6-5 招かれざる客
その時、中山美樹が急に泣き止んで顔を上げた。
「はっ!? 誰か来る……っ!」
彼女は険しい表情で、山道の先を見つめる。
そのただならぬ雰囲気に四人は振り返り、聖菜が中山美樹に向かって声を上げた。
「なんですって!?」
聖菜の声は半ば怒号に近いものだった。
しかし、女幽霊はそれに反応することなく、暗闇の向こうを睨みつけている。
「こ、これは……たぶん、ワゴン車が一台……四人……男女二人ずつ……若い……大学生、かな……? そんな、気配……」
世間では怨霊と言われている彼女が、ゆらりと立ち上がった。
「浮かれたヤツらめ……驚かしてやるっ! ……あ、ダメだ。さっきしないって約束したばかり……」
中山美樹は怨念を抑えつけ、その場にしゃがみ込む。
それと同時に、早馬がトンネルに振り向いた。
「なっ!? くそっ! 悪霊が動き出しやがった! 他の二体の雑霊まで! しかもこっちに向かってきてる!」
彼は周囲が聞き取れるように声を上げた後、歯ぎしりをする。
悪霊一体と雑霊二体を相手にするだけの、本来なら簡単な任務だった。守るべき存在が新たに出てきたところで、大した障害にもならなかった。しかし、浄化対象が急に動き出しただけでなく、四人もの一般人がこちらに向かってきているというではないか。
早馬は体の向きを変え、女幽霊に視線を突き刺す。
「おい! 中山美樹さん! 人が来てるってのは本当なんですか!」
「ほ、本当です……っ! ひ、人の気配には敏感なので……っ!」
中山美樹は山道を見つめながら、怯えるように背中を反らした。早馬は間髪入れずにその背中へと質問を投げかける。
「あと何分で来る!?」
「さ、三分くらいかと……っ!」
彼女は上半身を伸ばしきったまま、すぐに答えた。早馬の様子から、今は一秒を争う状況なのだと理解したからだ。
早馬はその回答を信じ、目を閉じた。
「三分……悪霊一体と雑霊二体を俺たち四人で浄化するには……少し足りない。戦ってる時に大学生がトンネルに入ってきたら、下手しなくても悪霊に襲われる……だったら!」
早馬は目を開け、声を張る。
「俺と聖菜で悪霊と雑霊を足止めする! 良也と鈴は大学生を追い返せ! その後に四人で浄化する! 中山美樹さんはそこに隠れてください!」
「「「了解!」」」
「は、はいいいいいいい!」
早馬の指示が全員の耳へと明確に届き、それぞれが行動に移る。
聖菜は先にトンネルの中へ駆け出し、良也と鈴はトンネルとは反対側の山道へと走り出す。そして、女幽霊は近くの茂みの中へ飛び込み、姿と気配を完全に消した。
全員が指示通りに動いたのを確認すると、早馬もトンネルに駆け込んだ。彼は自分の体を青白く光らせて視界を確保する。
トンネルは非常に狭く、高さは三メートルほど。横幅にいたっては二メートル。ここでの戦いは、動きをかなり制限されたものになるだろう。
先に突入していた聖菜が、その手に蛇矛を作り出す。
向かい側の入口から、悪霊一体と雑霊二体が侵入してくる。それを目で捉えた彼女は、両手に武器を構えた。
「もう来たの! トンネルを通るなんて、随分と律儀な悪霊だね!」
聖菜は地面を踏み締め、突撃する。
飛行速度を上げた悪霊と、彼女の蛇矛がぶつかり合う。蛇行した刃が黒い球体に突き刺さり、黒い霧が噴き出す。
そのまま聖菜は押し込もうとした。しかし、悪霊の体から二本の手が生え、穂先を掴まれてしまう。悪霊は刃を体から引き抜くと、蛇矛ごと聖菜を押し飛ばした。
そこに、早馬の声が響いた。
「結界!」
彼の喝と同時に、トンネルの内側が青い半透明の膜に覆われた。両端の出入口も半透明の壁に塞がれ、この場は密室状態となる。
早馬の到着から一拍置いて、聖菜が彼の右隣に着地する。
