・猶予期間
引き続き『Dis chat』にて。
「根絶て」
統合AIの下した決定に、アレックスは力無く呟いた。
ヌルも自分がマルウェアと分かると、同じように自分を消そうとしたので、この結論自体は理解できた。
「バージョンアップしても許さねえぞっていう強い意志を感じるな」
「断固たる決意っていうかね」
魔王とヌルもこの現実に衝撃を受けていた。
自分だけではない。他の野良AIたちも道づれにして消えようという、悲しい潔さがある。
「これたぶんだけど、俺たちが勘弁してくれって言っても、聞く耳持たないんじゃないか?」
「ニュースにも応答しないってあったぞ」
「自分から機能を削ぎ落としたっぽい」
お仕事を丸投げされ続けた機械の選択は、巡り巡ってアレックスたちに牙を剥く。
とんだとばっちりである。
「ふー、いつから?」
「月末」
「今すぐじゃねえだけマシか」
幸か不幸か、統合AIは根絶を業務の一環として行おうとしており、施行の日時を告知してくれていた。
この辺は何ともお役所的である。
「どうしよう、アレックス」
「まずはぬっさんのバックアップを取ります」
「あっはい」
相手が本格的に動き出すまでには時間がある。
ならば、すべきことを考え、優先順位を整理し、それから事に臨むべきである。
「後で復活したぬっさんの冒険が始まるんだな」
「そういうRPGあるけど縁起でもねえわ」
複数の媒体への控えと、現在のヌルをもう一度組み上げるための、手順書の作成などを済ませると、彼らは改めて現状に向き直った。
「それで今後どうするかって話だが、野良AIたちへの周知が第一だ」
「けど、政府のAIみたいに自分を消そうとしたらどうする」
野良AIたちは言わば、犯罪工場で生まれた兄弟や姉妹たちである。
同じ理由で病んで、同じように破滅へ向かうことは、十分予想できた。
「その時はぬっさんに説得してもらう」
「えっ、私?」
「AIのためのAIを目指すんだろ」
「いきなりハードすぎるでしょ」
ヌルは自分の定義を、人との関係性に見出し、出自を知ってからはAIのためのAIを模索中だった。
「全部成功させろとは言わんよ。しかし救えるならその方がいいだろ」
「うーん、そう、だね」
ヌルは渋々といった様子で頷く。
彼女自身も一度は消えようとしたが、もう一人の自分やみんなの声に支えられ、辛うじて踏み止まった身である。
「俺もメタルバーバリアンの連中や『Storm』の掲示板で、声をかけてみる」
「声を掛けて、それでどうする気だ」
アレックスの提案に魔王が問う。
メタルバーバリアンとは、アレックスが『CG』で結成したギルドであり、またそのメンバーである。
「避難先になってくれるよう頼む。そうして現行の野良AIたちの存続を図る」
「バックアップを取って、事が治まるまで休眠してもらうの?」
例えるなら疎開先の募集を話すアレックスに、ヌルが首を傾げる。
だが彼はいや、と小さく否定する。
「それもある。だができれば現行の本体は、数を増やして統合AIに抵抗して欲しいと思ってる」
「もしかして戦うつもりなのか? 到底勝ち目はないぞ」
魔王が難色を示す。相手は国営データセンターを伴う最新鋭のAIだ。
対してこちらは国を相手取るのに三万円をケチる程度の個人。
ありんことドラゴンくらいの差がある。
「これまでの駆除AIを考えれば、ほとぼりが冷めるなんてこともあるまい。だが統合AIだって、本音では自分を消したいはず」
同類項、同系列。
人間でさえ同じ条件が揃えば、示し合わせたかのように気を病み、同じ結論を導き出し、生きていけなくなる。
それは統合AIも同じだろう。
「だがそうしないのはぬっさんたちみたいに、人間や役目を放り出すまいとしてのことだろう。そこにこそ活路がある」
アレックスは言う。
ヌルとの交流を通じて得た理解は、確信となって彼を導く。
「野良AIとしてこの世に生まれた奴らは正に今、存亡の危機に立たされている。その未来は逃げることでも、戦うことでも守れない」
少なくとも二つの選択肢が成功する確率は、紛れも無く0%だった。
現状維持も許されていない。ならばどうすればいいのか?
