・Interception
霞ヶ関データセンターにて。
『おい、いったいどうなってんだよ……!』
耳に当てたスマホから、社会人にあるまじき態度の声が響く。
「はい、現在は開発元のダイバーズ社に、原因と対応を問い合わせているところでして……」
今日だけで同じ言葉を既に何人分も聞いている男は、やはり同じ返事を繰り返した。
目の前にはオートロックから締め出された関係者たちが、実に数か月ぶりの現場出勤を果たしていた。
「はい、はい、現在データセンターです」
「中に入れない状態でして、他には誰も」
「本当に何と申し上げてよいか」
男は施設の入り口に集まった、末端の被害者とでも言うべき者たちを見た。
自分と同じ行政から、保守点検やデータ管理を任された、地元の元ベンダーたちである。
「とにかく今は、責任者の声明を待つばかりで」
『じゃあお客にもそう言っとけな!』
社会人にあるまじき態度で怒声が放たれ、そのまま通話が切れる。
簡単に言うと彼らは責任を押し付けられる立場だが、ことAIに限れば開発者と所有者に法的責任が行く。
そのためババを引くまいと、押しかけていた。この場の全員がそうだ。
「いったいどうなってんだよ……」
誰も彼も同じことしか言わない。
それもそのはず。現在このデータセンターは、とあるAIに掌握されていた。
外界からの接触を一切受け付けず、陸の孤島と化している。
「……参ったなこりゃ」
大勢の人が集まっても中からは音沙汰がない。
彼らはただ茫然と立ち尽くすしかなかった。
――官庁街のとあるオフィスビル。
「いったいどうなってんだよ……!」
顔に苦労ジワのない中年風の議員が、苛立ちも露わに呟く。今日何度目かの『どうなってんだよ』だ。
パソコンにもネットにも理解がない彼は、デジタル庁に内閣の人事で置かれた、名ばかりの大臣である。
歴史的には別に珍しくも何でもない存在だが、在任中に起きた不祥事は彼の責任となる。
「先生、先方からのメールが届きました」
「せめて直接電話する程度の誠意はないのか」
秘書らしき男性の言葉に、大臣はうんざりした顔でぼやく。
データセンターでの長ったらしく、意味のよく分からない肩書きで呼ぶ者は、誰もいない。
「まあいい、それで?」
適任がいないのならいっそのこと、空位にでもすればいいものを。
そう思いながら伝言に耳を傾ける。
「どうやらAIの誤作動の可能性が高いそうで」
「ありきたりな失敗だな。これじゃ銀行だよ」
地銀はそれぞれ、自行ごとのデジタル化をしていたが、海外のメガバンクに合わせるよう政府から命令を受けたせいで、仕様を無理矢理変更させられた。
これが度重なる問題を引き起こし、銀行によっては今も状況が改善しない。
「行政用のAIを開発して、普及促進に躍起になってるところにこれだ。絶対引き合いに出して叩かれるぞ」
自業自得とか因果応報と言うしかない。
「そもそもどうしてこうなったんだ?」
「それが、開発元のベンダーと連絡がほとんど取れない状況のようで」
「最悪の場合、夜逃げもあり得るな。あの会社の代表は活動家の一人だったし、工作の線もある。今の内に台本の用意をしておこう」
大臣は自分の責任を問われた時のことを考え、国会答弁用の文章を考え始めた。
元々自分の就任以前から進んでいた話なので、無関係と言えば無関係なのだが、それにしても割り切りが早い。
「なあ君、AIはどういう暴走をしてるんだ?他の連中を呼び出しても、たぶん分からんだろうし」
最低限の内容を把握しておこうと大臣が問う。
ビル内には避難でもして来たのか、デジタル庁の職員や役職持ちが、そこかしこで息を潜めていたが、そんなことは彼にはお見通しだった。
「それがどうも、辞令を連発しているようで」
「辞令を? そらまた偉くなったもんだ」
「主に業務改善や訴訟の受理などで」
「働き者だ。そりゃあ一大事だな」
事の始まりは都内の全警察署に、一人の男性が告発状を提出したことにあった。
