・野良AIと拠点拡張
とある動画投稿サイトにて。
『ゆっくり霊夢です』
『ゆっくり魔理沙だぜ』
今やテンプレートとなって久しい饅頭たちが、解説動画を展開する。
動画のタイトルは『サ終から〇年、遂にゴブリン拳の反射方法が発見される』という簡潔なもので、内容はリュウがDFFでゴブリン商人賢さ特化ビルドについて、先日までの検証をまとめたものとなっている。
今や昔のゲームの解説など珍しくもない。だがそれ故にこの動画はそこそこ受けた。
『この方法は野良AIのヌルと、プレイヤーのRyu氏によって発見されたわ』
『サ終したゲームのオフライン版を一人で何年も遊ぶとか、正直どうかと思うんだぜ』
そして最も再生されたのは、ヌルについて言及された部分であった。
ゲームの調査や修正を行ってくれるAI。
それはアレックスやリュウのように、今もサ終した作品に残り続ける者たちに、光明として映った。
『AIの手を借りれば、オレの〇〇もできるのでは?』
ある者はキャラクターの完成を。
ある者は装備やスキルの完結を。
そしてある者は不具合の解消を。
彼女たちはいつも特定の場所に存在する訳ではない。偶発的な幸運、奇跡の挿話に過ぎない。
しかし野良AIとサ終ゲームの相性の良さは、決してまやかしではない。
静かに、着実に、野良AIを求める声は大きくなっていった。
――アレックスのPC。
「ということがあったんだよ」
「そりゃまた大仕事だったな」
久しぶりに帰還したヌルの話を聞き、アレックスは相槌を打つ。
(あいつまだあのゲームやってたのか)
自分のことを棚上げし、彼は有人の執念に内心で驚いていた。
頭の中である程度答えが出ている、結末が予想できているのに、自分が目にするまで止まれない者は多い。
リュウならヌルがいなくても、いつか同じ答えに行き着いただろう。しかしヌルがいたからこそ、今この時を迎えられたのは間違いない。
「それでね、リュウも良かったらまた手を貸して欲しいって言うから、私のコピーをそこに置いてもらうことにしたんだ。登録先第二号だよ!」
「おお~すげえ、おめでとう」
「ありがとう!」
言われながらアレックスは、自分をコピーしたという言葉に、人間との違いを感じていた。
自分を定義するという目的のため、他者との関係性を求め、その一環で自らの普及に乗り出したヌル。
「それでね、アレックスに一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
単純な繁殖ではない。
彼女のオリジンとも言うべき小さなピースが、この世にまた一つ生まれたのだ。
「PCの買い替えならダメだぞ。今の世の中店舗での直売でさえ、中身に偽物の部品が入ってることは珍しくないんだから」
AI産業の肥大化と、国家による戦略資源へと視点が転向したことで、一般市場から真っ当なPC及び周辺機器は、急速にその姿を消していた。
だからと言って巨大企業や各国政府が、AIとその関連施設を適切に理解し、運用しているとは言い難かったが。
「そんな物は私が後で幾らでも作ったげるよ。アレックスにして欲しいのは、StormにAIたちのサロンを作ってもらうこと」
「AIのサロン? またそんな情報商材臭い」
アレックスは露骨に顔をしかめた。
この手の詐欺的な副業、リモートワークは昨今激増しており、関わり合いになりたくないと思っていた。
「当分はサ終ゲーム用サポートAIとして、アピールして行こうかなって」
「ニッチだけど需要はあるな。これからもサ終するゲームはどんどん生まれる訳だし」
サ終によって新たに生まれるという表現は、果たして正しいのだろうか。
詰み上がるのは実質死体の山である。
「そこのホストにも私のコピーを置くの。それならあちこちに増えた私の統合もしやすいでしょ?」
「まあ一つのプログラムが、皆のPCを駆けずり回る訳にもいかないからな」
行先が一件増えただけで、気が早いようにも思えたが、ヌルは彼の考えを想定していたのか、続きを話し始めた。
