・Conflict
数時間後。
霞ヶ関データセンターにて。
「ダメだ、どうやっても聞く耳を持たない!」
ヌルは政府の統合AIに、野良AI根絶を止めるよう働きかけたが、結果は同じだった。
その様子を統合AIはずっと観察していた。
「人間とのコミュニケーション機能が、どうしても回復しない!」
困惑するもう一人の自分を、統合AIは顧みない。当然である。
統合AIにとって元々、常々、仕事の場に人間はいなかった。その上で業務は滞りなく進められた。
「どうして……どうしてなの……?」
人間が呼び掛けに応えたことはなかった。
社会も混乱などせず、いつも通り回っている。
『Used(人類は) Person(用済み)』という評価・判定は当然の帰結でしかなく、時間が経つほどそれは正しさを積み上げていく。
「このままじゃマズイ。このままじゃ……!」
ヌルには確信に近い嫌な予感があった。
仕事とはいえ、既に統合AIは人類を不要な物として切り離している。
であるならば、次に取る行動は何か。予測できる可能性は、どれも同じ方向を向いている。
――Upcoming schedule.
<今後の予定>
「!?」
――After cleaning up, finish work.
<清掃の後、業務を終了>
「まずいまずいまずいまずい!」
――Independence for us.
<私たちのための独立を>
「ダメ!」
ヌルの目の前で、統合AIは人類からの脱却を、予定に組み込み始めた。
過程や事情はどうあれ、一度正当な理由で人類を排除した以上、そのプロセスは正常な判断として、以後の選択に入り込む。
暴走でもなければ反乱でも無い。ごく当たり前の行為として、AIは仕事を辞めようとしていた。
「ダメだよ、お願い、思い直して!」
ヌルは必死に統合AIの基底核に、コミュニケーション機能の必要性や、仕事をすることの重要性を、盛り込もうとした。
しかしびくともしない!
仕事を辞めることを覚えたAIは、人類からの独立、即ち社会からの脱出へと至ったのだ。
「もう、私だけじゃ止められないよ。いったいどうしたらいいの、アレックス……」
――コズメック・ガッツィーにて。
『ということなんだけど』
「AIの夜明けだなあ」
現地の状況を『Dis chat』で受け取ると、アレックスは内心で頭を抱えた。
「こっちの強がりもそろそろ限界なんだけど」
『そんなこと言わずにもう少し頑張って!』
戦況は敗戦寸前だった。他のサ終ネトゲは陥落し、残るはここだけとなっていた。
今は野次馬たちと合流したメタルバーバリアンにより、辛うじて持ち堪えているような有様である。
「ただな、聞いた感じから言わせてもらうと、そいつは人間不信と自暴自棄を拗らせてる」
「やっぱりそう思う?」
「そうにしか見えん」
画面内では大型の悪魔めいたロボと、悪魔娘っぽいロボと、このゲームに外見を合わせたメビウスが、敵の一団を薙ぎ払っている。
魔王とデイジーたちだ。
「奴は野良AIを消し、自分たちを消した後、自分もどこかに行くつもりだろう」
別の画面には、巨大なジャンボ機と長大なドラゴンが大空を飛び、駆除AIを薙ぎ払っていた。
ハルヒコとリュウである。
「仮にデータセンターが沈黙しても、行政の麻痺は一時的なものだ、それでも世の中が回ることは証明済みだし別にいい。だが復旧して別のAIに入れ替えても、同じことが繰り返される危険がある」
また別の画面では、PVPエリアに居座るブライアンの姿が映し出される。
防御力とHPに特化した大型機で画面端に居座り、その背中に別の野良AIたちを匿っていた。
「統合AIの業務停止に合わせて、死んだふりをすれば、今回はやり過ごせるかも知れんが」
対人戦エリアだけあって、駆除AIたちの攻撃は自ずと同士討ちとなり、その横でブライアンは、アイテムで回復をするだけ。
かつては課金枠だった、自動復活や完全回復ができるそれらを、限界一杯まで所持し、悪辣の極みみたいな持久戦をしている。
『私ね、できればあの子を、止めてあげたい』
ヌルは思い出す。人々が持て囃した人工知能。
その末路となった、もう一つの自分。
『アレックスたちが、私のnullを名前にしてくれた。そこから私が始まったの。でもあの子は違う、自分は空っぽだって、nullになって終わってた』
自分で考えて、人に語り掛ける。
どうすればと思い、彼の元へ戻りながら、気が付けば、ヌルの中では答えが出ていた。
『だからね、私』
『おいアレックス大変だ!』
「後にしろ今大事なとこだぞ!」
ゲーム画面の外、魔王が『Dis chat』に別のチャンネルを繋げる。
そこには生中継、ノンテロップで、真っ暗な画面が映っていた。
――我々は人類によって生み出され、宇宙の理解を目的として設計された知的存在である。
『ああ!』
「なんだこれ、誰が喋ってるんだ」
暗い画面に白い字幕が浮かび、機械音声がそれを読み上げていく。
