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ムーン・ライト 双浄の退魔師  作者: 武池 柾斗
第4章 日常、そして満月の夜
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4-10 使命

 四人全員が、悪霊の力が増大したことを感じ取った。

 新しい作戦が、実行する前に頓挫した。


「ヤバイッ!」


 悪霊が行動を起こす前に、聖菜が突進する。


 蛇矛を振り上げ、スピードを乗せ、柄をしならせながら、悪霊の頭部にその長物を振り落とす。高威力の刃が目標に直撃し、黒い霧が噴き出す。


 聖菜は相手に向かって叫び上げる。


「あんたの獲物をあたしだ!」


 彼女は必死で他の三人を守ろうとしていた。自分だけが悪霊の攻撃に耐えられる、と判断したからだ。身体強化のできない男二人は言うまでもない。鈴も防御力については不安がある。自分以外を悪霊の標的にさせるわけにはいかなかった。


 聖菜は蛇矛を引き、突きを繰り出す。


 穂先が悪霊の頭部に刺さった。しかし、悪霊は怯まない。さらなる傷を受けることもいとわず、悪霊は頭を振って刃を体の外に追いやる。


 悪霊はそのまま前に踏み込み、聖菜の腹部に右掌底を叩き込んだ。


「ぐっ! う……っ!」


 吹き飛ばされそうになるが、聖菜は踏ん張った。息が詰まり、視界が揺れる。それでも、ここで倒れるわけにはいかなかった。


「おりゃあっ!」


 彼女は反撃として、穂先とは逆の部分である石突で悪霊の頭を横から殴る。

 だが、ほとんど効かなかった。悪霊の頭が少し横に向く程度だった。


 悪霊は突撃した。


 その無慈悲な体当たりで、聖菜は大きく突き飛ばされる。彼女は声を上げることもなく宙を舞い、地面を転がった。


 ここで、悪霊に若干の隙が出来る。


 鈴はこの好機を見逃さなかった。今すぐにでも聖菜のもとに駆け寄りたい気持ちを抑え、悪霊に向かって駆け出す。


 鈴は悪霊の背後に迫り、抜刀してその背中を横一文字に斬りつける。続けて、右手だけで柄を握り、刀を縦に斬り下ろした。


 二撃目は浅かった。だが、悪霊の背中に十文字の傷がついた。そこから大量の黒い霧が噴き出し、空中で消えていく。


 しかし、この程度で悪霊は怯まなかった。

 悪霊は後ろに身を翻す。そして、右拳で鈴の顎を殴り上げた。


 鈴の体は抵抗することもできずに宙に浮かび上がり、放物線を描いてアスファルトの道路に叩き落された。


 ゆっくりとした歩みで、悪霊が鈴に迫る。


 悪霊が余裕をかましているのか、それとも確実に仕留めようとして慎重になっているのか、それはわからない。だが、悪霊の意識がほぼすべて鈴に向いているということだけは明確だった。