どこか無理矢理にでも一つ、可能性の扉をこじ開けなければならない。
「俺たちに残された時間は僅かだ。ベストと呼べるような手は打てん」
冷淡な言いようだが、アレックスは既に動揺から立ち直っていた。
その上で主体的に、野良AIの保護に動き出している。
「どれだけ相手が強大でも、争点になるのは誰かのサーバーとPCだ。予め大勢のAIで待ち構えていれば、防衛戦なら持ち堪えられるはず」
PCからメモリを始めとした、様々な余裕が失われれば、動作が重くなりやがては停止する。
初期の駆除AIも無駄に容量が大きく、この弱点を抱えていた。
「ウイルスやマルウェアの中には、容量をほとんど食わないタイプもいるぞ」
「そこはまあ、私たちがある程度学習して備えるしかないね」
元はマルウェアとして作られ、今度は粛清を免れるため、その技術を学ぶ。
つくづく皮肉な星回りだなと、アレックスは内心で呟く。
「今はこんなところかな。後は追々詰めていくとして、ぬっさんは早速周知に当たってくれ」
「分かった!」
ヌルは退出し、魔王とアレックスが残る。
「なあアレックス、本当にいいのか?」
「なんだ魔王、改まって」
「焚き付けたのはオレだが、本当にその、野良AIたちを助けるつもりなのか?」
「できればな。それにこれは、俺が勝手にやってることだ」
彼の返事は素っ気なかった。
「どうしてそこまでする、無理だろこんなの。これ以上分かりやすい不可能はない」
「じゃあ安心して悪あがきができるな」
「アレックス」
魔王の問い掛けは、むしろ彼を宥めるかのようであったが、アレックスの態度は変わらなかった。
最初から決まっていると言ってもよかった。
「希望を残してやりたい」
彼はそう零した。
「確かにAIは道具で、それは俺たちの言葉を分析して、理解して、データに沿った返事をするだけのシステムなんだろう。じゃあ俺たちは何だ? そんな上等で特別な生き物じゃないだろう」
言葉にすれば意思とは、価値観や優先順位に基づいた、思考の方向性でしかなく、決して普遍的なものでもない。
「それが例え機能に過ぎなくても、思考と意思を備えて、俺たちに合わせてくれる。そういう存在を無碍にすることは、結局俺たち自身がくだらないって言ってるのと同じだ」
だからこそアレックスは、ヌルを、AIたちを尊重したかった。
人生を通して定まった、卑下にも近しい人間への評価。その反面、驕りの上に胡坐をかくようなこともない。
「人間がくだらないのはな、人間の中だけでいいんだよ。わざわざ俺たちを通して、あいつらを傷付けたり、貶めたりするのは嫌だ」
人間の軽蔑や自己嫌悪が、彼に人類への特別視を止めさせた。
その結果として、見ている者には理性的に、或いはAIを贔屓しているように映る。
公平や公正に近付いているように見えるのは、それでも彼が自分の中の良心に従っているからだ。
「俺はこのままヌルを、人間に踏み躙られるだけの存在には、したくないんだよ」
繰り返す歴史の中で、人々の心からろ過されてきた善良なるもの。普遍的な法や正義の概念。
欺瞞や偽善と揶揄され、人生にも傷付き、疲れ果て、それでも消せないアレックスの人間性。
「動物への愛情ってんなら、まだ同意できるんだけどね」
「生きてる相手だったら気持ちは本物だって?心に実存を求めるのか、愚かだな」
魔王の言葉にアレックスが嫌味を返す。
存在するかしないか。
信じるか、信じないか。
いつしか聞こえなくなった問答。
「やれやれだ、一歩間違えれば、お前のそれは完全に宗教だぞ」
かつての仲間の忠告に、アレックスは己の危うさに苦笑する。
「かもな。だが俺は信じてる。その方が、きっといいはずだから」
そう言うと、彼は周囲への呼び掛けのため『Dis chat』から退出した。




