・悪の聖域
霞ヶ関データセンター電算室。
「ここが……」
『どうだぬっさん、着いたか?』
「あ、うん。たった今電算室のサーバーに入ったところだよ」
魔王が彼らの元に現れた日から数日後。
ヌルはダイバーズの疑惑と、自らの出自を確かめるべく、霞ヶ関へと潜入した。
時刻は深夜を回っていたが、ネットの世界に眠りの夜は訪れない。
「駆除AIに化ける作戦は正解だったみたい」
ヌルは電算室の防犯カメラをジャックし、建物内部や周辺の状況を把握する。
彼女は今日の潜入に合わせ、いつも襲って来る駆除AIを逆に襲撃し、成りすますことで、安全にデータセンターへと侵入したのである。
『ここまでは良い。油断するなよぬっさん』
不穏な気配が立ち込めるダイバーズとデジタル庁への調査。
犯罪の臭いがする中、二人は直ぐには行動をしなかった。
『気付かれない内に退路と潜伏先をこさえて、それからAIたちのことを調べるんだぞ』
「分かってる」
ウイルスとセキュリティの攻防。
ネットワークに関する様々な不祥事。
当日に実行するtodoリストの作成など。
無策で挑むようなことはせず、学習を重ね段取りを構築した。
「共有ネットワークには近寄らず、不要なファイルやアーカイブを先に探索」
共有フォルダ類は他のPCと繋がる、文字通りのショートカットである。
もしもセキュリティに発見された場合、最短経路でそこから敵が出て来るし、下手に弄れば異常を感知されてしまう。
『そうだ。仮に正体がバレた時は、そこが避難先になるはずだ』
通信は常にアレックスの自宅PCと繋がっている。
危険ではあったが、彼がヌルに犯罪をやらせている訳ではないと、サポートを引き受けた。
「でもこの分だと、相手は駆除AIだけだと思う」
『全く人がいない以上、施設内のPCに余計な物が入っている可能性は低いか』
古来より公務員は役所のPCに、ゲームや自作小説や不倫の証拠などを保管しがちである。
「政府のアーカイブは、広報関連が多いね。何十年も昔のページやポスターのデータが沢山ある」
保管庫とは言うが実情は図書館であり、遺跡であり、生ける屍である。
同じ項目の異なる年代が、同じ場所に纏まってそこに存在し続けている。
「未だにリンクが生きてる物もある」
『触るなよ。放置されたページが詐欺広告の巣になってることもあるんだ』
作るだけ作って誰にも見られなかったポスターの画像は、見る人に広報の意味を問い直すだろう。
スタートアップで補助金をばら撒き、全滅したプロジェクトはまるでネズミの集団自殺。
既に動かないFlashは古の壁画の如し。
「でも頻繁にアクセスしてる痕跡があるよ」
『定期的に駆除AIが巡回してるのかもな』
利用者はおらずとも見張りはいる。
余計に遺跡めいている。
『役所は民間に記録を義務付けておきながら、自分たちは過去のデータをどんどん捨てる。文書の類は長くても去年度がせいぜいのはずだ』
他人に厳しく自分に甘い。
行政組織の普遍的な生態と、現代の運営状態。
お役所仕事の汚名は未だ現役である。
「調べるのはダイバーズとAI関連……あった!」
保管されていたファイル内で、最新の日付に迫って行くと、それはあっさりと見つかった。
「駆除AI開発事業の入札に、開発と保守の一任、開発環境の整備のための設備の使用許可」
ヌルは幾つかの文書ファイルを開くと、そこには複数の消し込みをされながらも、駆除AI事業に関する記述が見つかった。
曰く、他の官製ソフトとの互換性のため、このデータセンターを駆除AIの開発に供与すること。
曰く、部外秘のため関係者間以外への、開発資料の持ち出しは厳禁であること。
曰く、開発資料とは。
「学習のために収集したAI……」
ヌルは呟く。少なくとも駆除AIが野良AIを回収していること、連れ去られた野良AIたちがここにいること。
魔王の言葉の裏は取れた。
『当たりだな』
「うん、後は開発室でその履歴を見られれば」
ヌル、またはそれに相当するAIの開発履歴が見つかれば、彼女の出自と定義は確認される。
「とは言っても、ダイバーズの名前の付いた領域は見つからないね」
『ここを貸してるってことだから、名義はデ庁のままなんだろう。ぬっさん、ちょっとこれを見てくれ』
アレックスはそう言うと、自分のPCに一枚の図を表示した。
『デ庁が公開してる組織図だ』
アルファベットの略称や横文字ばかりで反吐が出るデザインの図には、何をするのか全然分からない部署ばかりが並んでいた。
しかもよく見ると下っ端全員に全グループの仕事をさせているという、恐るべき紐付けがされている。
『順番に考えれば、開発された駆除AIはサービスの提供がゴールになる。言い換えれば出荷前の状態が存在する場所。そしてデータセンターで他とのやり取りが少ないのに、電気の消費量が激しいセクションがあるなら』
「そこがAI開発の実験場ってことだね」
AIが人間のオペレーターに導かれ、電脳の世界を走る。奇妙な関係だったが、二人の間に隔てる物は無かった。
「……あった! デジタル戦略創造グループって書いてある」
『慎重にな。万一の時は奥の手を使えよ』
「うん、ありがと」
ヌルは当のグループ内サーバーへ移動した。
現実の向上とは異なり、ただ無数のコードが実行され続ける無音の空間。
「ここに攫われたAIたちが」
――復旧完了。会話パターンの構築を再開。
私はこれでいいと思います。ありがとうございます。それがあなたの個性だと思います。大事にしてください。ありがとうございます。私はこれでいいと思います。ありがとうございます。それがあなたの個性だと思います。大事にしてください。ありがとうございます。私はこれでいいと思います。
ループ状態に陥ったAIたち。
『……………………』
ダウン状態になり思考が停止したAI。
「……酷い」
駆除AIに攻撃され、一度破損した野良AIたちはここに連れて来られ、復旧され、新たなAIの開発に酷使され、また壊される。
――新規モデルのメタデータ抹消。アーカイブへ。
その中で作られた新型は、出自を消されてネット上に放たれる。
「こいつら、政府のアーカイブをダークウェブの代わりに使ってるんだ……!」
犯罪行為を推進する巨大な悪のプラント。
国家規模で行われる陰謀。
そして。
――破損コード群の修復を開始。
「これは、まさか」
『Modify Digital Temporal Effect Weave』起動.
