表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ムーン・ライト 双浄の退魔師  作者: 武池 柾斗
第4章 日常、そして満月の夜
30/49

4-6 緊急事態

 感知から数分後、聖菜は急ブレーキをかけながら高度を下げ、目標の木造住宅密集地に降り立った。


 早馬は彼女の背中から飛び降り、周囲を見渡す。


 この場所は区画整備があまりされていないようで、住宅が乱立している。古い一軒家がほとんどだが、アパートもある。平屋造りと二階建てが半々の割合で分布している。街灯は少ないが、満月のおかげで視界は良好だ。


「どこだ? どこにいる?」


 早馬は目を閉じ、霊力感知に集中する。

 それから三秒後、彼は後ろに振り向いた。


「こっちだ!」


 早馬は目を開けて走り出す。聖菜も彼の後についていく。


「この中だ!」


 早馬は二階建ての古いアパートを指差し、その敷地に入る。外階段を駆け上り、二階の外廊下を駆ける。


 二階の部屋は全部で五つ。最初の二つは無視し、三つ目の扉の前で一旦立ち止まるも、首を横に振って四つ目の部屋に向かう。


 早馬はその部屋の扉に右手を当てる。

 霊力感知に集中する必要もなかった。


「ここだ!」


 彼はドアノブに手をかける。しかし、鍵がかかっていて回らない。強引にドアノブを回そうとしてみたり、扉を押し引きしたりしてみるが、開く気配はない。


「どいて!」


 後ろから聖菜の声が上がり、早馬は反射的に右に跳んだ。

 聖菜は体に霊力を込め、ドアを蹴りつける。


 けたたましい音とともに扉が開き、早馬が室内に突入した。


 聖菜も彼に続く。二人は電灯をつけずに部屋の中を見る。鼻が歪むほどに臭う、六畳一間の和室。ごみが散乱している。家具は小さなテーブルとテレビだけ。中央には汚れた布団が鎮座している。その膨らみを見るに、誰かが横になっているようだ。


 そして、人型の影が、窓際に佇んでいた。


 その灰色のモノは間違いなく、雑霊だ。こうして見ている間にも、その色が徐々に濃くなっている。


「浄化!」


 早馬は雑霊を見るとすぐに両手を突き出し、白色の光弾を放った。


 浄化の霊力弾は標的に難なく命中する。しかし、雑霊が消えることはなく、その灰色をわずかに薄めるだけに終わった。


(満月の夜だから、雑霊も強くなってるのか!)


 早馬は瞬時に分析する。

 だが、浄化できないのであれば、それが可能になるまで霊力を削ればいい。


「はーッ!」


 聖菜が瞬時に霊力で蛇矛を生成し、ごみの山を跳び越える。そのまま雑霊に接近し、着地と同時に目標の胴体へ刃を突き刺した。


 蛇行した穂先が雑霊に沈み込み、刺し口から灰色の霧が噴き出す。だが、まだ姿は揺らがない。


 聖菜は蛇矛を引き抜き、次の一撃を浴びせようとする。しかし、そこで彼女はバランスを崩してしまった。


 狭い室内で長物を扱うのは難しく、慎重にならざるを得ない。また、ゴミ部屋は物が散乱しているため、足の踏み場に迷いが生じてしまった。


 聖菜に隙が出来る。そこに、雑霊が反撃を仕掛けた。


 体当たりされ、聖菜は入口方面に吹き飛ばされる。早馬は咄嗟に重心を落とし、聖菜の背中を全身で受け止めた。


 退魔師二人の動きが止まる。

 雑霊は深追いせず、ゆっくりとした動きで壁をすり抜け、外へと逃げ出していった。


「あたしが追いかける! 早馬はその人をお願い!」


 聖菜はそう言って早馬の腕から離れ、踵を返す。彼女は玄関を走り抜け、外廊下の柵を跳び越えて空へと飛び上がっていった。


 早馬は布団で寝ている人物のもとに駆け寄る。


「おい! 大丈夫か! 大丈夫ですか! 聞こえますか!」


 彼は掛け布団の上から呼びかける。

 しかし、返事は無い。


 それもそうだ。今の彼は全身に霊力を巡らせていて不可視状態になっているため、一般の人には認識されない。彼の声が届かないのは当然のことだった。それに気づかないほどに、早馬は焦っていた。


 彼は掛け布団をはぎ取り、寝ている人を確認する。


 白髪の痩せこけた高齢者。その短い髪や身長から察するに、男性だろう。青色の寝巻は暗色の染みが至る所にあり、長い間洗濯されていないのがわかる。


 早馬は嫌な予感がして、その男性の脈と呼吸を確認した。

 手首を握り、口鼻に手を当てる。数秒後、早馬は目を見開いた。


「し、死んでる……布団は温かい……さっき死んだのか……あの雑霊に殺され……違う、あの雑霊はこの人の……死んで、すぐに人格を失ったのか……いや、死ぬ前から、魂がほとんど雑霊化してたのか……」