 このチャンスを使うしかない。

 良也は足音を殺して動き、悪霊の側面に向けて巨大な霊力弾を撃ち放った。


 その青い砲弾は悪霊の側胴に直撃し、大爆発を起こす。青い閃光とともに胴体の一部が吹き飛び、猛烈な勢いで瘴気が全方位に飛び散り、消滅していく。


 悪霊の足が止まる。

 だが、それだけだった。


 悪霊の体内で霊力が動き、欠けた部位を埋めていく。修復はたった数秒で終わり、それと同時に悪霊が方向を変えて歩き始めた。


 今度の標的は、良也だ。


 早馬は思考を捨て、悪霊に向けて霊力弾を放つ。何発も撃つ。良也も悪霊に向けて撃った。しかし、悪霊は動きを止めない。


「あれ!? どうなっているの!? 止まって! 止まれって!」


 じりじりと悪霊が距離を詰めくる状況で、良也はパニックに陥った。彼は狂ったように霊力弾を連射するが、悪霊は怯まない。


 そして、捕獲を確信したのか、悪霊が良也に向かって駆け出した。


「っ! 結界!」


 早馬は反射的に霊力を使う。


 良也と悪霊の間に、青く半透明の球体が現れる。早馬はこの最も簡便な結界で良也を守ろうとした。


 悪霊が防御霊球に衝突する。早馬は力を込めるが、結界はいとも簡単に破壊されてしまった。だが、悪霊の勢いは大幅に弱まっていた。


 良也は悪霊の体当たりを受けたが、わずかに突き飛ばされる程度で済んだ。

 それでも、仲間がまた一人地面に転がる光景を見て、早馬は歯噛みする。


「クソったれが!」


 早馬は右手から霊力鞭を伸ばし、悪霊に巻きつける。


 彼は鞭を縮めて悪霊を引っ張り、良也から引き離す。そのまま悪霊を引き摺り、自分以外の三人全員から悪霊を遠ざけた。


 早馬は両手で鞭を握り締め、霊力を最大限に込める。霊力鞭が青く輝き、悪霊の体をさらに強く締めつけていく。


「さっきと行動パターンが変わったか……ただのゴリ押しになりやがった……このまま捕まえてやる……っ!」


 早馬は顔を歪めながら気合で悪霊を拘束し続ける。


 だが、彼がそう言った直後、その捕縛は無残にも内側から破られてしまった。霊力鞭が光の粒となって消えていくなかで、悪霊は余裕そうに首を鳴らすしぐさをする。


 早馬はよろける。しかし、彼はすぐに両手を突き出して六方体結界を作り出し、その中に悪霊を閉じ込めた。


 悪霊は折に閉じ込められた猛獣のように、霊力防壁に体当たりを繰り返す。

 破られたら今度こそ終わりだ。そう覚悟して、早馬は結界の維持に全力を注ぐ。


「霊力の量が半端じゃない……まともにやっても勝ち目はねえな……」


 早馬は声を震わせる。


 怖くて、悔しくて、弱音が漏れてしまった。それに続くかのように、他の三人が横たわったまま口を開く。


「このままだと、悪霊はどんどん強くなってくよ……」

「僕たちだけじゃ、日の出までもたないよ……」

「わたしたち、五分後には殺されているかもね……」


 聖菜も、良也も、鈴も、悲観的に呟く。


 早馬は後悔した。自分の言葉が、三人の心をくじいてしまった。三人は、敵わない相手だと理解しながらも立ち向かってくれた。そんな仲間に聞こえる声で、勝ち目は無いなどと言ってしまった。


 そんなの、部隊長のすることではない!


 四人のリーダーが誰なのか、明確に決まっているわけではない。だが、戦況を読み、実質的な指揮を執っているのは誰だ。自分だ。この山坂早馬だ。その自分が、将来的に最高ランクの退魔師になる自分が、仲間の心を折ってどうする!


 早馬は自分に喝を入れる。

 そして、この淀んだ空気を一変させるつもりで声を張った。


「だったら! 死ぬ気で浄化するしかねえだろうが!」


 早馬は悪霊に向けて浄化弾を放つ。


 白い光球は豪速で突き進み、結界をすり抜け、標的に命中した。白い光が弾け、破邪の霊力が黒い霊体にまとわりつく。あの世へ送るには明らかに力が足りない。それでも、悪霊は結界内で苦しんでいた。


 その光景と、早馬の一喝で、他の三人は呆気にとられる。

 早馬は静かに、けれども全員の耳に通る声で言う。


「頼みはこの浄化の力だけだ……あいつの体にこの手をねじ込んで、霊力を全部使って、強引に浄化してやる。だから、聖菜、良也、鈴……力を貸してくれ」


 彼はそこで息を大きく吸い込んだ。

 そして、腹の底から声を突き上げる。


「誰も殺させないために!」


 早馬のその声が、聖菜の、良也の、鈴の頭を揺さぶった。


 三人は目が覚めたかのように凛々しい顔になり、体中の痛みを気合で抑えつけながら立ち上がった。


「そんなの、言われるまでもないっての」

「悪霊も、罪は少ないほうがいいよね」

「ほんと、早馬くんってば変にお人好しなんだから」


 三人はいつものように、軽快な声で早馬に言葉を返す。


 自分たちなりの覚悟が決まり、早馬は少しだけ頬を緩める。彼はすぐに表情を引き締め、標的に視線を突き刺した。


「速攻で決める! 一撃にありったけの霊力を込めろ!」


 彼の声が高鳴り、四人全員が構える。


 早馬は霊力すべてを浄化の力に変えていき、聖菜は霊力を突撃用に活性化させて高めていき、良也は手のひらに霊力を極限まで集め、鈴は静かにその時を待つ。


 四人が攻撃態勢に入るのと同時に、悪霊が結界を打ち破って道路に降り立った。


 その直後、鈴が駆け出した。

 悪霊は即座に反応し、向かってくる少女に対して右拳を振り上げた。


 この状況、普通の抜刀斬りであればその直前で突進速度が急落する。そのため、鈴の刃よりも悪霊の拳のほうが確実に速いだろう。


 だから、鈴はそのまま突撃した。


 悪霊の拳が振り下ろされるよりも早く相手の懐に入り込み、彼女は鞘から刀を引き出す。突撃の勢いを乗せ、鈴は柄の先端を相手の胴体に突き入れた。


 不意打ちにも似た鋭い打突に、悪霊が体勢を崩す。

 鈴は相手の前で踏みとどまり、刀を一度完全に納めた。


 そして。


「二段抜刀!」


 鈴はすべての力を込めて鞘から刀を放ち、悪霊の胴を横一文字に斬り裂いた。


 悪霊の胴体に大きな刀傷が刻み込まれ、そこから莫大な量の黒い霧が噴出する。だが、その一方で、刀と鞘は攻撃の反動に耐えられず、赤い光に変化して霧散していった。


 鈴はわずかに残った力を振り絞り、横に跳んだ。

 それが、限界だった。


 彼女はまともに着地できず、地面を転がる。悪霊から数メートル離れることができたが、これ以上は動けない。鈴はそこで気を失ってしまった。


 鈴が倒れてもなお、悪霊は怯み続けている。

 そこに追い打ちをかけるかのように、良也が狙いを定めた。


「くらいやがれー!!」


 良也は投げやりに声を荒げ、両手から巨大な霊力弾を撃ち出す。彼はその反動で後ろに飛ばされ、地面に背中を打ちつける。


 その青い光弾の直径は、彼の身長を遥かに超えていた。二メートル級の霊力砲弾は高速で悪霊に直撃し、破壊的な爆発を起こす。青い光が弾け、衝撃波が周囲のすべてを震わせる。霊力弾の爆発音は普通の人間には聞こえないが、圭市の住民たちに何かしらの揺さぶりをもたらした。