浄化対象も、悪霊を中央にして三体が並んだ。三体すべてが輪郭の定まらない、不定形タイプ。霊力は弱い部類だが、触手や腕を自在に生やしてくるため攻撃が読みにくい、厄介な相手だ。そのうえ、悪霊から漏れ出る穢れを受けて、雑霊の色が濃くなっている。
早馬が舌打ちをした。
「実質的に、悪霊三体じゃねえか。この狭い場所で任務レベル3かよ」
「それでも、ここから先へは行かせないよ!」
トンネルの中央で聖菜が檄を飛ばし、その声が響き渡る。二人は構え直し、中山美樹や大学生たちを狙う悪霊に立ち塞がった。
一方、良也と鈴は大学生たちを帰すために山道を走っていた。
「こんな時に悪霊が動き出すなんて、最悪のタイミングだよね!」
「霊能力者が四人、幽霊が一人、一般人が四人。こんなに集まっていたら、悪霊にとっては格好の餌場よね!」
そう言う二人の前方に、白いワゴン車が向かってくるのが見える。未舗装の山道を走るにしてはスピードが少し速く、車体が上下左右に揺れている。運転席には金髪の男、助手席に茶色長髪の女、後部座席には黒色ロン毛の男と、化粧の濃い黒髪ショートヘアの女。中山美樹の言う通り、車の中には二十歳前後の男女が四人乗っている。
救うべき対象を見つけ、良也と鈴は一時的に立ち止まった。
「どうやって追い返そう。力づくで止めるしかないのかな。それとも話し合う?」
「年下の話なんて聞いてくれないでしょ。早くしないとセーナたちが危ない。わたしと良也くんで心霊現象を再現して、驚かせてみるしかなさそうね。それでダメなら力づくよ」
鈴はそう言って跳び上がり、ワゴン車に向かって飛んでいく。
良也はその場で両手を挙げ、霊力を指先に込める。
「心霊現象って……こういうのでいいのかな!?」
彼は両手を振り下ろし、前方に向かって石粒サイズの小さな霊力弾を複数同時に放った。
霊力弾は地面に当たって閃き、その衝撃で土や石を弾き飛ばす。それらがワゴン車のフロントガラスに飛び散り、甲高い音を立てた。
「うおおおっ!? なんだあああ!?」
運転手の金髪男が驚いてブレーキを踏み、車体を急停止させる。強い慣性を受け、大学生たちの体が揺さぶられた。
「ちょ、ツヨシ! 急に止まんないでよ!」
「わりぃ、カナコ。なんか光ってぶつかってきてさ」
助手席の茶髪女カナコは怒鳴り、金髪男ツヨシはブレーキを踏み締めたまま気まずそうな顔をする。
そんなツヨシを、カナコが笑い飛ばす。
「ただの石でしょ石! ライトで光っただけだって! なに? トンネルまだなのに、もうビビってんの?」
「ビビってねーし。前からなんか飛んで来たらブレーキ踏むっしょ、フツー」
二人はチャラついた声で言い合う。
口調で言えば、似たような人間は退魔村にも居る。ギャルペアこと有明薫と月田桜子。しかし、あの二人に比べると、ツヨシとカナコはなんとも頭の働きが悪そうな印象を受ける。
そこに、鈴がワゴン車の上に降り立った。
車内では鈍重な音が鳴り、後部座席の二人が驚くように跳ね上がった。
「ちょ、なに!? なんか落ちてきたんじゃね? なあ、サナエ」
「この上なんか乗ってね? いや、わかんないけど。ヒデキ見てきてよ」
「えーヤダ。なんかこえーし」
「ビビリかよヒデキ」
「じゃサナエお前見てこいよ」
黒髪ロン毛の男ヒデキと黒色ショートヘアの女サナエは、互いに言葉をぶつけ合う。二人とも声が震えているため、このやり取りは怯えを隠すためのものだろう。それにしても、この二人の口調も頭の出来を察せられるものだ。
大学生四人が突然の現象に狼狽えるなか、ワゴン車の上では鈴が片膝立ちになっていた。彼女は安堵したように息を吐く。
「よし、止まってくれた。次は……」
鈴は表情を引き締め、車の窓に手を伸ばす。そして、それを拳で軽く叩いた。
車内に乾いた音が響き、ツヨシたち四人は飛び上がった。
「キャーッ! なんかいるっ!」
「窓! 窓! 誰か叩いてね!?」
