・惜別を越えて
サ終ネトゲ『コズメック・ガッツィー』。
惑星キョクターン。
「駆除します」
「駆除します」
「駆除します」
「うおおお! 数が! 多すぎる!」
少年風ロボットことアレックスは、ヌルを連れて砂漠を駆け抜け、氷山を飛び回る。
いつものように現れた駆除AIだったが、自滅をしなくなり数で攻めて来るようになった。
「容量が縮んで弱体化したが際限が無いぞ!」
「もう回線のケーブル抜いたら?」
並走する黄色いワンピースの少女こと、居候AIのヌルが言う。
この提案も何度か繰り返していた。
「ダメだ! まだデイジーの所に行ったぬっさんが戻ってない!」
アレックスのPCは無線接続の類を一切使用していない。
そのためいざとなれば、ネットに接続しているケーブルを引っこ抜くことで、幾らか状況は好転するはずだった。
「後で迎えに行けばいいじゃん!」
「デイジーの所が安全とは限らんだろ」
彼は知らないが、出先にいるメビウスが死ぬほど強いので、むしろここよりも安全である。
「駆除します」
「駆除します」
「うあああうぜえええーーーー!」
次から次へと湧いて出る駆除AI。
データが軽量化されたことで、数による攻勢が可能になった。プレイヤーの疲労という観点では、非常に有効な戦術である。
「クソっ! 人んちのPCにずけずけと!」
アレックスが手にした銃を乱射すると、ヌルの手により雑魚キャラと化した駆除AIが、次々に爆散する。
「減らすよりも増えるペースの方が早いよ!」
「んぎぎぎぎぎぎ!」
焼け石に水という言葉がぴったりな状況。思わず彼も歯ぎしりする。
徐々に奪われて行くメモリに、積み上がっていく負荷。
「他のエリアからも集まって来るよ!」
「うおー! いくら俺が強かろうと意味のない攻撃をされたらどうしようもないぜ!」
いとも容易く白旗を振るアレックス。
最早これまでかと思われた。
だが、その時。
「ん? 来たよ、アレックス!」
「ただいまー!」
駆除AIたちの頭上から、もう一人のヌルが降りて来る。
「おうお帰り! これで何とかなるな、せい!」
再開の感動も束の間。アレックスは急いでPCのケーブルを引っこ抜いた。
外部からの増援が止み、反転攻勢の用意ができる。
「後はこいつらを全員蹴散らすだけだ」
「それなら私に任せて!」
帰って来た方のヌルはそう言うと、新たに手に入れたプログラムを走らせる。
「……スクリプト追加。コード拡張。『Mobilise Operational Battle Interface Unleashed State』実行」
『え、何の何の何!?』
もう一人のヌルが、デイジーの元で手に入れた新たな力を覚醒させる。
モブ的な少女の姿は、アレックスに似た装甲と装備を身に纏い、攻撃的な眼光を放つ。
「駆除対象の増加を確認。目標の変更を認めず」
「駆除します」
「無理だね」
不敵な笑みを浮かべると、もう一人のヌルが走り出す。
――KABOOM!!
