5-5 見送り
病院での騒動から二日後、水曜日。
早馬と聖菜はいつも通りの午前を過ごした。朝の準備も、登校も、授業も、何もかもが普段通りだった。病院でのことも、尾を引いていなかった。
月曜の雑霊警戒が終わった後、早馬と聖菜は退魔村にその日の出来事を報告した。また怒られると思っていた二人だったが、頭領の茜からは「よくやった」の一言があっただけだった。
午前の授業が終わり、昼休みになる。
早馬と聖菜は教室を出ると、中央階段には向かわずに西の階段を早足で降り、駐輪場へと行って物陰に隠れ、そこで体内に霊力を巡らせて不可視の状態になった。
聖菜は早馬を背負い、学外へと飛び立った。
二人は圭市の南へと向かう。南北の境界である銅鏡川を越え、住宅街を過ぎる。そうして辿り着いたのは、葬祭会館だった。
そこでは浜田家の葬式が行われていて、早馬と聖菜が着いた頃にはちょうど送棺の時間になっていた。喪服姿の人々が式場から出て、出口への道を挟むようにして並んでいく。参列者は三十人ほどだ。
そして、白い棺桶が式場スタッフや親族に運ばれて出てくる。その上には、二人が助けたあの老婆霊が白装束を纏った姿で浮かんでいた。
早馬と聖菜は不可視の状態のまま、見送りの列にひっそりと並ぶ。
老婆霊は参列者を見渡していく。すると、彼女の目に退魔師の姿が映った。彼女は目を見開き、二人のもとへと飛んだ。
「あの時のお二人さん! わざわざ来てくださったの!?」
老婆霊は驚きの声を上げながら、退魔師の前に降りる。
その慌てた様子に二人は困惑してしまったが、すぐにいつもの調子に戻って彼女に応えた。
「ええ。何かの縁ですし、お見送りくらいはしようと思いまして」
「ちゃんとあの世に行けそうかどうかの確認も兼ねてますよ」
早馬は真面目に言い、聖菜はおどけたように胸を張る。
聖菜は老年女性の全身を見て、力を抜くように微笑んだ。
「その様子だと、大丈夫みたいですね。浜田清子さん」
目の前の霊の名を呼んで、聖菜はもう一度その霊体を見る。
浜田清子の霊体は、白装束に身を包んでいて、清らかな印象を受ける。おそらく、遺体の姿が霊体に反映されているのだろう。そしてその霊体は、二日前の死亡直後に比べて色がかなり薄くなっていた。
小さな白い光の粒を発しながら、清子は頷く。
「ええ、おかげさまで。思い残すことなく、向こうに行けます」
彼女はそう言った後、二人の姿をまじまじと見た。
「それにしても……あなたたちって、鷹原高校の生徒さんだったのね。今日は平日でしょう? 学校は大丈夫なの?」
清子は二人の詰襟とセーラー服を見ながら、いたずらな笑みを浮かべる。
早馬と聖菜は揃って自分の頭に手を置き、清子の表情を真似た。
「今は昼休みなので、抜け出してきました」
「お見送りが済んだら、すぐに飛んで帰ります」
そう言って、三人は穏やかに笑い合った。
こうしている間に、棺桶が霊柩車の中に仕舞われていた。遺族が次々と自動車に乗り込み、火葬場へと向かう準備が進んでいく。
清子は真面目な顔で微笑み、退魔師二人の目を見る。
「ねぇ、お二人のお名前を教えてはくれないかしら? 人生最後の恩人だもの」
その言葉に、早馬と聖菜は顔を見合わせた。
自分たちの素性をみだりに明かすのは、やめたほうがいいだろう。しかし、相手はあるべきところに還ろうとしている幽霊だ。名乗ったところで弊害は無い。そもそも、素性を隠す必要があるのなら、学校の制服でこの場所に来ることはない。
二人は頷き合い、清子をまっすぐに見つめた。
「山坂早馬、です」
「月宮聖菜、ですよ」
透き通った声に乗せられ、二人の名前が清子の耳に届く。その感覚を噛み締めるかのように、彼女は満足げに頷いた。
「そう……山坂早馬さんに、月宮聖菜さん……いいお名前ね」
清子はそう呟いて、退魔師の二人を見る。
この少年少女に対して、彼女は何かを言いたくなった。だが、それを言ってしまえば、二人のこれからに差支えがあるかもしれないし、なにより無粋というものだろう。彼女は微笑みながら、その言葉を呑み込んだ。
清子は二人に向けて、深く礼をする。
「本当に、ありがとうございました。それでは、いってまいります」
「ええ、ご冥福をお祈りします」
「さようなら、おばあさん」
退魔師二人の言葉を受け、老婆霊は頭を上げる。彼女は潔く二人に背中を向け、霊柩車のところへ飛んでいく。その中に入るまで、彼女は後ろを振り返らなかった。
霊柩車が走り出す。
早馬は小さく頭を下げながら、聖菜は小さく手を振りながら、浜田清子の旅立ちを見送った。
病院での件に片を付けた早馬と聖菜は、急いで学校へと飛んで戻った。だが、二人が駐輪場に降り立ったのは昼休み終了の五分前。昼食をとる暇など無かった。
二人は不可視状態のまま無人のトイレに駆け込み、そこで霊力を沈静化させて他人からも見える状態に戻した。それから急いで教室に駆け込み、次の授業に備えた。
何事も無かったかのように、午後の授業が始まる。
生徒たちはいつもと同じく、真面目に学習に取り組んでいる。なかには眠気に抗っている者や居眠りをしてしまっている者も居るが、これも日常の風景だ。
しかし、早馬と聖菜は違った。いつもは熱心に授業を受けているのだが、この時ばかりは力尽きたように机に突っ伏してしまっていた。
(腹減った……)
(集中できない~)
なんとかノートをとろうとするものの、それが限界だった。時折腹を鳴らしては教師や同級生に笑われてしまった。
一人の女性の尊厳を救った退魔師も、学校に戻ってしまえばただの高校生に過ぎないのだった。
ちなみに、その後の空腹は、休み時間に菓子を食べることでしのいだ。放課後は良也と鈴を捕まえて商店街に行き、買い食いをした。そのおかげか、夜の雑霊警戒には支障が出なかった。
食事を完全に抜くのは避けようと、早馬と聖菜は心に誓った。
第5章はこれで終わりです。執筆ペースが変わらなければ、第6章の更新は半年後になると見込んでいます。気長にお待ちください。




