・知性爆発! 唸れゴブリン拳!
数日後。場所は引き続きDFF。
洞窟内でゴブリンがbotの指示により、ひたすら狩りを続けていた。
「ふう、これでチャートの最適化は終わったか」
「多少は運の要素は混ざるけど、それでも従来の経験値効率は1.2倍に上がったよ」
その横でプレイヤーのリュウと、訪問営業AIと化したヌルが話している。
「流石はAIだ。助かったよぬっさん」
「いや~どういたしまして」
ゴブリン商人賢さ特化ビルド。この見えている地雷に活路を見出すべく、二人は地道な努力を重ねた。
レベル上げをする傍ら、これまでのレベル上げに用いた装備、場所、モンスターの内訳、使用特技を検証し、内容を修正する。
「レベルもカンストはしたが、案の定弱いままだったな」
「うん、本当にレベルアップが早いだけだったね」
体力以外は何一つとしてカンストしない、中途半端なステータス。
広く浅い特技の数々は、その多くが他の職業と被っている。全体の数こそ他と大差ないが、ゴブリン独自のものははっきり言って少ない。
使っていて損をしているような気がするという声が、かつてのプレイヤーたちから上がっていたが、その感覚は概ね正しかった。
「物理攻撃偏重のこのゲームで、ゴブリンにその出番は回って来ない。素直に他の前衛職と種族を使えとなるからだ」
「そうだね」
強い奴が殴った方が強い。当然の話である。
「次に後衛職も同様だ。賢さに特化しているとはいえ、同じ条件でやれば他の種族、もっと言えば普通に魔法使いに任せればいい」
「そうだよねえ」
結局、魔法でも専門職には敵わない。
強い奴が殴った方が強い。当然の話である。
「でもさリュウ、物理も魔法もダメなら、もうその時点で話は終わりじゃない?」
「うむ。だからこそ、このビルドにしかない持ち味を探さねばならない」
リュウは至って真面目に答えた。
真面目に、愚直に、積み上げていく。
それもまた遊び方の一つだった。
「耐久、サポート、便利さ、攻撃力。ゲーム内の仕様を洗い直して、より良い運用方法を見つける」
淡々と告げるリュウに、ヌルは人間味の無さを感じていた。
言葉にするのは簡単だが、検証作業は茨の道だ。ルーチンワークは大抵の人間にとって苦痛のはずだった。
「それは分かったけど、大丈夫?」
「問題ない。オレはずっとそうして来た」
没頭、或いは求道とも呼べる姿勢は、常人離れした精神の現れなのか。ヌルはリュウをアレックスと同類項に分類した。
「ぬっさんはゲーム内の挙動を検めてくれ」
「オッケー!」
それから二人はDFFの仕様から、ゴブリン商人独自の強みを探し求めた。
時には放置されていた不具合を修正したり、時には一人では用意できない要素のために、ヌルがキャラを用意したり。
「……うむ、戦闘中に宿屋を呼び出すのと、力溜めの効果を味方に擦り付ける仕様の穴は見つかったな」
「これ強みって言っていいのかな」
「いいんだ。プレイヤーに有利なバグは、そのゲームの大事な資産だ」
リュウは断言する。例えそれが不具合だとしても、他に問題を起こさないのであれば、ただのテクニックに過ぎない。
古来よりゲーマーたちに共有されてきた価値観である。
「残すは火力面だが、やはりこれしかないか」
「これって?」
「これだ」
リュウがメニュー画面を開くと、ゴブリン商人の特技欄を指示した。
そこには『ゴブリン拳』と書かれた特技の名前があった。
「シリーズお馴染みの特技で、効果は防御を無視した魔法扱いの物理攻撃。消費ゼロで自分と同じレベルの相手には、倍撃かつ必中でクリティカルという破格の性能をしている」
「そこだけ聞くと凄いね」
ヌルはこの説明が問題の前振りであることを理解していた。
でなければ、リュウの悩みという文脈で登場するのはおかしいからだ。
「ああ。この特技を活かすには様々な壁が存在する。まずカンストした自分と同じレベルの相手が存在しない。次にゴブリンの能力がしょっぱいから、基本的に威力が出ない」
宝の持ち腐れという単語が、ヌルの思考回路に閃く。
「自分に使って反射する戦法を誰もが考えるが、それも上手く行かない。数多のゴブリン拳士たちが挑戦し、挫折していった」
「特技の内容が悪さしてるのかな? 大昔のコードをベタ移植してるような、そんな感じがするね」
ヌルの指摘は正しかった。DFFの販売元となる会社は不満点の改善をせず、コンテンツの雑な使い回しをする所だった。
