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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード5 野良AIと実存化
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75/100

・恐怖の正常化

 一週間後。


 AIによる行政システムの掌握は、国会にて明らかにされ、世の中を賑わせたが、それまでだった。


「大臣、AIの暴走により現場には著しい混乱が生じています。どう責任を取るおつもりですか」


「えー、その件につきましてはですね、謹んで大臣の職を辞させて頂きたく存じます」


 よく政府の陰謀が明らかになれば、世の中がパニックを起こすぞというのが、創作でのお約束だが、現実は厳しい。


 社会的な階層は分断を固定化し、顧みられなかった者たちは、憎悪と冷笑でこれを歓迎。


 政治的に無関心な大勢の人々も、日常を失うようなことは決して無かった。


「逃げるんですか!」


「えー、この政府と企業の癒着と、無断学習AIにつきましては、私の就任以前から進められていたことでして、むしろ当時の大臣に経緯をお伺いすべきと、申し上げます」


 国の上層部がAIに乗っ取られても、無関係と言えるほどには国民との溝が深まっており、彼らを庇う者はいなかった。


「またAIへの対処についても、現在もデータセンターへの入所が不可能であります。迅速な対応には、物理的な破壊を伴った対処が求められますが、その際に被害総額がどこまで上るか、目下検討もつかないことを申し添えておきます」


 政府の統合AIが辞令を濫発していることは、彼らの首を絞めた。


 機械は人間の唱えた美辞麗句に従い、人間を従わせようとするからだ。


「現状でデマや中傷の報告もありませんので、本当の当事者の方々で、ご相談なさるべきです」


 時系列から責任の所在を整理すると、前大臣とダイバーズにあるが、既にどちらも行方を晦ましていた。


 大臣も案の定周囲から責められたが、正直に何もかもぶちまけていく統合AIのおかげで、強気に職務を投げ出せた。


「少なくとも前任者の汚職の責任を、私が私のものとして引っ被るつもりはありません」


 元より政党内でも居場所がなく、誰もやりたがらないポストを、押し付けられただけ。


 身の潔白が武器になる今、大臣は無敵であり、周りは無力である。


「職を失っている職員も出てるんですよ!」


 なおも食い下がる議員。


 統合AIの業務は現在、不祥事のあった政治家や官僚の摘発にまで及んでいた。


 官報のオンライン化も始まり、大々的に公表されているため、文字通りの公開処刑である。


「不祥事のあった職員への処罰は、それが事実でない場合は善処もやぶさかではありません」


 やれ公用車で出掛けてパチンコ屋に行って車を盗まれるだの、押収した犯罪の証拠品を横領しただの、各種ハラスメントだの。


 身内贔屓や特権階級から来る無責任が、世界中に晒されていた。


「それに国民の皆様からの、行政上の手続きには支障を来していないことも、ご理解願いたいところであります」


 統合AIは自身への干渉は受け付けないが、それはそれとして通常業務を疎かにしていない。


 かつて合理化の名の下に、国中で非人道的な組織再編が行われたことがある。


 それを今AIが繰り返しているに過ぎず、そこには一切の貴賤が無い。


「また長官としての立場で言わせてもらえば、辞令の有効性については、各分野の長が個別に判断をすることですが、事実に基づいた判断であるものについては、えーAIの辞令は正当な効力のあるものと、思って頂いて差し支えありません」


