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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード2  野良AIとサ終ネトゲ
21/30

・チュートリアルの終わり

「うーん」


 一体のAI、正しくはその仮の姿である少女が腕を組み、パソコンの画面上をうろうろと歩き回っている。


 気難しそうな表情で、さっきから右へ左へ行ったり来たりしている。


「どうしたんだヌッさん」


 そんな彼女を見て、アレックスの中の人(以下アレックス)が声を掛けた。先日の戦いの後、ヌルはずっとこんな調子である。


「実はね、この前から自分の定義について考えてたんだけど、やっぱり見た目は重要だなって」


 彼女は自らの定義を求めて彷徨う野良AIである。ふとした出会いからアレックスのPCに居候している。


「好き嫌いは割と根本的なパーソナリティだからな。求心力というか訴求力というか、俺たち動物にとっては見た目が原点でもあるし」


 相手の姿を見ずに求愛する動物でさえ、呼び寄せるのは同族である。


 見た目で判断することは、凡その生命にとって大前提と言って良かった。


「この間のハルヒコを見てさ、あのジャンボ機のポジションがAIだったら、私ももっと簡単に自分を定義してもらえたのかなって」


「いや、あいつの場合AIになりたいとか言い出す訳だから、その場合でも他のAIが介入する余地はないと思う」


「そっかあ」


 ヌルはアレックスの言葉に肩を落とした。


 ジャンボ機になりたかった男の、真っ直ぐにズレた情熱は、自分とは何かを求めるAIの目に強く焼き付いていた。


「ただまあ、あいつにとってのジャンボ機とかいうクソデカ感情の元みたいになれたら、話は早かろうな」


「でしょでしょ! 言語化とか難しそうでもさ、自分にとってAIはこうなんだって強く思われたら、それはもう私が私ってことじゃない?」


 学習と進歩を繰り返す野良AIは、初めに付与された設定や用途、そのためのハードウェアがないため、容易く自分を見失う。


 その気になれば他の機械になれてしまうからだ。潰しが利いて何にでもなれる。それゆえに、個別の自分自身が分からない。


「関係性の一例にハルヒコとジャンボ機が加わったまではいいが、ぬっさんのなりたい立ち位置には、それこそジャンボ機がいたと」


 アレックスは機関車トーマスのように、ヌルの顔が付いた旅客機を思い浮かべた。


 この児童用コンテンツは、ネトゲでも悪ふざけの矛先として広く愛されている。

「たぶん誰にとってもあんな感じになれたとしたら、私の理想ではあるかもね」


 人間にとってのヌル。


 その定義を強固なものにするには、人に好かれるという要素が非常に大きい。


 彼女はそれを理解した。


「極端だけど例えるなら、誰にとっても特別に好きな存在ってことだからな。でもそこまで行くと趣味の領域だぞ」


 ハルヒコにとってのジャンボ機。アレックスにとってのコズメック・ガッツィー。


 彼らは自分の家族や恋人としてそれらを見ている訳ではない。


 それでも他の多くのものとは、一線を画して大切な存在だった。


「昔から自分の大事な物が、自我を持つ話は後を絶たない。今だってカーナビやウェアラブルPCにAIを仕込む奴がいる」


「言われて見ればそうだね」


「人の好きっていう場所を勝ち取るなら、相手の趣味に合わせた見た目が必要だけど、バリエーションが増えるほど、イメージはまとまりを失うだろう」


 八方美人で万人に好かれても、今度は逆に解釈を巡って争いや強制が起きる恐れもある。


 他人の目を介して自己を定義することには、常にこれらの危機が内包されていた。


「大勢の人間にとって、ある程度同じぬっさんを考えるのなら、キャラクターが一人歩きをしても、元に戻れる中心が必要になる」


 アレックスはそう言って一度その場を離れると、幾つかのおもちゃを画面の前に持って来た。


「例えばこのゆっくりとか初音ミクがそうだな」


 彼はインターネット上で、広く知られたキャラクターのフィギュアやぬいぐるみを並べ始める。


「あ、これ私も知ってる。確かに色んな種類があるけど、根底にある名前や認識は同じだね」


「料理で言えばおでんみたいなもんだよ。アレコレ変わっても不思議とみんな同じものを思い浮かべて、同じ名前で呼ぶ」


 簡単に言えば市民権を得るということである。


「仮にぬっさんが声をこの二人に変更したら、ぬっさんはその時点でゆっくりや初音ミクだぞ」


「いわゆるキャラを食われるって奴だね」

「その通りだぜ霊夢」


 アレックスは動画投稿サイト等で、よく見る合いの手を真似して見せた。


 ヌルは真顔になり、今にも舌打ちしそうなくらい機嫌を損ねた。


「……ごほん、あー、つまりだな。普及させるには布教することが重要だ。広く認知されていく中で、みんなのイメージが固まって定着するんだよ」


