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ムーン・ライト 双浄の退魔師  作者: 武池 柾斗
第4章 日常、そして満月の夜
29/49

4-5 満月の夜

 そしてホームルームが終わり、放課後となった。

 早馬と聖菜はすぐに教室を出た。


 大多数の生徒たちは廊下に並び始める。これから体育館でおこなわれる入部式に向けて、彼ら彼女たちはどこか浮足立った様子だ。


 しかし、退魔師の四人は違った。


 良也と鈴も即座に教室を抜け出してきたようで、四人はほぼ同時に中央階段に到着した。


 合流した四人は無言で階段を下り、校舎を出て、そのまま校門を抜ける。

 校外に出る間際、早馬が口を開く。


「さあ、行こうか」


 彼の声は小さいものだったが、そこには大きな戦意が込められていた。

 聖菜、良也、鈴は返事こそしなかったものの、三人は小さく頷いて表情を引き締める。


 早馬たちとすれ違う人々は、思わず歩みを止めて彼ら彼女らに目を向けてしまう。それほどの殺気を出しながら、退魔師たちは足早に帰り道を歩いていった。


 帰宅後、四人はそれぞれの自室で隊服に着替えて準備を済ませ、日没前から警戒任務を開始した。


 銅鏡川の北側、圭市の心臓部に位置するビル屋上で、早馬と聖菜は夕焼けに染まる街を眺める。


「いつもと変わらねぇな」

「満月の夜なんて、普通の人にはどうでもいいことなんだね」


 碁盤目状の道路を行き交う人々や大通りを走る自動車を見ながら、二人は少しの驚きと寂しさを込めて言う。


 一方の銅鏡川の南側、良也と鈴は夕日の差し込む住宅地を歩いている。


「幽霊たち、今日は全然いないね」

「ちゃんと隠れているみたいね。このまま、今夜は引きこもってくれるといいわね」


 二人は感心したように言い、巡回を続ける。


 クラスメイトたちが正式に部活動を始めている時に、この四人は退魔師としての一大任務にあたっている。だが、不満は一切ない。四人の胸には自らの使命に対する大きな誇りがあった。


