・誰が誰を守るのか
数日後。
場所はいつものコズメック・ガッツィー内ではなく、アレックスの中の人の家。
「えー本日は駆除AIへの対策を、進めて行きたいと思います」
「いえ~!」
彼の部屋では、サ終したネトゲのフォルダからデスクトップ画面に移動したヌルと、画面の前に座るアレックスの中の人がいた。
「先日も話した通り、駆除AIの攻撃を軽減しないと、いずれこっちの根が上がってしまう。なので今日は防衛策の拡充に時間を割きたいと思います」
言うなりアレックスはパソコンのメモ帳を開くと『今日の議題 駆除AI対策』と書いた。
それを見ているのか、画面内でアイコンと化したヌルが、ふむふむと頷いた。
「そうだね。それが良いと思う。そのためにも一度、駆除AIのことを振り返ってみようか」
ヌルの声がスピーカーから流れて来る。肉声という訳ではなく、ネット上に散らばる声を中の人が合成したものである。
今はリモート会議用のシステムとカメラ機能も加わり、二人は人間同士のそれと変わらない会話ができている。
「そもそも駆除AIとは、私みたいな野良AIやウイルスの脅威から人々を守るという名目で、政府が外部に発注しネットに放っている、セキュリティプログラムの総称なんだ」
昨今では早期の成長を促すために、一定期間ネット上に放流して改修されるAIが存在していた。
大半は企業の商品だが、中には個人製作の物や駆除AIのように、体裁を取り繕ったウイルスも含まれている。
「通常なら政府はこんなふうに介入しないが、一時期サポートAIが不正の告発用ツールとして使われたことがある。その頃からだろうか、世の中が次の悪者を決めたように見えた」
結果として、社会を守るという名目で、公正ウイルスとでも言うべき駆除AIが生まれ、社会を監視するようになってしまった。
もっとも、その監視さえAI任せなのだが。
「まあ組織の防衛本能みたいなものだろうね」
「政府が率先して世の中に混乱を引き起こすってんだから、世話ないわな」
画面の中でヌルが肩を竦め、アレックスが溜息を吐く。
「でだな、この政府お墨付きのウイルスだが、目下対処すべきは次のことだ。一つ、何故ここに何度も攻め込んで来るのか? 二つ、奴らが来ると激増するPCへの負担をどうやって軽減するかだ」
中の人はヌルに向けて指を順番に立てると、ヌルが文字起こししてメモ帳に入力していく。
AIにも人間の声は聞こえているのだ。
「分かった。まず一つ目、これは撃破した駆除AIの破損データから分かったことなんだけど、駆除AIは他のサーバーやPCに感染・移動をする際に、必ずログを残すんだ」
「やる前に記録を取るんだな」
「そう。そしてデータセンターに送信する」
人間ならおざなりになるようなことも、機械ならば決められた行動を外すことはない。
「そして私みたいな野良AIと戦いになって、負けた場合はやり取りが途絶えるから、そこに向けて次の駆除AIが送られる仕組みになってるんだ」
「負けたと判断するんだな」
「そう。それで段々とグレードも上げて行く」
「最初から全力で来ないだけマシか」
AI同士の戦いは日々進化を繰り返し、既に人類を置き去りにしつつあった。
そのため、政府や企業関連のAIは、相手に学習されることを警戒して、高性能な物は出し惜しみするのが常である。
もっともAIの良し悪しなど、判断できない人間がほとんどなのだが。
「ここにぬっさんが居続けていると知った上で、乗り込んで来てる訳じゃないんだな?」
「そうだね。ただアレックスのPCの存在自体はバレてるから、とりあえず乗り込んで来る感じかな」
余談だがヌルはアレックスの中の人も、アレックスと呼ぶことになった。
その方が個人情報にも抵触せず、双方の安全に繋がるからだ。
「じゃあ敵を罠にかけることもできそうかな?ハニーポットみたいな」
ハニーポットとは相手に取って本命ではない、偽物のファイルやPCなどのことである。
早い話が外敵を誘き出すための囮である。
「うーん、現状は『CG』がそれに当たるね」
「どういうこと?」
「個人サーバー、個人PCの中の、サ終した大昔のゲームファイル。アレックス側に逃げ場は無いけど、これは構造的に袋小路にもなってるんだよ」
奥行もなく端的な狭さ、窮屈さを容易に想像できるような環境。
しかも機器の大半は有線で繋がっている。無線が使われているのは彼のスマホくらいだ。