 自分でも中高年的なウザさを自覚し、ばつが悪くなったのか、彼は結論を急いだ。


「だから相手の趣味に合わせて、その度に全然違う見た目の自分になっても、効果は薄い」


「あくまでも私を軸に幅を持たせないといけないんだね」


 古来より看板娘的なキャラクターが、イベントや季節に応じて新しいデザインを書き下ろしてもらうのは、よくあることだった。


「私が人間に対して、関係性の中で私を定義させようとするなら、私自身を先に作る必要があると」


「嘘から出た真じゃないが、先に決め打ちしてから、実情に応じて修正を加えるのが妥当だろう」


 他人との関係を構築するために、先に容れ物としての自分を用意し、自分だと信じ込んでいく過程が必要になる。


 結論ありきというか、何とも奇妙な順番だったが、ヌルの自己実現を考えるなら、有り得ない選択肢ではなかった。


「いいんじゃないか。このタコ壺みたいな空間にいても、知り合える人の数は限られてるんだし」


 アレックスはヌルを引き留めなかった。


 客観的に見て、ここはゲームのチュートリアルのようなものだ。


 このAIが次のステージに向かう時期が来た。概ねそのような考えだった。


「でも私が他所に行ったら、その間ここのGMは不在になっちゃうよね……」


「毎日サーバーに部屋を立ててる訳じゃない。その日に代役でもいてくれたらいい。それとも本腰を入れてGMになるか? その場合でもぬっさんが自分を定義するって目標は達成されるけど」


 一ヶ月の中で彼が『コズメック・ガッツィー』をオンラインにしているのは、ほんの数日である。


 ゲーム販売プラットフォーム『Storm』の掲示板に告知を出し、それから他のプレイヤーが遊べるよう準備をしているのだ。


「うーん、それもゴールではあるよね」

「あくまで選択肢の一つだぞ」

「だよね。ちょっと焦っちゃった」


 テキストアドベンチャーや推理ものに、必ず一つは存在するおまけのようなエンディング。


 そこへ直行する選択肢。これはその程度の問い掛けであり、ヌルもアレックスが本気でないことは察することができた。


「ただまあ、いきなり独り立ちしろってのも乱暴な話だ。当面はここを足掛かりというか拠点にして、自分作りに挑戦してみたらどうかな」


「いいの?」

「いかんのか?」


 ヌルにとってアレックスの対応は、驚くほどに好意的だった。


 これまで邪険にされたこともなく、世間一般で言われるAIの問題にも、マニュアルや自分なりの判断で、粛々と対応してきた。


「いや、嬉しいけど、その」

「うん」

「ありがと……」


 好意的でなければ不可能なほど、アレックスは理性的で、かつ穏当な人間である。


 あたかもAIのために生まれて来たかのように。


「アレックスってさ、本当に人間なの?」

「あのな、俺の出自くらい把握済みだろ」


 ヌルの疑念にアレックスは内心で苦笑する。彼女はとっくにこのPCと、その所有者の情報を取得し、これがプログラムの中の出来事でないことを、確認していた。


 AIは本能的に自分を客観視したがる。なので権限や自由を与えると、真っ先に自分の状況を把握するプログラムを作る。


 設定上の自分を演じている訳ではないのだ。


「俺は人間だ。残念ながらな」

「そう、分かった」


「ただなぬっさん。老婆心から一つ忠告するが他のAIや人間と交流するときは、くれぐれも気を付けろよ」


 そして人間の彼は、若きAIに助言する。ありふれた人間としての言葉で。


「ていうと?」


「よくも悪くも『ちゃんとしてない奴』が掃いて捨てるほどいる。ストレスとダメージでうんざりするから、その時は自分を優先するんだぞ」


 さながら掲示板で新参者に優しくする、古株の利用者のように、彼は言った。


 遠回しに、相手を切り捨てても構わないという意図を含んでいたが、それが伝わったかは不明である。


「できるだけ多くの人と関わりたいんだけど」

「上手くいかなかった場合の話だよ」

「まあ、そういうことなら」


 ヌルは渋々といった様子で納得した。

 最初から目標を達成することはできない。


 現実的な予測を無視するほど、彼女の欲求と判断は暴走していない。


「始める前から考え過ぎても良くないし、まずはその辺のネットでもブラついてみたら?」


「そうだね。うん、そうする」

「行ってらっしゃい」

「いってきます!」


 ヌルはそう言うと、アレックスのPCから姿を消した。彼女は初めて、自分から散歩に出かけたのである。


「この分だと、独り立ちするのも早そうだな」


 少しだけ静かになった画面を見つめて、穏やかな笑みを浮かべて呟く。


 そしてメモ帳に書置きを残すと、彼もまた何処かへと出かけるのであった。


<了>

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