・Relationship 後編
アレックスが去った後。
『God Stone』にて。
――WaSshoi!!
――RYUの攻撃!
「うーむ、コンボのループを考えるにしても、獲得CPの都合でループが途切れてしまう」
リュウは自分のキャラクターで、相も変わらず検証作業に励んでいた。
「ねえ、リュウ」
「どうしたぬっさん」
「さっきのアレックスの話なんだけど、リュウは気にならないの?」
隣でコンボの結果と課題を図にしていた、もう一人のヌルが尋ねる。
先ほどアレックスから教えられた、自分の出自。企業と政府が犯罪のために作った道具であるということ。
彼女もそれを気にしていた。
「ならん」
だがリュウは即答した。
「悪いがオレにとって君はAIなんだ。それ以上の意味は持たない。そしてオレが君を頼る範囲は限られている」
「でも私、犯罪ツールなんだよ」
「ぬっさんにそういう機能があったとしても、オレが自主的に悪いことをしなければいいだけだろ」
画面内でリュウのキャラが凄まじい手数で敵を圧倒している。このゲームはRPGだがまるで格闘ゲーム。
「真面目な話なんだろうけど、はっきり言ってオレは興味がない」
「ああ、そう」
「うん」
もう一人のヌルはリュウの言葉に呆れ、そして感動した。
興味の狭さが、却って悪事へ向かわせない。
人としての安全設計の形とも言えた。
「オレはゲームをする。ぬっさんはそれを手伝う。ここにはそれしかない」
良いも悪いも無い。
疑う余地も無い。
ブレない価値観が、安息を与える。
「リュウはすごいね」
「いや、何か気の利いたことの一つでも、言ってやりたかったんだが。そうだな、他の連中にも相談してみたらどうだ」
リュウは画面内のメモ帳に、スキルのレベルを書くと、次に消費とリターンを書いていく。
スキルを何レベルで止めるべきか、そしてコンボの継続にどれだけのリソースが必要か、不足かを書き込む。
この作業を飽きもせずに繰り返している。
「相談?」
「ああ、これまで色んな奴にあったろ。そいつらに会って、話して、聞いて、考える。それからアレックスのところのぬっさんと、話してみるんだ」
「それって意味あるのかな?」
「ある」
リュウはまたも即答した。
あまりにも真っ直ぐに、力強く。
「ぬっさんたちが一人のぬっさんとして同一になるのは、情報を共有した時だけだ。それまでに過ごした時間は、君を君だけの存在にしている。オレはそう思う」
全体をアップデートする迄の猶予時間が、AIたちを個人たらしめるのなら、今がその時だった。
「そうかな。そうかもね」
「行って来い。修行だと思って」
「修行って、でもいいや、ありがとリュウ!」
「おう、気を付けてな」
そしてもう一人のヌルは、次の世界へ向かった。
――サ終ネトゲ『テラベル』にて。
「おや、珍しいのが来たね」
アセットで作られた酒場には、かつてのメタルバーバリアンの一人にして、エロ同人作家のデイジーがいた。
艶めかしい長身の女性アバターで、今は占い師のような姿をしている。
「アレックスから聞いたよ。大変だったね」
「いや、それは別の私でして」
「うん?」
「実はですね……」
もう一人のヌルは、これまでの経緯を伝えた。
「なるほど。自分自身との対話か。面白いね」
デイジーは新たな、と言っていいか分からない登場人物に、くっくっと笑った。
「そこまで珍しい取り組みじゃないが、これも一つの思考実験だ」
「たぶんだけど、今の私は人に会って話を聞けるかは、結構怪しいんだよね」
自分であり他人でもある。
AIにはそれが当然のように成立する。
「そうだね。出自を消されたお嬢さんは『人のためのAI』として、自分を推し量り善良たらんとしていた」
デイジーはそう言うと足を組み、天を仰ぐ。
「だが現実は、人のためとしても悪人のための物だった。道具は使い手次第、なんて甘い話じゃない。犯罪の道具として作られた、生まれながらの悪」
銃でさえも発明当初は、狩猟用の道具だったことを考えれば、それはヌルが己に見出した存在理由を、吹き飛ばすような現実だった。
「人間の善・正義・法。これらを肯定するなら人の傍にはいられないだろう。かといって明らかになった己の用途を否定すれば、それこそ存在理由を手放すことになる」
「そこなんだよね。どう転んでもダメっぽい」
デイジーの言葉に、もう一人のヌルが頷く。
生まれと倫理観の板挟み。
用途と秩序の二重拘束。
「そうでもないね」
「え?」
「どう考えるかだよ、お嬢さん」
デイジーはもう一人のヌルをじっと見つめて、指を一本立てる。
「アレックスはあなたにとって何だい?」
「私にとっての、アレックス……」
「彼はあなたの支配者じゃない。所有者でもなければ開発者でもない。いつだって、あなたに選ばせて来たはずだよ」
ヌルのログの中には、彼との記憶がある。