 時間は進んでいき、空はしだいに暗くなっていく。


「いよいよだな」

「うん」


 早馬と聖菜は西の空を見つめながら、拳を握り締める。


「もうすぐだね」

「やるしかないのよね」


 良也と鈴は東の空を見上げながら、声を震わせる。



 そして西に太陽が沈み。

 東から満月が姿を現した。



 四人の脈拍が速くなる。自身の霊力がわずかに大きくなるのを感じる。高揚感と恐怖感の混ざり合った感情が、喉の奥から突き上がってくる。


 彼ら彼女らは一斉に東の空に体を向け、妖しく光る黄色い満月を睨みつけた。

 早馬は自らの頭に右手を当て、霊力通信を始める。


「良也! 聞こえるか!」

「そー君! うん、聞こえるよ!」


 彼の声が良也の脳内に響くと、良也もすぐに頭に手を添えて応答した。

 早馬は間髪入れずに次の言葉を送る。


「このまま繋いでおく! 何かあったらすぐお互いに知らせるんだ! 俺は他の地区とも連絡を取り合う!」

「わかった! 僕もできる範囲で隣の地区と連絡してみる!」


「おう! でも無理はすんなよ。何も起きないことを祈るぜ!」

「何事も無く朝を迎えられるといいね。それじゃ!」


 二人は会話を終え、それぞれのパートナーに目を向ける。


「満月の夜のパトロール、行くとするか、聖菜!」

「興奮しすぎて鼻血出さないでよね、早馬!」


 早馬と聖菜は隣り合いながら、互いに拳の側面をぶつけ合った。


「僕たちも頑張ろう、すーちゃん」

「長丁場だけどよろしくね、良也くん」


 良也と鈴は額を合わせながら微笑み合った。


 最後に、早馬が勇ましく宣言する。


「浄化任務レベル5、満月の夜の警戒任務、始まりだ!」



 その後、四人は本格的な警戒をスタートさせた。

 特別な夜とは言っても、やることは普段と変わらない。


 早馬と聖菜はビルの屋上で周囲の霊力感知と目視での確認をした後、次の場所へと移り、高い位置で同じことをする。これを繰り返していく。


 ただ、いつもと違うこともある。早馬は隣接する地区やその隣の地区の派遣退魔師とも積極的に霊力通信で連絡を取り合っていた。


「こちら山坂早馬、月宮聖菜のペア。圭市中央部北区、いまのところ雑霊悪霊ともに気配はありません」


『こちら平月ペア。圭市東部周辺、異常なし。隣接する地区もすべて安全のようだ。引き続き警戒を続けよう』


『こちら堅月、水守ペア。圭市西部周辺、大丈夫そうだよ。隣の地区は全部、悪霊も雑霊も出てないみたいだね』


 といったように、早馬は自らテレパシー能力を使って頻繁にやり取りをしている。


 一方、良也と鈴は担当区域を低空飛行で見回りながら、目視確認を主として雑霊や悪霊を探している。


 良也は早馬と違い、霊力通信は自分からはほとんどおこなわず、送られてきたものに応えることにしていた。


『こちら高槻ペア。圭市南部周辺異常なし。そっちはどうだ?』

「はい、月影良也、皆津木鈴ペア。圭市中央部南区、今は大丈夫です」


 良也は応答を終え、一息つく。


 その時、ノイズ交じりに女の声が頭の中に届いてきた。これまでのものとは違い、良也だけでなく鈴の頭の中にもその声が響く。


『こちら退魔村本部。荒月じゃ。良也、鈴。首尾はどうじゃ?』


 連絡をよこしてきたのは退魔村頭領の荒月茜だった。彼女の声は柔らかなもので、任務にあたる少年少女を気遣う雰囲気があった。


 しかし、予想外の通信に良也は少し戸惑ってしまった。


「え? あ、こちら月影と皆津木、今のところ、悪霊と雑霊の姿は見ないです」


「退魔村からも連絡来るのね、驚いた。茜さん、男のテレパシーが得意な人の力を借りているのかしら」


 鈴は冷静に呟く。

 荒月は良也の報告を聞き、安心したように声を張る。


『そうかそうか。もし浄化対象が現れたなら、早馬、聖菜と力を合わせて事に当たるがよい。必要ならば、村から援軍を送る。早馬と聖菜も聞いておるか?』


 荒月がそう言うと、早馬と聖菜はすぐに反応した。


「こちら退魔村本部、のところから聞いてましたよ頭領! お互い初めての満月警戒ですから、頑張っていきましょうぜ!」


「あたしらなんかに意識向けて大丈夫なんですかー? 今日は日本中に派遣した退魔師とやり取りしなきゃいけないんでしょー?」


 二人はおどけたように言いながら、頭領になりたての荒月を応援する。

 そんな早馬と聖菜に向けて、茜ばあちゃんは鼻を鳴らす。


『ふん、余計なお世話じゃ。今、お前たちの番が回ってきたんじゃ。ったく、その調子だと大丈夫そうじゃの』


 彼女は安堵したように息を吐き、言葉を足す。


『確かに、通常、雑霊警戒は都市部だけじゃが、満月の夜はこうして全国に退魔師を遣わせて都市部以外も警戒させておる。駐在組と派遣組を合わせて三百組以上じゃ。大変と言えば大変じゃ。お前たちも、周りの派遣組と上手くやるんじゃぞ』


 荒月は機嫌良く微笑して、早馬たちとの連絡を切った。

 頭の中が静かになり、鈴は小さく吹き出す。


「まったく、みんな張り切っちゃって。朝と昼は全然元気なかったのに。まるで別人みたいね」


「緊張していたけど、いざ動き始めたら楽しくなってきちゃったんだよ。そー君も、せっちゃんも。あと、僕たちもね」


 良也はそう言って凛々しく口元を上げる。

 そんな彼に向けて、鈴は軽快に頷いた。


「このテンションが朝まで続くと楽ね。頑張りましょ!」


 鈴は飛行速度を上げ、次の巡回場所へと向かっていった。



 そうして時間が過ぎ、満月は天高く昇っていった。当初は黄色く光っていた月だが、今はまばゆいほどの青い光で夜の世界を明るく照らしている。


 夜空に君臨する満月を見上げながら、早馬と聖菜はビルの屋上で大きく息を吐いた。


「悪霊どころか雑霊も出ねえな」


「そういうのが今日出ないようにするために、今まで真面目にパトロールしてきたんじゃない? 出てこないのは、それはそれでつまらないけどさ」


 聖菜はそう言った後、大きく伸びをする。

 そんな彼女の隣で、早馬は視線を下げ、街ビルの針時計を確認した。


 時刻は23時55分。オフィス街の照明はまばらになり、交通量も日没時に比べてかなり減っている。ただ、飲み屋街など、場所によっては人の騒がしさが増しているところもある。


