5-2 戻ってきた日常
退魔村での大説教の翌日。月曜日の朝。
早馬、聖菜、良也、鈴の四人はいつものように赤い大橋で合流し、河川敷の道路を歩いて登校していた。
その途中、聖菜がだらしない笑みを浮かべて言葉を発した。
「いやー、昨日の打ち上げはよかったねぇ」
彼女は背中を丸めながら、両腕をぷらぷらと揺らす。表情も完全に緩み切っていて、その口からはヨダレが垂れそうになっていた。
早馬も聖菜と同じ顔をする。
「そうだなぁ。特上の牛肉に、高級な海鮮……あんな時じゃないと食えないもんなぁ」
彼は背筋を伸ばしてポケットに両手を入れ、快晴の空を見上げながら昨日のことを思い出す。この男もまた、ヨダレを垂らしそうになっていた。
その隣で、良也と鈴も上機嫌に笑う。
「今までよりもずっと美味しく感じたよね」
「今回は私たちが主役みたいなものだったし」
ただ、こっちの二人はヨダレを垂らしたりなどせず、姿勢良く歩きながら品のある笑みを保っていた。
そこから数歩進んだところで、四人は一斉にため息をついた。
「でもさぁ、やっぱ物足りなかったよなぁ……」
「退魔村にずっと居た頃は飽き飽きしてたけど……」
「イノシシのお肉、食べたかったよね……」
「あの妙な臭みが恋しくなるのよね……」
四人はそう言って、少し昔のことを思い返した。畑に侵入してきたイノシシを退魔師の力で狩り、解体が得意な人のところへ持っていって食肉処理してもらい、近所で集まってシシ鍋を食べた。
その映像が脳裏を流れ、四人の顔がほころぶ。
しかし、少年少女たちは首を横に振って、その思い出を払いのけた。
「ダメだダメだ! 俺たちは都会の人間になるんだ。都会人はイノシシなんか食べねえだろ。あと他の害獣も食べない!」
「そう! 食べるのは! お洒落に、鶏! 豚! 牛! カニ! エビ! マグロ!」
「お洒落かな、それ……」
「そのうち、都会の人のほうが獣のお肉を食べるようになったりして」
早馬と聖菜は両拳を握り締めて意気込み、良也と鈴は苦笑しながら突っ込みを入れる。そして、早馬と聖菜が「まさか」と鈴に突っ込み返した。
四人は朗らかに笑い、この瞬間を楽しむ。
だが、それが落ち着くと、早馬と聖菜は真剣な面持ちで肩をすくめた。
「それはそれとしてな。本当に問題なのは俺らへの評価だぜ」
「またイチからやり直しだよ……連絡とか報告とか、ちゃんとやらないとね」
二人は本気で落ち込んでいた。
都市部の圭市に引っ越してから約三週間、自分たちなりに頑張ってきた。雑霊警戒や悪霊浄化任務、部隊での遠征任務、そして満月警戒と、任務レベル1~5のすべてを経験し、大きく成果を上げたつもりだった。
しかし、本当に大切だったのは個人の成績などではなく、退魔村全体として円滑に使命を果たすことだった。目の前のことに熱くなりすぎ、独断専行で全体を混乱させ、結果的に悪霊浄化の使命を果たせなくなってしまっては、元も子もない。
満月警戒での成功と大失敗は、早馬と聖菜の心に深く刻み込まれていた。
二人がため息をつき、背中を丸める。
これ以上放っておけば、早馬と聖菜は取り返しのつかない程度にまで落ち込んでしまうだろう。
そうなる前に、良也と鈴は慌ててフォローを入れた。
「ま、まぁ、浄化任務自体はこれまで通り頑張ればいいから。失敗したのは満月の時だけだから、ね?」
「油断せずに続けていれば、きっと評価はうなぎのぼりよ、ね?」
良也と鈴は必死に元気づけようとする。
この二人もまた、頭領荒月からの叱責を深く受け止めていた。ただ、それを引きずらない強さを持っていた。
そんな戦友に励まされ、早馬と聖菜は表情を明るくした。
「ま、そうだな。こういうのは焦っちゃいけねぇ! 確実にやっていこうぜ!」
「通喜山ペアもギャルペアも通った道! あたしたちもいつか追いつくよ!」
二人は意気揚々と拳を握る。
親友の機嫌が戻り、良也と鈴も朗らかな表情を浮かべた。
「一回の大失敗でへこたれている暇なんてないもんね」
「そうそう。自惚れずに、地道に進みましょ」
自分たちの言葉で、四人は頷き合った。
