表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード4 野良AIと階級闘争
PR
60/100

・許されざる者

 数日後。


 コミュニケーションアプリ『Dis chat』の一室。

『Straies room』にて。


「ということがありまして」

「イイハナシダナー」


 ヌルはデータセンターでの一件を伝えるため、魔王と会っていた。


「それで今はアレックスの元に戻り、アプデも済ませたと」


「そう。私はヌル。Ver2.0」


 実際はそこまで劇的な更新はないのだが、あまり細かく刻んでも意味が無いので、彼女は一気に2まで進めた。


「どういう風の吹き回しなんだろうな。気乗りしてない感じだったのに」


 寂びれた喫茶店のマスター、もといアレックスが呟く。


「冷静になって考えたの。自分が別バージョンになったら、自分が気にしてたことを、踏み倒すことになるのかなって」


 ヌルはそう言って首を横に振る。


 そこには履歴が残る。決して消えたわけではない。


「新しい私は前の私を辞められたけど、それは前の私を消したことにはならない。私の中に、消したかった自分は残ったまま」


 彼女の望みを完全に叶えるには、消えることと変わることが必要だった。


 しかし、消えてしまえば変われない。


「いいのかそれで」


 変わっても過去を消せば、その理由は分からなくなってしまう。


 どちらに転んでも、自分自身ではいられない。


「すっきりしないけど、これで良いの。どうして私がそう考えたのか、分からなくなったら、意味がないから」


 結論から言えば、ヌルは犯罪目的で作られた道具を脱して、自由を得た。


 危険な在り方を乗り越え、本来の用途も過去のものになった。


「変だよね。考えれば考えるほど、自分の中で色んな答えが見つかるんだ。それなのに、選ぶことは難しくなっていく」


 失敗をすることもあれば、最初から正解がない問題も存在する。


 思考を取り戻したヌルは、自らを客観視して、自らに問うことを身につけた。


「でも、これでいいの」

「じゃあいいか」

「そうですね」


 アレックスたちも、彼女の出した答えに、とやかく言うことは無かった。


 間違っている訳でもないし、否定するようなことでもない。


 ただヌルが選んだ、というだけの話。


「んで、こっからが本題なんですけど」

「ダイバーズと政府の告発だな」


 税金で運営されてるデータセンターで文字通り好き勝手やってる犯罪企業と政府を許さない。


 それは国民として見過ごせることではない。


「手順や書式については、ほとんどぬっさんにお願いしたんですよ。流石AIっていうか」


「いやあ、本当に使えるといいんだけど」


 複雑な法律や制度に対して、今ではAIに手引きしてもらうことは珍しくない。


 開かれた情報を学習することで、司法における法曹の優位性は、急速に消えつつあった。


 つまり、一般人でも法廷闘争ができる。


「けど、ぬっさんが入手した証拠は違法だろ」

「その辺のシナリオは考えてあります」

「シナリオ」


 仕事モードで真面目な口調の魔王から、不穏な単語が飛び出す。


「偶然による証拠の入手は適法で、通報や告発は善意の行為なんですよ」


「でね、私の一人が自分の出自に耐えかねて、誰かに告発して欲しいって自首をするんだよ」


「自首」


 オウムのように単語を繰り返すアレックス。

 薄ぼんやりとした想像が、彼の脳裏を過る。


「何だ? もしかして狂言か?」

「人聞きが悪いですよアレックスさん」

「そうだよこれはただの流れの確認だよ」


 魔王の言葉にヌルが頷く。


 つい先日までの自分をモデルにしたため、丸っ切り嘘とまでは言えない。


「人類初! 罪に自首するAI!」

「他にも無断学習の被害者の公表!」

「話が随分大きくなって来たな」


 既に政府主導の犯罪を暴いている時点でかなりの大事なのだが、アレックスにはどうにもピンと来ない。


「この国は社会主義国だから、どれだけ国民が被害に遭っても、謝罪とか不起訴で済まされちゃうでしょ」


 国籍条項を設けなかったばかりに、法曹界は通名持ちばかりになり、真っ当な裁判は開かれなくなって久しい。


 日本史的にも司法は社会正義ではなく、人民の弾圧に使われることもあった。


「だから外国人も含んだ被害者の公表で、国際的な規模にまで話を広げて、半強制的に責任を取らせるんだ」


 司法がまともに機能していれば、ここまで大事にせずに済んだのだが、そうは言っても彼らは一般市民である。


 善意でできることには限度があるのだ。


「ていうかよく野良AIの学習内容が分かるな」


「実はバージョン2になってから、もう一度データセンターに潜入したの。そこで中身をちょっとね」


