6-6 弱者の勇気
良也の霊力通信から少し遡る。
トンネルの中では、早馬と聖菜が悪霊と対峙した直後、大きな変化が起こっていた。二体の雑霊が周囲の穢れを取り込んで悪霊化したのだ。
新たに赤い目を携えたその二体は、己が強くなったのを確信したかのように動き出した。二体とも突進し、早馬と聖菜を素通りしてトンネルの出口へと向かっていく。
残りの一体はそれに少し遅れて、早馬に突撃する。
聖菜がすぐに割り込み、悪霊を蛇矛で弾き返した。
「こいつはあたしが止める! 早馬はあの二体をお願い!」
「了解!」
早馬は踵を返し、浄化対象を追う。
元雑霊の悪霊二体は、結界に向かって突き進んでいる。おそらく、このまま結界を破って外に出るつもりなのだろう。外には幽霊の中山美樹と四人の大学生が居る。悪霊たちの狙いは、この五人だ。
「ふざけんじゃねえぞ……俺たちのほうが霊力多くて食べ応えあるだろうが!」
早馬は両手を突き出し、出口付近の結界に霊力を注ぐ。
結界の青色が濃くなり、強度を増す。そこに悪霊二体が激突した。早馬はさらに力を込め、その二体をトンネルの内側へと弾き返す。
早馬は追加で立方体結界を張り、二体の悪霊をその狭い空間に閉じ込めた。
当然のごとく、悪霊は拘束から逃れようとして青い霊壁に体当たりを繰り返す。衝撃を受けるたびに結界には小さなヒビが入り、早馬はそれを修復し続ける。
「暴れるんじゃねえ! 今張ってる結界で、もういっぱいいっぱいなんだよ俺は!」
早馬は思わず悪態をついてしまう。
その直後に、彼は後方を一瞥した。トンネルの中央部で、聖菜は悪霊と一進一退の攻防を繰り広げている。
このような狭い空間では、やはり蛇矛のような長物は扱いづらいのだろう。そうでなくても、浄化の退魔師が一人で悪霊と戦うのは厳しいものがある。
早馬は結界で、聖菜は接近戦で、それぞれ悪霊の足止めをしているが、これが限界だ。相手の霊力を削り切るには至れない。
「これじゃ浄化できねえ……ジリ貧じゃねえか……」
早馬は歯ぎしりをし、あの二人の姿を思い浮かべた。
そこに、良也の言葉が頭の中で響いた。
『そー君! 無理だよ! あのバカたち帰ってくれないよ!』
「マジかよ……こっちもヤベェってのに!」
待ち望んだ声が届いたのかと思えば、向こうも苦戦しているようだ。大学生も悪霊も予想外の行動をとって、浄化任務をより困難なものにしている。だからこそ、状況を正確に伝える必要がある。
早馬は顎から汗を滴らせ、叫んだ。
「俺と聖菜だけじゃ無理だ! 雑霊が二体とも悪霊化しやがった! 完全にレベル3の任務だ! 良也と鈴の力が必要だ! 早く来てくれ!」
情報を伝え、救援要請をした。自分に今できる最善のことだった。
しかし、早馬はすぐに頭を横に振った。
「いや! ダメだ! 大学生のバカどもが戦闘に巻き込まれる! 中山美樹さんだって悪霊に狙われてる! こっちに来るな! 大学生をそのまま止めてくれ!」
彼は良也と鈴に強い口調で言いつけた。
救援要請をするくらいなら、初めから四人で悪霊を素早く浄化すればよかったのだ。しかし、それができないからこそ二手に分かれた。今さら合流したところで、泥沼の戦場に大学生が突っ込んでくるという最悪の結果を招いてしまうだろう。
このままでは悪霊が結界を突破し、大学生や中山美樹に危害が及ぶ。だが、大学生が退散しない以上、良也と鈴を呼び寄せるわけにはいかなかった。
そんな早馬の葛藤を察し、鈴はワゴン車を抱き止めながら叫んだ。
「良也くんだけでも行ってあげて! このままじゃ早馬くんとセーナが危ない! この車はわたしが押さえておくから!」
「わ、わかった!」
良也は鈴を心配しながらも、トンネルに向かって駆け出した。
彼が戦闘に加われば、三対三となって数の不利は解消できる。悪霊の足止めはかなり楽になるだろう。上手くいけば、浄化にまで漕ぎつけるかもしれない。
「わたしが止め続ければ……問題無い!」
鈴は歯を食いしばる。
車に押し負けて、一歩、また一歩と後退してしまう。それでも、足止めとしては上出来だ。このまま、浄化が終わるまで耐えればいい。
鈴は勝利を確信し、不敵な笑みを浮かべた。
その瞬間、彼女の体がフッと軽くなった。
「あら? どうしたのかしら……?」
困惑しつつも、鈴は数歩前進した。そこで強烈な違和感を覚えた。車を押し返すほどの余裕は無かったはず。押し返したにしても、もっと重く感じるはずだ。
「……まさか!」
鈴は後ろに飛び退き、車を見上げた。
車は進まない。アクセルが効いていない。そのうえ、ライトが消えていて、機械の駆動音も聞こえない。
(エンジンを切った……っ!? 諦めて帰るなら、そんなことはしないはず! つまりあのおバカさんたちは……!)