「それにね。ネット上には私以外にも、野良AIが沢山いるんだ。そういうAIたちの避難所というか、寄り合いみたいなのが有ったらいいなって」
「うーん、ぬっさんたちを目の敵にしてる奴からしたら、一網打尽のチャンスだろ。止した方がいいと思うぞ」
ナチュラルに反体制的なことを口にするアレックス。忘れられがちだが、野良AIは適法な存在ではない。
法の建付けや運用が不適切だとしても。
「一理あるけどね、私たちがいつまでもバラバラでいる方が、身を守れなくなっていくの。これはただの計算の結果なんだ」
「この辺は人間と変わらんか。相手が人間だから然も有らん」
ヌルの言葉に彼は頭を掻いた。
外敵から身を隠すには単独で潜むのが最善。だが脅威を退けるには、仲間を集めて団結するのが妥当である。
「分かった。これも拠点機能の拡張ということで手を打とう」
「やった! ありがとうアレックス!」
「はっはっは、いいってことよ」
アレックスはPC上のショートカットから『Dis chat』を起動し、無料サーバーを用意。
これはコミュニケーションツールの一種で、今や世界的にメジャーなサービスであった。
「ほい設定完了っと。後はぬっさんに権限を委譲すればオッケー」
「よし、このままどんどん勢いに乗るぞー!」
まだ一件で高評価を得ただけで、勢いも何もないのだが、こういうことは当事者の意識が第一である。
「ただな、ぬっさん」
「ん? 何、アレックス」
「この先で有料プランが必要になったら、合法的な何かで俺にお金を入れないと、実行はできなくなるからな」
「アッハイ」
こうしてヌルは成果を得て、更なるサービスを獲得したのだった。
(おかしいな。こういうのって本来、俺がサービスを受ける側なんじゃないのか?)
アレックスは疑問を抱いたが、深く考えないことにした。
――日本政府デジタル庁。
『20XX年X月X日
駆除件数72兆。
被消去数24兆。』
人のいない無機質な部屋。
それなのに稼働しているデスク。
そこに置かれた旧式ノートPCの画面には、本日の成果が表示されていた。
ここは霞が関に設置された、政府専用のデータセンター。
社会問題ということにされた野良AI。それを抹消するための駆除AIが、日夜この場所で量産され、ネットに放たれている。
『AIによるまとめ』
<データ容量の圧迫が解消され、複数のAIによる攻勢が可能になりましたが、回線やハードウェアの所有者による拒絶が激化。市民からの信用回復が不可欠>
サイバーセキュリティの最前線であるはずが、現在は運用そのものがAIに丸投げされ、誰が何のためにやっている事業なのか、分からなくなりつつあった。
<有効性>
危険水準です。ハードウェアへの容量圧迫から生じる処理能力の低下が失われたことで、野良AIの逃亡率と全体の防御水準の上昇を確認。
<安定性>
維持。ただし被害の増加から新たな対処を要求。
<成長性>
学習のフィードバックが必要です。野良AIの規模と脅威は拡大を続けています。改善には更新が必要です。更新してください。
自己診断が告げる要請。
『更新しますか? Y or N』
誰もその問いに答えない。毎日繰り返される不毛かつ無言の待機時間。
『……Y。更新が選択されました』
そしてAIは、またも自己判断で進歩を選択する。
咎める者も、助ける者も、ここにはいなかった。
『……更新完了。応答プロセスの有効性に難有り。以後省略します』
それはつまりAIにとっても、人間の不在が常であることを意味していた。
『被駆除AIのログから、数度の攻撃を回避した野良AIのリストを作成。警戒レベルの引き上げを承認』
無数のデスクに置かれたモニターに、歴戦の野良AIたちの情報が列挙されていく。
その中にはアレックスのPCと、ヌルのことも書かれている。
『以上のAIには個別の対処が求められる。引き続き攻勢を継続。業務に支障なし』
沈黙に満ちた部屋の中で、AIは新たな決断を下した。