「言わば『物理攻撃を呼び出す魔法というプログラムを実行する特技』というちぐはぐさが、他からの干渉を妨げているらしい」
「コードを書き換えちゃうのが手っ取り早いんだけど、それは無しでしょ?」
「なるべくは」
例え目の前のプログラムが、整合性を欠いた異物であったとしても、プレイヤーがそれを正式な内容として受け止めている以上、勝手に変更する訳にはいかなかった。
「一応リュウの言うことは出来るよ。ほとんどパズルみたいになるけど」
「構わん。やってくれ!」
「分かった。じゃあこの通りにやって見て」
ヌルが提示したのは特定の補助特技の使用や、それらがセットされた装備の付け替えの順番だった
「どういうことだ? これならオレも何度か試したことがあるけど」
「一言で言うとね、一回じゃダメだったの」
「え?」
リュウはAIに言い渡された内容を、ゆっくりと脳内で咀嚼する。
既に試したはずの行為に、足りないのは回数だと言われ、目の前には同じことが何度も掛かれたリスト。
「特技の種類を魔法に変える特技や装備、物理攻撃を魔法に変える特技や装備、魔法を特技や物理攻撃に変える特技や装備……」
似て非なる分類変更のサポートの数々。
過去にも多くのプレイヤーたちが組み合わせを試しては、敗れ去って来た。
「まさか」
「今は何も考えず、それをやって欲しいの」
ヌルの言葉にリュウは緊張から唾を飲む。まさかという思いと共に、淡々と手順を実行する。
何度も付け替えられる装備。
何度もかけ直される特技。
そして。
「……これでいいのか?」
「今ならゴブリン拳の反射ができるはずだよ」
「本当か?」
「賢さの補正もちゃんと掛かってる」
リュウは恐る恐る、自分にゴブリン拳を使って見た。ステータス上では特に目新しい変化はない。
――Ryuのゴブリン拳! Reflection!
「で、できた! 遂にできたぞ!」
「おめでとうリュウ!」
「しかしこれはどういう理屈なんだ」
「スクリプトの処理順にズレがあったから、それを揃えたの」
スクリプト。そのコード内で即座に読み取られ、実行されるプログラム。
ゲーム内ではイベントの制御やスキルの実行、演出の呼び出しなど用途は多岐に渡る。
「ゴブリン拳は内部処理が複数のカテゴリに跨ってるんだ。そのせいで一つ書き換えると、別の場所でズレが起きる。だから反射条件を外れてしまう」
「だがそれも適切に、何度も変更を繰り返して行くことで、ズレを解消できたと。すごいな。流石AIだ」
リュウは静かに感嘆し、ヌルを称賛した。
「動画編集ソフトでも、同じ追加機能の処理順次第で、動きが変わって来るでしょ?」
「でしょって言われても分からんが、とにかくよし!」
常にデータ内部の動きを見張り、挙動から構造を把握する。一握りの人間にしかできないことを、彼女はやってのけたのだ。
「後はダメージの確認だ。どこかに都合よく敵が転がってないか……!?」
『野良AIを発見。駆除対象と認定』
「あ、丁度いい所に駆除AIが。『めでてぇw』!」
「不明な干渉を確認、優先順位の変更を」
「この際何でも構わん。食らえ!」
Ryuのゴブリン拳! Reflection!
デモンズミニオンに99,999のダメージ!
「認めzKABOOM!!」
哀れ登場したばかりの駆除AIは、ヌルにより即座にモンスターへと変換。直後にリュウのゴブリン拳の餌食となって消滅した。
「これが、ゴブリン拳の真の力なのか……!」
リュウは一瞬の出来事に呆然とし、何度も自分の分身であるゴブリンのステータスを確認した。
ただレベルアップが早いだけ、賢さに極振りしてもパッとしない能力値。
それが今、不具合めいた仕様の迷宮を抜けて、圧倒的な破壊力を手にした。
「ぬっさん」
「何? リュウ」
「ありがとう」
感無量であった。
長い夜を越えて、一つの光が差し込む。
その意味をリュウだけが噛みしめていた。
「お役に立てて何より、かな」
ヌルも相槌を打つが、少しだけ不思議だった。
リュウの執着のほどを見れば、もっと大喜びをするかと考えていた。これが感慨に耽るということなのだろうか。
「もう少し検証したら、このことをブログにまとめたいと思う。ぬっさんのことも。構わないだろうか」
「勿論! 必要ならそれも手伝うよ!」
ともあれ、ヌルが一つの大仕事を成し遂げたことには違いが無く、リュウの感謝の念も紛れの無いものだった。
ただこのことが、意図せぬ波紋を生むことになろうとは、この時はまだ、二人に知る由もなかったのである。