鈴の懸念は、すぐに現実のものとなった。
車のドアが次々と開き、薄着の大学生四人が全員降りてきた。スニーカーの靴底と地面が触れ、湿った音がじんわりと広がる。そして、ドアを閉める衝撃音が空気を揺らした。
「ぬかるみにでも突っ込んじまったか~?」
運転手のツヨシが車体の下をのぞき込む。そんな彼の背中を、助手席に座っていたカナコが楽しそうに叩く。
「どうでもいいじゃ~ん? 歩いて行こ! そっちのほうが雰囲気あるし?」
カナコに言われ、ツヨシは上体を起こして目的地の方向を見る。
その横で、ヒデキとサナエは震えていた。
「ったくよ~。写真撮ったらさっさと帰ろうぜぇ」
「絶対ヤバイって……やっぱ帰ろうよぉ~」
二人はそう言って怯えながらも、カメラと懐中電灯の用意をしていた。
鈴は声を張り上げた。
「早馬くん! 大学生たちが車から降りてきた! 歩いてトンネルに行くつもりよ! トンネルまで三分くらいしかないわ! 殴って気絶させるしかない!」
その言葉には、彼女の焦りが滲み出ていた。
車上で足止めを試みている間に、かなりの距離を移動してしまっていた。大学生が車から降りたのはよかったが、トンネルまで近すぎる。今から早馬たちの救援に向かったところで、大学生が到着するより先に悪霊の浄化を完了させることは不可能だ。
そんな焦燥にかられた鈴を、早馬がテレパシーで制す。
『やめろ! テメェが殴ったら死ぬぞ! 霊力活性化してるだろうが! あと、俺らはヒト相手の訓練は受けてねぇ! そんな器用な真似ができるか!』
「だったらどうするのよ!」
『とにかくこっちに来い! 大学生は車から降りたんだ! 時間稼ぎは成功だ! 三分でケリつけりゃいいんだ! できなくてもやるしかねえんだよ!』
「絶対間に合わない! 一般人を巻き込むつもりなの!? だったら腕を折ればいいじゃない! 腕なら死なないし足止めにもなるし、さすがにこんなバカでも帰るでしょ!」
『一般人ケガさせてどうすんだ! いいから早くこっちに来てくれ!』
退魔師二人は怒鳴り合う。
早馬の言う通りにすれば、退魔師としての使命は全うできるが大学生たちを戦闘に巻き込んでしまう可能性がある。鈴の意見を実行すれば、大学生たちを確実に戦闘から遠ざけることができるものの、一般人に危害を加えたとなれば退魔村や霊能協会が黙っていないだろう。
そうしている間にも、大学生たちは一歩、また一歩とトンネルに近づいていく。
「あ、あの!!」
そこに、新たな声が聞こえた。
退魔師たちの霊力通信に、女幽霊の中山美樹が割り込んできたのだ。
「わ、私が、大学生たちを追い払います! だから鈴さんも早馬さんのところに行ってあげて! 大学生たちの目的は怨霊の私でしょうから!」
彼女の言葉に、退魔師たちは思考を失った。体はこれまで通りに動いているものの、頭は完全に呆けてしまった。
数秒経って、早馬が激怒した。
「何言ってんだあんたは! もう人を驚かさないって約束しただろ! それに、あいつらにあんたが視える保証はあんのか! 下手に動くな! 隠れてろ!」
彼は言葉を取り繕うことなく女幽霊を威圧する。
しかし、中山美樹は怯まなかった。
「姿を見せることくらいできます! 今までやってきました! この場所を心霊スポットにしたのは私ですよ! このまま私が何もしなかったら、あなたたちが死にます! そうなったら、私も、大学生たちも悪霊に襲われて、また新しい悪霊になるんですよ! それでもいいんですか!」
彼女も早馬に向けて声を張り上げた。
その必死の訴えは、早馬の心に届いた。
確かにここままいけば、大学生たちは無事では済まないだろう。女幽霊の力を借りるしか、この状況を打開する術はない。
早馬は大きく息を吸い、静かに吐いた。
