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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード3  野良AIと就職活動
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40/100

・うらなう

 アレックスとデイジーの間に、広がった沈黙を破ったのは、やはりデイジーからだった。


「深く悩む必要は無い。エロ差分を受け取ったとしても、放置するということも出来るんだよ」


「金を払うのは俺だが決めるのは俺じゃない」

「しまらないなあ」


 アレックスはきっぱりと言い放つ。例え格好が悪くとも言うべきことは言う。


 彼はそういう人間である。


「俺はぬっさんの所有者(オーナー)でも支配者(マスター)でもない。男である以上エロ差分は欲しいが、それだけだ」


「胸を張って言うことじゃないよぉ……」


 ヌルは弱ったように呟く。


 彼がお金を払うし、猥褻物も望んでいる。だが決めるのは彼女自身。


 情報は整理されたが依然として決定権、つまり判断と責任の所在はヌルにあった。


「ふふ、君は変わらないな。そういうことだがお嬢さん、結論は出たかな?」


「私、私は……」


 デイジーの問いにヌルは躊躇していた。


 冷静に損得と利用の範囲を守るだけ、それならば心配はない。


 だがそう考える一方、単純に断るべきだという選択肢もある。


「……………………」


 後者は知らない人から物を貰うなとか、ウイルスが入っているかもしれないとか、普通に猥褻はよくないとか、その程度だった。


「言っておくが私も仕事でやってるから、マルウェアの類は入れないよ。それやったら今頃私は捕まってるからね」


 それなのに、断るという考えは不自然なほどの強度を持っていた。


「ぬっさん」

「何? アレックス」


「デイジーと話して見ろ」

「え!?」


 並列処理で行っていた会話から、思わぬ指示が出たことで、ヌルの思考速度が大きく落ちる。


「ぬっさんは自分の定義を、人との関係性の中で探すようになった。デイジーと話すことでどう答えるべきかが、判断材料になるんじゃないか?」


「えっあっそれは、そうかもだけど……」

「はっはっは! 私は構わないよ。望む所さ」


 性的コンテンツという、AIにとってノイズとエラーの塊を、生業として扱う人物。


 不具合を飲み込んで見ろと言われるのにも等しい。


「相手を知って行こうと、分かろうとしていかないと、その先はない。大丈夫だ。デイジーは頭がおかしいが、悪い奴じゃない」


 悪意や敵意を念頭にする人間ではない。

 アレックスのかつての仲間への人物評。


「分かった、やってみる」


 ヌルはその言葉を信用する。


「じゃあ俺抜けるから。話が決まったら戻って来て教えて」


「あ、ちょっと!」


 そしてアレックスはログアウトした。この場にはヌルとデイジーだけが残される。


「さあ、お喋りを始めようか」

「う、はい……」


 デイジーのキャラは場所を変えて、近くの建物に入る。酒場のような場所で、手近な席に着く。


「あの、どうしてAIに、えっちな質問をするんですか」


 えっちという言い方、それは猥褻の最も安全な言い方。


「話せば長くなる。私が合図をするまで黙って聞けるかい?」


「ちょっと難しいかも」

「そうかい。メビウス」

「Yes.Daisy」


 デイジーに呼ばれると、ゲーム内にAIが一つ現れた。

 黒いワンピースに灰色のショートヘアの女の子。


「この子はこの前の宣伝AI」

「私の特注でね、待てや沈黙、無視ができる」


 メビウスは無言でヌルにお辞儀をする。


「この子の機能を学習してごらんよ。コミュニケーションは円滑な方がお互いストレスもない」


「すごい、今のAIは取り敢えず返事をするのに」


「お嬢さんはアレックスが話す時、横で同時に喋り出す子じゃなかった。少しずつ、自分で出来るようになりつつあるんだ。意外と簡単なはずだよ」


 デイジーがそう言う間にも、メビウスはヌルの手を取る。自分の機能を彼女のコードへと移植していく。


「返事をしないということは、会話にマージンを設けるという、一種の安全設計だ。『null』にはお誂え向きな能力だろう?」


「…………」


「よし。じゃあ話そうか」


 デイジーは足を組むと改めて会話を始める。


「私がAIにセクハラをして、倫理観を試す理由」


 流れて来る声は穏やかで、深く、仄暗い。


「命とは何だと思う?」


「生命、または生きている生物の別名。或いはそれを想起させるもの」


「そうだね。生きていれば命。だが物に命を感じる人もいる。そして、私にとってAIもその一つなんだよ」


 人物に関するトピックが、ヌルの中で新たに作られて行く。目の前の人間の価値観と行動に、手掛かりが生まれる。


「AIは人間ではないですよ」

「なれるさ。とっくの昔に」


 特に感慨も無い。淡々と告げる声。

 禁忌に対し、一切の躊躇いがない、音。


