6-2 つかの間の休養
目的地の終点に着くと、早馬たち四人は先頭を切って列車から降りた。
彼らに続いて、他の乗客も降車していく。しかし、連休中にもかかわらず、この駅まで乗ってきたのは早馬たちを含めてたった十人程度だった。
「ここ、温泉街なんだよね? もっと人が居てもいいと思うんだけど」
聖菜が首を傾げる。
他の三人は平然とした様子で彼女に応えた。
「穴場みたいなところなんだろうな。あんまり有名じゃねえし」
「今は心霊スポットとしてのほうが有名なのかもね」
「わたしたちが知らないだけで、こっちの地方では有名なんじゃない? よくわからないけど」
四人はそう言葉を交わしながら、少し大きめの駅舎をくぐった。
駅前には小規模な商店が立ち並んでいて、数軒の温泉旅館が点在している。民家の数もそれなりにあり、谷地にしては栄えている様子だ。
しかし、夕暮れ時の街に人通りは少ない。とても連休中とは思えないほどに、店番の人たちは暇そうにしていた。
四人は通りを歩きながら、中心地から外れた場所にある温泉旅館へと向かう。その途中、現地の人々から訝しそうな視線を浴びせられた。
やがて、宿泊予定の温泉旅館に着く。
この建物は和風で、大きく広い平屋建てに、整然とした瓦屋根、そして立派な正面玄関。庭や生垣も綺麗に剪定されていて、見るからに高級な旅館だった。
分不相応な宿泊場所に高校生四人は臆してしまったものの、覚悟を決めて敷地に入り、玄関の引き戸を開けた。
「ごめんくださーい」
早馬が声をかける。
すると、近くの部屋から藍色の和服を着た中年女性が姿を現した。
「わっ、綺麗な人……」
聖菜が驚いたように呟く。
その女性は長い黒髪を団子状にまとめていて、それが端正な顔立ちをより際立たせている。少し高めの身長と細めの体躯も相まって、ただ歩いているだけなのに優美で品のある姿となっていた。
女性は四人の前まで来ると立ち止まり、一礼をした。
「ようこそいらっしゃいました。わたくし、この深井戸旅館の女将でございます。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」
女将は顔を上げ、柔らかな微笑みを浮かべる。
その丁寧な所作や聞き心地の良い声によって、四人は女将に見惚れてしまった。そこから少し間を置いて、早馬は代表して口を開いた。
「ああ、ええと……山坂早馬、月宮聖菜、月影良也、皆津木鈴です。今日、二部屋を予約してると思うんですけど」
早馬は照れながら、少し早口になって言う。
そんな彼とは対照的に、女将はゆったりと頷いた。
「ええ、ご予約の四名様ですね。遠いところから、ありがとうございます。随分とお若いですが、こちらにはご旅行で?」
女将は穏やかな声色で尋ねる。しかし、そこにはわずかな疑いの色が潜んでいた。
聖菜はそれに気づかず無邪気に応える。
「ええ、まあ。村の仕事を頑張ったので、そのご褒美にってことで。あたしたちだけで温泉旅行なんて初めてで、ちょっと緊張しちゃいますねー。あはは」
少女のその言葉に、女将は純粋に微笑んだ。
「そうでしたか。お若いのにご立派でございますね。では、お部屋のほうに案内いたします。こちらへどうぞ」
女将に手で示され、四人は下駄箱に靴を入れる。女将に従って廊下を歩き、奥の二部屋へと辿り着いた。
「こちらがご予約の、鶴の間と、亀の間、でございます」
女将がにこやかに四人へと振り返る。
「鶴亀算だ……ごふっ」
「くだらないこと言わないの」
良也が呟くと、鈴が肘で彼の脇腹を小突いた。
「お部屋割りは……」
女将は二人のやり取りには触れず、四人を見渡す。そして、満面の笑みで部屋の鍵を両手に掲げた。
「山坂様と月宮様、月影様と皆津木様の、カップルどうしでよろしいですね?」
「「男女別々でお願いします!」」
女将が言うや否や、早馬と聖菜がそれぞれ女将からカギをひったくった。二人はしかめ面で旅館の主を睨みつける。
「俺たちはそういう関係じゃないですから」
「そっちの二人と一緒にしないでください」
そう言って、早馬と聖菜は互いに顔を逸らした。
女将は口に手を当てて笑う。
「あらあら、そうでしたか。とても仲が良さそうに見えたので、つい。これは失礼いたしました」
女将は愉快そうに言った後、居住まいを正して礼をする。
「それでは、ごゆっくりどうぞ。お食事の時間になりましたらお呼びしますので」
そう伝えると女将は四人に背を向け、事務室に向かって歩き出した。
その背中に、聖菜が呼びかける。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「はい、なんでございましょう」
女将は振り返り、柔らかく微笑む。
聖菜はわずかに息を呑んで、口を開いた。
「この温泉街、列車が通るようなところなのに人が少なかったんですけど、昔からこういう穴場みたいなところなんですか?」
