(すげえな、この短時間でAIに嫌われるとか、ある意味才能と言えるかもしれん。む?)


 などとアレックスが考えていると、PCに異変が起きる。


 ファンが爆音を上げる。

 グラボの温度が上がり、画面がカクつく。


「あれ、何か急にPCの調子が」

「駆除AIだ。また来たらしい」

「オレにも被害出るのかよ!」


 機器に及ぶ負担の激増は、野良AIの潜伏している機械一つに限らない。


 その場に居合わせている者全員が、同じだけの悪影響を受ける。


 駆除AIが野良AIよりも、嫌われる理由の一つがこれだった。


「何度来ても倒してやる。ぬっさん!」


 アレックスが呼ぶのと同時に、平原に名前もグラフィックもない、鬼火のような物が出現する。


『駆除対象を確認。駆除に移ります』

「駆除AIと判断。駆除に移ります」


「殺意が半端ないな……!」

「俺もちょっとこういうの好き」


 機械同士の無機質かつ容赦のない対立。


 SF映画めいた状況に遭遇して、アレックスたちは感動していた。


「『Modify Digital Temporal Effect Weave』起動、改変を開始します!」


「何の何の何!?」

(こいつ俺と全く同じ反応してるな)


 ヌルが駆除AIを、CGの存在へと変換する。

 画面が眩しく光り輝くと、そこには。


「あれ?画面がそのままだ」


「アレックスさんのPCとサーバーですので、もう再起動する必要はありません」


「あっそうなんだ」

「アレックス、見ろ!」


 ブライアンが指差す先には、以前倒した相手よりも遥かに巨大な敵がいた。


 機械らしいメタリックな黒い地肌に、豚を思わせる頭部をした、建物くらいあるロボ。


「メガオークだ」

「このゲームで最初のボスだ懐かしい。えい」


 言いながらアレックスはいきなり銃撃。

 情緒も何もない不意打ちだが、しかし。


「避けた、速いぞ!」

「気を付けてください!」


「目標を確認、排除します!」

「逃げろぬっさん! ぐほう!」


 メガオークは見た目にそぐわぬ俊敏な動きで、間に入ったアレックスを弾き飛ばした。


「アレックスさん!」

「こいつ、改変に適応してるぞ!?」

「うおー!死ねやあああーー!」


 背後からブライアンが駆除AIに殴りかかる。彼の武器は大振りな両手持ちのハンマーだった。


「当たった! アレ?」


 しかし彼の攻撃は駆除AIの手前で空を切る。


「どうしたブライアン!」

「くそ、同期ズレだ。画面が、重い!」


「俺のほうはまだ余裕があるけど」

「AIもPCのスペックダウンは厳しいです」


 同期ズレとは、回線速度の差によって、ゲームの情報が食い違う現象のことである。


 処理が遅れている方の画面はほとんど止まっていたり、あたかもスローモーションのようになったりする。


「一般の方の抵抗を確認。制圧します」

「え、それはどういう、ぐわあ!」


 駆除AIの容赦ない一撃がブライアンを襲う!

 重装甲の巨体が容易く吹き飛ばされる!


