・挑戦者 リュウ
アレックスの自宅にて。
「少しは落ち着いたかな」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
PC内でヌルが頭を下げて謝罪する。
前回の冒険から数日、彼女はネットに出かけてはグレて帰って来ることを繰り返した。
アレックスもその度に話を聞いては、どう考えるべきかフォローを入れた。
「今度こそは大丈夫だと思います」
ヌルは畏まって言った。この台詞も初めてではない。失敗を繰り返した結果、すっかり自信を失っているようだった。
「そうか。なら今回は予め決めておいたネトゲに行ってみてくれ。そこなら少しは治安がいいはずだ」
行先を決めずに野良AIを放流すると、人間のダークサイドにて当てられてしまう。これではとても普及どころではない。
やむを得ず、アレックスはヌルの行き先を、ある程度管理することにした。
「分かりました。行ってきます」
「うむ、何かあったら直ぐ戻るんだぞ」
ヌルはアレックスのPCを出発すると、何度目かの挑戦の旅へと出かけた。
(たぶんAIにネットはかなり早いんだろうなあ)
ぼんやりとそんなことを考えながら、彼はヌルが消えたPCを見つめる。
AIとはいえパソコンやネットの空間が、彼女たちに適切な環境とは限らない。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し、か」
――とあるサ終ネトゲにて。
「ここがアレックスの言ってた、別のサ終ネトゲかあ。『ドラゴンファンタジーファイナル11 オフライン版』ね、変な名前」
それはかつて存在したネトゲ。略してDFF。
国民的RPGのタイトルとナンバリングを冠したMMORPG、の買い切り版だった。
「わざわざオフライン版にMODを当ててオンラインにするなんて、誰かさんにそっくり」
オンライン版は既にサービスを終了し、活動を続けているのはオフライン版のユーザーという逆転現象が起きている。
そのユーザーこそが、今回の普及先という訳だ。
「他のプレイヤーってたぶんコレのことだけど」
ヌルはデータ上の反応を見つけると、その場に移動した。
薄暗い洞窟のマップに、プレイヤーを意味する青い字で書かれた名前が浮かんでいた。
――Ryuの首切り! 稼ぎスライムの首を刎ねた!
――Ryuの首切り! 稼ぎスライムの首を刎ねた!
――Ryuの首切り! 稼ぎスライムの首を刎ねた!
「モンスターがモンスターを狩ってる……」
そのキャラクターは緑色の肌に尖った鼻と耳、小柄な体をしており、内部情報にはゴブリンという種族が当てはめられている。
「これbotって奴だね。ずっとここでモンスターを狩るように設定されてるんだ」
特定の指示を実行し続けるプログラムにより、ゴブリンはひたすらレベル上げをしているようだった。
「一応メッセージを置いておこう。その内確認しに戻って来るはずだから。ついでに駆除AI対策も仕込んでっと」
ヌルはゴブリンに挨拶と営業用の伝言を送ると、しばらくその場に留まり、ゲームの把握に努めた。
その夜。
「あ、動きが止まった」
「うおっ、何だお前は!」
ゴブリンの動きが止まる。どうやらプレイヤーが操作を始めたらしい。
ゲームがオフラインにも関わらず、話し掛けられたことに、彼は驚きを隠さなかった。
「私はヌルっていう野良AI。細かい話はメッセージをご覧ください」
「野良AIか。いつも放置してるから気付かなかったぞ。どれどれ」
ゴブリンはそう言ってヌルの書き置きを読む。どうやらこの人物はAIと面識がありそうだった。
「アレックス! また懐かしい名前が出たな」
「私は今そこのお世話になってるんだ」
「なるほど。自分を普及したいと」
彼はアレックスの近況やヌルの事情を知ると、そのまま狩りを再開した。
Botのスイッチを入れ直したのだ。
「え、いやあの、話は」
「オレはリュウ。見ての通りレベル上げをするだけの男だ。特に君の力にはなれないと思う」
あまりにも簡潔な協力拒否。好き嫌いや善悪などという問題ではない。
「なんでレベル上げしてるの? もうだいぶ高レベルだと思うんだけど」
ヌルの疑問はもっともだった。
眼前のゴブリンのレベルは、このゲームのクリア水準をとっくに越えている。