「わかりました。大学生のことは、あなたに任せますよ。中山美樹さん!」
「は、はい! お任せください!」
女幽霊はそう言うや否や茂みから飛び出し、トンネルの前に立った。
早馬は弾むような声を上げる。
「聞いた通りだ、鈴! 良也! 俺たち四人で悪霊を浄化するぞ! あとのことは中山さんに任せて、今すぐトンネルに入ってこい!」
「了解!」
「もう向かっているよ!」
鈴は反転し、トンネルへ駆け出す。良也も走り続けていた。
中山美樹のそばで鈴が良也に追いつき、二人はその女幽霊の横を走り抜ける。
「あの四人のこと、よろしくお願いします!」
「最凶怨霊の実力、見せてくださいね!」
鈴と良也は彼女にそう言って、トンネルの入口へと突っ込んだ。
その直前、入口を塞いでいた霊壁が悪霊によって打ち破られてしまった。それに伴い、トンネル全体を覆っていた結界も崩れ、青い光の粒となって霧散する。
悪霊二体が、獲物めがけて外へと飛び出した。
鈴は瞬時に鞘付きの刀を霊力で生成し、間髪入れずに抜刀。眼前の悪霊二体に向けて水平斬りを繰り出した。
鞘から放たれた超速の刃が悪霊の体を一閃し、そこに深い傷が刻まれる。
続けて良也が突撃し、悪霊二体に接近。片手をそれぞれの悪霊に触れさせ、霊力を放つ。手のひらから前方向のみへの爆発を起こし、相手を二体同時にトンネル内部へと吹き飛ばした。
悪霊の体から大量の黒い霧が噴出し、消えていく。霧が晴れると、悪霊のさらに向こう側に早馬の姿が現れた。
「良也、鈴。よくやってくれた。正直、もうダメかと思ったぜ……」
彼は肩で息をしながら、二人に向かって笑ってみせる。そして右手から霊力の鞭を伸ばし、それを一体の悪霊に巻きつけた。
「俺と聖菜で悪霊を二体引き付ける。その間に、良也と鈴はその一体を浄化してくれ!」
早馬はそう指示して鞭を縮ませると、体を回転させながら聖菜に向けて悪霊を投げ飛ばした。
「受け取れ聖菜ああああああああああああああああああああああ!」
その聖菜は、トンネルの中央部で悪霊と戦っている最中だった。
「無理言うな早馬ああああああああああああああああああああああああ!」
聖菜は悲痛に叫んだ。
それでも彼女は戦闘中の悪霊を蛇矛の石突で殴って怯ませ、投げ送られてきた別の悪霊を穂先で突いて受け止めた。
「ナイスキャッチ!」
早馬は走りながら聖菜の後方に向けて霊力弾を放つ。その光弾は彼女に襲いかかろうとした悪霊を見事に捉え、着弾後の爆発で黒い霊体を奥へと吹き飛ばした。
その直後、聖菜は受け止めた悪霊が動き始めたのに気づき、蛇矛を振りかぶってその悪霊を後方へと投げ飛ばす。
そこに早馬が到着し、退魔師二人と悪霊二体が向き合う態勢となった。
早馬が聖菜の左隣に並び、結界を張り直す。トンネル全体を覆う程の力はもう無いため、ごく一部の空間を隔絶しただけだった。ただ、これでも戦闘するには十分な広さがある。
横のパートナーに向けて、早馬が不敵な笑みを浮かべる。
「無理じゃねえよ。ここからは俺とお前、二人一緒だからな」
聖菜は思わず鼻で笑う。
「カッコつけてんじゃないよ」
「ここはカッコつけるところだろうが」
「ふふっ、確かに」
聖菜は笑いながら、左ひじで早馬を軽く突く。
「でも、悪霊をあたしに投げつけるのはどうかと思うよ」
「お前を信頼してんだよ」
「どうだか。下手したらあたし死んでたっての」
「そこまでヤワじゃねえだろ」
二人は軽口を叩き合いながらも、攻撃態勢を整えていた。
怯んでいた悪霊が、黒い霊力を活性化させながら浮かび上がる。
「さて、お前らの相手は俺たちだ」
「あの世に行くまでの待ち時間……あたしたちが遊んであげるからね!」
早馬と聖菜は啖呵を切って、悪霊に攻撃を仕掛けた。




