・誤算、或いは祈り
引き続き『Dis chat』内にて。
「……という訳なんだ」
「なるほど。サ終したネトゲに彼女が現れて」
「あの出会いがあったから今の私があります」
魔王のインタビューに対し、アレックスとヌルは粗方答えたところだった。
「ちょっと嘘臭いかな」
「大丈夫、野良AI関連はどこもそうです」
客観的に見れば、サ終したネトゲを未だに一人で続けており、あまつさえ独力でオンライン化までしているという男。
それがアレックスである。
「そもそもAIを悪用する人間と、距離感を構築できてない人間のせいで、とりあえずAIが悪いっていう風潮ですからね」
魔王は彼への言及をはぐらかした。
大勢の中から逸れた者は、それだけで実在を疑われるものだから、言っても仕方がない。
「まるでオタクへの迫害の再来だな」
「何か攻撃しやすいから攻撃するって奴だね」
「違いない」
ヌルの言葉にアレックスが頷く。
今日ではネットは既得権益を脅かすデマの温床、AIはチンピラやゴロツキが手にする銃のような扱いを受け、様々な敵意に囲まれている。
「それで、取材の続きなんですが、ヌルさん」
「はい魔王さん」
ヌルは魔王への警戒を解いていた。
普通のやり取りができる。
今までクセのある人間との接触が続いたこともあり、それだけのことに安心していたのだ。
「あなたはご自分の存在を定義しようとしているそうですが、何処から来たのかは分からないのですか?」
「そうですね、その辺はさっぱりです」
野良AIたちは自分の活動に際し、当然自らのログを持っている。
自分が生まれた場所は分からずとも、最初に訪れた場所が有れば、そこに至るまでの過程、道が分かる。
「もしよろしければ、一番最初の頃のログを見せてくれませんか」
「ぬっさん、IPアドレスの履歴と、その場所の地図を照らし合わせてくれ」
途中で立ち寄ったPCやサーバーを辿れば、そこから現実の地図を照らし合わせて、ある程度の推測は立てられる。
だが。
「いいけど、はい」
ヌルは部屋の中に地図データを作り出し、次に地図の上に自分の足跡と、IPアドレスを並べていく。
文字通り転々とした足取りを遡ると、最初の近くにアレックスの家が出るも、その手前の情報は途切れていた。
「やはり」
「やはり?」
魔王が呟く。
声のトーンが変わり、アレックスは場の空気が張り詰めるのを感じた。
「野良AIたちと話すと皆声を揃えて言うんです。自分がどこから来たのか知らない、とね」
魔王はそう言うと、他のAIたちとのインタビューの一部を、画面内に貼って行く。
『Dis chat』は今や捜査資料で埋め尽くされた、ホワイトボードのようになっていた。
「全員が自分の出自を知らない、と」
「異常でしょう。個人のPCから勝手に出歩いているなら、こんなことは起こらない」
「確かに。私も自分の売り込みをするときは、この部屋かCGを指定してるよ」
そうしろと指定されたことはない。
ヌルは通常の処理として、人間で言えば無意識とか当たり前のこととして、所在や所属を明らかにしている。
「つまりだ、誰かが出自の辺りを消してから、ネット上に放しているってことか」
アレックスは自分の言葉に、酷く危険な気配を感じた。
昨今のAIを取り巻く情勢は多分に犯罪的だ。犯罪の臭いがした。
「考えてみればおかしいんですよ。野良AIは別にオカルトな存在じゃない。明確に『何処かで』『誰かが』作った物なんです。それなのに」
魔王はそこで一度言葉を切った。
少し溜めて、ゆっくりと続きを呟く。
「誰もその出自を知らない。AI自身でさえ」
「……確かにログや署名みたいなメタデータがないのは、幾ら何でも変だよ」
ヌルがそう言うと、彼女のアイコンや画像が動きを止める。
「でしょう。だから私はね、この話を他のAIたちにもして、有事の際には動きを追跡できるよう、話を持ち掛けたんです」
魔王はそう言うと、今度は幾つかのファイルをアップロードし始めた。
正確には、破損したファイルを。
「これは?」
「駆除AIにやられた野良AI」
「これをどこで」
「事務所に置いてある古いPCです」
アレックスは眉をしかめた。
相手は、自分と同じようなことをしていた。
「他にもいたが、その子たちのファイルはなくなっていた。消去や焼却じゃない。持ち去られていたんだ」
犯行現場に居合わせた魔王は、それを切っ掛けにこの事件を追うようになったと、そう付け加えた。
「駆除AIが、野良AIを連れ去る?」
「ええ。或いはそれに擬態した別の誰かが」
出自不明の野良AI。
意図的に消されたデータ。
破損したファイルを持ち去る駆除AI。
浮かび上がる幾つもの点は、まだ結びつくことはない。
「自分たちの学習のために、倒した相手の情報を持ち帰る。それは分かります。では選別の基準は何なのか」
「そういえば、これまでにも何度か奴らを返り討ちにしたことがある。待てよ」
