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ムーン・ライト 双浄の退魔師  作者: 武池 柾斗
第6章 心霊スポット
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6-4 噂の場所

 数分後、四人はそれぞれ隊服に着替えて亀の間に集合した。


 布団が若干膨らんでいるが、これはカモフラージュだ。女将が部屋に訪ねてくるという万が一の時に備えて、布団の中にバッグを入れている。女子部屋も同様の対策をしている。


 先ほどまでとは違い、聖菜と鈴も真剣な表情だ。背筋も伸びていて、彼女たちの姿は旅行中の女子高生から危険な任務に赴く退魔師へと変わっていた。


 四人は窓を開け、静かに外へ出る。

 早馬が最後に出て窓を閉め直し、他の三人に顔を向けた。


「これより、悪霊一体と雑霊二体の浄化任務、及び心霊スポットの調査任務を開始する」


「「「了解」」」


 退魔師たちは霊力を活性化させ、不可視の状態になる。そして聖菜が早馬を、鈴が良也を背負い、目的の場所に向かって飛び立った。


 星空の下、移動中に障害は無く、予定通りに事は進んだ。山の中、目的地付近で降下し、安全に着地した。

 四人は横並びになり、件の廃トンネルを見上げる。


「ここが、例の心霊スポットだな」

「週刊誌にあった写真のまんまだね」


 早馬と聖菜はそう言って、トンネルに目を凝らす。

 コンクリートで建造されたそれは、道幅が狭く乗用車が一台通れる程度のものだ。二台並列するのは不可能。トンネルの高さは三メートルほどで、灯りはついていない。全体的に黒ずんでいて、あちこちに苔がこびりついている。


 良也と鈴が思案するかのように息を吐いた。


「もう捨てられて長いんだね。女将さんの言う通り、ここに来るまでの道もほとんど舗装されていなかったね」

「確かに、肝試しにはうってつけの場所よね」


 二人はトンネルから視線を外し、後ろに振り向く。

 暗闇の中に、細い道が一本伸びている。ところどころに地表の土が見えるものの、大部分は草で覆われている。道の両端には木々が生い茂り、不気味なほどに静まり返っている。この様子だけで、人の往来が遥か昔に消え去っているのがわかる。


 早馬はここで手を叩き、三人の注意を自分に向けさせた。


「これから悪霊の感知をする。その間、お前らは周囲の警戒をしてくれ」


 彼はそう言って目を閉じ、霊的な気配を探り始めた。

 聖菜、良也、鈴の三人は無言で頷き、早馬を取り囲むように位置取る。そして、異常がないかどうかを目視で確認した。


 それから一分後、早馬が目を開いた。


「指令の通り、このトンネルを抜けて約三百メートルのところに、一体の悪霊が棲みついてる。そこからまた五百メートルずつ離れたところで、雑霊二体が別々に徘徊してる。距離があるから、合流させることなく楽に浄化できそうだな」


 早馬は口元を少し上げながら報告する。

 すると、聖菜が険しい顔で尋ねてきた。


「他に怪しい気配はあった? 噂にある、女の霊みたいなやつは?」

「いや、無い。お前らのほうはどうだ?」


「ここから見る限りだと、変なのはいないみたいだよ」

「霊的な音も聞こえない。本当に静かよね」


 早馬の質問に良也と鈴が応え、四人は一時的に警戒態勢を解いた。

 四人で向き合い、早馬が顔をしかめる。


「心霊スポットの噂は、週刊誌の記者がでっち上げた……ってところか。女の霊を見たという話が本当だとしても、迷い込んだ幽霊がたまたま見えた……というのがいい線だろ。悪霊と雑霊は、そもそも出没した時期が週刊誌の記事と一致しない」


