6-7 最凶怨霊ここにあり
一方、トンネルの入口前では、中山美樹が両足を地につけて立っていた。
彼女の目は、大学生たちをしっかりと捉えている。その四人は恐怖と楽しさの混ざった声を上げながら、こちらへと徐々に歩み寄ってくる。
背後のトンネルからは、青白い光が何度も弾けるのが見え、鈍い音や甲高い音が絶え間なく聞こえてくる。
「あの人たちが必死に戦ってるんだ……私がここで止めないと、みんなが危ない……っ!」
中山美樹は拳を握り締め、深く呼吸をする。
「視えるように、波長を合わせて……あの人たちに、霊力の弱いあの人たちに私が視えるように、私の声が聴こえるように、心を、体を、合わせて、合わせて……」
彼女は真剣な表情で、強く念じる。
そうしている間にも、大学生四人は距離を詰めてくる。先頭を歩く金髪男のツヨシが、わざとらしく右手を目の上に添えた。
「おう! トンネルが見えてきたぜぇ!」
「カメラカメラ! ねえねえヒデキ! カメラ用意できてる!?」
茶髪女のカナコは心底楽しそうに後ろを振り向く。
「ちょ、ちょっと待ってくれよォ! できてるけど、ホントに撮るのかよォ! ちょっ、サナエ! くっついたら写真撮れねえだろォ!?」
「マジ怖いんだけどぉ! 呪われたくなぁい!」
黒髪ロン毛男のヒデキは顔を歪めながらも一眼レフカメラを両手に携え、黒髪ショートの女サナエはヒデキの腕にしがみついて泣き喚いている。
自分たちを守るための死闘がすぐそこで繰り広げられているというのに、それ知らずに肝試し気分でいる四人の大学生。
そんな姿を見て、中山美樹は歯ぎしりを抑えられなかった。
「あんなやつら、私の大学にもいっぱい居たな……どうせどこかの三流大学だろ……楽しいのは今だけだぞお前ら……」
心なしか、彼女の周囲に赤黒いモヤが立ち昇る。
女幽霊はすぐに我に返って首を左右に振った。
「いけない! 集中、集中!」
中山美樹は両手を胸の前で叩き、強く押し付け合った。彼女が再び念を込めると、赤黒いモノは煙のように消えていった。
大学生四人はトンネルの十メートル手前まで来て、一旦止まった。
トンネル内での戦闘はまだ続いていて、その音と閃光がひっきりなしに漏れ出している。しかし、霊感の無い大学生たちには、それは一切視えもしないし聞こえもしない。
真っ暗な中、トンネルを見つめる大学生四人。
ここでしびれを切らしたように、ヒデキが金切り声を上げた。
「もういい! とっとと写真撮るぜぇ!」
彼はいまだに腕にしがみついているサナエを振りほどき、カメラを構えて高速でピントを合わせて三回シャッターを切った。
カメラのフラッシュでトンネルの入口が明滅する。中山美樹もその光を受けたが、彼女は目を閉じることなく大学生たちを見据えていた。
ヒデキは急いでカメラを下ろす。
「よし撮った! なんにも見えねえけど、なんか写ってたら儲けもんだろ! じゃ帰ろうぜ!」
彼は前方のツヨシとカナコに向けて喚く。
しかし、その二人は意地の悪い笑みを浮かべてヒデキに振り向いた。
「え? ここまで来て、それはありえないっしょ?」
「トンネルの中に入ってぇ、向こうの出口まで行ってぇ、ついでに兵隊の基地みたいなところも見なきゃ損っしょ? まさか男のくせにビビってんの?」
ツヨシとカナコの挑発的な言葉に、ヒデキは乗ってしまった。
「び、びびッてねぇし! な、なぁサナエ!」
「知らなあああい!」
サナエはヒデキの腕に再びしがみつき、泣き叫ぶ。しかし、サナエにはこの状況を密かに楽しんでいるような雰囲気があった。
大学生四人は再び歩き出し、トンネルへと近づいていく。