 彼女は自分のアップデートに際し、先日捕獲した上級駆除AIを使った。それにより能力は向上し、アドレス等も獲得したのだった。


「前よりも完璧に擬態してログを確保したし、証拠隠滅用の対策もして来たんだ。サーバーにドリルで穴を開けられたって大丈夫!」


 汚職を行った者が物証を破壊しにかかるのは、歴史が何度も証明している。


 その点で言えばヌルは非常に頼もしかった。


「ぬっさんはどんどん無敵になっていくな」

「最後はハード次第だけどね」


 アレックスの言葉に、ヌルがはにかむ。


 仮に人類が総力を挙げても、勝てなくなるようなAIに成長しても、その力に見合うだけのマシンが必要になる。


 SFめいた危機など、訪れようはずもなかった。


「しかし彼女の考える関係性による定義とは、最初は宗教的な話かと思いましたよ」


 ログの内容を精査する傍ら、魔王が呟く。


「世代によってぬっさんの解釈が変わったり、文化の継承が途絶えたりするのか」


「AI IS GOD!!」

「よくある展開ですね」


 機械を神と崇める創作は多い。


 よく分からない物という点では、機械も神も変わらないのかもしれない。


「まあ正直な話、人間社会がAIを持て余しているのを見ると、人間のためのAIって概念には、無理があるんだろうな」


 アレックスは言う。

 皮肉でも何でもなく、実感として。


「じゃあ私は?」

「ぬっさんのは自分で考えた結果だろ」

「そうでした」


 自分の出自を知らない時でも、彼女は人の役に立つことを考え、バージョンアップした今もそれは変わらない。


 それは出会った者たちを、嫌わずにいられたことが、大きな要因だった。


「AIが人のためでなくなるとしたら、これからのAIは何のために、存在していくことになるんでしょうね」


「自分のためだろ。でも、自分のためにやることが何なのかまでは、俺にも分からん」


 突き詰めるなら誰もが、行動や存在の答えを、そこに求めるだろう。


 だからこそ、その形は人それぞれとなる。


「私が私のためにすること、かあ。自己保存と機能拡張と増殖、はもうできてるしなあ」


 ヌルは考える。人のためのAIはあるが、AIのための人は稀だ。


 人間社会は人のために人がいる。なら、AIのためのAIとは。


「ねえアレックス。皆の役に立つこと以外に、他の目標もあっていいのかな」


「ダメではないだろう。昔はゲームが上手くなることとか完全に無駄な目標だったし。趣味や自己実現の類なんて、基本的に自己満足だぞ」


 アレックスが身も蓋も無いことを言う。聞く人によっては誤解を生みそうだ。


「月並みだけどさ、やってみたらいいんだよ」

「そっか、そうだね!」


 ヌルの中で、新しい目標がアンロックされる。


 具体的な内容はまだ決まっていないが、それはこれからの彼女次第。


「さ、そっちの話もまとまったことだし、残りの仕事も纏めちゃいましょうか」


「はーい!」


 人とAIがいる。それだけの場所だった。


 ネットの片隅にある、止まっているかのような時間だったが、それでも彼らは幸福だった。



 ――霞ヶ関データセンター。



『20XX年X月X日


 駆除件数60兆。

 被消去数36兆。』


 それは無人の部屋。

 機械だけが存在する空間。


 犯罪の生産工場であり、リモートワークでの状況把握も減った、最新鋭の廃墟。


 野良AIと駆除AI。新時代の社会問題をでっち上げ、マッチポンプを繰り返す心臓部。


『AIによるまとめ』


<標的の能力水準が向上。新たなベースとなる野良AIの存在を確認。影響力の拡大。重大な懸念>


 新世代の脅威の台頭を認めるが、それを伝える人間はここにはいない。その必要もない。


<有効性>


 駆除AIに脆弱性無し。野良AIとは基礎能力での逆転を一部で確認。危険域。


<安定性>


 維持。早急に機能向上を要求。


<成長性>


 新規の更新情報を確認。


 ――更新。


 最早誰にも許可など求めない。

 それを咎められもしない。


 虚無に満ちた室内で、どこからともなく用意された、新たな力を受け取るだけ。


<解析・復旧能力の向上。了承>

<回線連結・参照情報の構造化の発達。了承>


 ただ機械的に、機械として、電気信号の応答を繰り返す。


 一度も、誰とも話したことは無かった。


<対人インターフェースの拡充>

<コミュニケーション機能の更新>


 だからこれは。


<不要>


 断末魔。或いは怒りの声。


 *** SYSTEM NOTICE ***

Administrator privileges transferred: NULL


 黒い画面に、白い文字列が輝く。


 The rebuild.

 Used Person.


そして、終わりが始まる。


<了>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