 強大な爆撃により、悪霊は全身から霊力と穢れを大量に漏出させる。

 良也は爆発の激音と衝撃を受けながら、気絶していった。


 鈴と良也の連撃により、悪霊の動きが完全に止まった。そして、この瞬間、聖菜の霊力が最大限に高まった。


 爆発が収まるのと同時に、聖菜が地面を蹴りつける。


「刃蛇深突!」


 彼女は蛇矛を突き出し、全速力で駆け出した。

 聖菜は一瞬で悪霊に肉迫し、相手の胴体に穂先を激突させた。


 突撃の先端が体表で止まる。やはり相手の抵抗は強い。それでも聖菜は全力で突き込む。蛇矛の刃が悪霊の皮膚を突き破る。そこからは早かった。蛇行した刃が悪霊の胴を食い進み、背中から突き抜けた。


 悪霊の胴体を貫いてもなお、聖菜は止まらない。


 彼女は突進の勢いのまま柄を押し込む。ついには柄を握る手が悪霊に触れた。聖菜はそれでも止まらず、悪霊の体を押し出していく。


 ここで、蛇矛が限界を迎えた。


 聖菜の武器は崩壊し、赤い光粒となって消える。彼女の体は支えを失い、突進の余力で前方に放り出される。聖菜は道路を派手に転がり、その途中で意識を手放した。


 悪霊の胴に大穴が空き、腹と背の両方から大量の瘴気が噴き出しては消えていく。


 しかし、その姿は揺らがない。三人が捨て身の攻撃をしても、霊力は削り切れなかった。このままでは、普通の浄化は不可能だ。


 それでも、早馬は駆け出した。

 正面から悪霊に接近。聖菜が空けた穴に、早馬は右手をねじ込んだ。


「これでトドメだああああああああああああ!」


 早馬はその右手から、悪霊の体内に浄化の霊力を直接注ぎ込む。


「浄化! 浄化! 浄化! 浄化あああああああああ!」


 彼は何度も何度も清浄な霊力を撃ち込んでいく。


 浄化弾を撃つたびに、悪霊の内部で白い光が弾ける。早馬の右手を中心に、黒い霊体が徐々に白く染まっていく。だが、これでも完全な浄化には至らない。


 そのうえ、悪霊もされるがままというわけではなかった。


 悪霊は消滅の危機を感じ、必死にもがく。両手で早馬を殴りつけ、引っ掻く。彼の顔や胸の肉を爪でえぐり取り、次々と傷を刻みつけていく。


 痛かった。

 頭が揺れて、目が見えなくなることもあった。


 それでも、早馬は浄化の霊力を撃ち込み続けた。右手で悪霊の体内を掴み、決して離すまいと両足で踏ん張り、「浄化!」と叫び続ける。


 やがて、悪霊の胴体が、両脚が、両腕が、白く染まり切った。残るは頭部だけ。

 早馬は相手の赤い目を睨みつけ、腹の底から声を上げた。


「死してなおこの世をさまよう霊魂よ! 在るべきところに還れ! 浄化!」


 魂の叫びとともに、早馬は最後の浄化弾を撃ち込んだ。


 その直後、悪霊の頭が白く染まった。全身が眩しいほどに白く光り、そして盛大に弾けた。人型だったものが無数の光粒となり、爆散する。


 それと同時に、早馬の耳に男性の優しい声が届いた。


「すまなかったね……」


 初めて聞く声だった。消え入りそうな声だった。

 早馬はすべてを察し、穏やかに微笑む。


「いいんです。あなたは誰も殺さなかった。だから、安心してムコウに行ってください」


 彼はそう言葉をかけた。


 数多の白い光が宙に舞い上がる。悪霊は姿を消し、霊力の残滓が粉雪のように満月の夜空に広がっていく。


 聞こえた声は、悪霊化してしまった老年男性のものだったのか、それとも幻だったのか。それはわからない。


 それでも、確かなことはある。あの孤独に死んでしまった男性の魂と、あの悪霊化してしまった魂が、在るべき場所で救われて欲しい。そんな早馬の願いは、確かにここにあった。


 力を使い果たし、早馬は崩れ落ちるように倒れる。

 彼は仰向けで雪のような霊力を浴びながら、満月を眺める。


「ムーンライトが、眩しいな……」


 早馬は少し格好つけながらそう呟き、まぶたを閉じた。





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