5-1 凱旋
「バカモーーーーーーーーン!!!!」
山坂早馬、月宮聖菜、月影良也、そして皆津木鈴の四人を出迎えたのは、退魔村頭領の怒号だった。
頭領の荒月茜が放った怒声は、公民館の壁を突き抜けて陽善村に響き渡り、周囲の山々に木霊した。
「なんですか、いきなり! せっかく英雄が帰ってきたっていうのに」
公民館の土間で、早馬は縮こまりながらも冗談めいて言う。
板の間に正座している荒月は、彼の余計な一言を受けて顔に青筋を立てた。
「このバカモノーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
先ほどのものを遥かに超える声量で、荒月は四人を怒鳴りつける。
空気が大震動するほどの喝に、四人は思わず耳を塞いだ。
荒月の怒号が終わるのと同時に、聖菜は早馬に耳打ちをする。
「これマジなやつだよ」
「ああ、おふざけ禁止だな」
二人は真面目な顔で言葉を交わし、荒月に向かって直立する。それに倣って、良也と鈴も姿勢を正し、手の指先までしっかりと伸ばした。
だが、頭領荒月の怒りはその程度では収まらない。
ここからが本番だと言わんばかりに、彼女は四人を指差して睨みつける。
「早馬! 聖菜! 良也! 鈴! 貴様ら! なぜここに呼ばれたのかわかっておるのか!」
荒月は鋭い眼光を一人ずつ順番に突き刺す。
頭領からの問いに、早馬が四人を代表して一歩前に出た。
「は、はい! 一昨日の満月の夜、勝手な行動をした件ですよね!」
「わかっておるなら話は早いわーーーーーーーーーーーー!!!!」
荒月は鬼の形相で早馬に人差し指を向ける。
「まず早馬! お前は雑霊を発見して以降、ワタシからの連絡を受け付けなかった! 標的が悪霊化した際にも、その報告を一切しなかった! 勝手に街なかで悪霊を追い回し、挙句の果てには大通りなんかで戦いおって! そのせいで退魔村本部は混乱しっぱなしだったんじゃ! 小隊長が周囲や本部との連携をとるのは基本中の基本じゃろうがああああああ!」
荒月から非難の嵐が早馬に押し寄せる。
「しゅ、しゅみましぇん……」
頭領の言葉が終わる頃には、早馬はすっかり小さくなってしまっていた。
だが、これは序の口。荒月はすぐさま矛先を聖菜に向けた。
「次に聖菜! お前は早馬の相浄じゃろうが! 似た者同士とはいえ、早馬が正しいのかどうか疑問を持たんか! 同調するだけでなく、あえて反対のことを言うのも相浄の役目じゃぞ! お前らの勝手な行動で、日本全国の警戒態勢に大きな影響が出たんじゃ! どう責任を取るつもりじゃああああああああああああ!」
荒月からの喝が容赦なく聖菜に浴びせられる。
「ひっ……! ご、ごめんなさいっ……」
これにはさすがの聖菜も、涙目になって背中を丸めてしまう。
しかし、荒月の噴火はまだ続く。彼女の人差し指が角度を上げた。
「良也! 貴様もじゃ! 霊力通信が苦手とはいえ、それでも周囲の組と連絡をとらんか! そして早馬と聖菜を止めんか! お前まで無謀なことをしおってからに! お前までもが状況を報告せんから、お前らへの救援が遅れたんじゃぞ! 退魔村は危うく四人もの退魔師を失うところだったんじゃ! お前は、事の重大さをわかっておるのかあああああああ!」
気弱な良也に対しても、荒月の態度は変わらない。
「め、面目次第も、ございません……」
言い返すことなど到底できず、良也は消え入るかのように頭を深く下げた。
叱咤はこれで終わらない。荒月は右腕を振り上げた後、最後の少女に向けて人差し指を振り下ろした。
「そして鈴! お前は自身過剰なんじゃ! いや、お前ら四人全員が! 鈴の攻撃が通用せんなら、もうお前らだけでは無理なんじゃ! それなのに! なにゆえ満月の悪霊を! いや、大悪霊を! お前ら四人だけで浄化できると思ったんじゃ! 少しは疑問を持たんか! お前ら四人が死ねば、悪霊を止める者がおらず、被害は甚大なものになったんじゃぞ! わかっておるのか小童があああああああああああああ!」
荒月はトドメとばかりに怒声を響かせる。
