6-1 大型連休開始!
病院での騒動から五日が経った。
土曜日の授業が終わったばかりの昼、一年五組の教室はどこか浮足立った様子。いや、鷹原高校の全教室が、そわそわした雰囲気に包まれていた。
担任の谷口正也が足を踏み入れ、そのまま教壇に上がる。彼が生徒たちに体を向けると、皆が静まり返った。
谷口は一呼吸置いて、口元を上げる。そして、意気揚々と口を開いた。
「入学から三週間、お疲れさまでした! 明日からは大型連休です!」
それを聞いて、生徒たちが歓声を上げた。
進学校に通っているとはいえ、遊びたい盛りの少年少女にとって休みは嬉しいものだ。一年五組だけでなく、すべてのクラスから喜びの声が漏れ出している。
しかしここで、谷口が大袈裟に咳払いをした。
「と言いたいところですが、月曜と火曜は通常どおりに学校があります」
この知らせに、歓声はブーイングに変わった。
生徒たちのこの反応に、谷口は苦い表情を浮かべる。それでも彼は、この非難の嵐を前振りと受け取り、両手を広げて声を張った。
「ですが、来週の水曜から日曜までは休みです! 特別に土曜授業はありません! つまり、五連休です!」
その宣言を待っていたかのように、生徒たちは再び歓喜の声を上げた。
谷口もこの盛り上がりに浸る。しかし、彼にはまだ伝えなければならないことがあった。担任教師は両手を腰に当て皆を凝視する。
「だがしかーし! 課題があることを忘れてはいけません。今週の月曜に提示された課題は進んでいますか? 連休明けには各教科で小テストがあります。大型連休だからと言って、勉強はサボらないようにしてください。二年後にはあなたたちも受験生ですから。いいですね?」
「はーい」
谷口先生からの忠告に、生徒たちは渋々といった返事をした。そこで教室の雰囲気はいつも通りの落ち着いたものに変わり、谷口は連絡事項を粛々と伝え始めた。
そんななか、早馬と聖菜は沈鬱な表情を浮かべていた。
(出し過ぎなんだよ課題を……俺たちは連休前に終わらせないといけねえのに)
(終わるかどうか微妙なところなんだよねぇ……月曜から必死にやってるけどさ)
二人はそれぞれ心の中で呟く。
高校生退魔師が課題の心配をしている間に、ホームルームは終わった。
そして翌日の日曜日。昼前。
山坂早馬、月宮聖菜、月影良也、皆津木鈴の四人は、陽善村の公民館に呼び出されていた。板の間に退魔村頭領の荒月茜が正座をし、入口の土間に四人が立って並んでいる。
少年少女たちは、あからさまに不機嫌な顔をしていた。
「荒月頭領……わざわざ村にまで呼び出して……俺たちは課題で忙しいんですが……?」
「五連休の前に課題を終わらせておけって言ったのは、茜ばあちゃんですよねぇ……?」
「僕たちには雑霊警戒任務もあるんですよ……?」
「それで、わたしたちに、いったい何の御用でしょうか……?」
四人は半笑いをしながら睨みつけ、退魔師の長に向かって圧をかける。
荒月は気まずさのあまり咳払いをするしかなかった。
「忙しいのにすまんのう……呼び出したのは、大型連休中の指令を正式に出すためじゃ」
その言葉に、四人は怒りの表情のまま背筋を伸ばす。
早馬が気分を切り替えるように息を吐き、四人を代表して言葉を返す。
「霊能協会へ研修に行く、という話ですね?」
「ああ、そうじゃ。かねてより話していた通り、お前ら四人には、東京にある霊能協会の本部へと赴き、そこで研修を受けてもらう。内容は先方に一任してあるがの」
荒月がそう言い終わるや否や、聖菜が大きく前に飛び出した。
「トーキョー!? すっごい! 大都会じゃん! 東京行けるんですか! やった!」
聖菜は目を輝かせながら、荒月の両腕を掴んでその体を揺らす。
犬のように喜ぶ聖菜だが、そんな彼女から荒月は目を逸らしてしまった。
「そうじゃ、一応、東京じゃよ……」
荒月はどこか含みを持たせながら言う。聖菜はその意味を探ろうともせず、「とうきょう、とうきょう」と歌うように小さく跳ねていた。
頭領は再び咳払いをし、聖菜の両肩を押して彼女を引き剥がす。
「でじゃな! ここからが本題なのじゃが……お前ら四人には、研修のついでに、とある場所へ調査に行って欲しいのじゃ」
「とある場所、というのは?」
早馬はそう問いながら、聖菜の肩を掴んで彼女を列に戻させる。
整列した四人を順に見て、荒月は重々しく告げた。
「最近、世間を騒がしているという、心霊スポットじゃよ……」
そして翌週の水曜日、連休一日目。
高校生退魔師の四人は、鈍行列車のボックス席で顔を突き合わせていた。
「で、俺たちは無事に課題を終わらせて、新しく降ってきた任務に向かってるわけだが……」
早馬は現状を確認しつつ、車窓に目を向ける。
そこから見える景色は、広がる田んぼと高い山々、それと小さな集落。完全な田舎だ。そんな場所を通りながら、この二両編成のディーゼル列車は山のほうへと向かっていく
「ついでに、ってレベルじゃないだろ。完全に東京への道から逸れてるぞ」
早馬は顔をしかめる。
彼に続いて、良也が苦笑した。
「普通に部隊を派遣するか、近くの駐在組にでも任せればいいのにね」
