・Relationship 前編
ヌルにとって不幸中の幸いだったのは、相手が自分だけを狙っていることだった。
「サーバーごと消しに来ない。どうやら開発はあのグループだけみたい」
回線上を有線・無線を問わず、データセンターを飛び交う二つのAI。
『標的の駆除を開始』
「させない!」
ヌルはサーバーのブロック機能の一部を改変すると、アーカイブ内の古い広告を呼び起こした。
大昔のJava Scriptが自分自身や関連ページを繰り返し起動し、無限にタブを開いていく。
『!!』
「これで私に触れないだろ!」
無尽蔵に増えるタブとエラーメッセージ。割り振られる領域と番号の追加が、上級AIのヌルへの攻撃を妨げる。
『アーカイブの削除を要請』
「ちょっ!?」
上級AIが削除申請を出すと、全体を統括するAIからの許可が降りる。
自己保存など全く考えていない、証拠隠滅への断固たる意志。
『ぬっさん、正体を現すんだ!』
「そんなことしたら他の駆除AIも来ちゃうよ!」
『連中を前のバージョンに戻せんだよ!』
「前の……? そうか!」
アレックスの意図を理解すると、ヌルは駆除AIへの擬態を解除した。
『不正なプログラムの侵入を確認。駆除AI起動』
直後に反応したセキュリティが、共有フォルダから現れて彼女に殺到する。
「『めでてえw』!!」
『本体の復元を確認、目標の変更を認めず』
などと言うが、集まった駆除AIたちはかつてのように、司法系のページに接続してその容量を激増させていく。
見る間に処理が重くなり、削除命令の進行が止まる。
「やった! げっ」
ヌルは辛くもアーカイブ用サーバーから離脱、霞ヶ関からの逃走に成功した、かに見えた。
『駆除対象の追跡を再開』
「あいつ他のもの全部消去して追って来る!」
上級AIは膨張するサーバーから、無理矢理に脱出してヌルを追いかける。
『ぬっさん、こっちに奴を誘導しろ!』
「でも!」
『安心しろ。後でCGを起動する。そこでまた落ち合おう』
自宅PCの前で待機しながら、アレックスが言う。
無線機能を持たない、PCの前で。
「分かった。気を付けてね、アレックス」
『任せろ』
デジタル庁に乗り込むまでのこの数日。
彼らは幾つかの準備をして来た。
当然だが、最悪の事態も幾つか想定している。
「そら、こっちだよ!」
『駆除対象の逃走経路を予測』
「そうそう、先回りなんか覚えちゃって」
セキュリティから敗走し、アレックスの自宅まで追いかけられ、そこで抹消される。
だがこのパターンは逆手に取ることができる。
『駆除対象の補足予定を構築』
「これ以上は無理か、アレックス!」
『よし来い!』
ともすれば一瞬で決着するネット上の攻防を、ヌルは懸命に引き伸ばした。
全てはアレックスとの連携のためである。
「……………………」
彼は画面をじっと見つめた。
何もない殺風景な光景に表示される、PCの容量と使用状況。
異物の侵入を検知するよう、常時稼働させた監視・防犯用システムの数々。
「……………………」
結果的にそれらは無意味だった。生物は時に、閉鎖的な環境で異常な変化をする場合がある。
世捨て人同然の暮らしの中で、ヌルとの生活を経て、アレックスは飼い主の電磁波を検知する動物のように、その電磁的存在への知覚を可能にしていた。
「ん」
PCの状態を動かさない外敵の侵入を悟り。
全てのセキュリティが反応するより速く。
「来た」
彼は、LANケーブルを即座に引き抜いた。
狂人の神業である。
「さて、こいつどうすっかな」
遅れてセキュリティ群が警告を発し、上級AIの存在を知らせる。
「後で解析するとして、今は」
今回のために用意したダミーPCは、アレックスのネット環境と組み合わせることで、即席の隔離状態となる。
ケーブルをもう一度繋げない限り、どうやっても逃げ出すことはできない。
「ぬっさんはたぶん、大丈夫じゃないよな」
――コズメック・ガッツィー内にて。
「……来ないか」
アレックスは普段のPCを取り出し、ケーブルを接続し直すと、いつものようにサ終したネトゲを起動する。