「お、おっしゃるとおりです……」
これには鈴も、頭領の言葉を全面的に受け入れざるを得なかった。彼女はしぼんだ顔で小さく頭を下げた。
「はぁ、はぁ、はぁ、まったくもう……ぜぇ、ぜぇ」
止まることなく四人を叱り終え、荒月は息も絶え絶えといった様子だ。それでも彼女は呼吸をすぐに整え、駆け出し退魔師の四人を見渡した。
「しかし現実として、お前たちはたった四人で満月の悪霊を浄化した。それはとんでもない大戦果で、戦闘能力は認めざるを得ないじゃろう。霊力値が平均以下であるにもかかわらず、じゃ。黒服をやってもいいくらいじゃよ……」
荒月のその言葉で、四人の顔が明るくなった。
黒服。それは人口二千人の退魔村において、最上位の退魔師である証。戦闘能力はもちろんのこと、部隊の指揮能力、後進育成能力、そして組織運営にも優れた組に送られる、退魔村の要とも言える称号だ。
それを授けてもいいというのは、少年少女四人にとっては最大級の褒め言葉だった。顔がほころぶのも無理はない。
しかし、それを言った荒月は再び怒り顔に戻った。
「じゃがな! 組織の一員としては失格じゃああああ! 周囲との連携を怠り、本部への連絡をせず、指揮系統を混乱させ、各組への負担を増大させた! 下手に戦果を上げたせいで、今後、お前らの無謀を真似する輩が出ないとも限らん! お前ら四人の評価は地に落ちた! 今すぐ圭市駐在組としての任を解き、村に戻して再教育を施さねばならんのう! 学校も他の奴らと同じ、近くの高校へ転校じゃああああ!」
荒月は片膝を立てて身を乗り出し、事の重大さをその身で示す。
最高の褒め言葉から、最低の評価へ。あまりの急降下ぶりに、四人は顔面蒼白になった。そしてすぐさま土下座をする。
「そ、それだけはご勘弁を!」
「ごめんなさい! どうか、どうかご慈悲を!」
「ちゃんと任務をやります! 苦手なことも克服しますから!」
「せっかく鷹原高校に受かったんですから! やり直させてくださいお願いします!」
早馬、聖菜、良也、鈴は順番に声を上げ、頭領に許しを請う。
そんな四人の姿を見て、荒月はため息をついて正座に戻った。
「今回のことはまぐれだったと、そう思っておるか?」
「思っています! 運が良かっただけです!」
荒月からの質問に、四人は声を揃えて即答する。
頭領は大きく息を吐き、土下座中の四人を厳しい目で見つめる。
「退魔村の一員として、霊能力者の一人として、他者と協力しながら任務にあたれるか? 二度と無茶なことはしないと、誓えるか?」
「誓えます! 誓います!」
四人の声に迷いはなかった。
荒月は少年少女へ厳しい視線を刺し続ける。
「これまで通り、勉学に励み、雑霊警戒を欠かさず、浄化任務を確実にこなせるか?」
「やります! やらせてください!」
四人は間を置かずに、必死な声で答えた。
ここで、荒月の表情が緩んだ。
「ならばよし! 山坂早馬! 月宮聖菜! 月影良也! 皆津木鈴! この四名に、圭市駐在組としての任を続けることを命ずる! 己が退魔村の一員であること、ゆめゆめ忘れるでないぞ!」
頭領は澄み切った声で裁定を言い渡す。
四人は一斉に顔を上げた。少年少女の目に、厳しくも優しい茜おばあちゃんの顔が映る。高校生退魔師たちは再び勢いよく頭を下げた。
「承知しましたー!」
「誠心誠意、努めて参りますー!」
「ご忠告、心に刻んでおきますー!」
「この御恩は一生忘れませんー!」
早馬、聖菜、良也、鈴の四人は額を地面に押し付け、時代劇のような芝居がかった声と台詞で頭領への感謝を表した。
荒月はそんな四人の姿を見て苦笑する。
「まったく、いちいち大袈裟な奴らじゃ。真面目なのか、ふざけておるのか、わからん……まあ、だからこそ憎めんのじゃが」
彼女はそう呟いた後、圭市駐在組の少年少女たちに優しく声をかけた。
「ほれ、顔を上げよ。お説教はここまでじゃ」
茜はそう言って手を叩く。
四人は言われたとおりに体を起こした。
それと同時に屋内の襖が開かれ、二人の男女が姿を現した。