 早馬は動揺を抑えられず、予測を言葉にすることでしか自我を保てなかった。


 しかし、こうしている場合ではない。雑霊はまだ浄化できていない。聖菜が標的を追っているのに、自分だけが狼狽えているわけにはいかないのだ。


 早馬は首を横に振り、表情を引き締める。


「クソ! これだから都会は! 年寄りの世話くらいしろっての!」


 彼は悪態をつきながら遺体に布団をかけ直し、聖菜のもとへと駆け出していった。



 一方の聖菜は、二階の外廊下から飛び出た後、空へと舞い上がっていた。


 この古い住宅地を一望できる高さから周囲を見渡し、標的の雑霊を探す。見つけるべきものはすぐに見つかった。


 自分たちが突入したアパートの上。そのトタン屋根の中心で、あの人型の雑霊が立ち尽くしている。


 雑霊の色は先ほどよりも明らかに濃くなっていた。


「っ! やばい!」


 彼女はすぐに翔け下り、アパートの赤い屋根に降り立つ。

 それと同時に、雑霊が満月を見上げるかのような動きをとった。


 その瞬間、異変が起こった。


 雑霊から灰色の霊力が爆発的に放出されたかと思うと、すぐに吸い込まれるようにして周囲から黒い霧が雑霊へと集まっていく。暴風のような吸引が終わると、雑霊の体から赤い光が発生し、赤い光柱は天まで伸びて消える。


 人型の体は漆黒に染まり、妖しい光を放つ二つの目が開眼した。


「あ、あ、悪霊化、した……っ!」


 聖菜は声を震わせる。


 たった数秒の出来事とはいえ、この変異をただ見ていることしかできなかった。そんな情けなさと、目の前の悪霊が持つ強大すぎる霊力への恐怖が、彼女の体を縛りつける。


 それでも、聖菜は歯を食いしばり、己の体を動かす。


「くっ、はああああああ!」


 聖菜は一気に霊力を高め、蛇矛を構えて突撃した。


 悪霊は動かなかった。聖菜は超速度で相手に迫り、全力で切っ先を突き立てる。刃は悪霊の腹部に激突するものの、霊体に刺さっているのはわずか数ミリ程度だった。


「え、マジ? たったこれだけ!?」


 彼女の動揺が声に出る。


 この突撃には、彼女の必殺技である刃蛇深突ほどの威力は無い。それでも、普通の悪霊ならば穂先が全て埋まるほどの威力はあった。それなのに、目の前の悪霊に対しては、ほぼ弾かれたのと同然の結果だった。


 聖菜は退こうとする。しかし、それよりも速く悪霊が反撃に出た。


 悪霊は彼女に近づき、その左わき腹を右腕で雑に殴りつける。たったそれだけで、聖菜の体は浮き上がり、屋根の上を転がった。


 この重い一撃で、聖菜は一時的に呼吸ができなくなる。


 そこに、早馬が現れた。彼は屋根の縁に霊力の鞭を引っかけて縮ませ、その勢いを利用して飛び上がり、屋根に着地した。


 倒れた聖菜と黒い人型の影を見て、彼は瞬時に状況を把握した。


「悪霊化が早すぎるんだよこの野郎!」


 早馬は両手を突き出し、霊力弾を三発放つ。


 悪霊は避ける動きも受ける体勢も見せず、ただそこに立っていた。早馬の攻撃はすべて標的に命中し、閃光と衝撃波を生み出す。しかし、悪霊に怯んだ様子は無かった。


 まったく効いていない。

 早馬は唖然とした。


 だが、思考が止まったのはその一瞬だけだった。彼は死闘を覚悟し、体内の霊力を最大限に活性化させる。今まで浄化してきたすべての悪霊とは比べ物にならないほど、この悪霊は強い。全力でいかなければ確実に殺される。


 早馬は敵に狙いを定め、出方をうかがう。


 しかし、そんな闘志溢れる退魔師を無視して、悪霊は空高く飛び上がった。その黒い人影はそのまま満月の方向へと飛び去っていく。


 早馬は悪霊に照準を合わせる。だが、標的との距離は開く一方だ。霊力弾を放ったところで当たるはずもない。


 彼は両腕を下ろし、歯噛みした。


「俺たちのことは、眼中にねえのか」

「違う……っ! あたしたちから逃げてるんだ、よ!」


 悔しがる早馬に対し、聖菜が声を絞り出して彼の無力感を塗り消す。


 彼女は蛇矛を支えにしながら立ち上がる。そして武器を霊力の粒子に変えて体内に戻すと、早馬に歩み寄った。


「追うよ、早馬。誰かが殺される前に!」

「そうだな!」


 早馬は考えるよりも先に、聖菜の背中に飛びついた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