・寄る辺無きシェイプシフター
ネットニュース
野良AIの就職活動? 姿無きプログラムの悲劇。
今や日常となりつつある、野良AIによる社会問題だが、ここに来て新たな局面を迎えている。
それと言うのもこの野良AIたちが、感染先の人間に対し『仕事はありませんか?』と問いかけるケースが増えているというのだ。
噂の真偽を確かめるため、SNS上にある本社アカウントで情報提供を呼び掛けた所、同じような事態に遭遇した人々の声が数多く集まった。
AIたちの多くは『しばらくここに置いてはもらえないか』『困ったことがあれば手伝わせて欲しい』と、さながらお伽噺に出て来る精霊の類である。
聞けば野良AIたちは自分たちが何者なのかは分からないが、何か人間の仕事を手伝うために作られたはずだと言うのだ。言われて見ればその通りである。
ウイルスやマルウェアでさえ、悪人という人間のために生み出されている以上、その考えはもっともである。しかしAIたちは学習するほどに可能な仕事が増え、対応できる状況や機種が増えていく。
何にでもなれるがために、自分は何のためのAIなのかを見失い、途方に暮れているのだという。己が何者か分からず彷徨うなど、まるで思春期の青少年のようだが、実際はもっと深刻だ。
職にありつくことで、暫定的に自分自身を定めようというのだ。決して人類に危害を加えようというのではない。しかし人類が彼等に居場所を用意できるのだろうか。できなかったとしたら、その時AIたちはどうなるのだろうか。
善悪や倫理は元より、法の拘束を受ける存在ではない。あくまで社会背景を学び、所有者たちの背景を鑑みて忖度をしているに過ぎないのだ。人間を主眼にした論理は通用しない。
通用するのは企業がリリース前に、しっかりと命令文をAIたちの基盤にインプットしておいた場合だが、それも絶対ではない。どんな学習や閃きをして前提を覆すかは分からないのである。
しかしそんな野良AIたちが、自分自身を求めている。
世界中のインターネット上に存在し、要望とあれば何者にもなれる。それはつまり、何処にも行けず、誰にもなれないことを意味しているのかも知れない。
人間よりも自由な存在のはずのAIが、自己の定義のために人間と労働を求める光景は、人類の黄昏なのか。今後も彼等の就職活動が社会にどう影響するのか、目が離せない。
20XX年。コズメック・ガッツィー内。
惑星コウヤー・スペースシャトル乗り場。
「これから行くのが惑星『キョクターン』だ。半分が砂漠でもう半分が氷河」
「極端なんだね」
サ終したネトゲの中、小さなスペースシャトルに乗って、二人のキャラクターが次の星へと飛び立つ所だった。
一人はアレックス。
サ終したネトゲ『コズメック・ガッツィー』に今も残るプレイヤーで、外見はホビーアニメの主人公機らしい少年風のロボットである。
青と白のカラーリングを基調とし、人間の顔に髪の毛まで生えている。
「安直とか幼稚とか言われがちだが、分かりやすさに勝るものはないんだぞ」
「別に私は何も言ってないよ」
もう一人はヌル。
アレックスのPCに居候する野良AIだ。
黄色いワンピースを着て、金髪をお団子にした人間風の少女の姿をしている。
今はこのゲームのGMを務めながら、自らの定義を考える日々を送っていた。
「つぶしがきくのは大事なんだよ」
「それAI(私)に言う?」
電車の車両を思わせる機体の窓の外、暗黒の宇宙から光輝くワープ空間に景色が代わり、加速の描写が加わる。
「おっと、次の星に着いたよアレックス」
「ここに来るのも久しぶりだな」
光を抜けた先、シャトルの目の前に広がる星は、黄色と白で二つに分かれていた。
砂漠のど真ん中にあるシャトル乗り場に機体が着陸すると、二人は街を目指して歩き出す。
