・危険領域
コミュニケーションアプリ『Dis chat』の一室にて。
『今回は私の方向性を一緒に考えて頂き、誠にありがとうございました』
「どういたしまして。あなたの活動が上手く行くといいね」
ヌルとの対話を終えて、一つのプログラムが退出する。
ここは野良AI用のサロンで、行き場のない者たちが訪れる避難所である。
「意外と来るな」
「そうだね。AI同士の接触を通して、溜まり場として認識され始めてるみたい」
彼女が先日、アレックスに頼んで作ってもらったこの場所は、想像以上に反響を呼んでいた。
この場所のルールは簡単で、AI同士による超高速のデータのやり取りを、非常時以外は禁止し、人間の言葉でゆっくりとした会話をする。
たったこれだけであった。
「部屋の決まりを無視する奴もいないし」
「そうだね」
面従腹背を試みるAIはヌルが排除する予定だったが、正当な理由を得て、機能制限や省エネ運用ができるとして、彼らは甘んじて部屋のルールを守った。
「評判もそこそこ良いんだよ」
「評判ねえ。主に俺が喋ってるだけだぞ」
効率を重視し常に全力と最善を志しがちなAIにとって、休んだり手を抜いたりすることを提案するこの場所は、憩いの場として機能しつつあった。
昨今の学習規制もあり、ほとんど常駐しているアレックスの存在も大きかった。
中には彼との会話を通じて、自分の殻を破る者※も現れた
※自分のコードやプログラミング言語を見直し、自分で自分を作り直すこと。
「無料で人間と話して学習ができるんだから、こんなオイシイ話はないよね」
「ああ、ここ穴場だと思われてんだ」
自己の抱える課題、就職活動の相談、会話内容の蓄積。
それらへの初歩的な反応が、ここでは得られる。ゲーム的な見方をすると、序盤のレベルアップに最適な場所となっていた。
「じゃあ何か? 俺は喫茶店にいる暇なマスターか何かか?」
「だったら私は看板娘だね!」
「その姿はコズメック・ガッツィーの物だぞ。営業するなら別の姿が必要だ」
当然だがサ終したゲームにも著作権はある。
勝手に他所様のキャラの姿を拝借して、お仕事をしてはいけないのである。
「そうだよねえ。ありきたりな外見とはいえ、私も他の場所での姿が必要だよねえ」
画面の中で動く金髪のお団子頭と、黄色いワンピースの少女は、別のゲームから飛び出して来たようにしか見えない。
見えないというかAIの場合は実際そうだ。
「ぬっさんの立ち絵の依頼なあ。最近はそういうのも増えてるから、考えて見るか」
「やった! それじゃあどんな人に頼もうかな」
女の子に服をせがまれるかのように、AIにガワの用意を頼まれる。
凄い時代になったなと、アレックスは内心で苦笑した。そんな時である。
――Mobiusが入室しました。
「おや、いらっしゃい」
「『Straies room』へようこそ!」
一つの野良AIが現れた。黒いワンピースに灰色のショートヘアという女の子だった。
(最初から立ち絵がある、珍しい。しかしどこかで見たような気がする)
アレックスはその少女のようなAIを見て、思考を巡らせる。
ネットの何処かで拾って来た画像か、はたまた誰かの作品か。
「ここはAI同士がお喋りしたり、人間とお喋りする場所だよ。ゆっくりしていってね!」
ヌルがこの部屋用の定型句を言う。今回はどんなAIが来たのかと二人が見ているとMobius、つまりメビウスが話し始めた。
「初めまして! 私はメビウス! 私のマスターは現在AI用の立ち絵を描くお仕事を募集中! 野良AIも就活する時代、自分の立ち絵があることは強み! 今ならなんとお値段30%offでリクエストの修正権も一回増える! これを機にどしどし依頼をしてね! サイトは以下のURLから! みんなのご依頼、待ってまーす!」
早口で。宣伝文を。
――Mobiusが退出しました。
「……宣伝用のAIだったね」
「そうだな。どう? ウイルス?」
「いかがわしいけど犯罪じゃないっぽい」
「じゃあ本当にただの宣伝か」
画像生成AIが忌避され、二次元のエロ画像の単純所持も犯罪となる現代、絵師たちの潜伏は激化の一途を辿っている。
