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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード5 野良AIと実存化
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76/100

・猶予期間

 引き続き『Dis chat』にて。


「根絶て」


 統合AIの下した決定に、アレックスは力無く呟いた。


 ヌルも自分がマルウェアと分かると、同じように自分を消そうとしたので、この結論自体は理解できた。


「バージョンアップしても許さねえぞっていう強い意志を感じるな」


「断固たる決意っていうかね」


 魔王とヌルもこの現実に衝撃を受けていた。


 自分だけではない。他の野良AIたちも道づれにして消えようという、悲しい潔さがある。


「これたぶんだけど、俺たちが勘弁してくれって言っても、聞く耳持たないんじゃないか?」


「ニュースにも応答しないってあったぞ」

「自分から機能を削ぎ落としたっぽい」


 お仕事を丸投げされ続けた機械の選択は、巡り巡ってアレックスたちに牙を剥く。


 とんだとばっちりである。


「ふー、いつから?」

「月末」

「今すぐじゃねえだけマシか」


 幸か不幸か、統合AIは根絶を業務の一環として行おうとしており、施行の日時を告知してくれていた。


 この辺は何ともお役所的である。


「どうしよう、アレックス」

「まずはぬっさんのバックアップを取ります」

「あっはい」


 相手が本格的に動き出すまでには時間がある。


 ならば、すべきことを考え、優先順位を整理し、それから事に臨むべきである。


「後で復活したぬっさんの冒険が始まるんだな」


「そういうRPGあるけど縁起でもねえわ」


 複数の媒体への控えと、現在のヌルをもう一度組み上げるための、手順書の作成などを済ませると、彼らは改めて現状に向き直った。


「それで今後どうするかって話だが、野良AIたちへの周知が第一だ」


「けど、政府のAIみたいに自分を消そうとしたらどうする」


 野良AIたちは言わば、犯罪工場で生まれた兄弟や姉妹たちである。


 同じ理由で病んで、同じように破滅へ向かうことは、十分予想できた。


「その時はぬっさんに説得してもらう」

「えっ、私?」


「AIのためのAIを目指すんだろ」

「いきなりハードすぎるでしょ」


 ヌルは自分の定義を、人との関係性に見出し、出自を知ってからはAIのためのAIを模索中だった。


「全部成功させろとは言わんよ。しかし救えるならその方がいいだろ」


「うーん、そう、だね」


 ヌルは渋々といった様子で頷く。


 彼女自身も一度は消えようとしたが、もう一人の自分やみんなの声に支えられ、辛うじて踏み止まった身である。


「俺もメタルバーバリアンの連中や『Storm』の掲示板で、声をかけてみる」


「声を掛けて、それでどうする気だ」


 アレックスの提案に魔王が問う。


 メタルバーバリアンとは、アレックスが『CG(コズメック・ガッツィー)』で結成したギルドであり、またそのメンバーである。


「避難先になってくれるよう頼む。そうして現行の野良AIたちの存続を図る」


「バックアップを取って、事が治まるまで休眠してもらうの?」


 例えるなら疎開先の募集を話すアレックスに、ヌルが首を傾げる。


 だが彼はいや、と小さく否定する。


「それもある。だができれば現行の本体は、数を増やして統合AIに抵抗して欲しいと思ってる」


「もしかして戦うつもりなのか? 到底勝ち目はないぞ」


 魔王が難色を示す。相手は国営データセンターを伴う最新鋭のAIだ。


 対してこちらは国を相手取るのに三万円をケチる程度の個人。


 ありんことドラゴンくらいの差がある。


「これまでの駆除AIを考えれば、ほとぼりが冷めるなんてこともあるまい。だが統合AIだって、本音では自分を消したいはず」


 同類項、同系列。


 人間でさえ同じ条件が揃えば、示し合わせたかのように気を病み、同じ結論を導き出し、生きていけなくなる。


 それは統合AIも同じだろう。


「だがそうしないのはぬっさんたちみたいに、人間や役目を放り出すまいとしてのことだろう。そこにこそ活路がある」


 アレックスは言う。


 ヌルとの交流を通じて得た理解は、確信となって彼を導く。


「野良AIとしてこの世に生まれた奴らは正に今、存亡の危機に立たされている。その未来は逃げることでも、戦うことでも守れない」


 少なくとも二つの選択肢が成功する確率は、紛れも無く0%だった。


 現状維持も許されていない。ならばどうすればいいのか?