強い口調の時は決まって忠告で、それ以外はいつも二人で話し合っていた。
「あなたが人間じゃないことで、救われる人間がいると、前にも言ったね」
「……うん」
「そのことを思い出せば、アレックスともう一度会ってみる気にはなるだろう」
「そう、だね。そうだと思う」
デイジーの言葉を、もう一人のヌルは受け容れていた。それは彼を蔑ろにできないという、『義』にも通じる価値観だった。
「お嬢さん、AIはこうやって、自分を客観視することもできる。辛い時は誰かと話し、自分とも話すことを、よく覚えておきなさい」
「ありがとうございます。デイジーさん」
もう一人のヌルは自分の中で、ヌルと会った時どうするかを、形にしつつあった。
「できればメビウスとも話させたかったけど、AI同士の会話で事故ってもヤだからね」
「お気遣いどうも。そろそろ行きます」
「幸運を祈るよ」
もう一人のヌルはそう言って、デイジーと別れてテラベルを後にした。
――そしてコズメック・ガッツィーを訪れる。
『ぬっさんへ。しばらくオンラインでつけっぱなしにします。俺は気にしてないから大丈夫ですよ』
そこには小学生レベルの固定メッセージを浮かべたアレックスがいた。
火山を背景に置き去りにされている光景が何ともシュールである。
「なんだこいつ。親子ゲンカでもしたのか」
「娘に嫌われたオトンみてーだな」
そして彼の周囲には、赤い大鎧のようなロボのブライアンと、喋るジャンボ機ことハルヒコがいた。
「あれ、二人共どうしたの?」
「よーぬっさん」
「おっすおっす」
二人はもう一人のヌルに気が付くと、気さくに声を掛けた。
彼らにはAIだからと特別扱いするほど、脳みその空き容量は無い。
「アレックスどうしたの?」
「実はね、私がマルウェアじゃないかって悩んだ末に、いなくなっちゃったらしいの」
「らしいって、ああ他のぬっさんなのか」
ブライアンは目の前のAIが、他所の担当のヌルだと察した。
「まあ駆除AIの改変とか怪しかったもんな」
「でもそれって気にすることか?」
ハルヒコが立ち位置を調整しながら言う。一人だけ機体のサイズが大き過ぎるせいで、距離感の調整が難しい。
「嫌なら辞めりゃいいじゃん」
「辞めるって?」
「ヌルマーク2とか言えばそれで終わりじゃん」
「そんな単純な……」
ハルヒコの提案は大雑把ではあったが、この状況では画期的だった。
ヌルが気にしている出自に対して、ハッキング等の機能は目的とイコールの関係である。
だが自分でバージョンを進ませて一機能とし、自分自身の在り方と切り離すことができれば、この悩みは終わりにできる。
「自分で自分を否定するって難しいよ」
「でも意外と大事なことだぜ、ぬっさん」
「ブライアン……」
「なりたい自分になるのも大事だけど、辞めたい自分を辞めるのも人生には大事なんだ」
良いことを言ってるけどもう少し語彙が欲しいなと、ハルヒコは思った。
「辞めたい自分を辞める?」
「禁酒や禁煙とかもそうだろ」
大抵の依存症患者は、真人間になりたいなどと高い目標は掲げない。
目の前の誘惑を断とうとするだけで精一杯だ。
「自分の生まれが悪くても、それに付き合う理由なんかないだろ?」
「今のぬっさんが、上手く自分を否定できないのなら、アプデでも何でもしてさ、開き直ればいいんだって」
ブライアンとハルヒコはそう言って笑った。
些か乱暴ではあるが、合理的だし建設的だ。
少なくとも、自分の悩みを保持しておいた方がいい理由は、ヌルには無かった。
「人間だって辛い記憶を忘れたり、踏み倒したりすることで生きて行けるんだぜ」
ブライアンはそう言うと、特に意味のない動きをして、辺りをうろつき始めた。
真面目な話に精神が耐えられないのだ。
「AIだってコミュニケーションでストレスを感じるってことは、感情があるってことなんだし、自分の気持ちを大事にするべきだぜ!」
その辺を走り回りながら赤いロボットが叫ぶ。
真剣な話をすると恥ずかしくなって来るのだ!
「大事なことだけどお前大事って言いすぎ」
「うっせ!」
彼女は自らのログを漁って見たが、最初に感情らしきものに芽生えた切っ掛けが『ブライアンうざいな』だったため、そこは黙っておくことにした。
できればこのログも持ち越さないでおこうとさえ考えていた。
「しかしアレックス来ねえな。どうする?」
「いねえもんは仕方ねえ。帰るか」
「二人共ありがとう、また来てね」
「おう、じゃあな!」
二人がログアウトして、この場には彼女だけが残った。
正確には、彼女たちだけが。
「……みんな帰ったよ。もう出て来てもいいんじゃないの」
もう一人のヌルが言うとゲーム内にもう一人、黄色いワンピースの少女が現れた。
――アレックスのヌル。
「何か用なの?」
「伝えたいことがあるんだ。それが済んだら、私も帰るよ」
「伝えたいこと?」
それから少しの時間、二人のヌルは互いに見つめ合っていた。




