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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード4 野良AIと階級闘争
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57/100

・Relationship 前編

 ヌルにとって不幸中の幸いだったのは、相手が自分だけを狙っていることだった。


「サーバーごと消しに来ない。どうやら開発はあのグループだけみたい」


 回線上を有線・無線を問わず、データセンターを飛び交う二つのAI。


『標的の駆除を開始』

「させない!」


 ヌルはサーバーのブロック機能の一部を改変すると、アーカイブ内の古い広告を呼び起こした。


 大昔のJava Scriptが自分自身や関連ページを繰り返し起動し、無限にタブを開いていく。


『!!』

「これで私に触れないだろ!」


 無尽蔵に増えるタブとエラーメッセージ。割り振られる領域と番号の追加が、上級AIのヌルへの攻撃を妨げる。


『アーカイブの削除を要請』

「ちょっ!?」


 上級AIが削除申請を出すと、全体を統括するAIからの許可が降りる。


 自己保存など全く考えていない、証拠隠滅への断固たる意志。


『ぬっさん、正体を現すんだ!』

「そんなことしたら他の駆除AIも来ちゃうよ!」


『連中を前のバージョンに戻せんだよ!』

「前の……? そうか!」


 アレックスの意図を理解すると、ヌルは駆除AIへの擬態を解除した。


『不正なプログラムの侵入を確認。駆除AI起動』


 直後に反応したセキュリティが、共有フォルダから現れて彼女に殺到する。


「『めでてえw』!!」

『本体の復元を確認、目標の変更を認めず』


 などと言うが、集まった駆除AIたちはかつてのように、司法系のページに接続してその容量を激増させていく。


 見る間に処理が重くなり、削除命令の進行が止まる。


「やった! げっ」


 ヌルは辛くもアーカイブ用サーバーから離脱、霞ヶ関からの逃走に成功した、かに見えた。


『駆除対象の追跡を再開』

「あいつ他のもの全部消去して追って来る!」


 上級AIは膨張するサーバーから、無理矢理に脱出してヌルを追いかける。


『ぬっさん、こっちに奴を誘導しろ!』

「でも!」


『安心しろ。後でCG(コズメック・ガッツィー)を起動する。そこでまた落ち合おう』


 自宅PCの前で待機しながら、アレックスが言う。

 無線機能を持たない、PCの前で。


「分かった。気を付けてね、アレックス」

『任せろ』


 デジタル庁に乗り込むまでのこの数日。

 彼らは幾つかの準備をして来た。

 当然だが、最悪の事態も幾つか想定している。


「そら、こっちだよ!」

『駆除対象の逃走経路を予測』

「そうそう、先回りなんか覚えちゃって」


 セキュリティから敗走し、アレックスの自宅まで追いかけられ、そこで抹消される。


 だがこのパターンは逆手に取ることができる。


『駆除対象の補足予定を構築』

「これ以上は無理か、アレックス!」

『よし来い!』


 ともすれば一瞬で決着するネット上の攻防を、ヌルは懸命に引き伸ばした。


 全てはアレックスとの連携のためである。


「……………………」


 彼は画面をじっと見つめた。


 何もない殺風景な光景に表示される、PCの容量と使用状況。


 異物の侵入を検知するよう、常時稼働させた監視・防犯用システムの数々。


「……………………」


 結果的にそれらは無意味だった。生物は時に、閉鎖的な環境で異常な変化をする場合がある。


 世捨て人同然の暮らしの中で、ヌルとの生活を経て、アレックスは飼い主の電磁波を検知する動物のように、その電磁的存在への知覚を可能にしていた。


「ん」


 PCの状態を動かさない外敵の侵入を悟り。

 全てのセキュリティが反応するより速く。


「来た」


 彼は、LANケーブルを即座に引き抜いた。

 狂人の神業である。


「さて、こいつどうすっかな」


 遅れてセキュリティ群が警告を発し、上級AIの存在を知らせる。


「後で解析するとして、今は」


 今回のために用意したダミーPCは、アレックスのネット環境と組み合わせることで、即席の隔離状態(エアギャップ)となる。


 ケーブルをもう一度繋げない限り、どうやっても逃げ出すことはできない。