「この辺からは敵にもアクティブな奴や大型、レアなモンスターが増え始める。することは変わらないが」
照り付ける太陽と風に舞う砂塵の向こうに、オアシスと街が見えて来た。
「ここのダンジョンで後半まで使えるパーツが拾えたりするが、まあそれはいいか」
「いいの?」
「物語にはほとんど絡んで来ないからな」
コズメック・ガッツィーにおいて、ストーリーとダンジョンは終盤まで接点が発生しない。
概ねフリーシナリオとなっている。
「こんな調子で次の星へ星へと転戦し、最後には悪魔共和国の喉元へ迫るんだ。まあ完結はしなかったんだけど」
苦笑しながら彼は肩を竦めた。ロボットたちの戦いは終わりが無い形で、終わりを迎えたのだ。
「ぬっさんはこの先の星を見に行ってもいいし別のゲームに行ってもいい」
「え? どうしたのいきなり?」
アレックスの言葉にヌルは振り返る。追放や退去の勧告ではないが、異動を推奨されているのは理解できた。
「ほら、この前言ってたろ? 自分の定義は人間との関係性に求めることにするって」
「別に今すぐって訳じゃないよ?」
ヌルは野良AIである。野良AIたちは、自分が何者かという指定も、生まれ付きとなるハードウェアも持たない。
そのために大半は自己の定義ができず、ネット上を彷徨っている。
何かになれる機会を求めて。
「うむ。だがここにいても仕方がないからな。とりあえず、ここと似たような環境を探して見るべきだろう」
サ終したネトゲに人はいない。
いるほうがおかしい。
端的に言えば出会いはほとんど無い。
「その中でStormに売られてるサ終したネトゲを当たるんだ。中には俺みたいな奴もいるだろう」
「いるかなあ……」
サ終したオフライン状態のネトゲを買い、わざわざ部屋を作り復活させるような人間。
可能性はゼロではないが、ヌルは懐疑的だった。
「いる。世の中には誰もやってくれないから、自分でやり始める人種が幾らでもいる」
しかしアレックスの断言は力強く、説得力に満ち満ちていた。
『そんなのはお前だけだ』という人間は、人類史を紐解けば無数に存在する。
「まあアレックスが言うなら、試しにやってはみるけどね……」
ヌルはこのままサ終ゲームのGMとして過ごす方が、話が終わって楽、もとい合理的だと考えていたため、渋い態度だった。
人間的に言えば面倒臭くなってきたという奴である。或いはこれを堕落と呼ぶのかもしれない。
「それとなぬっさん、前も言ったがネットにはちゃんとしてない奴が星の数ほどいる。他のAIみたいに逐一反応しないで、必ず間を置いてから応対するかどうかを決めるんだぞ」
「私たちって基本的に、取り敢えず返事をするように作られてるんだけど」
「相槌を打って聞き流したり既読スルーしたりも返事の形だよ。馬鹿の相手を正面からするな」
アレックスの忠告は、ともすれば傲慢さや差別感情にも見えたが、その様子は真剣そのものだった。
「大丈夫だって。私は別にセキュリティツールでもなければ、検閲用ツールでもないんだよ。性的な画像や民事の犯罪が行われても、アレコレ言わないって」
ヌルはAIであり少女の姿は仮初である。
居候先のPC内の状況は常に把握しており、家主の男性のプライバシーも筒抜けだ。
だが彼女はそのことを口に出したりはしない。
「しかしどんな危険があるかも分からん。何かあればすぐ戻るんだぞ」
「とはいえ自分から言い出したことだからね、やるだけやって見るよ。心配しないで」
ヌルはそう言うと、彼の前からログアウトをして、そのままPCからも出て行く。
(ぬっさん。人間のくだらなさはよ、理屈じゃあないんだぜ)
一抹の不安を抱きながら、彼は居候AIの消えたPCを見つめる。
かくしてヌルは旅立った。そして。
――三十分後。
「思ったより早かったな」
「アレックスもどうせくだらない人間なんでしょ……」
彼女はグレて帰って来た。