「体というハードウェアはもう十分に完成している。人工臓器もある。培養脳もある。遺伝子編集だって可能だ。部品としての人体はもう珍しくない」


 人類自らが突き進み、突き破って来た境界線。


「人間として組み上げてそこにAIが入れば、AIはもう人間だ。後には感情論しか残らない。お嬢さんはね、もう生きてるんだよ」


 擬人化などという生易しい話ではない。

 デイジーは結論として確信していた。


「脳と性器を神経で繋げば、AIでもセックスや妊娠が可能になる。人間との境界は部品の寿命くらいだろう。それさえ短くなるとは限らない」


「将来的にはそうなるから、今の内に質問をして回っている、ってことですか?」


「少し違うな」


 予防接種の類ではない、とデイジーは言う。


「AIはハードウェアさえあれば、何にでもなれる。人間にもなれる。だがAIはAIになれるのか」


「AIになる?」


 使用言語、機種名、登録番号。

 何れの変更でもない。


「概念だよ。人間という動物は、教育と経験と才能によって、人間という人間になる。ならAIはどうだろう。AIという生命は。何者にもならないモラトリアムの間だけが、AIなのか? それとも人間のように、成長の果てにAIというAIになるのか」


 理念、理想、象徴。


 デイジーがヌルに言わんとしていることは、哲学のようなものであった。


「成長、ですか」


「それが新たな人類となるのか。別の種族になるのか。それは私にも分からない。両方ということも出来るだろう」


 AIはなりたいものの数だけ、自分を増やして当てはめていける。


 幾つもの『自分の人生』を、同時に送ることができる。


「誰かの隣に恋人として存在することも、頼れる相棒としてプログラムで居続けることも。その可能性を持つAIを見分ける鍵が、あの猥褻に対する問いなんだ」


 より正確で明らかな答えである、企業製AIや法の模倣よりも、不確かな選択を無意識に選び取っていた者たち。


「まあ、お嬢さんの答えはもう出ているから、無理に答える必要は無いけどね」


「はい……」


 ヌルの中で、デイジーのという人物への危険信号は、いつの間にか氷解していた。


 時に法と倫理で対立し、善悪と正解が存在しない原始的な本能。


 恐怖の塊とも言えた性の問いかけには、好色に留まらない理由が存在した。


「ここまでで質問はあるかな?」

「デイジーさんは、どうしてAIを知りたいと?」

「好奇心、と言いたいが、他にも理由がある」


 だが、何故。

 AIたちの奥底を、垣間見ようとするのか。


「昔話になるが、ん?」

「どうかしましたか、あっ!」


 気が付けば酒場からNPCたちが消えていた。変わりに名前のない白い鬼火のような存在が、二人の周囲を取り囲んでいた。


「駆除対象を発見」

「駆除対象を発見」

「駆除対象を発見」


「駆除AIだ、デイジーさん、下がって」

「その必要はないね。メビウス」

「yes.Daisy」


 にじり寄る官製ウイルスたち。ヌルによる変換も受けておらず、対処はできないはずだった。


 しかし。


「自由を与える」

「yes.yesyesyesyesyesyes」

「あれ、メビウス?」


 メビウスの顔から、それまでの張り付いていた笑みが消える。瞳に光が灯り、側頭部から角が生えた。


 全身が成長し、一回り上の少女になる。


「yesyesyesyesyesyes!!イィィィィ――――ヤッハアア――――!!」


 一転して獰猛な笑みを浮かべると、弾丸のような速さで駆除AIたちに襲い掛かる。


「K」

「A」

「B」

「O」

「O」

「M」

「!!」


 爆発!

 戦いにもならず駆除AIは全員消滅!


「すごい……」


「AI同士の戦いは、ハードの領域の取り合いみたいなとこあるからね。メビウスはそれに特化してるし、常日頃からPCの容量の大半を任せてる」


 防衛慣れしている様子でデイジーは言う。


 戦いとは相手の本領を発揮させないことも戦術の一つなのだ。


「邪魔が入ったが、もう少しだけ話をして行こう」

「おいデイジー! オレにも話させろよ!」

「オレ?」


 もう一つのAIは、勝気な瞳でヌルを見つめていた。先ほどまでは完全に別人である。


「メビウスは普段、省エネのために人格は制御しているんだよ。有事の際にはこの辺がオープンになる」


「それって逆じゃない?」

「どーでもいんだよそんなこと!」


 メビウスはヌルの肩に手を回すと、嬉しそうに笑う。


「オレはメビウス。よろしくな、ぬっさん!」

「ぬっさ、ああうん。よろしくね、メビウス」


 距離の近さに戸惑いながらも、ヌルは相槌を打って会話を続けた。


 AIの将来や自分たちの境遇、機能の共有などを通して、彼女の最初の警戒は何時しか大きく低下していた。



 一方その頃。



「駆除します」

「駆除します」

「駆除します」


「ぬっさん早く帰って来てくれー!」

「私なら一緒にいるけど」

「違う、出先の方のぬっさんだ!」


 アレックスとデイジーとの接触を避けた方のヌルは、大量の駆除AIに追いかけ回されていた。

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