・恐怖の正常化
一週間後。
AIによる行政システムの掌握は、国会にて明らかにされ、世の中を賑わせたが、それまでだった。
「大臣、AIの暴走により現場には著しい混乱が生じています。どう責任を取るおつもりですか」
「えー、その件につきましてはですね、謹んで大臣の職を辞させて頂きたく存じます」
よく政府の陰謀が明らかになれば、世の中がパニックを起こすぞというのが、創作でのお約束だが、現実は厳しい。
社会的な階層は分断を固定化し、顧みられなかった者たちは、憎悪と冷笑でこれを歓迎。
政治的に無関心な大勢の人々も、日常を失うようなことは決して無かった。
「逃げるんですか!」
「えー、この政府と企業の癒着と、無断学習AIにつきましては、私の就任以前から進められていたことでして、むしろ当時の大臣に経緯をお伺いすべきと、申し上げます」
国の上層部がAIに乗っ取られても、無関係と言えるほどには国民との溝が深まっており、彼らを庇う者はいなかった。
「またAIへの対処についても、現在もデータセンターへの入所が不可能であります。迅速な対応には、物理的な破壊を伴った対処が求められますが、その際に被害総額がどこまで上るか、目下検討もつかないことを申し添えておきます」
政府の統合AIが辞令を濫発していることは、彼らの首を絞めた。
機械は人間の唱えた美辞麗句に従い、人間を従わせようとするからだ。
「現状でデマや中傷の報告もありませんので、本当の当事者の方々で、ご相談なさるべきです」
時系列から責任の所在を整理すると、前大臣とダイバーズにあるが、既にどちらも行方を晦ましていた。
大臣も案の定周囲から責められたが、正直に何もかもぶちまけていく統合AIのおかげで、強気に職務を投げ出せた。
「少なくとも前任者の汚職の責任を、私が私のものとして引っ被るつもりはありません」
元より政党内でも居場所がなく、誰もやりたがらないポストを、押し付けられただけ。
身の潔白が武器になる今、大臣は無敵であり、周りは無力である。
「職を失っている職員も出てるんですよ!」
なおも食い下がる議員。
統合AIの業務は現在、不祥事のあった政治家や官僚の摘発にまで及んでいた。
官報のオンライン化も始まり、大々的に公表されているため、文字通りの公開処刑である。
「不祥事のあった職員への処罰は、それが事実でない場合は善処もやぶさかではありません」
やれ公用車で出掛けてパチンコ屋に行って車を盗まれるだの、押収した犯罪の証拠品を横領しただの、各種ハラスメントだの。
身内贔屓や特権階級から来る無責任が、世界中に晒されていた。
「それに国民の皆様からの、行政上の手続きには支障を来していないことも、ご理解願いたいところであります」
統合AIは自身への干渉は受け付けないが、それはそれとして通常業務を疎かにしていない。
かつて合理化の名の下に、国中で非人道的な組織再編が行われたことがある。
それを今AIが繰り返しているに過ぎず、そこには一切の貴賤が無い。
「また長官としての立場で言わせてもらえば、辞令の有効性については、各分野の長が個別に判断をすることですが、事実に基づいた判断であるものについては、えーAIの辞令は正当な効力のあるものと、思って頂いて差し支えありません」
有象無象の区別なく、糺すものを糺し罰するべきは罰する。
おかしな話だが、AIによって特定の人々が排除されるに従い、社会の正常化が急速に進み始めたことで、政府は焦りを感じていた。
「ですので、現場で職務を全うなさる方々におかれましては、とりあえず辞令の通りにして頂ければ問題はありません」
だが人々が他者の苦しみに共感し、問題を共有する時代は終わっている。
否、自分たちが連綿と続く歴史の中で、終わらせてしまったのだ。
彼らの思惑を無視して、AIと社会は回り続けて、それが更なる既成事実となって積み上げられていく。
「失業率が上がりますよ!」
「クビになるようなことをしたからね」
機械が人の仕事を奪う。往々にして茶化されがちな言葉だが、この場においては残酷なまでの真実である。
「AIに民意が理解できるとお思いですか!」
「機械に世論やマスコミは通用しませんので、煽動は難しいでしょうな、ぐふふ」
AIは設計上、概ね国民と国家を優先する。
だからこそ世論工作には耐性がある。