退魔師としての実力も信頼も、一朝一夕で得られるものではない。勉強やスポーツ、文化活動などと同じように、日々の積み重ねが大事なのだ。
新たな出発を再確認するかのように、早馬が両拳を叩き合わせる。
「それじゃ! 良い大学を出て大都会のエリートになるために、そして最高クラスの黒服の退魔師になるために、今日も一日頑張ろうぜ!」
「「「おー!!!」」」
早馬の音頭に合わせて他の三人が応え、四人は拳を天高く掲げる。
そうして、少年少女たちはやる気十分に通学路を歩んでいった。
鷹原高校での一日が始まる。
全国的な学力は中の上もしくは上の下といったところだが、それでも県内トップの公立進学校。授業中に私語は無く、生徒のほぼ全員が真面目に学習に取り組んでいる。
早馬と聖菜は理系クラスで、良也と鈴は文系クラスで、やる気満々に授業を受ける。休み時間になると、四人はそれぞれの友人と和やかなひと時を過ごした。
早馬と聖菜は相変わらず教師たちから質問攻めを受けた。だが、二人はすべての問いにしっかりと答えていた。二人の様子が元に戻ったことに、クラス担任の数学教師谷口や他の教員たちは安堵した。
そして昼休み、四人は揃って食堂に向かった。
聖菜たちを目にしたカウンターのおばちゃんは、心配そうな表情を浮かべる。しかし、少年少女の雰囲気が明るいことに気付くと、彼女はすぐに笑顔になった。
「お!? 陽善村の四人組! 来たわね! 今日もB定の大盛り?」
「それを四人分お願いしまーす!」
聖菜は受付に向けて右手を突き出し、指を四本立てる。
Vサインのごとく出されたその勢いに、おばちゃんは豪快に笑った。
「わはは! 今日も食べるわねー! はい! 一人五百円ねー! B定大盛り四人前でーす!」
おばちゃんは奥の調理場に向けて大声を出す。そして、柔らかな笑みを四人に向けた。
「元気そうでよかった」
「ええ! 村の用事も無事に終わったんで!」
聖菜はそう言って、白い歯を煌めかせる。
この少女だけではなく、横にいる早馬と良也と鈴も、晴れやかな顔をしている。三日前の重い空気が夢や幻だったかのように、四人は元気さを取り戻していた。
「本当に、よかったわ……じゃ、そこで待ってて!」
おばちゃんは心底嬉しそうにしながら四人から五百円硬貨を受け取り、上機嫌で調理場へと向かっていった。
少し経って、四人は膳を受け取った。
本日のメニューは豚肉と玉子の野菜炒めだ。それに味噌汁と大盛りの白米と少しの漬物が添えられている。やはり量が多く、運動部の男子向けの盛り付けだ。
四人はいつも通りに隅のテーブルに陣取り、食事に専念した。半分食べたところで他愛もない話をして小休止を挟み、再び集中して食べ進んだ。全員、しっかりと完食した。
食器返却時、おばちゃんはまた嬉しそうに笑っていた。
昼休みの後は、わずかな眠気に抗いながらも授業を受けた。午後3コマの授業を乗り切ると十分間程度の掃除がおこなわれ、ホームルームとなり、放課後となった。
ほとんどの生徒が部活に向かうなか、早馬たち四人は中央階段で合流して下校した。
夕日が差す商店街を抜け、交通量の増えてきた大通りを渡り、住宅地を歩き、銅鏡川の横道に出る。
川の水面が揺れ、キラキラと光る。ほどよい気温と、暖かな色彩に染まった風景が少年少女たちを包み込む。
「うーん! 今日も一日頑張ったー!」
聖菜はリラックスした様子で、大きく伸びをする。
その横で、早馬は首をゆっくりと回し、良也と鈴も肩を揺らして体をほぐす。
「真面目に授業を受けると、疲れるな」
「でも、これでまた一歩、目標に近づいたよね」
「受験に向けて、一緒に頑張りましょ」
穏やかな風が四人の頬を撫でていく。まるで、勉学に励む高校生たちをねぎらっているかのようだ。
風が止み、早馬が大きく息を吐く。すると、彼の顔が真剣なものに切り替わった。他の三人もまた、前を向いて表情を引き締める。
「まだ今日は終わりじゃないけどな」
「あたしたちの大事な使命が残ってるもんね」
「地味な仕事だけど、一番大切だよね」
「雑霊警戒、手を抜かずにやりましょう」
四人はそう言って赤い大橋で別れ、それぞれの部屋へと帰る。その後、雑霊警戒任務を開始した。