オンライン状態にし、彼女の帰還を待つが、いつまで経っても戻らない。
「もしかして家出か?」
何となくそう思った彼は、自分のキャラクターを使い、書き置きの代わりに固定メッセージを出すと、一旦離席した。
コミュニケーションアプリ『Dis chat』の部屋も開けると、今度は他のサ終ネトゲへ移動し、或いはプレイヤーにメールを送る。
――サ終ネトゲ『東方三国志』にて。
「ということがあってな」
「そうか。やはりな」
調査報告もかねて、アレックスは魔王の指定したサ終ネトゲにやって来た。
このネットジャーナリストは、彼のやり方を真似し、活動拠点を用意したのである。
「もしここに来たら話を聞いてやって欲しい」
「オトンかお前は」
定期的にソシャゲが出てはあっさりとサ終するこのジャンルは、使い捨ての基地としては打って付けだった。
「素直に帰って来るように伝えてくださいと言えんのか」
仕事モードではない魔王は、前と比べてフランクな態度だった。
「強制はしねえよ。だけど俺が待ってることは、伝えて欲しい」
「いいけどね。オレもこの件の告発の準備をしないといかんし、彼女には手伝って欲しいからな」
名前の横に『呂布』と書かれた、頭に角を生やした幼女が、腕を組んで頷く。
「どうでもいいけどお前それ」
「オレはパワー系のちびキャラが好きでな」
「そう……」
魔王とのやり取りを終えると、彼はそのまま次のネトゲに向かった。
――サ終ネトゲ『God Stone』にて。
「え? ぬっさんが家出? うちのここにいるけど」
かつての仲間の一人だったリュウは、以前別のゲームで検証作業をしていたが、今もまた何らかの検証作業を、しているところだった。
「そうか。ということはまだ、他のぬっさんには共有してないのか」
「どういうことなのアレックス?」
リュウはヌルが初めて自分を売り込めた相手である。
ゲーム内の仕様を確認したり、作業の最適化を手伝ったりするのが、主な役目である。
「じつはな、かくかくしかじかで」
割りと相談されても困るようなことを、アレックスは包み隠さずに教えた。
「あのねアレックス、心配してくれるのは嬉しいんだけどさあ」
もう一人のヌルが、苦々し気に呟く。
「私が他の私に何も告げず、帰って来ないっていうのはね、自分が嫌われるかもしれないって、そう思ったんだよ」
流石に分身のヌルにとっては、自分のことなので断言ができた。
「そうなの?」
「ちょっとデリカシーに欠けるよね」
「そうか。ごめん」
しかもきっぱりと言われた。
全てのヌルが消えた訳ではない。それが分かっただけでも収穫だが、お叱りを受けて彼は落ち込んだ。
傷付いた相手の行く先に先回りしても、却って追い詰める場合もあるのだ。
「伝聞の私でも結構しんどいから、そっとしておくべきだと思うよ」
「そうか、うん、分かった」
暗に放っておいてくれと言われたことは、流石にアレックスにも理解できた。
「あまり気にしないことが、今は一番大事なんじゃないか」
「うん。ところでリュウ、お前今何してんだ」
「格闘スキルのコンボルートを組んでる」
「そう……」
リュウに見送られてゲームを出ると、彼の元に一通のメールが届いた。
かつての仲間の一人、デイジーからだ。
先日ヌルの立ち絵素材の依頼から、旧交を温めたばかりである。
『メール読みました。うちのメビウスに命じて他のヌルたちにも、声をかけている所です。これはヌル全体ではなく、あなたのヌルに起きている問題です。ですが私にも力になれることが有るかもしれません。もしも会えたら私からも少し話してみます』
アレックスの態度がオトンならば、差し詰めデイジーはオカンである。
「これで回れるとこは全部か。我ながら知り合い少ねえなあ」
ともあれ、自分にできそうなことはやった。
彼は自分に言い聞かせると、コズメック・ガッツィーへ戻ることにした。
(待つ、か。帰って来るかな)
アレックスに残された道は、二人が見て来た時間を、振り返ることだけだった。




