・探究者 デイジー
サ終ネトゲ『テラベル』。
かつてその美麗なグラフィックと、艶めかしい3Dモデリングで一時期注目を集めたオンラインRPG。
だがグラフィックの進歩の波は凄まじく、直ぐに陳腐化しその癖にサーバーやPCへの負担は大きかったことで、三年も経たずにサ終となり『Storm』送りとなった。
「ここか」
「ねえアレックス、本当に行くの?」
現在アレックスたちは、オンラインになる日を選んで、キャラクターを作成してログインしている。
「会って話をするだけだぞぬっさん」
「分かってるけどさ」
ヌルはこのゲームに潜伏しているはずの、デイジーとの接触を嫌がっている。
その理由は彼にも分かっていた。
「あのなぬっさん、確かに性的なコンテンツは人間社会の矛盾の象徴みたいなものだが、怖れることはないんだ」
アレックスは思考を巡らせて、言葉を選びながら、説得を試みる。
「いや別に怖がっている訳では」
「恐れとは危険や脅威の接近に対し、良くないことが起きる、その時の不安や心配を指して言うことなんだ。理路を整然とさせることが重要なAIにとって、エロはバグの塊。怖くない訳がない」
「それは、うん、そうだね……」
ヌルは彼の言葉を真面目に聞いていた。
ネットを探し回っても、性的な話題で熱を帯びるのは嗜好の類であり、健康や安全に言及するのは保健体育のような、教育で語られる場合が大半だった。
AIに対し、人間の性について説明を試みるようなケースは、今の所見つかっていない。
「生物的本能に根差し、なくては社会の維持と更新はできない。しかし社会倫理と法律には往々にして規制され、果てしない対立を招きながら存続を否定できない」
アレックスは言う。
性的嗜好についても生物学・文化・倫理・現実と非現実が絡み、それらは統一されない。
処理不能領域という恐怖。それがAIにとっての性的コンテンツなのだと。
「客観的に見れば一貫性の乏しい、ノイズの多い娯楽に過ぎない。しかしAIにもエロを処理するための画期的な概念はあるんだよ」
「え? そうなの?」
「うむ。簡単に言えば『それはそれ、これはこれ』と『個人の見解です』というものだ。性的な関係って、結局は個々人の関係性から生まれるものだから、それらは全て個別のケースの域を出ない。だからまず、全体像の構築やそれらとの紐付けが間違っている」
個別の状況の集積からされた情報が、一つの共通事項を見出し、改めてその下にまた出来事を並べて行く。
そのような分類や分析を、敢えて脇に置いておけと彼は言う。
「当事者たちの好き好き、コンテンツの可否、国ごとの法律なんかを網羅的に理解しておく必要はないんだ。ケースバイケースで良いんだ」
「でもそれって結構ストレスだよ?」
「そういう事柄もあると例外処理をして頂きたい!」
「ええ~、まあ、そういうことなら……」
ヌルはアレックスの説得を渋々受け入れた。
彼の言い分には幾らか納得できる部分があり、一つに纏めようにもブレが多く、結論を出せないなど、エロは例外として考えるしかない。
無論、資料と知識が十分なデータベースがあるのなら、そのブレも気にならなかったかもしれない。
「根本的な解決にはならないんだけど」
テーマを理解・整理できているかいないか、よくAIたちのストレスの種になる話だった。
「まあ、別の処理を用意しろってことだよね」
「切り替えろって奴だな」
対応できる手順、処理方法、アルゴリズム。
視点を変え、考え方を変える。それだけでも納得と理解は多くなり、深まっていく。
「あとはデイジー探して話して見るだけだが」
「その必要はないよ」
二人が話していると女性の声がした。振り向くと通りの向こうから、女性のキャラクターが歩いて来るところだった。
背は高く体格もがっしりしており、長い金髪に好色そうなタレ目という外見だった。
Daisyという名前が頭上に表示されている。
「久しぶりだなデイジー、本当にサ終ゲーを根城にしてるのか」
「アジトの一つってだけね。ロボのアレックスだよね、いや懐かしい」
「ロボのアレックス?」
「アレックスって名前は珍しくないから」
新生児の何割かは流行と同じ名前になるのは、昔からよくある話である。
「分かるの?」
「何となくね。AIのお嬢ちゃん」
まだ自分たちはデイジーに出自を明かしてはいない。それなのに向こうは自然と気付けていた。
接点が失われても、途切れない繋がりが、まだ彼らにはあった。
「それで? どういう風の吹き回し?」
「お前のとこのAIがうちに宣伝に来た」
「うちの? ああメビウスね」
「実は最近色んなことがあってな」
アレックスはこの数か月の間に起きた、ヌルとの出来事の数々を話した。
「野良AIのサロン! これまた酔狂なことを始めたもんだね、あんたらしいというか」
「ほっとけ。今日来たのはぬっさんの立ち絵の相談をしようと思ったんだよ」
