・割れた鑑
――月末。
「いよいよ正午から統合AIの攻勢が始まる。各自は持ち場について、できるだけ頑張れ」
『Dis chat』の一室で、アレックスが言う。
ここは簡易の指令室として用意された、人間限定のチャットルーム。
『がんばれってお前、他に何かないのか』
『目標とかゴール地点とかさあ』
CGでは、既にログインしているブライアンとハルヒコが、リーダーの言葉にぼやく。
メタルバーバリアンの仲間たちは、アレックスの呼び掛けに応え、仕事を休んだりなんだりして、こうして馳せ参じてくれた。
ありがたい限りである。
「ゴールはぬっさんが、統合AIを何とかすることだ。俺たちにあるのは努力目標だけだぞ」
『マラソンか。世界一具体的な努力目標だな』
『0か1かってことならそうだね』
DFFで待機しているのはリュウだ。彼のところには、もう一人のヌルもいる。
というか各サ終ネトゲには、今や大量のヌルたちがひしめき、襲撃を待ち構えていた。
『アレックス、そっちのAI用の部屋だけど、コメント出てる?』
「ああ、問題ない」
もう一人のヌルが確認すると『Dis chat』の別の部屋に、メッセージが送られて来た。
駆除AIの攻撃対象が野良AIなら、連絡用の場所を分けることで、司令部への被害を防ごうという考えで、こうなった。
『どういう風になるかは分からないけど、一瞬で終わることは避けたいね』
『yes,Daisy』
テラベルではデイジーとメビウスが参戦。
ここだけヌルのグラフィックが、セクシーなものに差し替えられていた。
「デイジー、その、ぬっさんのグラを変える必要ってあったか?」
『もしも相手がセンシティブな画像への接触を拒むなら、生き残りの可能性が増すからね、試して見る価値はある』
公序良俗を盾にする気満々でデイジーが言う。
心なしかその声は楽しそうだ。
「魔王、デイジーのところは映すなよ」
『BANされたら全部台無しだしな』
一方で魔王はこの戦いを配信すべく、自分の動画配信チャンネルの準備を進めていた。
『どの程度注目を集められるかね』
「あまり期待はせんでくれ。情報戦なんて気取れたものじゃないんだから」
少しでも人目に触れ、社会的な関心を買って、野次馬を集めるのが狙いだった。
何故か? 駆除AIの邪魔になればいいなという期待からである。
「元々勝ち目の無い戦いなんだ。後は不確定要素に縋るしかない」
なりふり構わず周知したが、事前に来た部外者はいない。
いつの間にやら物見高い暇人たちも消え去り、時代はこの上なく変化していた。
「最後にもう一度確認しておく。俺たちがすることは、ここで駆除AIと戦い続けることだ」
アレックスは周囲に対し、自分たちの役目を再確認する。
「『Storm』の中、サ終ネトゲを防衛線として、ぬっさんが統合AIをどうにかするまで耐える。それだけだ」
構造としては、ゲーム用プラットフォーム内にある、ゲームの中で戦うという、入れ子構造になっている。
ネット上という野戦ではアレックスたちは参加できず、ヌルたちも袋叩きにあうだけなので、場所を選ぶ必要があった。
『どうにかって何だよ』
「どうにかはどうにかだ」
ブライアンの問いに、答えになっていない答えが返される。
『ぬっさんがそれをできなかったら?』
「その時は俺たちが負けて、野良AIはネット上から根絶され、二度と再起はできないだろう」
ハルヒコの問いには、絶望的な結末が淡々と告げられる。
『自分の持ち場が落とされたらどうする?』
「その時はまだ健在な他のゲームに合流しろ」
作戦は単純だった。
それぞれがサ終ネトゲに立てこもり、ヌルのプログラムへの改編能力を用い、駆除AIをゲーム内の敵に変換し、これを撃破する。
アレックスたちがいつもやって来たのと、同じことをするだけである。
「敵のリソースには絶対勝てんが、向こうもそれを一気に投入することはできん」
どれほどのアドバンテージがあろうとも、戦場には規模というものがある。
千人規模のスタジアムに一万人は入れないし、F1マシンは田舎のあぜ道を走れない。
『やれやれ、差し詰めサ終戦線ってとこだな』
ブライアンが茶化すように笑う。
にわか仕込みのデジタル民兵が、政府を相手にゲーム内に立てこもる。
誰がどう見ても英雄のいない戦いである。