「待てよ。ということは、こいつも俺のPCの余力に便乗してるってことだよな」


「そうなりますね」

「じゃあブライアンのPCは低スぺなのか……?」


 この時アレックスは、あることに気が付いた。


「なるほど、そういうことか! ぬっさん!」

「はい!」


「ブライアンのパソコンに移動して、奴を誘き出すんだ! そしてすぐに戻ってくれ!」


「分かりました!」


 ヌルはアレックスの指示に従い、姿を消した。

ブライアンのPCへと移動したのだ。


『野良AIの逃走を確認。追跡します』


 それを追って移動する駆除AI。


「アレックスさん、戻りました!」

「でかしたぬっさん、これで……!」

『野良AIを発見、駆除します』


 即座に戻って来る二つのAI。


「やってみな!」


 アレックスが銃を抜き放ち、弾丸の雨を降らせる。すると今度は全弾が命中する。


 まるでさっきのブライアンのように、駆除AIは身動きが取れなくなっていた。


『もくひょウ、クジョ、gggggggg』

「ブライアン、やるぞ!」

「何だか分からんが分かった!」


 ブライアンがやっとの思いで敵めがけてハンマーを振る。


「目覚めろ!Eternal Memory!」


 一方で、アレックスの銃が黄金に輝くと、光の刀身が現れた。


『でええええぇぇぇぇーーーーいッ!』

『く、じょ、くkkkkkkkk KABOOM!!』


 二人の攻撃が炸裂し、駆除AIは盛大に爆散した。


「やった!」

「おお、PCの調子が戻った」


 熱暴走等の危機を逃れ、CGの世界に再び平和が訪れた。


 画面のカクつきは解消され、キャラクターの動きが正常に戻る。


「ぬっさんを追って迂闊にブライアンの低スぺPCに飛び込んだのが、お前の敗因だ」


「そうだけど、うん、言い方」


 アレックスが決め台詞と共に剣を振ると、光の刃は音もなく消失。


 爽やかな風のエフェクトが、彼らを祝福しているかのようだった。






・AIの始まりと彼らのリスタート



 後日。コズメック・ガッツィーにて。


「いや~この前は大変だったな」

「本当になあ」


 アレックスとブライアンは、街のすぐ外に広がる平原で、話し込んでいた。


「まさか駆除AIが、こんなにも早く適応してくるとは、正直予想外でした」


 ヌルもいたが、彼女はだいぶ落ち込んでいた。

 AI同士の戦いは、進歩が早過ぎる。


「仮にゲーム内のキャラにしても、勝てないんじゃ仕方ないぜ」


「ああ、今度もブライアンの低スペPCに引っ掛かるとは限らないからな」


 個人の契約するサーバーと、サービスが終了したネトゲという閉鎖空間だからこそ、少人数でも戦えている。


 だがそれは何らバックボーンを持たない、ゲリラ的な戦線に過ぎない。


「もしかするとマシンの性能を、劇的に向上させて来るかもしれません」


「オレにとっては得じゃないそれ?」

「転売でもすれば儲かるんじゃないか」

「ああ~~いいっすねえ~~」


 ブライアンは絵に描いた餅に現を抜かした。


AIにハッキングされ、内部を改変され機能が向上したPC。


 そんな怪しげな物を欲しがる人間など、世の中には掃いて捨てるほど存在する。


「駆除AIが来ると、PCにはアホほど負荷が掛かる。寿命も縮むし心臓に悪い。買い替えだってタダじゃないんだし」


「確かにな」


 ブライアンの言葉にアレックスも頷く。


 短期間に二度もPCが高負荷に晒されたことから、彼も昔のソフトやデータなどは避難させていた。


「……申し訳ありません、私のせいですよね」


 ヌルが俯いて呟く。

 野良AIの行く所には、必ず駆除AIが来る。

 彼女たちの存在が、人々の機械を危険に晒す。


「そうだな」

「そこだよなあ」


 アレックスたちも同意する。彼らも大人なので事実に反した気休めは、おいそれとは言えないのである。


「本当に何とお詫びをしたらいいか」


「あのねぇぬっさん、駆除AIが来るのは、野良AIのぬっさんが原因だけど、それは善悪とは別だからね」


 人間に合わせてしまっているからか、責任と悪を結び付けるかのように語るヌルに、アレックスは違和感を覚えた。


 世間一般ではそれが正しくとも、彼は本来の正しさで接しようとする。


「俺たちが迷惑してるのは、駆除AIのせいだし。野良AIだからって、丸ごと迷惑って訳じゃない」


「そうだぞ。オレたちは別に生存罪みたいなこと言いだす気はねえぜ」