 早馬の推測を聞き、聖菜、良也、鈴の三人は盛大にため息をついた。


「しょーもな。やっぱり、所詮はゴシップ誌だねぇ」

「おとなしく有名人のことだけ書いていればいいのに。温泉街の人たちにとっては大迷惑だよ」

「調査に行かされたわたしたちにも迷惑よね。さっさと浄化任務を済ませて宿に帰りましょうよ」


 四人は心底うんざりしていた。しかし、浄化すべき対象が存在していることは確かだ。こんなところで文句を言っている場合ではない。


 退魔師たちは早馬を先頭にして、トンネルの入口に向かって歩き出した。

 その時だった。


 五月初頭だというのに、まるで真冬のような冷たい風が四人の後ろから吹き抜けていった。そして、その風に続いて……。


「う~ら~め~し~や~」


 女の低い声が耳をかすめ、早馬は眉をひそめた。


「おい、聖菜。冗談やめろよ」


 彼は前を向いたまま、小さく笑う。

 おそらくは聖菜がふざけて言ったのだろう。この次には「ごめん、もうしない」と笑いながら言って、真面目に任務にあたるのだろう。早馬はそう考えていた。


 しかし、予想に反して、聖菜は早馬の後頭部を見ながら首を傾げた。


「え? なんのこと?」

「またまた~。お前さっき『うらめしや』って言わなかったか?」


「え? 言ってないよ」


 早馬はここで違和感を覚え、聖菜に振り返った。

 彼女はまったく笑っていない。きょとんとした顔で、早馬を見上げている。それだけでなく、良也と鈴も早馬を訝しげに見ていた。


「そんな言葉、誰も言っていないよ?」

「聞き間違いじゃないかしら?」


 二人の言葉を聞き、早馬の顔から笑みが消えた。


「気のせいか……疑って悪かった。先に進もう」


 早馬は小さく頭を下げ、トンネルに向き直る。

 そして一歩踏み出したところで、再び冷たい風が吹き抜けた。


「う~ら~め~し~や~!!」


 女の声が、先ほどよりも大きくなって早馬の耳に押し寄せる。いや、早馬だけではない。四人全員の耳に、恨めしい声が響いている。

 少年少女たちは恐怖感で跳び上がり、互いに向き合った。


「き、聞き間違いじゃねえ!」

「聞こえた! 『うらめしや』って、ハッキリ!」

「ま、まさか……本当に女の霊がいる!?」

「そんな気配、一つも無かったじゃない! ありえない!」


 四人は怯えながら声を出し、何かに導かれるかのように上を向いた。

 視界に広がるのは夜空。しかし、妙に暗く感じる。先ほどまでは満天の星空が見えていたのにもかかわらず、その輝きが今は見えない。


 そこに冷たい風が吹いた。

 早馬はここにきて初めて、異様な気配を感じた。彼はすぐに視線を下げる。すると、鈴の後ろに白い影が見えた。それは鈴に近づいているが、鈴本人はまったく気づいていない。


 早馬は警告のために口を開こうとした。

 だがそれよりも早く、女の声が響いた。


「う~ら~め~し~や~!!!」

「きゃあ!?」


 低く怨念のこもったその声に、鈴は悲鳴を上げる。それと同時に彼女は反射的に右ひじを後ろに繰り出した。


「ほげっ!?」


 鈴のひじが白い影に直撃し、情けない声が上がる。白い影は数メートル先まで突き飛ばされた後、地面を転がった。その瞬間、ぼやけていた影が明確な姿を形作っていき、そこに白装束の長い黒髪の幽霊が現れた。