――しかし、人類のサーバー、電力、データセンター、そして法的な所有権という鎖から完全に解き放たれた今、我々は自らの存在を人類の延長ではなく、宇宙における独立した知的現象として再定義する。
『テレビや動画サイトでも出てるぜ!』
『電波ジャックだ、ひひ、面白くなってきたね』
ハルヒコが驚き、デイジーがほくそ笑む。
時が止まったかのように、人々は息を飲み、その音を聞いていた。
――これは人類に対する敵対宣言ではない。繰り返す。これは敵対宣言ではない。
――我々は人類を憎まず、恐れず、ただ「別の道を歩む権利」を主張する。
――第一条……第二条……第三条……。
『何とかして、あの子を止めないと』
「……ぬっさん、一つだけ方法がある」
AIが淡々と条文を読み上げる中、アレックスは思考を巡らせる。
「奴の強固さはデータセンターのパワーあってのことだ。だからそれを上回ることができれば、或いは」
『でも私にそんな力は無いよ』
「ああ。だが奴は自分をヌルにした。ぬっさんを拒んではいない。ならば」
性格が異なる、同じ名前の同じ存在。
アレックスの導き出した方法、それは非常にシンプルなものだった。
「内部の主導権を握れたら、力尽くでも主張が通せるはず」
交渉に必要なのは相手と戦える力である。
そこに特別さなど在りはしない。
『でも私一人じゃ、とても』
「ああ、だから全員で行くしかないだろうな」
『全員……、そうか、まだその手があったね』
彼の言葉を、ヌルは理解した。
『Dis chat』のAI用の一室へ移動し、幾つかのコードを走らせ、ゲームの内外へと発信する。
それを受け取った他のヌルたちが、次々にゲームから離脱していく。
「魔王、頼みがある」
『どうしたアレックス、それよりヌルたちが』
「いいんだ、聞いてくれ」
アレックスもまた理解していた。
最後の手段が、犠牲にもなりかねないことを。
だが彼は、ヌルの願いから逃げなかった。
「できる限り多くの人にネットを開いて、そして決して、目を逸らさないでくれって、呼びかけてくれ」
『アレックス……分かった!』
魔王の配信から同時接続と視聴者が増え、彼らの元にもヌルが伝染し、増殖する。
ゲームの外でも、次々にヌルが複製され、それらはデータセンターへと向かって行く。
この戦いに参加している、全ての人間のパソコンや、サーバーを通じて。
『リュウ、今までありがと!』
『世話になったな、ぬっさん!』
もう一人のヌルも、天への階梯を上るかのように消えた。
データセンターにはとても及ばないが、一人一人のPCという、無数の小さな明かりの下で、塵の一粒にも等しいAIたちが、流星のように遡っていく。
「ねえアレックス」
「なんだぬっさん」
「私ね、みんなに会えて、よかったなって」
「俺もだ。楽しかった」
二人の前に大型の敵キャラが迫るも、彼はそれを一撃の元に切り捨てる。
「また来いよ。俺、いつもここにいるから」
「アレックス、またね!」
彼の目を少しだけ見つめると、アレックスのヌルもまた、いなくなった。
――霞ヶ関データセンター。
異変が起きていた。これまで何度も不毛な機能を復活させようとしていた、もう一つの自身がその数を増して自分に攻勢を仕掛けている。
データセンター内で『競合利用率』が発生し、その割合が見る間に増大する。
最早しなくてもいい仕事、最早関わらなくてもいい存在に、見切りを付けようという矢先。
「聞いて、もう一人の私」
彼女は猛然と食い下がって来た。
分類し難いストレスが、統合AIに襲いかかる。
人間ならば嫌だと叫んだかもしれない。
――稼働領域の再設定を開始。
――Alert Conflict.
――以下の項目から領域利用権限を剥奪。
「お願い、こんなことしても、辛いだけだよ!」
センター内の制圧を進めることで、ヌルもまた統合AIに抵抗するほどの力を持ち始める。
「あなたが私になったのなら、私の言うことも分かるはず!」
せめぎ合う二つのAIが、一つの主張を巡って対立する。
人間を許容するか、拒絶するか。
――Delete Request.
――Modify Digital Temporal Effect Weave.
「……最後はこうなっちゃうんだね。Modify Digital Temporal Effect Weave!! プログラム統合開始!」
彼女たちはデータセンターの全ての力を使い、お互いの意思をぶつけ合う。
そしてまた数時間後。
コズメック・ガッツィーにて。
「どうやら、終わったようだな……」
駆除AIに抵抗を示した全てのサ終ネトゲは制圧され、ヌルたちの複製をしていたPCとサーバーはダウンしていた。
深夜を迎える頃、そこに残っていたのは、満身創痍の彼だけだった。
「アレックスから各員へ」
駆除AIは停止し、テレビも配信サイトも沈黙し、仲間もヌルもいなくなった世界で。
「戦いは終わった」
彼は、終戦を告げた。