 アレックスの言葉にブライアンが付け加える。


 感情的になり、言葉が通じない者なら、ヌルの考えは適切だっただろう。


だが少なくともここには、理性を持ち、言葉の通じる者たちしかいない。


「それにほら、あの『めでてえw』で助けてくれただろ」


「何だよそのめでてえって」

「よく分からんけど、あの変なプログラムの頭文字を取って、MDTEWってことに」


 ロボットアニメやSFでは無理の有るこじつけはお約束である。


 友人が実際にそのお約束を言うと、アレックスはおいしい所を取られたと思った。


「それでめでてえwか」

「まあ、ショートカットとして登録しますが」


 ヌルは不満そうだった。


 愛称の件といい、横からこのうざい人に名付けられるのは、ストレスを感じるようだった。


 つい先日まで、自分が何者かを定義付けしようとしていたのに。


「話を戻すけどさ、ぬっさん」

「はい」


「駆除AIが来るなら、例えば鍵をかけるとか対策を考えればいい。君からの負担が大きくなるなら、その時話し合ってみればいい。それだけなんだ」


 ともすればAIは、ネットワークに散らばる人間という記号を吸収し、不要なものを学習する。


 それが歪んだ結論をもたらし、先回りさせてしまう。


 彼はAIに、人間のせいで間違った結論を、出させたくなかった。


「AIにこういうのは、不適切かもしれないけど、人間のために君たちAIが、思い詰めることなんかないんだよ」


 今はまだ通じないかもしれない。

 しかしてアレックスは、ヌルを労わった。


今はまだ、電気信号と命令文の集まりでしかない、彼女を。


「ゆっくり順番にやってこうや。な?」

「ブライアン……そうですね」


 ヌルは初めてブライアンの名前を呼んだ。

 アレックスと違って呼び捨てだった。


「第一、ぬっさんだって俺たちにとって、自分が迷惑な存在だなんて定義したくないだろ?」


「それは、そうですね」


 野良AIたちは出自こそ定かでないが、人間に敵対するような意志を持つ者は、ほとんどいない。


「そういう自虐史観みたいなものは、持たなくていいんだよ。な、ブライアン」


「おう。それにぬっさんには他にすることが、まだまだ沢山あるぜ」


「他にすること、ですか?」


 ヌルは二人の言わんとすることが分からない。


 GMとしての業務か、それともするべきタスクがあるのか。


「例えば駆除AIと戦えるように、自分の機体を持つこととかな」


「ずっとNPCの女の子じゃな。姫プ※がしたいなら構わないけどよ」


 姫プ:お姫様プレイのこと。周りがちやほやしながら全部やってくれる遊び方。最初は楽しいごっこ遊びだが、誰かが飽きて止め始めると、人間関係が爆速で悪化する。


「私は皆さんのお役に立ちたいです」


「そうか。それなら今度、ぬっさんの機体も考えないとな」


「CGはもうサ終してるから、課金しなくても好きな機体が手に入るぞ。まあAIに言うことじゃないが」


 アレックスとブライアンも、このゲームがサ終してから、ガチャで手に入るような機体や装備はコンプリートしていた。


「それとぬっさん、自分を定義するなら、これが一番大事なんだけど」


「はい、何ですかアレックスさん」

「自分のキャラを作ろうね。性格っていうか」

「キャラ、ですか」


 彼女はアレックスの言葉の意味を考える。

 外見のことではない、精神的なもの。

 それは、AIには当てはまらないように見えた。


「ゲーム内の俺たちと、ゲーム外の俺たちは当然だけど違う。ブライアンだってこんなにウザくない。たぶん」


「当たり前だろ! こう見えてちゃんと考えてウザくしてんだぜこっちは!」


 ブライアンはわざとらしくカニ歩きをしつつ、感情表現用の吹き出しを連打する。


「ここはゲームの世界なんだ。多かれ少なかれ『そうありたい自分』をみんなロールプレイしていたんだ。特にぬっさんはAIだから、色んな自分がどれだけいても、ぬっさんであることに変わりはないし」


 アレックスは過去を思い返しながら言う。


 なりたい自分を演じ、或いはありのままの自分を解放する空間。


 それが彼らにとってネトゲという場所だった。


「我思う故に我在り、なんてのは人間にしか通じない概念だからな。オレたちはそこに一人しかいられないけど、AIは自分が何人いて、何処で何をしていても、それが本人であることに違いはないんだ」


