27.ジーナの話(1)
今から10日前の真夜中、ジーナはウィルの部屋を訪れていた。
突然叩かれた扉の音に、ウィルは紙の上で動かしていた手をふと止める。
注意深く耳を澄ませた後、ゆっくりと部屋の扉へと近づいた。
ガチャリと扉を引き開けると、そこにはジーナが立っていた。
廊下の僅かな灯に照らされて、ジーナは小さく微笑みながらウィルを見つめている。
「えっと………何の用だ?」
ウィルが注意深く尋ねると、ジーナはにっこりと笑った。
「君に話があるんだよ。少し部屋に入れてくれないかな?大丈夫、夜這いに来た訳じゃない」
「よ、夜這いって……。まあ、入れよ」
真剣な雰囲気から一転して、少し拍子抜けしたように、ウィルはジーナを部屋へと引き入れた。
二人は部屋に置かれたテーブルを挟み、向かい合って席に着いた。
ウィルは自分の机に置かれた灯をテーブルへと移動させる。
薄暗い部屋の中、二人はしばらく無言で互いを見つめていた。
「で、話ってのは……」
ウィルが遠慮しつつ尋ねると、ジーナはやっとその口を開く。
「少し長くなるんだけどね。私が知っている過去の話と、未来の話だよ」
「過去と、未来……?」
「まずは過去から始めよう。過去と言うより、私が知っている歴史についてだ。今から説明するのは、ある男の生涯の話だ」
「はあ……」
何だかよく分からないが、わざわざ真夜中に部屋を訪れてきたのだ。
大事な話なのだろうと考え、ウィルは黙って耳を傾ける。
「それは、ある男の生涯についての話だ。
その男は、幼い頃から魔術に長けていた。物心ついた頃から、生まれ持った土属性の魔法を無詠唱で操る事ができたぐらいだ。
好奇心が旺盛で、非常に勉強熱心で、幼いながらに本を読み漁っては、様々なものに興味を持った。周囲はその子供を神童と称え、将来は偉大な研究者になると期待した。
やがて成長し、魔術学校を飛び級で修了したその男は、自らの研究に専念し始める。
しかし、その頃になると、周囲の目は少し変化していた。
その男は、周囲が期待するのとは別の方向へ、その才能を注ぎ始めたからだ。
男は人工的に魔法を造り出す魔法陣を考案し、全属性の魔法を操る事を願った。
さらには魔法陣で空を飛んだり、時空間を操ったりと、まるで夢物語のような空想を追い続けたんだ。
男の研究が無駄であると、冷ややかに囁く声があちこちで聞こえた。
それでも男はめげずに、魔法陣の研究を続けた………」
そこでジーナは一息つく。
ウィルはポカンと口を開けて、唖然としてジーナを見つめていた。
それはまるで、ウィル本人の人生そのものだったからだ。
アルクがジーナに話したのだろうか?
だが一体何のために、ジーナはそれを今、自分の前で説明しているのだ?
戸惑うウィルを余所に、ジーナは再び話し始める。
「その男は数年の研究の後、ついに人間が行使できる転移魔法陣を完成させる。それも、空間だけではなく、時間を転移する魔法陣を」
「なっ………そ、それは………本当なのか?」
愕然として尋ねるウィルに、ジーナはこくりと頷く。
「ああ。これは私が知っている歴史だよ。………とにかく男は魔法陣を完成させた。ただし、空間転移だけならまだしも、時間転移というのは、人間の神にとっては完全なる禁忌だ。
人間の世界においては、時間を操るのは神だけに許された行為であり、人間がその力を手に入れることを、この世界は良しとしない。そもそも人間は、時間を遡ることができるという事実すら、知る事を許されていない。
時間転移の魔法陣が完成するまでに、実際その男は何度も、自然の摂理に飲み込まれて命を落としかけた。………そして実際に、魔法陣を完成させた直後に、その男は命を落としている」
「そ、そんな………」
ウィルはそれを、完全に自分の話だと信じて聞いていた。
ジーナが未来の話をしていることを、なぜか疑いもせずに受け入れてしまう。
「だけど完成した魔法陣は王室により厳重に管理され、未来の世界でも保管されている。神からの啓示を受け取ると言われる王室の神父にしか、その存在は知らされていないという。
その魔法陣は重要機密として扱われ、一度も人類によって行使されないまま、未来へと受け継がれている。
これが私が知っている、過去に存在した偉大な研究者の生涯と、その男が残した魔法陣についての話だ」
しばらくの間、沈黙が部屋中を満たした。
ジーナはウィルの様子をじっと観察した後、次の言葉を続けた。
「そして、今から話すのは未来の話だ。
今から四百年後の未来、人間の世界は終わりを迎える。その時代の勇者は破れ、人間の神は力を失い、世界は魔王により支配された。……その時代では、人々はもはや命が尽きるのをただ待つだけだ。持ってあと一か月で、人間の魂はこの世界から完全に消滅するという。そこにはもはや輪廻は存在しない」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。急にそんなこと言われても、ついていけねえよ!」
ウィルは思わずジーナの言葉を制止した。
「さっきの研究者の話だってそうだ。すっかり聞き入っちまったが、そもそもなんで、そんな事があなたに………。いや、違う………それはもう分かってんだが………」
ジーナはウィルの顔を見つめながら、にっこりと笑った。
「やはり君は頭が良いね。その通りだよ。私が全て知っているのは、私が未来から来たからだ」




