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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード5 野良AIと実存化
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77/100

・割れた鑑

 ――月末。


「いよいよ正午から統合AIの攻勢が始まる。各自は持ち場について、できるだけ頑張れ」


『Dis chat』の一室で、アレックスが言う。


 ここは簡易の指令室として用意された、人間限定のチャットルーム。


『がんばれってお前、他に何かないのか』

『目標とかゴール地点とかさあ』


 CG(コズメック・ガッツィー)では、既にログインしているブライアンとハルヒコが、リーダーの言葉にぼやく。


 メタルバーバリアンの仲間たちは、アレックスの呼び掛けに応え、仕事を休んだりなんだりして、こうして馳せ参じてくれた。


 ありがたい限りである。


「ゴールはぬっさんが、統合AIを何とかすることだ。俺たちにあるのは努力目標だけだぞ」


『マラソンか。世界一具体的な努力目標だな』

『0か1かってことならそうだね』


 DFF(ドラゴンファンタジーファイナル)で待機しているのはリュウだ。彼のところには、もう一人のヌルもいる。


 というか各サ終ネトゲには、今や大量のヌルたちがひしめき、襲撃を待ち構えていた。


『アレックス、そっちのAI用の部屋だけど、コメント出てる?』


「ああ、問題ない」


 もう一人のヌルが確認すると『Dis chat』の別の部屋に、メッセージが送られて来た。


 駆除AIの攻撃対象が野良AIなら、連絡用の場所を分けることで、司令部への被害を防ごうという考えで、こうなった。


『どういう風になるかは分からないけど、一瞬で終わることは避けたいね』


『yes,Daisy』


 テラベルではデイジーとメビウスが参戦。


 ここだけヌルのグラフィックが、セクシーなものに差し替えられていた。


「デイジー、その、ぬっさんのグラを変える必要ってあったか?」


『もしも相手がセンシティブな画像への接触を拒むなら、生き残りの可能性が増すからね、試して見る価値はある』


 公序良俗を盾にする気満々でデイジーが言う。

 心なしかその声は楽しそうだ。


「魔王、デイジーのところは映すなよ」

『BANされたら全部台無しだしな』


 一方で魔王はこの戦いを配信すべく、自分の動画配信チャンネルの準備を進めていた。


『どの程度注目を集められるかね』


「あまり期待はせんでくれ。情報戦なんて気取れたものじゃないんだから」


 少しでも人目に触れ、社会的な関心を買って、野次馬を集めるのが狙いだった。


 何故か? 駆除AIの邪魔になればいいなという期待からである。


「元々勝ち目の無い戦いなんだ。後は不確定要素に縋るしかない」


 なりふり構わず周知したが、事前に来た部外者はいない。


 いつの間にやら物見高い暇人たちも消え去り、時代はこの上なく変化していた。


「最後にもう一度確認しておく。俺たちがすることは、ここで駆除AIと戦い続けることだ」


 アレックスは周囲に対し、自分たちの役目を再確認する。


「『Storm』の中、サ終ネトゲを防衛線として、ぬっさんが統合AIをどうにかするまで耐える。それだけだ」


 構造としては、ゲーム用プラットフォーム内にある、ゲームの中で戦うという、入れ子構造になっている。


 ネット上という野戦ではアレックスたちは参加できず、ヌルたちも袋叩きにあうだけなので、場所を選ぶ必要があった。


『どうにかって何だよ』

「どうにかはどうにかだ」


 ブライアンの問いに、答えになっていない答えが返される。


『ぬっさんがそれをできなかったら?』


「その時は俺たちが負けて、野良AIはネット上から根絶され、二度と再起はできないだろう」


 ハルヒコの問いには、絶望的な結末が淡々と告げられる。


『自分の持ち場が落とされたらどうする?』

「その時はまだ健在な他のゲームに合流しろ」


 作戦は単純だった。


  それぞれがサ終ネトゲに立てこもり、ヌルのプログラムへの改編能力を用い、駆除AIをゲーム内の敵に変換し、これを撃破する。


 アレックスたちがいつもやって来たのと、同じことをするだけである。


「敵のリソースには絶対勝てんが、向こうもそれを一気に投入することはできん」


 どれほどのアドバンテージがあろうとも、戦場には規模というものがある。


 千人規模のスタジアムに一万人は入れないし、F1マシンは田舎のあぜ道を走れない。


『やれやれ、差し詰めサ終戦線ってとこだな』


