4-11 日常への帰還
その瞬間、彼の頭に大声が響いた。
『早馬! 無事か! 生きとるなら返事をせい! 早馬!』
怒鳴り声にも似た呼びかけにより、早馬の目が覚める。
心臓が飛び跳ねそうなほど彼は驚いたが、身体は動かなかった。せいぜい、まぶたが上がる程度だった。
早馬は右手を無理矢理に動かし、自分の頭に添える。
「うるっせぇなババァ……静かに死なせろよクソがぁ……」
彼は思わず悪態をついてしまう。
たった四人で満月の夜の悪霊を浄化するという大戦果を上げたことで、彼はもう死んでも悔いは無いと思っていた。このまま終われたら、本当に綺麗な終わり方だった。まるで映画のような幕引きになっただろうに、それを邪魔されたのだ。不機嫌になっても仕方がない。
頭領の荒月は怒声を浴びせ、その青臭い願いを掻き消す。
「ババアとはなんじゃババアとは! まったく! こっちからの連絡を全部無視しおって! 浄化対象が悪霊化したなら報告せんかい! 非常事態中の非常事態なんじゃぞ!」
彼女の叱責が早馬の頭で反響する。
早馬は一気に現実へと引き戻され、いつもの自分になった。
「ああ、しまった……完全に忘れてた……すみませんでした……通信を受ける余裕も、誰かに報告する余裕も無かったんです……完全に俺の力不足です……」
彼は苦い顔をして、しおらしく言う。
これにはさすがに荒月も怒れなくなり、声を穏やかにする。
『ふう、まあよい。今、そちらに救援を送っておる。あと少しで着くじゃろう。後のことはそやつらに任せるがよい』
「は、はい……助かります……」
『まったく、たいしたもんじゃよ。このクソガキどもが』
荒月はどこか嬉しそうにそう言って、霊力通信を切った。
早馬に再び静寂が訪れる。
浄化の残滓はすでに消え、目には青い満月だけが映る。雲一つないのに、月があまりにも輝きすぎていて、星がまったく見えない。また、夜のピークも過ぎたのか、繁華街のほうからもほとんど音がしない。これまでの激闘が幻だったかのような静けさがあった。
だが、それもすぐに終わる。
空に五つの影が見えたかと思うと、それらが早馬の近くに降りてきた。おそらく退魔村からの救援だろうが、今の彼にはそれを確かめる力すら残っていなかった。
誰かが早馬のもとに駆け寄ってくる。
「おい! 山坂の早馬! 聞こえるか!」
「この声は……総二郎さん……?」
早馬は右に目を向ける。
そこには、確かに通喜山総二郎が居た。彼はしゃがんで、こちらを見ている。白い羽織の下には、黒い上衣と袴。現役最強の退魔師が来たことに、早馬は安心と喜びを感じた。ただ、総二郎のほうはかなり焦った表情をしている。
そして、もう一人が悲痛な声を上げた。
「大変っ! ひどい怪我!」
「菫さんまで……」
早馬は左に目を向け、通喜山菫の姿を見る。
総二郎と同じ黒服の彼女は、立ったまま両手で口を覆っている。あの冷静沈着な退魔師が動揺していることに、早馬は驚いた。それほどまでに自分の状態は酷いのだろうか。いや、そんなことはないだろうと彼は思う。
早馬は心配をかけさせないために、上半身を起こした。
「いてててて……」
全身に痛みが走り、血液が顔を伝っていく。それでも、身体は動いた。
そんな彼に対し、総二郎と菫は余計に心配してしまう。
「おい、無理をするな!」
「そうよ! 寝ていなさい!」
「いえ、俺はまだ霊力が残ってるんで……」
早馬は強がりを言って、周囲を見渡す。
通喜山ペアの他にも四組の退魔師が応援に来ている。そのうちの三組は倒れている聖菜、良也、鈴のそばに居て、残りの一組は周囲の警戒にあたっている。
「俺たちのために十人も……大袈裟すぎませんか?」
早馬は申し訳ない気持ちで、総二郎を見上げる。
総二郎は真面目な顔で隊員たちを見ながら、首を横に振った。
「これでも少ないくらいだ。今夜の任務はレベル5。この前の任務より遥かに危険なんだ。それは、お前たちもよくわかっているだろう?」
「はい……死ぬ気でやらなきゃ死んでました。いや、運が良かっただけか……」
早馬は奥歯を噛み締める。