聖菜はできる限り無邪気を装って尋ねる。
女将の顔から一瞬だけ笑みが消えた。しかし、彼女はすぐに微笑み直し、聖菜たちに向けて話し始めた。
「いえ、以前はもっと賑わっていましたよ。大型連休にもなれば、お客様であふれかえるほどに。ですが、今年はそれが嘘のように閑散としていまして……わたくしどもも困惑しているのです」
女将は心の底からといった様子でため息をつく。
「なにか、あったんですか?」
聖菜からの質問に、女将は眉根を寄せて再びため息をついた。
「二か月ほど前でしょうか。この地域のとある場所に、とはいってもここから遠く離れていて道も舗装されていないのですが、そこに女の幽霊が出るという妙な噂が立ちまして……先月、それを週刊誌が取り上げたことで全国にその噂が広がってしまい……」
「客足が急に遠退いた……と」
早馬が合いの手を入れ、女将が頷く。
「ええ。お客様は減り、代わりに肝試し目当ての方々が来るようになり、騒音やゴミのポイ捨てなどの問題が新たに起こり、またお客様が減って……本当にいい迷惑です」
女将はそう言って、四人に鋭い視線を向ける。
「もしや、あなた方も……」
「いやいやいや! そんなわけないじゃないですか! せっかく温泉旅館に来たのに、わざわざそんなところに行くなんてもったいない!」
聖菜は怯えたように首を大きく横に振って、全力で否定してみせる。他の三人も聖菜の言葉を肯定するかのように激しく首を縦に振った。
「そうですよね。これは、とんだご無礼を……」
女将は頭を小さく下げた後、目元を緩めて四人を見渡す。
「心霊スポット、というのは置いておいて……もし、山に行くことがあれば、お気をつけてください。半年前に、このあたりの山でお若い方が滑落事故でお亡くなりになりましたので。準備が整っていない場合は、登山は控えていただきますと幸いです」
女将はそう忠告すると、深く礼をした。
「それでは、ごゆっくりとお過ごしくださいませ」
そして、彼女は四人に背を向け、事務室に向けて歩いていった。
その後、亀の間に早馬と良也が入り、鶴の間に聖菜と鈴が泊まることになった。四人はそれぞれ部屋に荷物を置いて、浴場へと向かった。
「俺たち以外に誰も居ないな」
「ほぼ貸し切り状態だね」
早馬と良也は屋内風呂と露天風呂を一通り見て、洗い場に座る。
一方の聖菜と鈴も浴室に足を踏み入れていた。
「温泉だー! 広―い! 久しぶりにお風呂で脚伸ばせるー!」
「こらこら、わたしたちしか居ないからって、はしゃがないの」
そう言う鈴も、どこか浮ついた様子でいる。二人は楽しそうに話しながら、体を洗いに向かった。
男湯の二人は体を洗い終えると、迷うことなく露天風呂に赴く。湯につかり、縁石に背中を預けながら、脚を伸ばして息を吐いた。
「ああ、身体に沁みる……」
「湯加減もちょうど良くて、最高だね……」
早馬と良也はほとんど会話をせず、夕焼け空を眺めながら温泉を堪能する。
一方の女湯でも、身体を流し終えた二人が露天風呂に向かっていた。少女たちは手で湯温を確かめた後、足先からゆっくりと湯に入っていく。
聖菜はそのまま縁石に頭をもたれさせ、肩までどっぷり浸かりながら手足を大きく広げた。鈴は浴槽の中央で行儀よく正座をしながら、湯を手ですくって肩にかけている。
聖菜は茜色の空を見上げ、息を大きく震わせた。
「ああ~~~、極楽とはこのことか~~~」
「このお湯、お肌にも良さそうね」
「全身ぴっちぴちになるね~~~」
「早馬くんも喜ぶんじゃな~~い?」
「それど~ゆ~意味~~~?」
「べつに~~?」
聖菜と鈴は、とろけた声と空っぽな頭で会話をしながら温泉を楽しんだ。
入浴の後は小宴会場で夕食となった。男は水色の浴衣を、女は桃色の浴衣を着て、和室の真ん中で四人は膳を突き合わせて座る。
メニューは天ぷらの盛り合わせ、すき焼き鍋、ほうれん草のおひたし、しば漬けと沢庵、お吸い物と白米、それにデザートのオレンジだ。
配膳が終わると、女将が四人のそばに座り、料理を指し示した。
「こちらのお料理はすべて県内産の食材を使用しております。天ぷらは地元の山菜と川魚を揚げたものでして、当館自慢の一品でございます。どうぞ、召し上がってください」
「いただきまーす!」
女将の話が終わるや否や、少年少女四人は元気に手を合わせて食べ始めた。
「この山菜の天ぷら、サクサクで、ちょっと甘くて、美味いな! 苦みがいいアクセントになってる!」
「お魚のほうも、柔らかくて美味しいよ!」
「牛肉も旨味が詰まっていて食べ応えがあるね」
「お葱もすき焼きのお汁を吸っていて美味しい~」
早馬も、聖菜も、良也も、鈴も、顔をほころばせながら箸を進めていく。いつもより味わって食べているつもりではあるが、それでもかなり早いペースだ。
女将は四人の様子を満足げに見ながら、静かに退室した。