彼女はメビウスと同じように、駆除AIを圧倒し次々と葬り去って行く。
ゲーム内だけではない。PCの領域という領域を駆け巡り、外敵を残らず駆逐する。
「すげえ……」
「これで、ラスト!」
「KABOOM!!」
瞬く間に駆除AIを片付けると、彼女はそのままアレックスたちと合流する。
「とまあこんな感じ」
「この短時間にいったい何が」
「同期はまた後でね、もう一人の私」
少しだけ大人びた様子で、もう一人のヌルが微笑む。心なしか年を重ねたような、そんな印象があった。
「いや~助かった。もう俺いらないな」
「アレックス。さっきのことなんだけど」
軽口を叩く彼を、もう一人のヌルが見つめる。元々は性的な立ち絵をどうするかという話だった。
「私のえっちな差分、貰ってみようと思う」
「え!」
「ええ!?」
もう一人のヌルの判断に、アレックスと、彼以上に元々のヌルは大きな衝撃を受けた。
「よくよく考えたらね、そんなにこだわることじゃなかったかもって」
言いながらもう一人のヌルは、別れ際にしたデイジーとの会話を思い出す。
――テラベル内、とある酒場にて。
「私が何故AIを知りたいのか、だったね」
「はい」
一足先に駆除AIを一掃した彼女たちは、するはずだった話題を再開させた。
「私も昔コズメック・ガッツィーを遊んでた。アレックスのギルドに所属して」
変わり者だらけのメタルバーバリアンである。
「楽しかった。周りが対人戦やイベントの周回に躍起になっていた中、何の目的もなく集まるだけの場所」
過ぎ去った時代を思い返すデイジーの声には、疲れと安らぎがそれぞれに滲んでいた。
「誰も同じ方向なんか向いちゃいない。てんでバラバラに好きなことをしながら、ダラダラと時間を垂れ流した。不毛とか無駄とか言えたけど、穏やかな時間だった」
デイジーはそう言うと、画面内に何枚かのスクリーンショットを提示した。
もう何年も前だが、変わらないアレックスたちの姿がそこには在った。
「あまりに楽しかったから、私はふと現実のあいつらに会ってみたくなった」
「オフ会っていう奴?」
「そうだね」
治安が悪化した昨今では信じられない話だが、当時はネットで知り合った人間と、実際に会ってみるという試みがあった。
「別にイケメンを期待した訳じゃない。ネトゲなんかやってる奴らだから、きっと私みたいに冴えない外見だろう。臭いデブか白いガリ、大方そんなものだろうと想像しながら、それでも会ってみたくなったんだ」
友だちになりたかったと、デイジーは語る。
「アレックスもね、私たちと過ごしている時間を好んでくれていた。でもね」
「……でも?」
躊躇うような間があり、溜息が聞こえる。
そして。
「だからこそ、彼の本音を聞いた時、私はあの場所を去ったんだ」
「アレックスの本音?」
スクリーンショットの一枚が追加される。
サ終した今とは違い、街の中には大勢のプレイヤーたちがいた。
「ある時のことさ。珍しく皆で集まって、何もしなかった。それ自体はいつものことだったけど、彼は本当に、本当に嬉しそうだった。態度はそんなに変わらなかったけど、ただ」
何故。どうしていう言葉がある。
ヌルにとってアレックスの記憶は、人を傷付けるようなものではない。それなのに。
「『みんなが本当のロボットだったらよかったのに』って。そう呟いてね。ああ、ダメだって、この人とは会っちゃいけないって、分かったんだよ」
「どういうことです?」
「彼は人間を望まない。親しくなった相手を、人間だと意識すればするほど、彼にはつらくなる」
心を許したからこそ零れた言葉。
仲間に同族であることを求めない悲しみ。
「彼が皆に優しくできたのは、人を人とは思わずに、いられたからなのよ」
「よく、分からない」
ヌルが絞り出せたのは、たどたどしい呟き。
アレックスという人間の、歪に捻じれた精神を、上手く整理できない。
「それでもいい。一生理解できなくてもいい。ただこれだけは覚えておいて欲しい」
ただそれだけの情報として受け取ることが、今の彼女には何故か、酷く難しかった。
デイジーは言う。
「あなたが人間ではないことで、救われる人間がこの世にはいる、ということを」
――再びコズメック・ガッツィーへ。
「いったい、私に何があったんだ……」
「その辺は追々分かるから」
ヌルは面倒事にと押し付けた分身が、全く予想だにしていない方向に育ったことに、動揺を隠せない。
「性的なコンテンツにはAIを進化させる神秘でもあるのかな」
「まあ話がついたなら、それでいいだろ」
もう一人のヌルに起きた変化には、アレックスも驚きはしたが、騒ぎ立てることもなかった。
ただ彼女の帰還に安堵して、それ以上は望まない。
「それとねアレックス」
「何だいぬっさん」
「デイジーからの伝言があるの。『またその内会おう』って」
その言葉を聞いて、彼の息遣いが変わる。
画面越しであっても、プレイヤーの感情を窺い知ることはできた。
「分かった。ありがとう」
そう答える彼の声は、いつもより少しだけ嬉しそうだった。
<了>




