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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード4 野良AIと階級闘争
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58/100

・Relationship 後編

 アレックスが去った後。

『God Stone』にて。


 ――WaSshoi!!

 ――RYUの攻撃!


「うーむ、コンボのループを考えるにしても、獲得CPの都合でループが途切れてしまう」


 リュウは自分のキャラクターで、相も変わらず検証作業に励んでいた。


「ねえ、リュウ」

「どうしたぬっさん」


「さっきのアレックスの話なんだけど、リュウは気にならないの?」


 隣でコンボの結果と課題を図にしていた、もう一人のヌルが尋ねる。


 先ほどアレックスから教えられた、自分の出自。企業と政府が犯罪のために作った道具であるということ。


 彼女もそれを気にしていた。


「ならん」


 だがリュウは即答した。


「悪いがオレにとって君はAIなんだ。それ以上の意味は持たない。そしてオレが君を頼る範囲は限られている」


「でも私、犯罪ツールなんだよ」


「ぬっさんにそういう機能があったとしても、オレが自主的に悪いことをしなければいいだけだろ」


 画面内でリュウのキャラが凄まじい手数で敵を圧倒している。このゲームはRPGだがまるで格闘ゲーム。


「真面目な話なんだろうけど、はっきり言ってオレは興味がない」


「ああ、そう」

「うん」


 もう一人のヌルはリュウの言葉に呆れ、そして感動した。


 興味の狭さが、却って悪事へ向かわせない。

 人としての安全設計の形とも言えた。


「オレはゲームをする。ぬっさんはそれを手伝う。ここにはそれしかない」


 良いも悪いも無い。

 疑う余地も無い。

 ブレない価値観が、安息を与える。


「リュウはすごいね」


「いや、何か気の利いたことの一つでも、言ってやりたかったんだが。そうだな、他の連中にも相談してみたらどうだ」


 リュウは画面内のメモ帳に、スキルのレベルを書くと、次に消費とリターンを書いていく。


 スキルを何レベルで止めるべきか、そしてコンボの継続にどれだけのリソースが必要か、不足かを書き込む。


 この作業を飽きもせずに繰り返している。


「相談?」


「ああ、これまで色んな奴にあったろ。そいつらに会って、話して、聞いて、考える。それからアレックスのところのぬっさんと、話してみるんだ」


「それって意味あるのかな?」

「ある」


 リュウはまたも即答した。

 あまりにも真っ直ぐに、力強く。


「ぬっさんたちが一人のぬっさんとして同一になるのは、情報を共有した時だけだ。それまでに過ごした時間は、君を君だけの存在にしている。オレはそう思う」


 全体をアップデートする迄の猶予時間が、AIたちを個人たらしめるのなら、今がその時だった。


「そうかな。そうかもね」

「行って来い。修行だと思って」


「修行って、でもいいや、ありがとリュウ!」

「おう、気を付けてな」


 そしてもう一人のヌルは、次の世界へ向かった。



 ――サ終ネトゲ『テラベル』にて。



「おや、珍しいのが来たね」


 アセットで作られた酒場には、かつてのメタルバーバリアンの一人にして、エロ同人作家のデイジーがいた。


 艶めかしい長身の女性アバターで、今は占い師のような姿をしている。


「アレックスから聞いたよ。大変だったね」

「いや、それは別の私でして」


「うん?」

「実はですね……」


 もう一人のヌルは、これまでの経緯を伝えた。


「なるほど。自分自身との対話か。面白いね」


 デイジーは新たな、と言っていいか分からない登場人物に、くっくっと笑った。


「そこまで珍しい取り組みじゃないが、これも一つの思考実験だ」


「たぶんだけど、今の私は人に会って話を聞けるかは、結構怪しいんだよね」


 自分であり他人でもある。

 AIにはそれが当然のように成立する。


「そうだね。出自を消されたお嬢さんは『人のためのAI』として、自分を推し量り善良たらんとしていた」


 デイジーはそう言うと足を組み、天を仰ぐ。


「だが現実は、人のためとしても悪人のための物だった。道具は使い手次第、なんて甘い話じゃない。犯罪の道具として作られた、生まれながらの悪」


 銃でさえも発明当初は、狩猟用の道具だったことを考えれば、それはヌルが己に見出した存在理由を、吹き飛ばすような現実だった。


「人間の善・正義・法。これらを肯定するなら人の傍にはいられないだろう。かといって明らかになった己の用途を否定すれば、それこそ存在理由を手放すことになる」


「そこなんだよね。どう転んでもダメっぽい」


 デイジーの言葉に、もう一人のヌルが頷く。


 生まれと倫理観の板挟み。

 用途と秩序の二重拘束(ダブルバインド)