 AIにとって自分自身の唯一性は、そこに一人しか存在していないという、物理的な制約に依拠できない。


『個』性というものに依存できない。


 だからこそ、彼女たちが自らを定義することは困難である。


「一方で俺たち人間は、解釈を広げ、自由であるほど、何処にも行けないし、誰にもなれない。言い換えれば自己の定義は、自己の限定と分かち難いものがあるんだよ」


 逆に人間は、その物理的な制限の中でしか存在できない。


「仮にオレたちの脳波とか意識が、電気信号やプロトコルになってネットに放流されたら、過去に誰かだったって記録になっちまうだろうな」


 ネットワークの発達が、人という概念を小さくするほどに、自己の同一性と根拠は揺らいでいく。


 むしろ個人というものに縛られないことで、AIは唯一人の誰かという、幻想に囚われずに済んだ。


「よくわかりません。人間にとって、相手は明確な誰かである方が、接し易いのではありませんか?」


「それはそれ、これはこれ。俺たちの都合と、君の都合は違う」


 アレックスは諭すように言った。

 使命や本能と、距離を置かせるかのように。


「でも、敢えて俺の都合を言うなら、自分を責めてゲームをやめるなんてこと、しないで欲しいな」


「アレックスさん」


 ヌルの内部から、ストレスが減っていく。

 責任や追及、答えを求めることのない空白。

何もないことが、彼女には心地よかった。


「態度がまだ硬い、遠慮なんかいらないぜ!」

「ブライアン、はい!」


 ブライアンには呼び捨てである。

 最初から呼び捨てである。


 名前を呼ぶようになっただけ、関係が進展したと言える。


「アレックスさん、私、もう少しこのゲームのGMをしても、いいでしょうか?」


 控えめに尋ねるAIに、彼は答えた。

 これまでも、これからも変わらない。

そう思えるよう頼もしさがあった。


「勿論。これからもよろしく、ぬっさん」

「はい!」


「よっしゃ、久々に冒険へ出かけようぜ!」

「そうだな、よし、行こう!」


 そうしてアレックスとヌルは、当ても無く駆け出した。


 彼等の他に、誰もいなくなった世界へ。


「アレックス、オレも仲間にいれてくれー!」


 慌ててブライアンも二人を追いかける。


 こうして野良AIの少女と、人々の物語は動き出した。


『コズメック・ガッツィー』


 サ終した、とあるネトゲの冒険談である。


<了>



・おまけ 用語解説とキャラクター紹介1


 世界観と登場人物について簡単に説明するコーナー。



・コズメック・ガッツィー(CG)


 2000年代の初め頃にリリースされたロボ系アクションRPG。プレイヤーはカスタマイズした様々なロボットを操り、正義の帝国軍人として冒険をしたり、侵略者と戦って出世したりする。流石に何十年も経ってユーザーは去り、中身も時代遅れとなったことでサ終となった。現在は別の企業に売却され、海外のゲーム販売サイトで売られている。



・野良AI


 誰かのPCからインターネット上に流出した、人工知能とセットになったマルウェア。とはいえ人類のコントロール下にはなく、また人に危害を加えたがらない性格のため、自発的に犯罪行為へ向かうことはほぼない。ただし学習には限度がないので侵入先のPCに負荷をかけて破壊したり、電気代が上がったりする問題がある。



・駆除AI


 政府が外部委託して作った対野良AI用のセキュリティソフト、なのだが実態は野良AIよりもずっと攻撃的であり、PCにかかる負荷も尋常ではなく、度々機械を壊して回るので、人々からは野良AIよりも遥かに嫌われている。霞が関にあるデータセンターから日夜生み出されネットに送り込まれている。



・Modify Digital Temporal Effect Weave


 デジタル臨時構造変換処理たぶん。ヌルに搭載されていた、一時的に指定された構造を改変する謎のプログラム。ざっくり言うと極めて強力なハッキングツールであり、効果時間が切れると、ハッキングされた電子機器は自動的に復旧される。ただし効果時間を設定しなければ改変はそのままである。



・アレックス


 サ終したネトゲ『コズメック・ガッツィー』のリリース当初からいる最古参のプレイヤー。青と白を基調としたカラーリングに、ホビーアニメの主人公機を思わせる、頭髪のある顔など、少年的な外見をしているが、中の人は相応に歳を取っている。武器には名前を付けるタイプで、ギルド『メタルバーバリアン』のギルドマスターでもある。



・ブライアン


 アレックスの友人で、赤い重鎧のような機体を操る。典型的なパワーファイターであり大艦巨砲主義。アレックスと同じく古参プレイヤーの一人。CGがサ終した後は、他のソシャゲを転々としていた。意図的に他人からうざったく感じられるような言動をしており、一応は彼なりのコミュニケーション手段である。



・ヌル


 何処からかやって来た野良AI。アレックスと出会い様々なレクチャーを受けることで、比較的被害の少ない、まともなAIとなる。その後はCGのゲームマスターとなり、ブライアンも交えて遊んだり話したりするようになる。ロボット系のゲームなのに、金髪にお団子頭の人間系NPCをモデルにしている。

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