4-2 パトロール
空が完全に暗くなるのと同時に、四人は雑霊警戒任務を開始した。
早馬と聖菜のペアは銅鏡川の北方面、良也と鈴のペアは川の南方面を担当する。退魔村による区分けでは、圭市中心部北区および南区と呼ばれている範囲だ。
早馬と聖菜は任務開始直後、ビルの屋上に飛び乗った。その場所で早馬が霊力感知に集中して雑霊の有無を探る。同時に、聖菜は目視で周囲を確認する。
浄化対象が見つからなかったため、二人は次の場所へと移動した。聖菜が早馬を背負って飛行し、別のビルの屋上に降り立って感知を始める。それを繰り返す。
駐在組の警戒担当区域は基本的に広く、隅々まで見ていく余裕はない。また、圭市中心部北区はオフィス街であることもあって建築物が多い。そのため、早馬と聖菜の方法がこの区域には適している。
一方、良也と鈴は常に飛び回りながら雑霊を探していた。
鈴が良也を背負って飛び、良也が目視と霊力感知を合わせて雑霊の存在を確かめていく。
こちらの二人が担当する圭市中心部南区は住宅地が多い。二人は低空飛行で建物を見下ろしながら巡回するという方法をとっていた。移動速度は聖菜ほど速くはなく、道路を走る自動車と同程度だ。
任務途中、良也が申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんね、すーちゃん。僕もそー君みたいに遠くの霊力まで感知できたらよかったんだけど」
その言葉に、鈴は首を横に振る。
「いいのよ良也くん。これがわたしたちのやり方なんだから。さ、お仕事続けましょ」
「う、うん!」
良也は声を弾ませ、再び雑霊探しに集中した。
四人はそれぞれの速度と方法で担当区域を回っていく。
その途中、幽霊に声をかけられることもあった。
早馬と聖菜は移動中、向かい側から飛んできた青年男性の霊と出会った。足があるその霊は、風に吹かれるようにゆっくりと宙を移ろいながら、二人に対して朗らかな笑顔を向ける。
「パトロールお疲れ様です!」
なんとも気持ちの良い挨拶だった。
早馬と聖菜も思わず気分が上向く。
「おう! そろそろ満月が近いから気をつけろよ!」
「雑霊を見つけたら知らせてねー!」
二人はすれ違いざまに言葉を返し、そのまま青年霊から離れていった。
他方、良也と鈴は電柱横で佇んでいる少女の霊を見つけた。二人は巡回飛行を中断し、その霊の前に降り立つ。
背格好は十歳前後。服装は白いワンピースで裸足。その少女霊は二人の登場に何の反応も示さず、顔を上に向けたままでいる。
「あの、どうかされました? なにかありましたか?」
良也はしゃがみ、爽やかな微笑みで少女霊に尋ねる。
すると、少女霊はゆっくりとした動作で二人に顔を向けた。
「ううん。月を見てただけ。綺麗だから」
彼女は小さく首を振る。
その答えを聞いて、鈴は頬を緩めた。
「今日はよく晴れているものね。ああ、でも、満月の夜だけは外に出てはダメよ」
「うん、わかってる。満月の時は気分が良くなるけど、とても怖い霊が居たりするから、ずっと隠れてるよ」
少女霊は柔らかな声でそう言って、再び月を見上げた。
良也と鈴は問題が無いものと判断し、頷き合う。
「それじゃあ、僕たちはこれで」
「いい夜を」
二人は少女霊から少し離れて、飛行の準備を始める。
鈴が良也を背負い飛び立とうとする。その時、少女霊が二人に向かって微笑んだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、心配してくれてありがとう」
その言葉に二人は無言で頷き、見回りを再開した。
雑霊警戒を開始してから二時間後。早馬と聖菜は開始地点のビル屋上に降り立った。
早馬は右手を自分の頭に添え、霊力通信をおこなう。
「こちら山坂早馬。良也、俺たちの担当区域に雑霊はいなかったぜ」
彼は実際に口から声を出しながら、その声を霊力に乗せて良也の脳内へと送る。そのまま霊力の繋がりを保ち、反応を待つ。
それから数秒後、良也からの返事が届いた。
『こちら月影良也。僕たちのところも雑霊はまだ見つかっていないよ。あと少し、見回りを続けるね』
「了解。俺たちは先に上がる。最後まで気をつけてな」
『うん、お疲れさま。何かあったら知らせるよ』
早馬と良也はテレパシーを切り、通信を終了させた。
隣の聖菜に顔を向け、早馬は何気ない表情で声をかける。
「じゃ、帰って飯にすっか」
「そーだねー。お腹減ってきたし」
聖菜は気楽に応え、早馬を背負って飛び立った。
ゆったりとした飛行速度でアパートに向かいながら、二人は言葉を交わす。
「ねー、今日は何にする?」
「豚肉買ったし豚汁でいいだろ」
「えー! また汁物ぉ!? うー、決めた! 豚肉の野菜炒めにする!」
「はいはい。じゃ、着替えたらパパッと作るか」
「うん!」
「でも量は少なめな。夕方あれだけ食ったんだから」
「はいはーい」
早馬と聖菜は、いつも通りに軽い調子で会話を続けていった。
一方、良也と鈴は早馬からの連絡があった後、十分ほど経って今日のパトロールを終えた。
二人は巡回時と変わらない速さで飛びながら、自宅へと向かっていく。
「僕たちのところも雑霊は居なかったね」
「ふふ、平和なのはいいことよ」
北区のペアと違って、こっちの二人は穏やかな声でやり取りをしている。
「ご飯どうしよう……商店街でいっぱい食べたけど、やっぱり霊力使うとお腹すくね……すーちゃんは何か食べたいものはある?」
「そうねぇ……あっ! お弁当屋さんの天丼、食べてみたいかも」
「いいね。じゃあ、今晩は出来立ての弁当を買いに行こう」
「はーい。良也くん、今から飛ばすから、しっかり掴まっていてね」
鈴は楽しそうに飛行速度を上げ、自分たちのアパートへと急いでいった。
その後、四人はそれぞれ夜の時間を過ごした。
早馬と聖菜の二人は。早馬の部屋で豚肉野菜炒めを作って食べ、余った分は冷蔵庫に入れて明日の朝食にした。夕食後は二人で片づけをし、聖菜は自分の部屋に帰った。聖菜は学校の課題を終わらせた後に入浴して就寝。早馬は入浴後に課題に取り組み、自主的な予習と復習もしてから眠りについた。
良也と鈴は弁当屋で天丼弁当と親子丼弁当、サラダ、明日の朝食用の食パンを買い、鈴の部屋に帰った。二人で弁当を分け合いながら食べ、夕食後はそのまま鈴の部屋で学校の課題を済ませた。こちらの二人は長い時間を共に過ごし、良也が隣の自室に帰ったのは就寝前のことだった。
それから翌日、その次の日、また次の日、四人は同じような生活を送った。
各ペアで朝食をとり、四人で登校して授業を真面目に受け、昼休みは食堂で大盛り定食を食べ、放課後は街を散策し、日没以降は雑霊警戒任務をこなした。
よく食べ、よく寝て、よく学び、よく遊び、そして退魔師としての使命を果たす。四人は充実した高校生活を送り始めていた。
雑霊警戒では、火曜日に早馬と聖菜の担当区域で一体、水曜日に良也と鈴の担当区域に一体の雑霊が出たが、いずれも発見しだい即浄化した。
木曜日の雑霊警戒は何事もなく終了し、また一日が終わった。
日にちが進むにつれて、空の月はその形を変えていく。
そして、金曜日。
満月の日が訪れた。