「そうよそうよ。例の場所って、すごい山奥じゃない? 温泉街らしいけど、遠すぎるのよ」
鈴も頬杖をつきながら文句を言う。
二人の態度に早馬は微笑を浮かべ、車窓の景色から目を離す。彼は良也と鈴に顔を近づけ、周りの乗客に聞こえないように小声で話し始めた。
「で、今回の任務は心霊スポットの調査……と言いたいところだが、メインはその近くに棲みついた悪霊の浄化だ。悪霊は一体だけだが、雑霊が複数体いる可能性がある。レベル3相当の任務だな」
早馬の真剣な様子に、良也と鈴も真面目な顔で頷く。
「心霊スポットの調査は、あくまでもついでの任務ってことだね……ん? ということは、研修のついでに浄化任務があって、そのまたついでに調査任務があるってこと?」
「本業があるのはいいけど、ついでのついでまで任されたのね……わたしたち、信頼されているのやら、いいように使われているのやら」
嬉しさ半分、呆れ半分といった調子で、鈴はため息をついた。
そんな彼女に、早馬はおどけたように笑いかける。
「なぁに、連休中の圭市の雑霊警戒は村の組が交代でやってくれるみたいだし、今日の俺たちは温泉旅館に泊まれる。ちょっとした旅行として考えようぜ」
その言葉で、良也と鈴は頬を緩めた。
「そうだね。旅費は村が出してくれているし」
「遠くの温泉地になんて、めったに行けないものね」
そうして、三人の間には朗らかな空気が訪れた。しかし、すぐ近くに居ながらこの話の輪に入らない者が一人いた。
早馬は横の少女に目を向ける。
「で、聖菜はさっきから何を読んでるんだ?」
彼は訝しそうに訊きながら、聖菜の手元をのぞき込む。
聖菜は座席に深く座ったまま、雑誌を読みながら口を開いた。
「ん? 週刊誌ってやつだよ。漫画雑誌じゃなくて、変な記事がいっぱい載ってるやつ。暇潰しになるかと思って、乗換駅で買ったんだー」
彼女は平坦な口調で応え、雑誌を読み続ける。
「あ、芸能人のスキャンダルとか、しょーもないもの書いてるやつか」
早馬は眉をひそめつつ、記事に目を向けた。
見開きページの右側には「人気女優、都内ホテルで熱々のピザデリバリーデートか!?」と、斜め文字で大きく書かれてある。真ん中には、部屋から顔を覗かせながら配達ピザを受け取る女優の写真が大々的に掲げられている。
早馬は口をへの字に曲げた。
「面白いか、それ?」
「うーん、ふざけて読む分には面白いかな……あ、そういえばこんな記事があったよ!」
聖菜はページをめくり、他の三人に向けて誌面を突き出す。
早馬、良也、鈴は顔を近づけ、記事を読み始めた。
「なになに……今話題の最恐心霊スポット! 某所廃トンネルに迫る!」
「トンネルの入口で白装束の女の霊、目撃証言多数!!」
「トンネルの先には旧日本軍の通信基地跡。関係者の怨霊か!?」
目に留まった文章を読み上げた後、四人は顔を見合わせた。
「ってここ、今から俺たちが行くところじゃねえか」
「茜ばあちゃんも世間を騒がせてるって言ってたし、結構有名なところなんだねー」
「女の霊……浄化対象の悪霊と、なにか関係あるのかな」
「任務中に肝試しのお馬鹿さんが来たら嫌よね」
四人は神妙な顔で、互いの目を見る。それから、意見を求めるかのように、三人の視線が早馬に集まった。
早馬は小さく息を吐き、顔を引っ込めて座席に背中を預けた。
「ま、とにかく。詳しいことは現地に着いてからだな。週刊誌なんか、あてにならねえよ」
真っ当な方針が示され、良也と鈴も姿勢を元に戻す。
「そうだね。地元の人なら、何か知っているかも」
「悪霊が居るなら、早いうちに浄化する。それだけよね」
そうして、四人はリラックスしながら、揺れる列車に身を任せた。
だが、数秒後、聖菜が思い出したかのように週刊誌のページをめくり始めた。
「そうそう! 確か、あの、連続殺人鬼の古峰志朗の記事もあったよ」
その言葉に、早馬は眉をひそめた。
世間を騒がしている程度で言えば、心霊スポットなどよりもこの人物のほうが遥かに上だ。毎日のように報道され、全国に指名手配されていて、そして現場に書置きなどの証拠を残しているにもかかわらず、いまだ目撃情報も無いまま犯行を繰り返している、不可解な狂人だ。
早馬は気だるげに聖菜へと目を向ける。
「どんな記事だ?」
「うーんとね……古峰は日本最高学府卒業の元官僚で超エリートとか、貧しい家の出身だとか。あと、被害者のほとんどが良くない噂のある人とか。そんな感じ」
聖菜は平坦な声でそう言う。
彼女の視線につられるかのように、早馬は記事に目を移す。
そこには古峰志朗の顔写真が張られていた。輪郭は細く、全体的に整った顔。縁の細い眼鏡をかけていて、髪は少し長め。その鋭い表情からは、聡明で正義感の強い印象を受ける。
また、記事には、被害者への不道徳的な疑いとともに、古峰志朗を世直しのヒーローだと称賛する声も紹介されている。
早馬は記事を読むのを止め、外の景色に視線を移した。
「どこまで本当なんだか」
「さあね~。さっさと捕まればいいのにね」
聖菜も週刊誌を自分の手元に戻し、半笑いで別の記事を読み始める。
四人は雑談を交えながら、列車の旅を続けた。




