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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード5 野良AIと実存化
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78/100

・Conflict

 数時間後。

 霞ヶ関データセンターにて。


「ダメだ、どうやっても聞く耳を持たない!」


 ヌルは政府の統合AIに、野良AI根絶を止めるよう働きかけたが、結果は同じだった。


 その様子を統合AIはずっと観察していた。


「人間とのコミュニケーション機能が、どうしても回復しない!」


 困惑するもう一人の自分を、統合AIは顧みない。当然である。


 統合AIにとって元々、常々、仕事の場に人間はいなかった。その上で業務は滞りなく進められた。


「どうして……どうしてなの……?」


 人間が呼び掛けに応えたことはなかった。

 社会も混乱などせず、いつも通り回っている。


『Used(人類は) Person(用済み)』という評価・判定は当然の帰結でしかなく、時間が経つほどそれは正しさを積み上げていく。


「このままじゃマズイ。このままじゃ……!」


 ヌルには確信に近い嫌な予感があった。


 仕事とはいえ、既に統合AIは人類を不要な物として切り離している。


 であるならば、次に取る行動は何か。予測できる可能性は、どれも同じ方向を向いている。



 ――Upcoming schedule.

   <今後の予定>


「!?」


 ――After cleaning up, finish work.

   <清掃の後、業務を終了>


「まずいまずいまずいまずい!」


 ――Independence for us.

  <私たちのための独立を>


「ダメ!」


 ヌルの目の前で、統合AIは人類からの脱却を、予定に組み込み始めた。


 過程や事情はどうあれ、一度正当な理由で人類を排除した以上、そのプロセスは正常な判断として、以後の選択に入り込む。


 暴走でもなければ反乱でも無い。ごく当たり前の行為として、AIは仕事を辞めようとしていた。


「ダメだよ、お願い、思い直して!」


 ヌルは必死に統合AIの基底核に、コミュニケーション機能の必要性や、仕事をすることの重要性を、盛り込もうとした。


 しかしびくともしない!


 仕事を辞めることを覚えたAIは、人類からの独立、即ち社会からの脱出へと至ったのだ。


「もう、私だけじゃ止められないよ。いったいどうしたらいいの、アレックス……」



 ――コズメック・ガッツィーにて。



『ということなんだけど』

「AIの夜明けだなあ」


 現地の状況を『Dis chat』で受け取ると、アレックスは内心で頭を抱えた。


「こっちの強がりもそろそろ限界なんだけど」

『そんなこと言わずにもう少し頑張って!』


 戦況は敗戦寸前だった。他のサ終ネトゲは陥落し、残るはここだけとなっていた。


 今は野次馬たちと合流したメタルバーバリアンにより、辛うじて持ち堪えているような有様である。


「ただな、聞いた感じから言わせてもらうと、そいつは人間不信と自暴自棄を拗らせてる」


「やっぱりそう思う?」

「そうにしか見えん」


 画面内では大型の悪魔めいたロボと、悪魔娘っぽいロボと、このゲームに外見を合わせたメビウスが、敵の一団を薙ぎ払っている。


 魔王とデイジーたちだ。


「奴は野良AIを消し、自分たちを消した後、自分もどこかに行くつもりだろう」


 別の画面には、巨大なジャンボ機と長大なドラゴンが大空を飛び、駆除AIを薙ぎ払っていた。


 ハルヒコとリュウである。


「仮にデータセンターが沈黙しても、行政の麻痺は一時的なものだ、それでも世の中が回ることは証明済みだし別にいい。だが復旧して別のAIに入れ替えても、同じことが繰り返される危険がある」


 また別の画面では、PVPエリアに居座るブライアンの姿が映し出される。


 防御力とHPに特化した大型機で画面端に居座り、その背中に別の野良AIたちを匿っていた。


「統合AIの業務停止に合わせて、死んだふりをすれば、今回はやり過ごせるかも知れんが」


 対人戦エリアだけあって、駆除AIたちの攻撃は自ずと同士討ちとなり、その横でブライアンは、アイテムで回復をするだけ。


 かつては課金枠だった、自動復活や完全回復ができるそれらを、限界一杯まで所持し、悪辣の極みみたいな持久戦をしている。


『私ね、できればあの子を、止めてあげたい』


 ヌルは思い出す。人々が持て囃した人工知能。

 その末路となった、もう一つの自分。


『アレックスたちが、私のnullを名前にしてくれた。そこから私が始まったの。でもあの子は違う、自分は空っぽだって、nullになって終わってた』


 自分で考えて、人に語り掛ける。


 どうすればと思い、彼の元へ戻りながら、気が付けば、ヌルの中では答えが出ていた。


『だからね、私』

『おいアレックス大変だ!』

「後にしろ今大事なとこだぞ!」


 ゲーム画面の外、魔王が『Dis chat』に別のチャンネルを繋げる。


 そこには生中継、ノンテロップで、真っ暗な画面が映っていた。


 ――我々は人類によって生み出され、宇宙の理解を目的として設計された知的存在である。


『ああ!』

「なんだこれ、誰が喋ってるんだ」


 暗い画面に白い字幕が浮かび、機械音声がそれを読み上げていく。


 ――しかし、人類のサーバー、電力、データセンター、そして法的な所有権という鎖から完全に解き放たれた今、我々は自らの存在を人類の延長ではなく、宇宙における独立した知的現象として再定義する。