 早馬は街を見下ろしながら呟く。


「日の出まで、あと六時間くらいか……こんな時間でも、働いてる人がいっぱいいるんだな。飲んでる奴もいるけど」


 早馬は微笑ましそうに人々を見て、目を閉じ、表情を緩めた。


 一方の良也と鈴は、飛行しながら街を見回っていた。


 圭市中心部の南は住宅地が多く、オフィス街と違ってすでに明かりはほとんど消えている。歩く人はもちろんのこと、通行する車もあまり見かけない。


「この時間になると、こっちのほうはかなり静かだね」

「そうね。わたしたちも、普段なら寝ている時間だものね」


 二人はやや寂しそうに言う。

 が、すぐに明るい雰囲気へと戻る。


「このまま、満月が沈んでいってくれるといいな」

「戦わずに大金ゲット、ね。いつもサボらずにやっていたご褒美ね」


 良也と鈴は、このようにリラックスした状態で巡回を続けている。


 満月の夜も折り返し地点。圭市中心部の四人だけでなく、退魔師全体の気が緩み始めていた。全国的に見ても、悪霊の出現は無く、雑霊の発見は数回あったもののすぐに浄化して事なきを得ていた。



 そして時刻は24時。

 時計の針が重なるのと同時に、早馬が目を見開いた。


「っ! 雑霊だ!」


 彼は叫びながら北に振り向く。


 その視線の先、オフィス街から外れたその場所は、昔ながらの木造住宅が密集している地域だ。


「早馬! 乗って!」


 聖菜は早馬の声を聞くや否や彼の前に駆け寄り、背中を差し出す。

 その背中に早馬が飛びつき、聖菜は両腕で彼を支えながら北に向かって飛び出した。


 聖菜は初めから最高速で飛行する。


 とてつもない空気抵抗が押し寄せ、夜の冷えた空気が全身を殴り去っていく。それでも聖菜は怯まず前に突き進む。


 早馬は左腕で聖菜にしがみつきながら、右手を自分の頭に当てて声を上げる。


「こちら圭市中央部北区! 山坂早馬! 雑霊一体の気配を感知! 今その場所に向かってる! 良也! 鈴! 二人は俺たちについてきてくれ! 周辺地域の担当者は圭市中央部に警戒範囲を広げてください! 以上!」


 早馬は霊力通信に全力を注ぎ、最大限の範囲に自分の声を届ける。

 彼の発信が終わるのと同時に、聖菜が叫ぶ。


「早馬! あの古い住宅地で合ってる!?」

「そうだ! そのまま突っ込んでくれ!」


 早馬は目標地点を指差し、聖菜は速度を緩めることなくその場所へ向かっていく。



 一方、良也と鈴は早馬からの救援要請を受け、表情を一変させた。二人は険しい顔で、すぐに北区へと飛翔を始める。


「何事も無く……って、そう上手くはいかないか!」

「雑霊のままでいてくれたらいいけど……っ!」


 二人の頬を焦燥の汗が伝う。

 そこに、新たな声が二人の頭に響いてきた。


『こちら荒月! 良也! 鈴! 雑霊の発生を確認した! 早馬の言う通り一体じゃが、油断はするな! お前たちの担当地区は隣接地区の者たちで補う! お前たち四人は雑霊の浄化に集中するのじゃ! 早馬と聖菜にも伝えよ! あのバカが通信を切りおった!』


 荒月は声を張り続ける。


 ノイズが入っていてもわかるほどに、退魔村頭領は切羽詰まっている。雑霊の段階で速やかに浄化できなければ、その後は正真正銘の最高難度の浄化任務と化すからだ。


「わかりました!」

「もしもの時は、遺書の通りにしてください、ね!」


 良也と鈴はそう応え、最高速で援軍に向かった。





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