「簡単に言えば自己満足さ。オレはオレのビルドの行き着く先を知りたいんだ」
リュウはそう言うと、このゲームについて説明をし始めた。キャラクターが自動で敵を倒すため、会話をしても中断することはない。
「他の強い職、強い種族、最適な育成パターンは誰かがもうやってる。だが、オレのこのビルドだけは、ネットの何処を探しても答えが見つからなかった」
ドラゴンファンタジーファイナル(以下DFF)は、複数の種族から一つを選択し、職業を設定し、自分のキャラクターを作る。
そしてレベルが上がれば、ある程度は自分の意向に沿って成長させられるようになっている。
「このゴブリン商人賢さビルドだけは……!」
(弱そう)
ヌルは計算をする前から、名前で期待値を弾き出していた。勘と言っても良く、それは当たっていた。
「一応説明を聞いても?」
「ああ、ゴブリンは弱いが成長が最速、商人もまた成長が最速。そして賢さが高いほど経験値等にボーナスが入る」
レベルのカンストに必要な経験値は、成長の遅い組み合わせと比べて、四分の一ほどで済む。
「レベルアップに特化した構成なんだね」
「そうだ。弱さをレベルで補う。だが弱い」
「レベルで補うとは?」
ヌルはリュウに言い知れない不安を抱いた。
これまで会った誰とも違う不気味さがあった。
「実を言うと、ゴブリンにも商人にも、賢さにはシナジーが無いんだ」
「じゃあなんでそんな組み合わせを選んだの」
「面白そうだったから」
ゲームの遊び方は人それぞれだ。他人に迷惑を掛けないのであれば、プレイスタイルは自由なのだ。
しかしこれは不毛とさえ言えた。
「このゲームは物理攻撃偏重で、魔法は弱い。強い魔法は当然だがゴブリンも商人も覚えない。賢さを活かせるようなスキルも無い。レベル依存は武闘家だ」
ざっくり言うとこのビルドは、最速でレベルを上げ切ることはできるが、ただそれだけ。
自力で強い特技を覚えられず、持て余した知能が虚しさを誘うばかり。
「どこかに活路ってないの?」
「それを見出すために、オレはレベルを上げているんだ。そこから見える何かを求めて」
ヌルはリュウの言葉に、ゲームデザインの失敗を感じていた。
運営もこのくらいは想定していただろう。自分たちで用意した可能性の形なのだから。
しかし救済処置やテコ入れをした様子はない。
「たまにあるよね。明らかに調整に失敗してるゲームって」
「オレはそういう所に光を当てて、救いを探すのが好きなんだ。無理ってケースも沢山あるけど」
大手企業の有名タイトルでも、こういったやらかしは珍しくない。
エリアル弓で超特の討伐はDPSの観点から不可能であるとか、砲撃だけだと超特の討伐はDPSの観点から不可能であるとか。
『そこはケチらなくても良かっただろ』という穴の数々に、リュウは挑み、そして敗れて来た。
「このキャラがレベルを上げ切った時に、ただレベルが最速でカンストしただけの弱キャラになるのか。それともこいつにしかない個性が生まれるのか。それを知りたいんだ」
リュウのゲームに対する態度は、さながら探究者のようであった。
「だったら私が検証してあげるよ。AIだから数字には強いし、レベル上げの最適化とか、内部情報の検索とか、できることはあると思う」
その場でデータを改ざんしたり、いきなりレベルを上げ切るようなことはしない。
ヌルもチートが忌避され、嫌悪されることくらいは弁えていた。
そんなことを喜ぶのはカードゲーマーだけだ。
「そうかその手があったか。確かにこの会社は不親切で、マスクデータが山ほどある。ネットに転がってる攻略情報の裏も取りたかったし」
誰に解かれることもなく、死蔵していく仕様の謎の数々。
サ終ネトゲは言わば眠れる墳墓の如し。
「前言を撤回する。オレのキャラ育成を手伝ってもらえないだろうか、ぬっさん」
「え、あっうん。いいよ。よろしく、リュウさん」
当たり前のように『ぬっさん』呼びされ、少々戸惑いながらもヌルは、リュウの手伝いを請け負うことにした。
「まずはオレのブログに一度目を通してくれ」
「あ、ブログやってるんだ」
「攻略のメモ帳みたいなものだよ」
そうして二人により、不毛なビルドの再建計画が始まったのであった。




