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ムーン・ライト 双浄の退魔師  作者: 武池 柾斗
第4章 日常、そして満月の夜
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4-7 狩場

 聖菜は早馬を両手で支えると、すぐに飛び上がって悪霊の後を追い始めた。


 遠目に見える漆黒の小さな物体が、浄化すべき悪霊だ。それは周囲に黒い瘴気を撒き散らしながら、圭市中心部に向かっていく。


 早馬は白い霊力を放って、悪霊から漏れ出た穢れを次々と消しにかかる。聖菜は飛行に専念し、敵との距離を詰めていく。


「聖菜お前、大丈夫か? 悪霊にぶっ叩かれたんだろ?」


 決死の追跡中にもかかわらず、早馬は聖菜を心配せずにはいられなかった。

 柄にもなく優しい早馬の声に、聖菜は鼻を鳴らす。


「あれくらいどうってことないよ! あたしの体は頑丈だからね! 早馬こそ、そんなに霊力使って大丈夫なの?」


「最低限の霊力だけしか使ってねえから大丈夫だっての。俺は器用なんでね!」


 聖菜と早馬は互いを心配させないように自慢し合う。

 二人は思わず吹き出してしまった。


「緊張感ねえな! 満月の夜に悪霊が出たっていうのに!」

「あたしたち二人には、これくらいの空気がちょうどいいよ!」


 山坂・月宮ペアは高揚した声で笑い合う。


 だが、状況が状況だ。笑ってばかりもいられない。今追っているのは、危険度最高クラスの悪霊。自分たち二人だけでは到底太刀打ちできない相手だ。向こうの動き方しだいでは、すでに殺されていても不思議ではなかった。


 聖菜は前方の悪霊を睨みつけながら、疑問を吐き出す。


「それにしても、なんであたしたちを食べないの? なんでわざわざ移動するわけ?」


「俺たちから逃げてるんじゃなかったのか? あの悪霊なら俺たちを殺せるだろうけど、相手にするのが面倒なんだろ。それか、浄化の力にビビったか。なんにせよ、俺らと戦うよりは、弱い霊とか人間を襲ったほうが楽なんだろうよ」


 早馬は瘴気を打ち消しながら冷静に分析する。

 彼の推測を聞き、聖菜は力強く頷いた。


「だったら、あたしたちがみんなを守らないとね!」

「ああ! 夜明けまで耐えたら俺たちの勝ちだ!」


 早馬は威勢良く宣言し、悪霊に向けて霊力弾を放った。


 青い光球は迷うことなく空中を突き進み、悪霊の背中に激突して爆発を起こす。その衝撃で悪霊の飛行速度が落ちる。しかし、悪霊の進行は止まらない。


「このまま追いつきたいけど、速い!」


 聖菜は歯ぎしりをしてしまう。


 狙撃ができる程度には近づけたが、それだけでは悪霊を止めるまでには至らない。この距離では、悪霊の捕食を邪魔することはできない。犠牲者が出る前に、近接戦闘が可能な範囲に迫る必要がある。


 聖菜は精一杯に飛行速度を上げる。

 増大する空気抵抗に負けず、早馬は霊力弾を放って悪霊の進行を妨害した。


 命中するたびに、悪霊との距離が縮まっていく。彼の攻撃によって敵の体から黒い霧が飛散するが、それはひとりでに消える。その一方で、悪霊が自ら撒いた穢れはそのまま残るため、浄化の霊力で消していかなければならなかった。


 やがて、追跡は大きな転換点を迎える。

 いつの間にか、眼下には圭市の中心部が広がっていた。


 悪霊が進路を急変させる。市街地に降下し、獲物を探しに向かう。聖菜と早馬も、それを阻止するためにオフィス街へと向かっていく。


 悪霊がこの街最大の交差点に降り立った。


 路面電車はすでに今日の運行を終えている。それでも自動車は行き交い、周囲の歩道には酔っ払いや仕事終わりのサラリーマンの姿がある。


 そして、悪霊の目が、ある一人を捉えた。

 道端に座って眠りこけている、スーツ姿の中年男性。


 悪霊は彼に向けて駆け出した。


「させるか!」


 早馬は降下中に右手を突き出し、男性の前に霊力防壁を張った。


 襲いかかろうとした悪霊が、早馬の作り出したバリアに衝突する。悪霊は不意の妨害に対応できず、弾かれて低空に投げ出される。それと同時に、霊壁は衝撃に耐えられずに崩壊してしまった。