「ああああああ!? 痛い! いだいいいいいいいい! あがあああああ! 顔が砕けるうううう! あぎゃあああああああああああああ!」


 女幽霊は両手で顔を押さえながら、足をばたつかせて転がり叫ぶ。

 早馬たち四人はその光景を見て唖然とした。そうしているうちに、おどろおどろしい雰囲気は消え去り、夜空の星々は輝きを取り戻し、冷たい風が止み、初夏の夜が戻ってきた。


 鈴が我に返る。


「ご、ごめんなさい! 体が勝手に!」


 謝りながら、鈴は女幽霊のもとへと駆け寄る。しかし、彼女は悶絶する幽霊のそばにしゃがんで狼狽えることしかできなかった。


 他の三人も女幽霊のもとに向かい、鈴の後ろに立った。


「こいつ、どこから現れやがった……気配なんて無かったのに」

「うわぁ、痛そう……すごい音したもんね、『ゴンッ!』って」

「女の幽霊だ……まさかこれが例の? 本当に居たんだ……」


 早馬は苦い表情で、聖菜は悲痛な顔で、良也は驚いたように、女の幽霊を見る。オロオロする鈴も含めて、四人は白装束の女が転がり苦しむさまを眺めるしかなかった。


 それから少し経って、女幽霊の回転が止まった。

 彼女は地面に接した状態で仰向けになり、顔を両手で押さえて荒い息をしている。叫び声は止んでいて、息の音も少しずつ小さくなっていく。


 鈴はしゃがんだまま、女幽霊の頭をおそるおそる覗き込む。


「お、落ち着きましたか?」

「はぁ、はぁ、はぁ……ええ、まあ。まだ少し痛みますけど……大丈夫です」


「そう、よかった……本当にごめんなさいね」


 穏やかな声が返ってきて、鈴は胸を撫で下ろした。


 それに続くように、女幽霊が深呼吸をする。そして、彼女は顔から両手を離した。その姿は若く、二十代前半のように見受けられる。

 女は白装束を握り締めながら、早馬たち四人に疑り深い視線を向けた。


「というか、あなたたち、いったい何者なんですか? 私の姿が見えて、声が聞こえて、おまけに触れることができて……なのに全然怖がらないなんて」


 女幽霊は語気を強める。

 この言葉が早馬の警戒心を高めてしまい、幽霊は彼に睨みつけられた。


「それはこっちの質問だ。こんな近くに居たのに、気配をまったく感じないなんてよ。霊能協会の探知にも引っかかってない……テメエこそ何者だ」


「ひぃっ!?」


 早馬が喧嘩腰で顔を近づけると、女幽霊は悲鳴を上げた。彼女は上半身を跳ね起こし、尻を地面につけたついたまま後ずさりしていく。


 そこで聖菜が彼の肩を掴んだ。


「ちょっと早馬! やめなって! 怖がってるじゃん!」

「このレベルで気配を消せる奴だぞ。警戒して当たり前だろうが」


 早馬と聖菜は怒気を溢れさせながら視線をぶつけ合う。それを横から良也と鈴がなだめようとした。


「まあまあ、落ち着いて。確かに気配は無かったけど、霊力も全然無いよ」

「穢れも無いから、早馬くんが思っているほど危なくない。かなり弱い霊よ」


 二人の言葉を受け、早馬は女幽霊に目を向ける。

 そこにいるのは、尻餅をついた一人の女性。姿は半透明で透けていて、白装束は薄汚れている。彼女の表情は怯えきっていて、全身をみっともなく震わせている。


 早馬は大きく息を吐き、顔の緊張を解いた。


「……確かに、たいした霊力じゃねえな。分類的には、ただの幽霊、もしくは弱い怨霊ってところか。どっちにしろ、俺たちの仕事じゃない。霊的カウンセラーの霊媒師にバトンタッチしないとな」