達成感が小さくなり、代わりに恐怖感が湧いてきた。何かが一つ違っただけで、自分たち四人は死んでいたかもしれないのだ。死んだ後のことは、もう考えたくもない。
そんな彼の耳に、菫の声が聞こえる。
「とりあえず、四人を安全なところに運びましょ。このままじゃ車に轢かれてしまうわ」
彼女は深刻な顔で総二郎に進言していた。
早馬たち四人が倒れているのは路面電車の線路上。しかし、その横の車道では、まれに自動車が通行している。誰かがハンドル操作を誤って突っ込んでこないとも限らない。
「そうだな……みんな! 要救助者四人をあのビルの屋上に移動させよう!」
総二郎の号令で、退魔師たちは動き出した。
菫は早馬を抱え、指示された場所へと空中移動で向かっていく。他の三人も女の退魔師によって、同じ場所へと運ばれた。
この街で最も高いビルの屋上で、少年少女四人が寝かせられる。早馬以外は気絶したままだった。
避難が終わると、二組の退魔師はすぐに街中へ飛び降りていった。
総二郎以外の男の退魔師二人は早馬と聖菜のそばに座り、この二人の体を霊力で包み込んだ。
総二郎は立ったまま、早馬に声をかける。
「すまないな、何も敷くものが無くて。あとは俺たちが街の警戒にあたる。お前たちはここで寝ながら、傷を癒してもらうといい」
「あ、ありがとうございます……」
早馬は少し困惑しつつ、礼を言う。
(このおっさん二人が何をしているのかと思えば、霊力による治癒行為だったのか……)
彼はそう思って、右横の聖菜を見る。
早馬と聖菜が先に治療されているのは、負傷度合いが大きいからなのだろう。幸いなことに、良也と鈴はあまり怪我を負っていないようだった。
総二郎と菫が歩き出し、少年たちから離れていく。
二人は屋上の端に着いたところで、駆け出しの退魔師たちに振り返った。
「よくやった、早馬、聖菜、良也、鈴。これからも期待しているぞ」
「私たちも負けていられないわね」
最高ランクの退魔師は誇らしげにそう言って、屋上から飛び降りていった。
尊敬する二人の言葉に、早馬は思わずニヤついてしまう。残念なことに他の三人は気絶したままで聞こえていなかったが、もし聞いていれば彼と同じような顔をしていただろう。
早馬は霊力治癒による心地よさを感じながら、西に傾いた満月を眺める。
(俺たちはまだ始まったばかり。もっと頑張らないとな……)
決意を新たにし、早馬は深い眠りに落ちた。
温かな光を感じ、早馬は意識を取り戻す。
彼は目を覚まし、勢いよく上半身を起こした。
「あ、悪霊は!? ってかもう朝!? ここどこ!? え、え、え!? いったいどうなって……っ!?」
早馬は混乱してしまったが、すぐに事の詳細を思い出した。
「あー、そうだった。悪霊は俺たちが浄化して、その後は総二郎さんと菫さんたちが助けてくれたんだった」
顔に右手を当て、早馬は安堵のため息をつく。
それから自分の体を見て触った。悪霊に斬り裂かれたところに傷は無く、痛みも感じない。服の汚れも綺麗に落ちていて、破れていた箇所も修復されている。
「すげえな。何から何まで元通りだ。ありがとうございま……」
早馬は礼を言いながら後ろを振り返る。
だが、そこには誰も居なかった。屋上を見渡してみても、自分たち四人以外の姿は無い。治療してくれた男の退魔師二人と、自分たちの警備をしてくれた女の退魔師二人は、もうここには居ない。
「できる大人はクールに去ったか……俺も、怪我や物をなおせるように訓練してみるか」
早馬はそう言って、右拳を握った。
その時、聖菜、良也、鈴の三人が一斉に上体を起こした。
「んあ? ここどこ?」
「天国って、コンクリートだったんだ?」
「ふわぁぁ……お腹すいた……」
三人は寝ぼけ眼を擦りながら、間抜けな声を出す。
そんな仲間たちの姿に、早馬は吹き出してしまった。
「おはよう、寝坊助ども」
早馬は声をかけ、三人の目を覚まさせた。
その後、四人は円になって座り、早馬が昨夜の悪霊浄化後のことについて三人に説明をした。聖菜、良也、鈴は真面目に聞き、話が終わると同時に言葉を漏らした。