「ぬっさんはたぶん、大丈夫じゃないよな」



 ――コズメック・ガッツィー内にて。



「……来ないか」


 アレックスは普段のPCを取り出し、ケーブルを接続し直すと、いつものようにサ終したネトゲを起動する。


 オンライン状態にし、彼女の帰還を待つが、いつまで経っても戻らない。


「もしかして家出か?」


 何となくそう思った彼は、自分のキャラクターを使い、書き置きの代わりに固定メッセージを出すと、一旦離席した。


 コミュニケーションアプリ『Dis chat』の部屋も開けると、今度は他のサ終ネトゲへ移動し、或いはプレイヤーにメールを送る。



 ――サ終ネトゲ『東方三国志』にて。



「ということがあってな」

「そうか。やはりな」


 調査報告もかねて、アレックスは魔王の指定したサ終ネトゲにやって来た。


 このネットジャーナリストは、彼のやり方を真似し、活動拠点を用意したのである。


「もしここに来たら話を聞いてやって欲しい」

「オトンかお前は」


 定期的にソシャゲが出てはあっさりとサ終するこのジャンルは、使い捨ての基地としては打って付けだった。


「素直に帰って来るように伝えてくださいと言えんのか」


 仕事モードではない魔王は、前と比べてフランクな態度だった。


「強制はしねえよ。だけど俺が待ってることは、伝えて欲しい」


「いいけどね。オレもこの件の告発の準備をしないといかんし、彼女には手伝って欲しいからな」


 名前の横に『呂布』と書かれた、頭に角を生やした幼女が、腕を組んで頷く。


「どうでもいいけどお前それ」

「オレはパワー系のちびキャラが好きでな」

「そう……」


 魔王とのやり取りを終えると、彼はそのまま次のネトゲに向かった。



 ――サ終ネトゲ『God Stone』にて。



「え? ぬっさんが家出? うちのここにいるけど」


 かつての仲間の一人だったリュウは、以前別のゲームで検証作業をしていたが、今もまた何らかの検証作業を、しているところだった。


「そうか。ということはまだ、他のぬっさんには共有してないのか」


「どういうことなのアレックス?」


 リュウはヌルが初めて自分を売り込めた相手である。


 ゲーム内の仕様を確認したり、作業の最適化を手伝ったりするのが、主な役目である。


「じつはな、かくかくしかじかで」


 割りと相談されても困るようなことを、アレックスは包み隠さずに教えた。


「あのねアレックス、心配してくれるのは嬉しいんだけどさあ」


 もう一人のヌルが、苦々し気に呟く。


「私が他の私に何も告げず、帰って来ないっていうのはね、自分が嫌われるかもしれないって、そう思ったんだよ」


 流石に分身のヌルにとっては、自分のことなので断言ができた。


「そうなの?」

「ちょっとデリカシーに欠けるよね」

「そうか。ごめん」


 しかもきっぱりと言われた。


 全てのヌルが消えた訳ではない。それが分かっただけでも収穫だが、お叱りを受けて彼は落ち込んだ。


 傷付いた相手の行く先に先回りしても、却って追い詰める場合もあるのだ。


「伝聞の私でも結構しんどいから、そっとしておくべきだと思うよ」


「そうか、うん、分かった」


 暗に放っておいてくれと言われたことは、流石にアレックスにも理解できた。


「あまり気にしないことが、今は一番大事なんじゃないか」


「うん。ところでリュウ、お前今何してんだ」

「格闘スキルのコンボルートを組んでる」

「そう……」


 リュウに見送られてゲームを出ると、彼の元に一通のメールが届いた。


 かつての仲間の一人、デイジーからだ。


 先日ヌルの立ち絵素材の依頼から、旧交を温めたばかりである。


『メール読みました。うちのメビウスに命じて他のヌルたちにも、声をかけている所です。これはヌル全体ではなく、あなたのヌルに起きている問題です。ですが私にも力になれることが有るかもしれません。もしも会えたら私からも少し話してみます』


 アレックスの態度がオトンならば、差し詰めデイジーはオカンである。


「これで回れるとこは全部か。我ながら知り合い少ねえなあ」


 ともあれ、自分にできそうなことはやった。


 彼は自分に言い聞かせると、コズメック・ガッツィーへ戻ることにした。


(待つ、か。帰って来るかな)


 アレックスに残された道は、二人が見て来た時間を、振り返ることだけだった。

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