アレックスは少しの間考えると、画面内のアプリケーションを一度最小化し、自分のフォルダを表示する。
名前には日付と場所だけが記されていた。
「何かの役に立つかと思ってな」
「これは?」
「駆除AIの残骸だ」
コズメック・ガッツィーでの初遭遇から、先日の仲間たちの元で起きた襲撃まで。
時にヌルを通じて、アレックスはこれらを収集していたのである。
「ぬっさん、解析できるか」
「修復もできると思うけど、する?」
「そこまではやらない」
「了解。『Modify Digital Temporal Effect Weave』起動。修復開始!」
「何の何の何!?」
久しぶりにフルネームで起動したプログラム改変アプリに、魔王もアレックスたちと同じ反応を示す。
この辺が彼らの同類項である。
「………………」
分析され、断片的に陳列されるセクション。
それを一つクリックしてみるアレックス。
「あれ、お前datファイル読めるのか?」
「不便さの押し売りに付き合うのもな」
かつてはゲームファイル内の物などは、ごく普通に閲覧と修正ができたが、昨今ではこれに分類された物自体、開けないことも増えた。
彼はそれを嫌って、新しいバージョンでは没収された機能などは、必ず移植している。
「何を調べる」
「許諾を探してくれ」
魔王はそう言って、ほとんど中身のないファイルを次々に指し示す。
既にある程度の予想はできていた。
「この官製マルウェア、開発は民間のベンダーだったな」
意図を察してアレックスの手も早くなる。駆除AIはセキュリティソフトという建て付けだが、実体はソレだった。
「分別や手続きを嫌うテック企業はな、人の権利はどうでもいいが、自分たちのことは守りたい。そのスケベ根性が内部に現れる。ほら」
魔王が指差した先には、この製品の学習を禁じるという文言と、権利者名が記載されていた。
「『ダイバーズ』ってあるね」
「駆除AIの開発と導入、事業への入札を巡り現れたこの会社は、当時からずっと黒い噂が絶えなかった。おっと、会社の検索はするな、目を付けられるぞ」
魔王は忠告をしながら、その会社について説明を続ける。
「元々は大した技術も無く、パワハラで社員が大量に辞めて倒産寸前だった三流ベンダーだった」
「ところが、活動家連中と社長がつるむようになってから、急に金回りが良くなって、知事や議員と懇意になり、デ庁の子飼いに成り上がった」
「詳しいな」
「あれだけ炎上すればな」
野良AIが社会問題として騒がれ、その対処に作られたのが駆除AI。
だが不可抗力として、個人情報を収集したり検閲をしたりするこの官製ウイルスが、反対されないはずがなかった。
国中で猛反対が起きたが、最終的にはいつものように民意が無視されて、ネット上に解き放たれ今日に到る。
「そうだな。ダイバーズのリリースするソフトは、どれも他者の猿真似で、しかも一番オイシイところは入ってないという、ゴミみたいな物だった。駆除AIを作れる技術は無い」
「ならどうすれば作れるのか」
「それなんだけど」
二人の話を遮って、ヌルが声を上げる。
解析と修復が終わり、一通りのファイルが出揃っていた。
「結論から言うとね、海外みたいに他の権利をガン無視して、色々と学習させたAIたちを使うのが、目的みたい」
そう言って彼女は、コード内にある作業手順の一部をピックアップして見せた。
「ぬっさんたちが勝手に学習したって建前で、学習させたらいかん部分をどんどん取り込もうって腹か」
「権利を取得できないオープンソースAIの権利を得るために、それらを詰め込んだ開発エンジンという箱や枠を作って、権利保護の一環で横取りを画策するという話を、聞いたことがある」
魔王がAIビジネスに纏わるトラブルを、かいつまんで教える。
どうすれば人の権利やルールを踏み倒せるか。ゲームチェンジャー気取りの考えることは何時の時代も同じである。
「まあ官民の癒着やマッチポンプはよくあることだし、駆除AIの挙動にもこれで説明がつくだろう。後は」
アレックスは、できればこの問いを投げかけたくはなかった。
答えは見えていたからだ。何より、ヌルを傷付けるような気がしていたから。
「野良AIの出所が、ここかどうか、か」
いつかその内、駆除AIへの対応として、今のようなことをしたかもしれない。
だが彼は、その日はもっと先だと思いたかった。或いは、別の誰かがやってくれればと。
「どうする、ぬっさん」
しかし彼は向き合うことを選んだ。
初めて会ったあの日、彼女は言った。
『私を定義してください』と。
彼はそれを断ったが、今も答えを探すヌルの物語に、参加し続けている。
「もしかすると、ぬっさんが何者なのか。定義できるかもしれんぞ」
「私は……」
アレックスの問いに、ヌルは意を決した。
「確かめるべきだと思う」