「ふははは! 英雄ども! こってりしぼられたな!」
「この前に言い損ねたこと、全部言ってくれたわね」
五分刈りの男は豪快に笑い、ショートヘアの女は楽しそうに微笑んでいる。
この二人こそ、最上位の退魔師、黒服の通喜山総二郎とその妻、菫だ。上質な黒色の袴と上衣に、白い羽織。シンプルでありながら品の高いこの格好が、早馬たち四人の、ひいては全退魔師の憧れだ。
総二郎と菫を見るや否や、早馬は引き攣った顔で跳び上がった。
「うわあああああああああああ! 二人とも聞いてたんですかーーーー!!?」
早馬は絶叫し、両手で自分の顔を覆い隠す。
頭領からのあの大説教を、目標としている二人に聞かれていたのだ。早馬は恥ずかしくて仕方がなかった。
「聞いていたのは、私たち二人だけじゃないわよ」
菫はそう言って目を細めながら、手元の受話器を四人に向けた。
『もうオレらより強くね? ヤバくね? でも連絡しないのはダメじゃね?』
『満月の悪霊をたった四人でって……ただのバカじゃん、ウケる』
黒電話の受話器から、チャラついた男女の声が聞こえてきた。
その声の主が分かった瞬間、今度は聖菜が跳び上がった。
「うわあああああああああああ! 薫くんと桜子ちゃんにも聞かれてたああああああ! ギャルペアにバカとか言われたくないいいいい! 偏差値高くても言われたくないいいいいいいいいいいいい!」
聖菜は顔を真っ赤に染め、頭を両腕に抱えてうずくまった。
電話口の向こうにいるのは、有明薫と月田桜子。現在、大都市のエリート大学に通う学生で、将来の黒服候補とされる退魔師だ。聖菜はこの二人を内心バカにしつつも尊敬しているため、自分の失態を知られるのは恥ずかしかった。
早馬と聖菜が悶え、良也と鈴が耳まで真っ赤にして俯いている。
そんな状況を見ていられなくなり、荒月は払うように手を振った。
「これこれ、お前たち、そのくらいにしておいてやれ。程度は違えど、己も通った道じゃろうが」
荒月はため息交じりに言う。
すると、今度は総二郎と菫が気まずそうに早馬たちから目を逸らし、電話口の薫と桜子は「うっ」と言葉に詰まった。
今は現場のリーダーである通喜山ペアも、先の遠征任務で優秀な働きを見せた有明・月田ペアも、以前は早馬たちのように任務での先走った行いを怒られていたのだろう。
この場の全員が黙ったところで、荒月が咳払いをした。
「で、説教が終わった今、お前たち四人が呼ばれたもう一つの理由はわかっておるな?」
彼女の言葉に、早馬と聖菜は顔を上げる。
しかし、答えがわからずに呆然としてしまった。大叱咤を受けて落ち込み、恥ずかしい思いもしたばかりの少年少女たちは、まだ頭を切り替えられていないのだろう。
そこに、外から何やら香ばしい匂いが漂ってきた。
ここでようやく、早馬と聖菜が理解した。
「あ、そうか。満月の後といえば……」
「誰も死ななかった時は……」
二人の呟きに、荒月が口元を大きく上げた。
「そうじゃ! 宴じゃ!」
その瞬間、村中から歓声が湧き上がった。
それから間を置かずに、公民館の奥から早馬たち四人の親が颯爽と飛び出てきた。親たちは呆然としていた四人を力技で立たせ、その手にプラスチックコップを持たせ、そこにオレンジジュースを注いだ。
親たちの素早い行動に四人は戸惑った。だが、すぐに吹っ切れて互いに微笑み合った。
「皆の者! 盃は持ったな!」
荒月が声を張る。
よく見ると、彼女の右手にはお猪口があった。その中では澄み切った日本酒が静かに揺れている。四人の両親たちや総二郎と菫も同様に、いつの間にかお猪口を用意していた。
そして、早馬と聖菜の横には、小学生の柳田秀と水谷紗夜が駆けつけていた。二人は高校生たちと同じようにオレンジジュースの入ったコップを手に持っている。
荒月は大きく息を吸い込む。
そして、腹の底から喜びの声を上げた。
「無事に満月を乗り越えたことを祝し、乾杯!」
「カンパーイ!」
村中の人々が一斉に杯を高く掲げ、祝杯を交わす。その後、退魔師たちは外で七輪を囲みながらご馳走を楽しむのだった。