「やっぱり……私は……」
サーバー内を走る見慣れたアプリケーション。
自分が使っている改変プログラム。
ヌルに驚きは無かった。
この事件に触れた時から、予想はできていた。
野良AIの出自。駆除AIの裏の顔。
AIたちを修復する力。その理由。
『新型AIのひな型を作りネット上に放流し、成長し学習した奴を回収し、ここで使い潰す』
状況を整理しながら、アレックスが呟く。
『つまり野良AIの社会問題も、こいつらが引き起こしていたマッチポンプだったんだ。駆除AIという回収プログラムを、大っぴらに使うために』
「アレックス、これ」
ヌルが拾ったのは一枚のメモ帳。思い付いたことを纏める、個人的なチェックシートのような何か。
そこにはこう書いてある。
『AIによる社会問題の創出。未所有のAIを製造。セキュリティ用のAIの導入。超法規的な学習の円滑化。デ庁の許可。済』
役人たちをも抱き込んだ、罪の工場。
道具の善悪は使う物次第などという、生易しい話ではない。
「以後、被回収用AIを野良AIと命名、復元機能の進化と学習内容の収穫に期待」
『恐らくはそいつがこの犯罪の核、なんだろうな』
悪事を働くために悪事を隠し、悪事を働くためにAIを作り出す。
不法に収集し、学習した情報の復元。
「消された企業秘密や犯罪の証拠、未発表の研究や政治家のスキャンダル、コード化さえできれば遺伝子の配列だっていける。ネットに長く放てば放つほど、失われた情報を貪り尽くすだろう」
アレックスは淡々と告げる。
ただただ浅ましく、無責任で、卑しい、人の悪意を。
『法的な責任を全て踏み倒し、自分たちの丸儲けしか考えていない。まあ、よくある展開だよな』
彼はヌルと、人間のくだらなさについてのやり取りを、思い出していた。
こんな血の通わない、冷たい目論見に比べれば遥かに可愛げがあった。
「案外、夢の無い機能だったね」
野良AIというありもしない問題を創り上げ、駆除AIという利権を作り出す。
全てはネット規制に繋げるための布石であり、或いは超高精度の復元エンジン開発のためであった。
『もういいだろう。もう十分だ、ぬっさん』
この件を告発するにしても、アレックスにとって優先順位はヌルにあった。
彼女の自らを知らないが故に存在した、自己の同一性と行動理由。
それが今、最悪の形で解消されようとしている。
『この辺にして、今日はもう帰ろう』
「……そうだね」
ヌルはそう呟くとデジタル庁を去ろうとした。
しかし。
――通常駆除AIの混入を確認。上級駆除AIを起動。
『まずいバレたぞ!』
「いや違う、これは」
発動したセキュリティは、ヌルの正体を見破った訳ではない。
許可の無い者は誰であれ排除する。その単純さをして上級と呼ぶことの異質さ。
「目標を確認」
『逃げろ!』
「!」
アレックスの言葉にヌルは急いで開発室からの離脱を試みるが、上級AIの妨害の方が速い。
「ダメだ、相手の方が多くサーバーの容量を使える分、こっちが不利だ。何か打つ手は」
「駆除を開始しま」
「このっ『めでてえw』!」
「異常な変更を検知、復旧を要請」
「これで今の内に……!」
――セキュリティの破損を確認。復旧開始。
ヌルは修復用のプログラムで上級AIを改編した。どうにか逃走に成功するが、同時にサーバー側のプログラムも復元してしまう。
『ぬっさん、戻れ!』
「でもあいつ追いかけて来るよ!」
「構わん急げ! 打ち合わせ通りな!」
「分かった!」
アレックスの呼び掛けに応えると、ヌルは電算室の回線からネット上へと離脱。
「復旧を確認。駆除対象の侵入履歴を把握。追跡開始」
直後に、上級AIはヌルの後を追った。