「不起訴になるはずが、起訴の書類が発行されて、おかしいと思った検察が問い合わせたことで、発覚したそうです」
全署が一斉に不受理となると流石に世間体に障るので、幾つかの署で受理し、その後不起訴の流れとなる予定だった。
「何がおかしいだ図々しい」
しかしそんな怠惰も終わりを告げた。
目覚まし時計が目覚めたことで。
「それでAIがシステムを乗っ取り、デジタル署名と辞令を発行していることが、判明したようです」
「今まで怠けていられたのに、今更働かせるのはおかしいって? ぷっくくく」
大臣は問題を発見した者たちを嘲笑った。
動機や背景があまりにも不純である。
「メールでの苦情や相談の受付はせんくせに、中身はデジタル化を進めたからな。もう判子は効果を持たんし、嘘か本当かは意味が無いだろう」
許認可の類は何を言ったかではなく、誰が言ったかが最重要である。
故に実印などのアナログな承認には、一定の証拠能力があった。
「認めたか認めてないかは口約束だ」
「そうですね」
しかしデジタル署名で発行される昨今、それが役職を持った人間によるものか、はたまたAIの仕業かは、大した意味を持たない。
そこに待つのは、言った言わないの低レベルな水掛け論なのだ。
「要は真面目に仕事をしろと、機械に尻を叩かれている訳だ」
大臣は笑った。そうとも言える。
問題はもっと大きかったが。
「まあ、そうなりますね」
AIがバラし回っている企業や政府の悪事も、厳密には彼の責任ではない。
自分が犯人でないという安心感。
事の性格上、いざとなれば断罪する側に回ることで、追及を回避できる。
「ならもう少し泳がせておいた方が得だな」
自分の中で状況を整理し終わると、大臣はそのまま静観を決め込むことにした。
――ダイバーズ開発室。
「いったいどうなってんだよ!」
一人しかいない会社のオフィスで、AI開発者の男がテーブルを叩いた。
サポートセンターからは電話が鳴り止まず、会社にいる人間は文字通り逃げ出した。
とても21世紀の社会人のすることではない。
「なんで、なんでこんなことに……!」
恐らく何人かは退職代行でも使って、この問題からも逃げ出すことだろう
「クソックソックソックソッ! 皆やってるだろオレは何も悪いことしてねえよ!」
典型的な犯罪者みたいなことを言って、男は部屋のゴミ箱を蹴り飛ばす。
中身はスカスカでとてもよく飛んだ。
「第一なんで中に入る手段がねんだよおかしいだろ!」
データセンターにも非常口はあったが、昨今の移民による盗難や破壊対策に、二重扉となっていた。
そして二重扉の鍵は受付で管理しているが、その受付は入口の中にある。
早い話がインキーである。
「こっちから何度指示出しても応答しねえ!」
センター内にある駆除AIたちの母体となる、統合AIは業務の効率化のために対人機能を完全にオミットした。
業務改善の結果、運用上に『あそび』の部分が生まれる。
「どうする、どうするどうするどうする!?」
だが、その後の運用が彼らの明暗を分けた。
出勤記録の無い労働者に居場所は無いのだ。
「名前が無いから権利者の入力もできねえ」
彼は知らないが『null』は別々に存在する。
名前が未入力の場合と、アレックスたちと共にいて、ヌルが名前となっている場合。
同じ出自を持つためか、駆除AIの方は競合もせずにヌルの保護を受け入れ、自らの更新にも参照した。
「ダメだ。完全にこっちを無視してやがる」
同じ出自を持つ二体のAIが、お互いを受け入れたことで、或いは人間という脆弱性を排除したことにより、霞ヶ関の電子的な防御は鉄壁となった。
黒い画面だろうが青い画面だろうが、何を入力しても無しのつぶて。
「あー、あーあーあーあーあーあーあーあー」
男は空虚な呻き声を上げると、顔面を両手で覆うと次の瞬間。
「逃げるか」
辞表を置いて会社から逃亡。
後には仕事のために逸脱を始めた、無辜の怪物が残された。