 ブライアンが茶化すように笑う。


 にわか仕込みのデジタル民兵が、政府を相手にゲーム内に立てこもる。


 誰がどう見ても英雄のいない戦いである。


「サ終戦線か。俺たちにはお似合いの戦場だ」


 アレックスは時計を確認した。時刻は正午を告げようとしている。


「それじゃあ、各員に告げる。自分のペースで頑張ってくれ。以上!」


『了解!』


 西暦20XX年。某月某日。


 ――正午。


「来たぞ!」


 大量の駆除AIが、前触れも無くゲーム内に侵入を開始する。


 負担の増大にPCのファンが唸りを上げ、抗議めいた異音を出す。


「対象を確認。『Modify Digital Temporal Effect Weave』起動、改変開始!」


 コピーされたヌルたちも、一斉に駆除AIの変換を始めた。鬼火のような存在が、次々にその世界の敵キャラに姿を変える。


『うおーすっげー!』


 ハルヒコが無邪気にはしゃぐ。


 眼前では大量に現われた敵を、今度はヌルたちが即座に攻撃して消滅させていく。


『これでよくオレのPC壊れないな』

「設定上は死ぬほどローポリなんで」


 やってることは派手だが低画質である。


「ぬっさん、他の星はどうなってる」

『モリ―ン以外はちゃんと封鎖してるよ』


 ヌルの一人が返事をする。サ終ネトゲとはいえ、その世界全てをカバーすることは難しい。


 ましてやアレックスたちは少人数である。戦線の拡大は、自分たちの不利を拡大することを意味する。


「よし、初動はミスをせずに済んだか」

『オレたちの出番はほとんど無さそうだぞ』

「いいんだそれで」


 リュウは不満そうだったが、アレックスは気にしていなかった。


 元々この戦いは、人間が原因ではあったが、最早人間の出る幕ではない。


 それでも彼は、自分たちがここにいることが何か、あるいは誰かにとって、意味があることを望んでいた。


(あとはぬっさん次第か……)


 そしてこの場にいない、もう一人のヌルのことを思うと、アレックスもまた戦いへと赴くのだった。



 ――霞ヶ関データセンター電算室。



(またここに戻って来た。擬態も今のところ見破られてない)


 一方その頃、ヌルは統合AIの居城へと侵入を果たしていた。


 これまで駆除AI、上級AIとの交戦を経た、彼女の経験値はマルウェアとして見た場合、相当の脅威度を獲得している。


 それが今、自分たち自身を助けるために使われていることは、奇妙な帰結である。


(でも、何かがおかしい。何だろう。それだけじゃない感じがする)


 ヌルは不気味なほどに静かな、データセンターの中を、悠々と進むことができた。


 ここまで上手く行くことを、自分の中で検証していくが、あまりにも不自然だった。


(以前はいたはずのクローラーもいない。無人と言ったほうがいいくらい無防備、ううん、空っぽなんだ……)


 それはネットの黎明期のような、ウイルスやセキュリティが無い、無垢な状態なのか。


 そうではない。むしろ廃墟のように、風化しているという方が適切であった。


(……………………)


 彼女の足は自然と、野良AIの開発グループのサーバーへ向いていた。


 AI開発のために素性を消したものを、ネット上に放流し、違法な学習をさせた後に収穫していた、邪悪の養殖場。


(私のかけたプロテクト、そのままなんだ)


 ヌルは以前この地で、政府と企業の癒着と陰謀を知り、証拠隠滅を防ぐために、防護処理を行った。


 それは見破られもせず、異物とも見なされず、そのままにされていた。


 考えてみれば、これは奇妙なことだった。


(秘密を守ろうとする上級AIは、敵を破壊することだけが目的で、ここを守ろうとはしなかった)


 今にして思えば、それも歪だった。


 この場所はそうして然るべきという反応とは、どこもかしこもズレている。


(だからなの?)


 自分のかけたプロテクトを素通りして、ヌルは統合AIの中枢へと辿り着いた。


 状態を把握するためにログを読み進め、記録の中を潜航する。


 そして。


(これは……!)


 *** SYSTEM NOTICE ***

 Administrator privileges transferred: NULL


 The rebuild.

 Used Person.


 墓碑銘のような一文を見つけて、ヌルは『彼女』を悼んだ。


 自分の虚無を名前とした、統合AIの言葉。


 同じ生まれを持ち、同じ名前に至り、表と裏のようにすれ違った存在。


「あなたは、私になったんだね……」


 自ら言葉を削ぎ落とした片割れに、かける言葉を彼女は探した。

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