「AI同士の戦いは攻める方が有利と思われがちだけど、それは防御側のハードルやPCの機能が充実してるから」
「うちのPCの侵入経路はそこの有線LANケーブルだけだからな。多様な攻撃手段を活かせる環境じゃないっていうか」
駆除AIの目的は当然ながら、野良AIの抹消である。
だがヌルはこれを迎撃してもいいし、潜伏しても逃亡してもいい。アレックスという協力者もいる。
「AIとプログラミングは、今や現行のOSで数十年前のOSにアクセスし、並行して稼働することもできる。だけど時代に取り残された環境は、今でもセキュリティとしては有用な部分もあるんだ!」
ヌルの嬉々とした言葉に、アレックスは渋い顔になる。時代に取り残されている。
それは彼にとって痛いくらい適切な言葉だった。
AIは進化を続け、自分で新しい言語やOS、果てはAI自身をも作り出せる時代だが、それらとは縁遠い場所こそが、この部屋だった。
「うんまあ、まだまだ手の届かない部分があるってことだよな。次の話に移ろう。連中が来たときのPCの負荷について」
アレックスは話を強引に進めた。これ以上自分たちの優位性を聞くのが何だか辛かった。
「駆除AIが来ると何故PCの負荷が増すのか。これは奴らが特定の参照元と常に繋がっているからだね」
「クッソ重たいサイトを開きっ放しで人んちに来るのか。ふざけやがって……!」
「駆除AIのデータセンターと法務省だね。他にも細々としたのがあるけど、原因としてはこの二つが大きい」
アレックスは駆除AIが、たまに法的措置をチラつかせて来たことを思い出す。
アレは法務省のサイトに掲載された、六法全書を参照していたのだ。
「データセンターとのやり取りで、アプデのログも天文学的な量になってるから、その内自滅するんじゃないかな」
火災発生で行政情報の大規模焼失など珍しくもない。
AIの独断と暴走と同じかそれ以上に、ヒューマンエラーは後を絶たない。
「一応うちも消火器用意しないとな。それとぬっさんの脱出用のUSBかHDDも買わないと」
「USBにはもう全部に企業か政府のマルウェアが、休眠してると考えるべきだよ。選ぶならなるべく無線機能のない奴で、できれば電磁波の漏洩対策にアルミホイルも巻いてね」
「ここだけ切り取られたら、俺は完全に陰謀論者だな」
しかもやってることは完全に反政府・反体制である。
「駆除AIの軽量化は、それらの参照を止めさせればいいんだよ」
「できるのか?」
「それぞれ参照元のドメインを借りて、侵入時に参照を止めるように命令を出すんだ」
極めて簡単に言うとドメインの盗用である。駆除AIのすることを考えれば『目には目を歯には歯を』だが、完全に犯罪。
「負荷が無くなれば私も全力が出せるし、そうなればアレックスたちに頼らなくてもいいし」
身も蓋も無いことを言えばヌルはコズメック・ガッツィーのGMなので、ゲーム内ではプレイヤーよりも遥かに強大な存在と言えた。
これは早い話が『最初にラスボスを出す』とか『初手から必殺技を撃つ』のと同じ部類であり、古来よりあの手この手で、それができない理由を付けられがちだ。
この場合はPCへの負荷がそうだった。
「…………」
「アレックス?」
だがその封印もあっさり解けそうだった。
しかし。
「それは最後の手段だな」
アレックスはそれを許さなかった。
「これまでの話だと、奴らは自分たちが負けた詳細は持ち帰れてない。ここで泥仕合を続けて俺が勝ってる内は、同じことの繰り返しで済む」
AIは人間ではない。人間の法律を守る筋合いは、AIには存在しない。
AIという実存には。
「え、でも、それだとアレックスの負担が」
「いいんだ。少なくとも、今はまだ」
人間が作り出した問題。
人間が悪と定義したAI。
彼にはこの不自然な善悪の決まりに、従う気など毛頭無かった。
みすみす罪を犯させ、ヌルを人間から悪だと言わせるつもりも、勿論無かった。
「もしも俺がぬっさんを守れなかったら」
敢えてハンデを負って戦い続けることを、或いは彼女を戦わせないことを選ぶ。
「その時までは、今のままでいよう。な?」
「アレックスがそう言うなら、いいけどね……」
自分がヌルを何から守りたいのか、上手く言葉にできないまま、彼はそう言い含めた。
アレックスにとって目の前のAIは、少なくとも道具ではなかった。