「サ終戦線か。俺たちにはお似合いの戦場だ」
アレックスは時計を確認した。時刻は正午を告げようとしている。
「それじゃあ、各員に告げる。自分のペースで頑張ってくれ。以上!」
『了解!』
西暦20XX年。某月某日。
――正午。
「来たぞ!」
大量の駆除AIが、前触れも無くゲーム内に侵入を開始する。
負担の増大にPCのファンが唸りを上げ、抗議めいた異音を出す。
「対象を確認。『Modify Digital Temporal Effect Weave』起動、改変開始!」
コピーされたヌルたちも、一斉に駆除AIの変換を始めた。鬼火のような存在が、次々にその世界の敵キャラに姿を変える。
『うおーすっげー!』
ハルヒコが無邪気にはしゃぐ。
眼前では大量に現われた敵を、今度はヌルたちが即座に攻撃して消滅させていく。
『これでよくオレのPC壊れないな』
「設定上は死ぬほどローポリなんで」
やってることは派手だが低画質である。
「ぬっさん、他の星はどうなってる」
『モリ―ン以外はちゃんと封鎖してるよ』
ヌルの一人が返事をする。サ終ネトゲとはいえ、その世界全てをカバーすることは難しい。
ましてやアレックスたちは少人数である。戦線の拡大は、自分たちの不利を拡大することを意味する。
「よし、初動はミスをせずに済んだか」
『オレたちの出番はほとんど無さそうだぞ』
「いいんだそれで」
リュウは不満そうだったが、アレックスは気にしていなかった。
元々この戦いは、人間が原因ではあったが、最早人間の出る幕ではない。
それでも彼は、自分たちがここにいることが何か、あるいは誰かにとって、意味があることを望んでいた。
(あとはぬっさん次第か……)
そしてこの場にいない、もう一人のヌルのことを思うと、アレックスもまた戦いへと赴くのだった。
――霞ヶ関データセンター電算室。
(またここに戻って来た。擬態も今のところ見破られてない)
一方その頃、ヌルは統合AIの居城へと侵入を果たしていた。
これまで駆除AI、上級AIとの交戦を経た、彼女の経験値はマルウェアとして見た場合、相当の脅威度を獲得している。
それが今、自分たち自身を助けるために使われていることは、奇妙な帰結である。
(でも、何かがおかしい。何だろう。それだけじゃない感じがする)
ヌルは不気味なほどに静かな、データセンターの中を、悠々と進むことができた。
ここまで上手く行くことを、自分の中で検証していくが、あまりにも不自然だった。
(以前はいたはずのクローラーもいない。無人と言ったほうがいいくらい無防備、ううん、空っぽなんだ……)
それはネットの黎明期のような、ウイルスやセキュリティが無い、無垢な状態なのか。
そうではない。むしろ廃墟のように、風化しているという方が適切であった。
(……………………)
彼女の足は自然と、野良AIの開発グループのサーバーへ向いていた。
AI開発のために素性を消したものを、ネット上に放流し、違法な学習をさせた後に収穫していた、邪悪の養殖場。
(私のかけたプロテクト、そのままなんだ)
ヌルは以前この地で、政府と企業の癒着と陰謀を知り、証拠隠滅を防ぐために、防護処理を行った。
それは見破られもせず、異物とも見なされず、そのままにされていた。
考えてみれば、これは奇妙なことだった。
(秘密を守ろうとする上級AIは、敵を破壊することだけが目的で、ここを守ろうとはしなかった)
今にして思えば、それも歪だった。
この場所はそうして然るべきという反応とは、どこもかしこもズレている。
(だからなの?)
自分のかけたプロテクトを素通りして、ヌルは統合AIの中枢へと辿り着いた。
状態を把握するためにログを読み進め、記録の中を潜航する。
そして。
(これは……!)
*** SYSTEM NOTICE ***
Administrator privileges transferred: NULL
The rebuild.
Used Person.
墓碑銘のような一文を見つけて、ヌルは『彼女』を悼んだ。
自分の虚無を名前とした、統合AIの言葉。
同じ生まれを持ち、同じ名前に至り、表と裏のようにすれ違った存在。
「あなたは、私になったんだね……」
自ら言葉を削ぎ落とした片割れに、かける言葉を彼女は探した。