 早馬は酔っ払いの中年男性を守るために、結界を張り直そうとする。


 だが、彼の予想に反して、悪霊はその男性を早々に諦めて別の場所へと向かっていった。


「追うよ! 早馬!」

「ああ! 苦しくなっても我慢しろよ!」


 早馬は右手を悪霊に向けたまま、左腕で聖菜にしがみつく。聖菜は肩回りが窮屈になっても顔色一つ変えず、標的の後を追って街中を翔け抜けた。


 悪霊は低空飛行のまま近くを物色した後、アーケード街の入口に差し掛かった。


 そこで、悪霊が一旦動きを止める。


 赤い目が向いているのは、何の変哲もない白い壁。商店街の建物や天井を支える、構造物の一部に過ぎない。


 その一見なにも無い場所に、悪霊が飛び寄った。


 悪霊は壁に手を透過させ、中に腕を潜り込ませる。そして、一気に手を引き出す。その手には少女霊の頭が鷲掴みにされていた。


「痛い! 痛い! 助けて! 誰か!」


 少女の霊は泣き叫ぶ。


 上半身までが壁から引きずり出され、彼女は必死に抵抗する。両手で悪霊の手首を掴み、それを頭から引き剝がそうとする。しかし、力は悪霊の方が圧倒的に強く、少女の小さな霊体はさらにその身を露わにしていく。


 少女霊がどれだけ助けを求めても、通行人は見向きもしない。そもそも、彼女の嘆きは聞こえてすらいない。


 そこに、早馬と聖菜が翔けつけた。


 早馬は射程範囲に入った瞬間に霊力弾を撃ち、悪霊の背中に命中させる。小さな青い爆発が起こり、悪霊にわずかながらも痛手を与えた。


 悪霊は潔く少女の霊を解放し、商店街の奥へと飛んでいく。

 早馬と聖菜は彼女のそばを通り過ぎながら勇ましく声をかける。


「もう大丈夫だ!」

「もっと奥に隠れてて!」


 二人はそう言って、悪霊を追っていく。


 少女霊は壁から上半身を出したまま呆然としていたが、我に返ったかのように二人の背中を一瞥すると、急いで壁の中へと潜り込んでいった。


 少女霊にとっては最大の危機で、それはもう過ぎ去った。しかし、助けた退魔師にとっては、それはありふれた一つの出来事でしかなかった。


 人工灯で明るいアーケード街、その場所で追跡戦は続く。


 悪霊は商店街を低空飛行しながら、次々と人々に襲いかかろうとする。早馬は霊力防壁で悪霊の行動を阻害し、聖菜は飛行に集中して悪霊を追う。


 同じことが何度も繰り返され、早馬は苛立ってしまった。


「諦めのいい悪霊だなほんとに! ってか、テメエらもこんな時間まで飲んでんじゃねえ! とっとと帰って寝ろ!」


「しょうがないよ金曜の夜なんだから!」


 聖菜は早馬をなだめつつ、悪霊の変則的な行動に食らいつく。


 今居るアーケードは圭市最長のものだが、出口が一つというわけではない。横道が多く、そこにも店が連なっている。悪霊は横道に身を乗り出してはメイン通路に戻るということを何度も繰り返していた。


 それでも二人は根を上げることなく、悪霊から人々を守った。


 そうこうしているうちに、アーケード街で最大の出口が見えた。そこから先は夜の闇に満ちていて、まるで別世界のような雰囲気を漂わせている。


 悪霊はまっすぐにその出口へと向かう。


「次はどこに行くつもりだ!」

「どこまでも追いかけてやるんだから!」


 早馬と聖菜は悪霊に怒声を浴びせる。


 悪霊はそれを意に介せず、悠々とアーケード街を抜け出した。それに少し遅れて、二人も大きな出入り口をくぐる。


 人工の明かりが視界から消え、夜の色が二人を包み込む。感覚的な明暗が一気に切り替わる。天高く昇った満月の青い光が、これまでよりも遥かにまぶしく感じられた。


 聖菜は悪霊に向けて速度を上げる。


 その時、敵が急停止した。人型の黒い影は後ろに振り向き、両手を振り上げる。


「っ!? ヤバイ!」


 早馬は反射的に霊力弾を放った。

 悪霊に直撃はした。だが、相手はまったく怯んでいない。


 聖菜はその場に留まろうとして踏ん張る。だが、急には止まれず、彼女の体は悪霊に迫ってしまう。


 このままでは両拳を叩きつけられる。それを受けてしまえば、二人して行動不能に陥るだろう。最悪の場合、即死する可能性もある。


 悪霊の手が振り下ろされるまでの時間が、二人には異様に長く感じられた。





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