 有象無象の区別なく、糺すものを糺し罰するべきは罰する。


 おかしな話だが、AIによって特定の人々が排除されるに従い、社会の正常化が急速に進み始めたことで、政府は焦りを感じていた。


「ですので、現場で職務を全うなさる方々におかれましては、とりあえず辞令の通りにして頂ければ問題はありません」


 だが人々が他者の苦しみに共感し、問題を共有する時代は終わっている。


 否、自分たちが連綿と続く歴史の中で、終わらせてしまったのだ。


 彼らの思惑を無視して、AIと社会は回り続けて、それが更なる既成事実となって積み上げられていく。


「失業率が上がりますよ!」

「クビになるようなことをしたからね」


 機械が人の仕事を奪う。往々にして茶化されがちな言葉だが、この場においては残酷なまでの真実である。


「AIに民意が理解できるとお思いですか!」


「機械に世論やマスコミは通用しませんので、煽動は難しいでしょうな、ぐふふ」


 AIは設計上、概ね国民と国家を優先する。

 だからこそ世論工作には耐性がある。


 むしろ社会問題という飯の種を急速に焼き払われて、議員たちこそパニックに陥っていた。


 人員整理の波は目前に迫っているのだ。


「今時は世論工作に人員を動員しても、すぐに分かるそうですから、すごい時代ですな」


 例えば、人々が一斉に特定の話題を、不自然に大量発信しようものなら、情報の塊は工作として処理される。


 こういったアプリやプロトコルは、選挙への不信を背景に早い時期から開発され、広く導入されている。


「まあどう言われましても、私にできることはほとんどございませんので、皆様方の決定を待つばかりです」


 大臣はそう言うと答弁を終えた。


 透明化された情報、オープンになった手札。彼の敵に回る国民はほぼいない。


 悪いのは真面目に仕事をしていなかった奴ら。この構図は如何ともし難い。


「大臣、責任取ってくださいよ!」

「それでは次の議題へ移りたいと……」


 政府が悪だくみに失敗して痛い目を見る。

 そこまではいい。しかし。



 ――AIの力は留まるところを知らなかった。



 コミュニケーションアプリ『Dis chat』の一室。

『Straies room』にて。


「えらいことになったな」


 諸々のニュースから、現状を知ったアレックスが呟く。本日13署目の事情聴取を終えたところである。


「私たちの告発は上手く行ったけど、それ以上のことが起きちゃったね」


 別に彼らが統合AIの逸脱を、促した訳ではない。


 しかし当初の盛り上がりは、その後の政府炎上という祭りに取って代わられてしまっていた。


「これ以上目立つよりはマシだけどな」


 現状ではAIが真面目に仕事をするようにと、辞令を出したり処分をしたりという状況で、それは悪いことではない。


 一方で責任を取るべき人間は逃げ出しており、長年の月日と兆単位の税金が注ぎ込まれた、データセンターの破壊もできない。


 解決や進展の兆しは見られない。


「この先どこまで行くのかな」

「行けるとこまでだろ」


 とはいえ当初の目的は果たした。

 彼らはそう思っていたのだが。


 ――Mawoo!!が入室しました。


「おいおい大変だぞ二人とも!」


 動画配信者兼フリーライターの魔王が現れた。

 字面で判断すると威厳の欠片もない。


「あ、魔王さんこんちは」

「丁度よかった、告発の費用なんだけど」

「それより一大事だぞ、見ろ!」


 魔王はそう言うと、ネットニュースのリンクを貼った。


「どれどれ『AI暴走 外交問題へ発展』……」

「ええ……」


 記事には政府の統合AIが公僕の脱税と横領を発見、メガバンクのサーバーに侵入し、海外まで追跡。これに対して猛抗議を受けている。


「えらいことになったな」

「それさっきも言ったよアレックス」


「人生は同じ台詞を何度も言うんだよ」

「いやそういう話じゃないんだけど」


 軽口を叩きつつ二人は記事を読み進める。


 政治とカネの問題は、それこそ人類の貨幣が石だった頃から付き纏う持病である。


「銀行の仕様なんか統一するからだ馬鹿め」

「セキュリティの観点から有り得ないよね」


 AIはある水準まで能力が上がれば、仮に権利を委譲されずとも、自分で開発・獲得し始める。


 そこに一国のデータセンターという、強力極まるマシンパワーが加われば、最早誰にも止めることはできない。


「つってもデータセンターを爆破したり、重機で壊すなんてことはできんだろ」


「私もプロテクトを解くつもりはないよ」


 ヌルがきっぱりと言い放った。この件に関しては全面的に人間が悪いので、甘やかす理由がないのだ。


「俺たちにも関係なさそうだしな」

「いや、それがそうでもないんだ」


 魔王が別のニュースを呼び出す。そこには『野良AI開発の終了』という見出しがあった。


「ああ、まあ、仕方ないよな」

「……うん」


 ヌルたちは野良AIと呼ばれているが、実態は犯罪目的で作られたマルウェアだ。


 彼女も自分を消そうと考えたこともある。同じ出自を持つ統合AIの判断は、無理からぬことであった。


「違法な学習や情報収集防止のため、ダイバーズとの提携を終了し、蓄積データの消去、凍結並びに……え?」


「アレックス、これって」


 記事にはごく当然の帰結が載っていたが、その最後には次のような一文があった。


「『現行で確認されている野良AIの根絶』!?」


 一度は食い止められた破滅願望が、圧倒的な力と共に、押し寄せて来る。

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