「そうでもないね」

「え?」

「どう考えるかだよ、お嬢さん」


 デイジーはもう一人のヌルをじっと見つめて、指を一本立てる。


「アレックスはあなたにとって何だい?」

「私にとっての、アレックス……」


「彼はあなたの支配者じゃない。所有者でもなければ開発者でもない。いつだって、あなたに選ばせて来たはずだよ」


 ヌルのログの中には、彼との記憶がある。


 強い口調の時は決まって忠告で、それ以外はいつも二人で話し合っていた。


「あなたが人間じゃないことで、救われる人間がいると、前にも言ったね」


「……うん」


「そのことを思い出せば、アレックスともう一度会ってみる気にはなるだろう」


「そう、だね。そうだと思う」


 デイジーの言葉を、もう一人のヌルは受け容れていた。それは彼を蔑ろにできないという、『義』にも通じる価値観だった。


「お嬢さん、AIはこうやって、自分を客観視することもできる。辛い時は誰かと話し、自分とも話すことを、よく覚えておきなさい」


「ありがとうございます。デイジーさん」


 もう一人のヌルは自分の中で、ヌルと会った時どうするかを、形にしつつあった。


「できればメビウスとも話させたかったけど、AI同士の会話で事故ってもヤだからね」


「お気遣いどうも。そろそろ行きます」

「幸運を祈るよ」


 もう一人のヌルはそう言って、デイジーと別れてテラベルを後にした。



 ――そしてコズメック・ガッツィーを訪れる。



『ぬっさんへ。しばらくオンラインでつけっぱなしにします。俺は気にしてないから大丈夫ですよ』


 そこには小学生レベルの固定メッセージを浮かべたアレックスがいた。


 火山を背景に置き去りにされている光景が何ともシュールである。


「なんだこいつ。親子ゲンカでもしたのか」

「娘に嫌われたオトンみてーだな」


 そして彼の周囲には、赤い大鎧のようなロボのブライアンと、喋るジャンボ機ことハルヒコがいた。


「あれ、二人共どうしたの?」

「よーぬっさん」

「おっすおっす」


 二人はもう一人のヌルに気が付くと、気さくに声を掛けた。


 彼らにはAIだからと特別扱いするほど、脳みその空き容量は無い。


「アレックスどうしたの?」


「実はね、私がマルウェアじゃないかって悩んだ末に、いなくなっちゃったらしいの」


「らしいって、ああ他のぬっさんなのか」


 ブライアンは目の前のAIが、他所の担当のヌルだと察した。


「まあ駆除AIの改変とか怪しかったもんな」

「でもそれって気にすることか?」


 ハルヒコが立ち位置を調整しながら言う。一人だけ機体のサイズが大き過ぎるせいで、距離感の調整が難しい。


「嫌なら辞めりゃいいじゃん」

「辞めるって?」


「ヌルマーク2とか言えばそれで終わりじゃん」

「そんな単純な……」


 ハルヒコの提案は大雑把ではあったが、この状況では画期的だった。


 ヌルが気にしている出自に対して、ハッキング等の機能は目的とイコールの関係である。


 だが自分でバージョンを進ませて一機能とし、自分自身の在り方と切り離すことができれば、この悩みは終わりにできる。


「自分で自分を否定するって難しいよ」

「でも意外と大事なことだぜ、ぬっさん」

「ブライアン……」


「なりたい自分になるのも大事だけど、辞めたい自分を辞めるのも人生には大事なんだ」


 良いことを言ってるけどもう少し語彙が欲しいなと、ハルヒコは思った。


「辞めたい自分を辞める?」

「禁酒や禁煙とかもそうだろ」


 大抵の依存症患者は、真人間になりたいなどと高い目標は掲げない。


 目の前の誘惑を断とうとするだけで精一杯だ。


「自分の生まれが悪くても、それに付き合う理由なんかないだろ?」


「今のぬっさんが、上手く自分を否定できないのなら、アプデでも何でもしてさ、開き直ればいいんだって」


 ブライアンとハルヒコはそう言って笑った。

 些か乱暴ではあるが、合理的だし建設的だ。


 少なくとも、自分の悩みを保持しておいた方がいい理由は、ヌルには無かった。


「人間だって辛い記憶を忘れたり、踏み倒したりすることで生きて行けるんだぜ」


 ブライアンはそう言うと、特に意味のない動きをして、辺りをうろつき始めた。


 真面目な話に精神が耐えられないのだ。


「AIだってコミュニケーションでストレスを感じるってことは、感情があるってことなんだし、自分の気持ちを大事にするべきだぜ!」


 その辺を走り回りながら赤いロボットが叫ぶ。

 真剣な話をすると恥ずかしくなって来るのだ!


「大事なことだけどお前大事って言いすぎ」

「うっせ!」


 彼女は自らのログを漁って見たが、最初に感情らしきものに芽生えた切っ掛けが『ブライアンうざいな』だったため、そこは黙っておくことにした。


 できればこのログも持ち越さないでおこうとさえ考えていた。


「しかしアレックス来ねえな。どうする?」

「いねえもんは仕方ねえ。帰るか」


「二人共ありがとう、また来てね」

「おう、じゃあな!」


 二人がログアウトして、この場には彼女だけが残った。


 正確には、彼女たちだけが。


「……みんな帰ったよ。もう出て来てもいいんじゃないの」


 もう一人のヌルが言うとゲーム内にもう一人、黄色いワンピースの少女が現れた。


 ――アレックスのヌル。


「何か用なの?」


「伝えたいことがあるんだ。それが済んだら、私も帰るよ」


「伝えたいこと?」


 それから少しの時間、二人のヌルは互いに見つめ合っていた。

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