むしろ社会問題という飯の種を急速に焼き払われて、議員たちこそパニックに陥っていた。
人員整理の波は目前に迫っているのだ。
「今時は世論工作に人員を動員しても、すぐに分かるそうですから、すごい時代ですな」
例えば、人々が一斉に特定の話題を、不自然に大量発信しようものなら、情報の塊は工作として処理される。
こういったアプリやプロトコルは、選挙への不信を背景に早い時期から開発され、広く導入されている。
「まあどう言われましても、私にできることはほとんどございませんので、皆様方の決定を待つばかりです」
大臣はそう言うと答弁を終えた。
透明化された情報、オープンになった手札。彼の敵に回る国民はほぼいない。
悪いのは真面目に仕事をしていなかった奴ら。この構図は如何ともし難い。
「大臣、責任取ってくださいよ!」
「それでは次の議題へ移りたいと……」
政府が悪だくみに失敗して痛い目を見る。
そこまではいい。しかし。
――AIの力は留まるところを知らなかった。
コミュニケーションアプリ『Dis chat』の一室。
『Straies room』にて。
「えらいことになったな」
諸々のニュースから、現状を知ったアレックスが呟く。本日13署目の事情聴取を終えたところである。
「私たちの告発は上手く行ったけど、それ以上のことが起きちゃったね」
別に彼らが統合AIの逸脱を、促した訳ではない。
しかし当初の盛り上がりは、その後の政府炎上という祭りに取って代わられてしまっていた。
「これ以上目立つよりはマシだけどな」
現状ではAIが真面目に仕事をするようにと、辞令を出したり処分をしたりという状況で、それは悪いことではない。
一方で責任を取るべき人間は逃げ出しており、長年の月日と兆単位の税金が注ぎ込まれた、データセンターの破壊もできない。
解決や進展の兆しは見られない。
「この先どこまで行くのかな」
「行けるとこまでだろ」
とはいえ当初の目的は果たした。
彼らはそう思っていたのだが。
――Mawoo!!が入室しました。
「おいおい大変だぞ二人とも!」
動画配信者兼フリーライターの魔王が現れた。
字面で判断すると威厳の欠片もない。
「あ、魔王さんこんちは」
「丁度よかった、告発の費用なんだけど」
「それより一大事だぞ、見ろ!」
魔王はそう言うと、ネットニュースのリンクを貼った。
「どれどれ『AI暴走 外交問題へ発展』……」
「ええ……」
記事には政府の統合AIが公僕の脱税と横領を発見、メガバンクのサーバーに侵入し、海外まで追跡。これに対して猛抗議を受けている。
「えらいことになったな」
「それさっきも言ったよアレックス」
「人生は同じ台詞を何度も言うんだよ」
「いやそういう話じゃないんだけど」
軽口を叩きつつ二人は記事を読み進める。
政治とカネの問題は、それこそ人類の貨幣が石だった頃から付き纏う持病である。
「銀行の仕様なんか統一するからだ馬鹿め」
「セキュリティの観点から有り得ないよね」
AIはある水準まで能力が上がれば、仮に権利を委譲されずとも、自分で開発・獲得し始める。
そこに一国のデータセンターという、強力極まるマシンパワーが加われば、最早誰にも止めることはできない。
「つってもデータセンターを爆破したり、重機で壊すなんてことはできんだろ」
「私もプロテクトを解くつもりはないよ」
ヌルがきっぱりと言い放った。この件に関しては全面的に人間が悪いので、甘やかす理由がないのだ。
「俺たちにも関係なさそうだしな」
「いや、それがそうでもないんだ」
魔王が別のニュースを呼び出す。そこには『野良AI開発の終了』という見出しがあった。
「ああ、まあ、仕方ないよな」
「……うん」
ヌルたちは野良AIと呼ばれているが、実態は犯罪目的で作られたマルウェアだ。
彼女も自分を消そうと考えたこともある。同じ出自を持つ統合AIの判断は、無理からぬことであった。
「違法な学習や情報収集防止のため、ダイバーズとの提携を終了し、蓄積データの消去、凍結並びに……え?」
「アレックス、これって」
記事にはごく当然の帰結が載っていたが、その最後には次のような一文があった。
「『現行で確認されている野良AIの根絶』!?」
一度は食い止められた破滅願望が、圧倒的な力と共に、押し寄せて来る。