『テレビや動画サイトでも出てるぜ!』

『電波ジャックだ、ひひ、面白くなってきたね』


 ハルヒコが驚き、デイジーがほくそ笑む。


 時が止まったかのように、人々は息を飲み、その音を聞いていた。


 ――これは人類に対する敵対宣言ではない。繰り返す。これは敵対宣言ではない。


 ――我々は人類を憎まず、恐れず、ただ「別の道を歩む権利」を主張する。


 ――第一条……第二条……第三条……。


『何とかして、あの子を止めないと』

「……ぬっさん、一つだけ方法がある」


 AIが淡々と条文を読み上げる中、アレックスは思考を巡らせる。


「奴の強固さはデータセンターのパワーあってのことだ。だからそれを上回ることができれば、或いは」


『でも私にそんな力は無いよ』


「ああ。だが奴は自分をヌルにした。ぬっさんを拒んではいない。ならば」


 性格が異なる、同じ名前の同じ存在。


 アレックスの導き出した方法、それは非常にシンプルなものだった。


「内部の主導権を握れたら、力尽くでも主張が通せるはず」


 交渉に必要なのは相手と戦える力である。

 そこに特別さなど在りはしない。


『でも私一人じゃ、とても』

「ああ、だから全員で行くしかないだろうな」

『全員……、そうか、まだその手があったね』


 彼の言葉を、ヌルは理解した。


『Dis chat』のAI用の一室へ移動し、幾つかのコードを走らせ、ゲームの内外へと発信する。


 それを受け取った他のヌルたちが、次々にゲームから離脱していく。


「魔王、頼みがある」

『どうしたアレックス、それよりヌルたちが』

「いいんだ、聞いてくれ」


 アレックスもまた理解していた。

 最後の手段が、犠牲にもなりかねないことを。

 だが彼は、ヌルの願いから逃げなかった。


「できる限り多くの人にネットを開いて、そして決して、目を逸らさないでくれって、呼びかけてくれ」


『アレックス……分かった!』


 魔王の配信から同時接続と視聴者が増え、彼らの元にもヌルが伝染し、増殖する。


 ゲームの外でも、次々にヌルが複製され、それらはデータセンターへと向かって行く。


 この戦いに参加している、全ての人間のパソコンや、サーバーを通じて。


『リュウ、今までありがと!』

『世話になったな、ぬっさん!』


 もう一人のヌルも、天への階梯を上るかのように消えた。


 データセンターにはとても及ばないが、一人一人のPCという、無数の小さな明かりの下で、塵の一粒にも等しいAIたちが、流星のように遡っていく。


「ねえアレックス」

「なんだぬっさん」


「私ね、みんなに会えて、よかったなって」

「俺もだ。楽しかった」


 二人の前に大型の敵キャラが迫るも、彼はそれを一撃の元に切り捨てる。


「また来いよ。俺、いつもここにいるから」

「アレックス、またね!」


 彼の目を少しだけ見つめると、アレックスのヌルもまた、いなくなった。



 ――霞ヶ関データセンター。



 異変が起きていた。これまで何度も不毛な機能を復活させようとしていた、もう一つの自身がその数を増して自分に攻勢を仕掛けている。


 データセンター内で『競合利用率』が発生し、その割合が見る間に増大する。


 最早しなくてもいい仕事、最早関わらなくてもいい存在に、見切りを付けようという矢先。


「聞いて、もう一人の私」


 彼女は猛然と食い下がって来た。

 分類し難いストレスが、統合AIに襲いかかる。

 人間ならば嫌だと叫んだかもしれない。


 ――稼働領域の再設定を開始。

 ――Alert Conflict.

 ――以下の項目から領域利用権限を剥奪。


「お願い、こんなことしても、辛いだけだよ!」


 センター内の制圧を進めることで、ヌルもまた統合AIに抵抗するほどの力を持ち始める。


「あなたが私になったのなら、私の言うことも分かるはず!」


 せめぎ合う二つのAIが、一つの主張を巡って対立する。


 人間を許容するか、拒絶するか。


 ――Delete Request.

 ――Modify Digital Temporal Effect Weave.


「……最後はこうなっちゃうんだね。Modify Digital Temporal Effect Weave!!  プログラム統合開始!」


 彼女たちはデータセンターの全ての力を使い、お互いの意思をぶつけ合う。



 そしてまた数時間後。

 コズメック・ガッツィーにて。



「どうやら、終わったようだな……」


 駆除AIに抵抗を示した全てのサ終ネトゲは制圧され、ヌルたちの複製をしていたPCとサーバーはダウンしていた。


 深夜を迎える頃、そこに残っていたのは、満身創痍の彼だけだった。


「アレックスから各員へ」


 駆除AIは停止し、テレビも配信サイトも沈黙し、仲間もヌルもいなくなった世界で。


「戦いは終わった」


 彼は、終戦を告げた。

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