彼ら彼女らには、まだ幽霊の姿が視えていない。自分たちが戦場に足を踏み入れようとしていることにも気づいていない。
中山美樹は焦った。
「来るな! 来るな! 来るなぁ! 入ったら巻き込まれる! 怨霊の私はあなたたちを殺さないけど、本能で動く悪霊はあなたたちを殺してしまう! だから入るな! 来るな! 立ち去れ!」
彼女は必死で念じて、波長を合わせていく。
その一方で、ツヨシとカナコは愉快そうに笑っていた。
「つーか、ヒデキもサナエもビビりすぎだっての。幽霊なんかいねぇって」
「そーそー。どーせ作り話でしょ? まぁ、でも、面白いからいいけど。とくにあんたたちの反応が」
この二人が後ろの二人を茶化す。
どうやら、ツヨシとカナコの主な目的は、心霊スポットそのものではなくヒデキとサナエをからかうことにあるようだ。
染髪男女はトンネルに背を向け、怯える黒髪男女を眺める。
その時、冷たい風が吹いた。
周囲の気温が急激に下がり、四人は思わず身を震わせる。
「なんか寒くね? 山ナメてたわ」
「コート持ってくればよかったなぁ」
ツヨシとカナコは身を縮ませて呑気に笑い合う。
だが、ヒデキとサナエは肩を下げたまま、口と目を大きく開けて呆然としていた。
「ん? どうした?」
「もしかして漏らした~?」
能天気に訊いてくる二人をよそに、ヒデキとサナエは震える手でトンネルを指差した。
「あ、あ、あれ……」
「う、うそでしょ……」
ヒデキとサナエはうわ言のように呟く。
二人の様子を不思議に思いつつも、ツヨシとカナコもトンネルに目を向けた。
その瞬間、四人は息を呑んだ。
目の前に、見知らぬ女の姿があったのだ。その女は白装束で、長い黒髪で、脚が見えない。トンネルの前に立ち、両手を強く合わせながら、俯いている。
「タチサレ……」
女幽霊の低い声が、四人の頭に響く。
さすがのツヨシとカナコも、目を丸くした。
「……は?」
「……ゆ、ゆうれ、い?」
大学生の四人全員が女幽霊の存在を認識する。この世のモノではない何かが、怨念にまみれた何かが、自分たちの前に立ち塞がって、声をかけてきたのだ。
四人がこの状況を理解した直後、女幽霊が顔を上げた。そして、その血走った目で大学生たちを睨みつけた。
「ココカラタチサレエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
女幽霊の叫び声が空気を震わせ、木々がざわめき、鳥が一斉に羽ばたく。
周囲が静かになる。それから一呼吸置いて、四人が絶叫した。
「うわああああああああああああああああああああああ!?!?!??!?!?!」
先に駆け出したのはツヨシとカナコだった。威勢の良かった二人は振り向きざまに他の二人を押しのけて逃げていく。サナエは尻もちをつくが、ヒデキに手を取られて立ち上がる。この二人も恐怖感に駆られてすぐに走り出し、トンネルから離れていった。
四人は全速力でワンボックスカーに飛び乗る。車は急バックからの急旋回をし、急発進で山道を引き返していった。
大学生たちが立ち去り、森が静かになる。
巷で噂の最凶怨霊こと中山美樹は、大きく息を吐く。それから崩れるようにその場に座り込んだ。
「あ、あぁ……よかったぁ……」
彼女は再び大きなため息をつき、胸を撫で下ろす。
「やりましたよ、退魔師さん……っ!」
女幽霊はトンネルに顔を向け、掠れながらも弾んだ声で言った。
しかし、その暗闇の先では青い光と金属音が弾けている。退魔師と悪霊の戦闘はまだ続いているのだ。
中山美樹は四人の少年少女の身を案じながら、トンネルを見つめた。