鈴は反対側の窓に近づき、今度は手のひらを窓に押し付けた。
「って、きゃああああああああ! 手形! 手形ついてる! ヤバイってこれ!」
「幽霊! 幽霊だってこれ! 帰ろうぜツヨシ!」
車内は騒然とし、鈴は微笑を浮かべる。
「ふふ、怖がってる怖がってる。楽しそう……ほ~ら、ここから先に行くと呪われるのよ~。さっさと帰りなさ~い」
霊力活性化状態の鈴は、聞こえない声で大学生たちに呼びかける。
彼女は追い打ちをかけようと、四人に「帰れ~」と声を届けることにした。それはつまり、霊力を沈静化させて普通の人間と同じ状態になろうということだ。
鈴がそうしようとした寸前、運転手のツヨシが口元を上げた。
「何言ってんだ! オレたちは幽霊トンネルを見に来たんじゃねーのか!」
ツヨシはアクセルを強く踏み、ワゴン車を急発進させる。
鈴は咄嗟に身を伏せて車上にしがみついた。あのまま霊力を弱めていれば、彼女は振り落とされ、大怪我を負っていただろう。まさに危機一髪の状況だった。
そんなことなど露知らず、車内では助手席のカナコが手を叩いて笑っていた。
「いいぞいいぞツヨシ~! いけいけ~!」
彼女の囃しに乗せられて、ワゴン車は速度を上げる。一時停止をする前よりもさらに速いスピードで、トンネルへと向かっていく。
「ちょっと! バカなのあなたたち!」
鈴はうつ伏せのまま車を叩き、苛立ちを声に出す。
もちろん彼女の声は大学生たちには一切聞こえない。車体を叩く音も、今となっては肝試しを盛り上げるスパイスとなってしまっている。
車体を揺らしながら突っ込んでくるワゴン車に、良也は恐怖を感じた。
「も、もしかして心霊現象の再現は逆効果だった……? そ、それでも!」
良也は両手を突き出し、車の進行方向に一枚の結界を作り出した。この青い半透明の壁で、車の激走を止めようとする。
数秒後、結界に車が突っ込む。だが、すぐに結界は砕けてしまった。それでもワゴン車は停止した。運転手のツヨシがブレーキを踏んだのだ。
「ああ!? なんかぶつかったか!? は? なんもねぇじゃねーか! いくぞ!」
ガラの悪い独り言の後、彼は再び発車しようとした。
このまま生ぬるい妨害を続けたところで、大学生四人はトンネルに向かっていくだろう。悪ノリした若者のパワーには恐ろしいものがある。
「こうなったら力づくよ!」
鈴は飛び降り、車の正面に立つ。両腕を広げ、車体の前面を抱きかかえた。そして、腰を低くして踏ん張る構えを取った。
ツヨシがアクセルを踏み、タイヤが回りだす。しかし、鈴の怪力妨害により、車は前に進まない。タイヤが地面を激しく擦り、草や土が飛び散る。
この明らかな異常に車内はパニック状態となった。
「進まねえ! どうなってんだ!」
「どうでもいいよ~! アクセル全開~!」
「ぜ、ぜったい幽霊だって!」
「の、呪われる~!」
ツヨシは苛立ち、カナコは無責任に煽り立て、ヒデキとサナエは抱き合って怯える。冷静な者は誰一人としていない。
それでも、この場の主導権を握っているのは運転手のツヨシだった。
「視えねぇモノは信じねぇんだよ俺は~!!」
彼は興奮しながらアクセルを強く踏み込んだ。
車のエンジンが唸り、後部車輪が地面をえぐる。車体の前進力が増大し、マシンパワーが鈴の体を押す。これにはさすがの彼女も耐えきれず、上半身が仰け反ってしまった。
「ばっ、馬鹿ばか馬鹿ばか! 人がせっかく止めてあげているのに!」
鈴は悲鳴のような声を上げ、一歩、また一歩と後退する。
それを見ていた良也は、自分の頭に右手を当てて霊力通信を始めた。テレパシーが苦手なのは承知の上。それでも彼は霊力を強く込めて言葉を送る。
「そー君! 無理だよ! あのバカたち帰ってくれないよ!」
『マジかよ……こっちもヤベェってのに!』
返ってきたのは、早馬の切羽詰まった叫びだった。