「そんなことが……全然気づかなかった……」
「やっぱり、ちゃんとした大人は頼もしいな」
「今度村に帰った時は、お礼言わないとね」
三人はそれぞれ言って、朝日を眺めながら感傷に浸った。
早馬は西の空を一瞥する。
もうそこに満月は浮かんでいない。禍々しくもあり、そして美しくもあった月は、すでに沈んでいる。これから一か月間、その姿を見ることは無い。
早馬は立ち上がり、屋上の縁石に両手をつける。
「さ、俺たちも行こうぜ」
彼は東の朝日に向かいながら、仲間の三人に言う。
その背中に、聖菜が問いかける。
「行くって、どこに?」
「決まってるだろ」
早馬は三人に振り返り、大手を広げて宣言する。
「土曜授業だよ!」
そうして、四人は無事に満月の夜の激闘から生還し、日常へと戻っていった。
四人は急いで自分のアパートに戻り、制服に着替え、ローカルコンビニ店で総菜パンをそれぞれ複数購入し、食べながら走って学校に向かった。校門を抜ける頃には食べ終わり、始業時刻にも間に合った。
土曜授業とはいっても、授業自体は平日と同じようにおこなわれた。少数の欠席もあったが、ほとんどの生徒がいつも通りの学習に励んだ。
早馬も、聖菜も、良也も、鈴も、いつも通りに真面目に授業を受けようとした。
しかし。
(ね、眠気が……っ!?)
(眠いねむいネムイ!!)
(満月任務の後にこれは、無理があるんじゃないかな……?)
(わたしは悪くない……悪いのは満月……お腹いっぱい……)
四人は眠ってしまった。
霊力治癒で怪我は治っても、疲労までは取り除けなかったようだ。また、いつもの調子で授業前にたくさん食べてしまったことも、眠気を強める要因になっていた。
「山坂くーん! 月宮さーん! ここ大事だから起きてくださーい!」
「月影君、皆津木さん。午前だけなので頑張りましょ」
四人はそうやって教師に起こされ、授業をしっかり受けようとするも、次の時間にはまた眠ってしまうというのを繰り返した。
悪霊から街を守った退魔師たちは、こうして高校生としての平和な時間を過ごすのだった。
第4章はこれで終わりです。(以下少し長めのあとがき)
作者の武池柾斗です。ここまで読んでくださりありがとうございます。
これまではほぼ毎日投稿というかたちでやってきましたが、書き貯めた分が無くなりましたので、第5章以降は数か月に一度、一つの章を投稿していく予定です。おそらく一日で一章分をまとめて更新することになるかと思います。様々な理由で定期更新は難しいため、ご理解いただけると幸いです。
活動報告にて月末に進捗状況をお知らせします。ちゃんと書いているか気になった場合はそちらをご確認ください。
さて、この小説の構成は入学編(導入部)、高一編、高二編、高三編、そして最終章の計5部です。文字数は全部で70万文字程度になると見込んでいます。この第4章で入学編の前半が終わりました。次からは入学編の後半に入ります。
かなりのスローペースでやっていくことになります。もしよろしければ、最後までお付き合いくださいますと嬉しいです。
ここからはこの作品について少し解説を。
この物語「ムーン・ライト 双浄の退魔師」は拙作の「ムーン・ライト」の親世代の高校時代を描いたものです。前作が2010年あたりの時代設定ですので、今作は1990年あたりになります。
前作と世界観は共通していますし、前作に登場する人物も一部ではありますが今作にも出てきています。ですが、前作を読んでいなくても大丈夫なように構成しています。過去編というよりは、世界観を共有した別の物語と言ったほうが正確でしょう。ですので、こうして別作品として新たに投稿することにしました。
前作は戦闘と恋愛が主な要素でしたが、今作は青春をメインに据えています。退魔師としての活動と学園生活を両立させながら少しずつ大人に近づいていく、そんな四人の姿を描いていけたらいいなと思います。
それでは、今回はこのあたりで。ここまでありがとうございました。次の章からもよろしくお願いいたします。