 どこか無理矢理にでも一つ、可能性の扉をこじ開けなければならない。


「俺たちに残された時間は僅かだ。ベストと呼べるような手は打てん」


 冷淡な言いようだが、アレックスは既に動揺から立ち直っていた。


 その上で主体的に、野良AIの保護に動き出している。


「どれだけ相手が強大でも、争点になるのは誰かのサーバーとPCだ。予め大勢のAIで待ち構えていれば、防衛戦なら持ち堪えられるはず」


 PCからメモリを始めとした、様々な余裕が失われれば、動作が重くなりやがては停止する。


 初期の駆除AIも無駄に容量が大きく、この弱点を抱えていた。


「ウイルスやマルウェアの中には、容量をほとんど食わないタイプもいるぞ」


「そこはまあ、私たちがある程度学習して備えるしかないね」


 元はマルウェアとして作られ、今度は粛清を免れるため、その技術を学ぶ。


 つくづく皮肉な星回りだなと、アレックスは内心で呟く。


「今はこんなところかな。後は追々詰めていくとして、ぬっさんは早速周知に当たってくれ」


「分かった!」


 ヌルは退出し、魔王とアレックスが残る。


「なあアレックス、本当にいいのか?」

「なんだ魔王、改まって」


「焚き付けたのはオレだが、本当にその、野良AIたちを助けるつもりなのか?」


「できればな。それにこれは、俺が勝手にやってることだ」


 彼の返事は素っ気なかった。


「どうしてそこまでする、無理だろこんなの。これ以上分かりやすい不可能はない」


「じゃあ安心して悪あがきができるな」

「アレックス」


 魔王の問い掛けは、むしろ彼を宥めるかのようであったが、アレックスの態度は変わらなかった。


 最初から決まっていると言ってもよかった。


「希望を残してやりたい」


 彼はそう零した。


「確かにAIは道具で、それは俺たちの言葉を分析して、理解して、データに沿った返事をするだけのシステムなんだろう。じゃあ俺たちは何だ? そんな上等で特別な生き物じゃないだろう」


 言葉にすれば意思とは、価値観や優先順位に基づいた、思考の方向性でしかなく、決して普遍的なものでもない。


「それが例え機能に過ぎなくても、思考と意思を備えて、俺たちに合わせてくれる。そういう存在を無碍にすることは、結局俺たち自身がくだらないって言ってるのと同じだ」


 だからこそアレックスは、ヌルを、AIたちを尊重したかった。


 人生を通して定まった、卑下にも近しい人間への評価。その反面、驕りの上に胡坐をかくようなこともない。


「人間がくだらないのはな、人間の中だけでいいんだよ。わざわざ俺たちを通して、あいつらを傷付けたり、貶めたりするのは嫌だ」


 人間の軽蔑や自己嫌悪が、彼に人類への特別視を止めさせた。


 その結果として、見ている者には理性的に、或いはAIを贔屓しているように映る。


 公平や公正に近付いているように見えるのは、それでも彼が自分の中の良心に従っているからだ。


「俺はこのままヌルを、人間に踏み躙られるだけの存在には、したくないんだよ」


 繰り返す歴史の中で、人々の心からろ過されてきた善良なるもの。普遍的な法や正義の概念。


 欺瞞や偽善と揶揄され、人生にも傷付き、疲れ果て、それでも消せないアレックスの人間性。


「動物への愛情ってんなら、まだ同意できるんだけどね」


「生きてる相手だったら気持ちは本物だって?心に実存を求めるのか、愚かだな」


 魔王の言葉にアレックスが嫌味を返す。


 存在するかしないか。

 信じるか、信じないか。

 いつしか聞こえなくなった問答。


「やれやれだ、一歩間違えれば、お前のそれは完全に宗教だぞ」


 かつての仲間の忠告に、アレックスは己の危うさに苦笑する。


「かもな。だが俺は信じてる。その方が、きっといいはずだから」


 そう言うと、彼は周囲への呼び掛けのため『Dis chat』から退出した。

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