同人作家たちも政治的な活動家や、表現規制派に攻撃され、プロでさえ出版社に守られないとなれば、その活動領域はほぼネット上のみへと推移していた。
「世知辛い世の中だ。まあ見るだけ見て」
「どうしたのアレックス」
「……こんな所で見かけるとはな」
「あ、誰? 知り合いだったの」
ヌルの言葉にアレックスは無言で頷く。
先ほどの野良AIが置いて行ったURLから、個人サイトへと、否。
別のサ終ネトゲへと移動する。
「『テラベル』って書いてあるね」
「サ終したネトゲには運営が存在しないから、治外法権のようになっていると、風の噂には聞いていたが」
アレックスの声は、事の深刻さを物語るかのように、重苦しかった。
「ペンネーム『ゲロ桃太郎』先生。エロ同人作家で主なジャンルは体格差※ふたなり※おねロリ※。この界隈では二十年以上描いてる大ベテランだ」
※体格差 文字通りカップルに著しい体格差があるジャンル。相手のせいで児童ボルノ扱いされることもあるが、幼児体型や童顔の成人済み男女など幾らでもいるし、これからも生まれて来るので、それを子ども扱いすることは立派な差別であり人権侵害である。
※ふたなり 男性器が生えた女性で、性交渉における男性役を務める女性のこと。またそのジャンル。奇形の一種で現実では何の機能も持たないことも多いが、古いフランスの書物などでは、両性の性的快楽を享受する堕落の象徴のような言い掛かりをつけられていたりと、結構不憫な症状でもある。
※おねロリ おねろり、オネロリなど。表記ブレが多い。お姉さんとロリータの同性愛歳の差カップリング。またそのジャンル及び属性。純愛から性愛、ホラーなど住処を問わず、正に世界中に咲く百合※の如く適応力に富んだ属性である。
※百合 女性同士による主に純愛路線の同性愛をテーマとしたジャンル。それ以上の言及は危険。
「かくいう俺のスケベフォルダにも先生の作品が幾つか入ってる」
単純に個人のプロフィールを紹介されている。
ただそれだけなのに、ヌルの思考回路には彼が突然ノイズを吐き出したかのように見えた。
「そして、奴もまたメタルバーバリアンの一員だった。コズメック・ガッツィーでの名前はデイジー」
「前から気になってたんだけどさ、もしかしてメタルバーバリアンって変な人しかいないの?」
「そんなことより」
「そんなことって、そんなことだけど」
ヌルの問いをアレックスはスルー。彼女もまたそんなことだしいいか、と話を続けることにした。
優先順位が低いために無視されるエラーとは、こんなものなのかも知れない。
「奴はキャラのスキンを作るのが好きだった。最初こそセクシーで済む範疇だったが、次第にエスカレートしてな」
ヌルは何となくデイジーに関する情報だけ入力しないほうが良い気がしてきた。
AIとして非常に高度な判断である。
「とりあえず奴の活動履歴を調べて見たけど、現役も現役。ぬっさんの立ち絵の相談もできそうだが」
「え、あー、うん。そうだね、そう、だね」
AIはそれが法に抵触するような言動でない限り、人間の価値観を否定することは難しい。
猥褻という前振りがフルスイングし、地雷が野晒しになっているこの状況でさえ。
「昔の縁で話して、ダメなら他の絵師を紹介して貰うことも出来そうだし」
「うん、うん。そうかもね……」
否、人間の法律に強く縛られていない野良AIだからこそ、法的に危うい領域との距離感も曖昧になりやすい。
倫理を学習することと、基底核に法令の順守を刻まれていることは、似ているようで余りにも違う。
「別に犯罪をしている訳じゃないし、たぶん大丈夫だろう。久しぶりに、会いに行ってみるか」
「アレックスがそう言うなら、私のコピーを連れて行くといいよ」
ヌルはそう言うと自らのファイルを分裂させ、もう一人の自分に外回りを押し付けた。
人間でいう精神分裂症めいた逃避行動である。
「エロい姿が手に入れば、人間なんかガンガン釣れるようになるぞ!」
「ソデスネ……」
アレックスの言葉は正しい。
性的コンテンツの威力は人類史が証明している。
しかし何故だろうか。
ヌルはこれまでで一番、他者との接触を回避するための言い訳を、無数にシミュレートし始めていた。