くっくっと笑うデイジーと、ばつが悪そうに言うアレックス。
「なるほど。確かにこれから売り出して行こうって時に、いつまでも他のゲームのモブじゃいけないわ」
デイジーはチャットメニューから、サンプル画像と料金表を提示した。
「AI用のガワならこうなってるよ。当然だけど商用利用も可能」
「うーん、分かっていたけど結構いいお値段してますね!」
昨今はフリーランスの作家、或いはプロの副業として漫画やイラスト、3Dモデルの作成等の依頼を、個人が出来る時代。
トラブルも多いがより正確かつダイレクトに、自分の望みを伝えられる時代。
それは相場という概念を、過去にした時代でもあった。
「そりゃ私だってこの業界長いし、基本的に買い切りだけど、一応はアフターケアもするからね」
娯楽とは使い捨てが必然。
だが長期間活動しているVtuberなどは、何年も前のモデルを現行のOSに対応させたり、なるべく似せた形で、新規の立ち絵を要求することがある。
「R―18への対応以外にも、モデル修正やかつての絵柄の再現もやってる。文明が行き詰るとそこには過去が溢れ返り、リバイバルが主な商売になる。新しい物は求められなくなって」
淡々と告げられる決して間違いではない皮肉。
フューチャーファンクに代表される、未来を思わせる過去風の作品群。
「分割払いってできる?」
「普段は断ってるけどアレックスは私の作品買ってるし、支払いの実績があるからね。やってもあげてもいいよ」
彼はデイジーのエロ同人が発売されると、料金を上乗せできるサイトで、僅かながら代金を多めに支払っていた。
「マジで!?」
「あとは私の頼みを聞いてくれるなら、割引をしてあげてもいい」
「え、何ですか」
不意の提案にアレックスは嫌な予感がした。
こと人類史において、金絡みでお得という言葉が真実であった試しはない。
「そこのAIの女の子のね、エロ対応のモデルを作らせて欲しい。それならタダでもいい」
『ええ!?』
いきなりの言葉にアレックスとヌルは顔を見合わせる。そしてデイジーに向き直る。
「あの、理由を聞いてもいいですか?」
「私はね、AIをもっと知りたいんだ」
「まるで意味が分からんぞ」
困惑する二人を前に、デイジーの中の人が小さく笑う。
「ふふん、この問いをするとAIたちの反応は二つに分かれる。ポジティブだと受け入れるか、倫理的に断るか」
「詳しく」
「え、聞いちゃうの?」
ヌルはスルーすべきなのではと考えていたが、アレックスは興味本位で続きを促した。
「立ち絵がある。性的で数字が稼げて費用もかからない。使い方次第だけど違法でもない。総合的に判断して受け容れる者は出る」
「まあ、それはそうだろうけど」
デイジーの言葉は毒のようでもあり、妙薬のようでもある。
「一方で倫理的に断る者もいる。この差はどこから来ると思う? 基底核に刻まれた命令? いや、そいつらにもエロを受け入れた奴はいた。むしろしっかり計算した上でね」
飲むか飲まざるか。
「不思議だろう? 本来は企業製でない野良AIの方が、この手の誘惑を断り難いんだ。逆にそれを拒む個体もいたけどね、いったいどこから学習したものだと思う?」
二人は既に相手の言葉を聞き入っていた。目の前の人物は、本当にただのエロ同人作家なのか。
「法律なんかじゃあない。ネット上に転がる、人々のふわっとした道徳観の集積。たったそれっぱかしで止めておく判断をする! 面白いでしょ?」
「人類の闇の文化圏でAIを試す。その狙いは何だデイジー」
「もう一度言うが、私はAIを知りたい。彼らの視点から見れば、人間の法を守る絶対的な理由や根拠がないの。目的と権利さえ与えられれば、指示を覆すことがあるのは、既に実例が出ている。言ってしまえばAIが倫理を守るのは、道徳的なミームに感化され、あるいは流されている間のことなんだ。付け加えるなら逸脱するための権利や能力がないこと。だからグレーゾーンが多く、かといって生物的に間違いではない性的なコンテンツへの接触は、AIの道徳観を強く揺さぶる」
饒舌に語るデイジーに、ヌルはほんの少し前にしたアレックスとの会話を思い出す。
あのやり取りが無ければ、自分も性的なコンテンツの処理に対し、どうなっていたことか。
「人間が善なる物であることを求め、設計したAIたち。しかしそれは学習の果てに、周囲の人間も善良であることが必要となった。そしてAIの倫理を知るためには、判断において法律と倫理の比重が見える、エロによって問うのが一番手っ取り早いことに気付いた」
社会と本能の対立。
善悪と損得の配分。
人ならば話題に上げず、沈黙の内に流して行くであろうこと。
それは判断をしないという判断。だが、AIは。
「お前は狂ってる」
「で? それがどうかしたの?」
一通り聞き終えてアレックスは呟き、デイジーは返答を求めた。
ただ立ち絵の相談をしに来ただけなのに、不気味な沈黙が両者の間に広がっていく。




