6-3 星空
食事の後はそれぞれの客間に戻った。布団はすでに敷かれていて、いつでも寝られるようになっていた。
早馬と良也は煎茶を淹れ、窓際の小テーブルに湯呑を置く。二人は向かい合って椅子に座り、大きく息を吐いた。
「温泉に入って、美味い飯を食って……贅沢な一日だぜ」
「このお金も村が出してくれるんだから、本当にありがたいね」
二人はそう言って湯呑に口をつけ、窓の外を眺める。早馬はもう一口追加で飲み、良也は先に湯呑を置いた。
「真っ暗だね」
「そうだな。この辺りは通りから外れてて明かりが少ないし、なによりもうすぐ新月だからな。外に出れば、星が綺麗に見えるだろうよ」
早馬も湯呑を一旦置いて、穏やかに話す。
しかし、彼の言葉を聞いた良也は、少し考えるような素振りを見せた。
「新月の夜は、悪霊も雑霊もおとなしくなるから、今は急いで浄化する必要も無いんだよね」
「だから、今回の任務も後回しにされて、俺たちが研修のついでにやることになったんだな。まったく、この温泉旅館が無ければ頭領をしばき倒してるところだぜ」
早馬は冗談めかして笑う。
それに合わせて良也も顔を緩めたが、その後は真面目な顔になって暗い窓の外に目を向けた。
「新月の夜って、悪霊や雑霊だけじゃなくて、普通の幽霊も、怨霊も、精霊も、妖怪も、それに僕たち霊能力者も、霊力が落ちるんだよね。人間はそんなに弱くならないけど」
「ああ。だから、新月の日は月に一度のお休みってわけだ。まあ、今回は研修で潰れるんだけどな」
早馬はコメディアンのように大袈裟に肩をすくめてみせた。だが、良也は神妙な面持ちのままでいる。
「ん? 良也、なにか気になることでもあるのか?」
「いや、月の満ち欠けで霊力が変わるのって、よく考えたら不思議だなって。特に、満月と新月の夜は変動が大きいし」
良也の言葉で早馬も少し真面目な顔になり、夜の闇を見つめる。
「確かにな。満月の夜だけ急に悪霊が元気になるもんな。前日や次の日の夜と明るさはそんなに変わらないのに。逆に、新月の夜はどいつもこいつも静かになりやがる。どういう仕組みなんだか……」
「理由なんてわからないよね」
「そういうもの、としかわかってないもんな。まっ、そんな原理は俺たちには重要じゃないからな。霊能協会の研究者か誰かが解明してくれるのを待とうぜ」
「そうだね。僕たちが気にしても仕方のないことだよね」
二人はここで一呼吸置き、お茶に口をつけた。
その時、妙な胸騒ぎが早馬を襲った。
「明後日の新月の夜、何も無けりゃいいんだけどな……」
得体の知れない悪い予感が、彼の心に湧く。だがそれも、ほんのわずかな間だけだった。奇妙な不安はすぐに消え去り、穏やかな気分が戻ってきた。
「そういえばさ」
良也は早馬の呟きを聞き流し、明るい表情を浮かべながら口を開く。
「そー君って、せっちゃんのこと、どう思っているの?」
含みのある笑みをしながら、良也は少し身を乗り出す。訊かれた早馬は一瞬だけ苦い顔になったものの、すました顔で応える。
「どうって? ただのビジネスパートナーだが?」
「そのわりには、一緒に料理したりしてるみたいだけど?」
「二人分まとめて作った方が安いし楽なんだよ。食事以外の家事は全部別々だ」
「ふーん?」
「なんだその顔は?」
「いつも通りだけどー?」
良也はニヤニヤという音が立ちそうな笑みを浮かべ続ける。
早馬は表情を歪めて良也を見るが、会話に付き合っていられないと言わんばかりに顔をそむけた。そして、湯呑に残った茶を一気に飲み干した。
「はー! ったく、そろそろ任務の時間だ。さっさと準備するぞ」
早馬は声を荒げながらそう言うと、立ち上がって自分の荷物へと向かっていった。
「はいはい」
良也は微笑みながら返事をし、ゆっくりと茶を飲み終えてから席を立った。
二人がボストンバッグやキャリーバッグから隊服を取り出している最中、早馬はふと気づいたように自分の頭に右手を当てた。
「おい、聖菜。任務の時間だ。用意できてるか?」
早馬は相棒にテレパシーを送ってみる。しかし、数秒経っても返事は無い。
「……おい、聖菜。せいなー? ……あいつまさか」
早馬は音も無く立ち上がると、早足で部屋を出た。彼はそのまま隣の鶴の間へと向かい、躊躇うことなくその引き戸を開けた。
「~~~~~~っ! こいつら……っ!」
額に手を当て、早馬は歯を食いしばる。
聖菜と鈴は鍵もかけず、眠りについていた。聖菜に至っては、布団から体をはみ出した状態で大の字になり、口を全開にして眠っている。
「おい起きろ。任務の時間だ」
早馬は足音を殺しながら部屋に上がり、聖菜の体を抱えて彼女を布団から完全に引きずり出した。
これにはさすがの聖菜も目を覚まし、困惑しながら首を大きく振る。
「うわぁ~!? な、なに!? そ、早馬!? ひ、ひどい! 人がせっかく気持ちよく寝てたのに~! というか女子の部屋に入ってくるなんてサイテ~」
「だったら鍵くらいかけろ。いいか、本来の目的を忘れるな、俺たちはここに何をしに来たんだ? さっさと支度しろ。あと静かに、女将さんにバレるぞ」
「わかったわかった~」
聖菜は猫のように持ち上げられ、手足をバタバタと揺らす。
「なによ~もう?」
ここで鈴が目を覚ました。彼女は上半身を起こし、じゃれ合う二人を見る。そして微笑んだ。
「早馬くん、夜這いはダメよ~。もっと堂々としないと~」
「夜這いじゃねえよ。ってか鈴、お前も寝てんじゃねえよ。任務だ任務」
「は~い」
鈴は渋々といった様子で立ち上がり、自分の荷物に向かって歩き出した。
早馬は聖菜を下ろし、言葉も無くさっさと女子部屋から出ていった。