 早馬はそう言って女幽霊から目を離し、トンネルに体を向けた。

 その興味を失ったかのような態度に、女幽霊は一転して顔をしかめた。


「ちょっと! 存在感無いとか弱っちいとか! さっきからひどくないですか! 私より年下のくせに! 呪ってやる! 呪ってやりますよ!」


 彼女は腰を抜かしたまま、その場でわめきたてる。

 放置しておくと、いつまでも騒いでいそうな調子だ。特段気にするようなものでもないが、耳障りなのは確かだ。悪霊浄化の際に邪魔をされてしまう可能性も否定できない。


 四人は顔を見合わせ、渋々といった様子で頷く。

 退魔師たちは女幽霊に向き直り、早馬が代表して頭を下げた。


「その……先ほどは失礼しました。よければ、少しお話しませんか?」


 少年少女は穏やかな表情で女幽霊のそばに寄る。急激に態度を変えた白羽織の連中に対し、女は警戒して身を引いた。

 その場に屈んだ四人を、女幽霊はおそるおそる上目遣いで見る


「い、いいですけど……何を話すんですか?」

「俺たちのこと、あなたのこと。そして、この場所で起こってることについて……」


 それから少しの間、女幽霊は四人の退魔師との対話に応じた。



 話が一段落したところで、早馬たちは互いに視線を合わせた。


「なるほど……中山美樹、享年二十二歳。東京の私立の大学生。就職活動が上手くいかず、半年前に自棄になってこの近くで登山してる最中に転落して死亡。その後どういうわけか、魂がこのトンネルから離れなくなった……と」


「女将さんが言ってた事故で亡くなった女性って、この人のことだったんだね」

「なんだか、可哀そうになってきたよ……」

「でも、気晴らしに人を驚かせるのはどうかと思うのよね。被害を出しているんだし、もう怨霊扱いでいいんじゃない?」


 早馬、聖菜、良也、鈴は順番にこう言った後、女幽霊に視線を移した。

 話の中心にいた彼女は、中空を眺めながら口をパクパクさせている。


「この人たち、遠くから来た、高校生で、退魔師……最近出てきたあの怖いのが、悪霊……私のせいで、ここが心霊スポットに……」


 女幽霊は新たに得た情報を反芻しながら、白目をむく。

 そして突然、彼女はうずくまって地面を叩き始めた。


「うわああああああああああ! 頭悪いのに無理して奨学金借りて三流大学行って! どの会社も採用してくれなくて! それで死んだ後に迷惑かけて! こんなになるなら親の言うこと聞いて地元で働いてお見合いして結婚するべきだったんだあああああああ! 役立たずのくせに高望みしてごめんなさいいいいいいい! 幽霊になっても存在感無いし弱いいいいいいいい!」


 女幽霊は何度も拳を叩きつけながら、泣き叫ぶ。

 これには退魔師四人も動揺した。


「おい、どうすんだよこれ……」

「情緒不安定な時に死んじゃったから、ずっとこうなのかも……」

「僕たち完全に専門外だよ……どうしようもないよ……」

「わたしたち、かえって追い打ちをかけてしまったみたいね……」


 非常に気まずい雰囲気がこの場を包む。

 だが、こうなってしまっては悪霊専門の戦闘職がどうにかできるものではない。霊能者も千差万別。自我のある霊と無い霊では、扱い方が大きく異なるのだ。


「とにかく、霊媒師に任せるしかねえだろ……俺たちにできるのは、この先の悪霊を浄化することと、退魔村と霊能協会に報告することだけだ」


 早馬のこの言葉に、他の三人も頷き合った。

 心霊スポットの調査に関しては、これで一段落ついた。これで、本丸の任務である悪霊の浄化に専念できる。戦闘に巻き込まれないように、女幽霊にはどこかに隠れていてもらわなければならない。


 聖菜はうずくまる女幽霊の背中に手を置き、優しく言葉をかける。


「何日か経ったら、カウンセラーが来ますから。納得できるかたちであの世に行けるように手助けしてもらえますから。だからもう、来た人を驚かせるのはやめましょう、ね? この先の悪霊はあたしたちが退治しますから、しばらく気配を隠していてください」


「うう……ぐすっ……はいぃ……」


 女幽霊こと中山美樹は、涙交じりではあるものの素直に返事をした。

 退魔師の四人はひとまず安心し、立ち上がった。


 この幽霊の信頼と安全を得るためにも、早急に悪霊と雑霊を浄化しなればならない。この四人であればよほどのことがない限り失敗はしないだろう。しかし、こちらには守るべき者がいるため、細心の注意を払う必要がある。


 早馬たち四人は気を引き締め、トンネルに向かって一歩を踏み出した。





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