4-1 日々の始まり
退魔村への里帰りを終えてから数時間後。
早馬、聖菜、良也、鈴の四人は無事に圭市へと戻った。
バスに乗り、秘境とも言える山奥の村から一本の道を長々と辿って、山間地域の主要道路に出て、そこから山を下って平野部の圭市へと向かい、終着点の駅前に到着。その後は南へ歩いて銅鏡川に行き、赤い大橋で解散し、各自のアパートへと帰った。
四人が帰宅した時は、ちょうど日没を迎える頃だった。
彼らはそのまま自室で休息をとった。この土日の二日間は、退魔村から臨時の退魔師が圭市に派遣されているため、四人が雑霊警戒をする必要はなかった。
そして翌日の月曜日。
四人はいつも通り、赤い大橋で合流して学校に向かった。
早馬たちは河川横の道路を歩きながら、おしゃべりをする。
「やっぱ都会は人が多いな」
「車とか自転車とか、いっぱい通ってるもんね」
早馬と聖菜はそう言って、前後に目を向ける。
先ほど通り過ぎた赤い大橋にも、前方に見える別の大橋にも、自動車や自転車がせわしなく行き交っている。
良也と鈴は耳に手を当てながら、穏やかに口元を上げる。
「村とは違う騒がしさがあるよね。あっちは生き物で、こっちは機械」
「でも、これも慣れてきたのよね。こっちのほうが暖かいし」
四人はそうやって他愛もない話をしながら朝の道を歩いていく。
道路を曲がって銅鏡川から離れ、路面電車の走る大通りを渡り、開店時間前の店が立ち並ぶアーケード街を抜け、鷹原高校に着く。
四人は土足立ち入りの古い校舎に入り、中央階段から二階に上がる。早馬と聖菜は理系クラスの一年五組に、良也と鈴は文系クラスの一年一組に向かい、高校生としての一日が始まった。
一応、県内公立トップ校であるからか、授業にはわずかながらも緊張感がある。生徒たちは若干の気だるさも感じながら、この時間を過ごしていった。
授業は教師が一方的に進めるだけではない。教師が生徒に問いかけをしたり、生徒に反応を求めたりもする。また、生徒が自発的に質問をすることもある。
そのなかで、どういうわけか、早馬と聖菜だけは、すべての授業で何かしらの質問をされてしまっていた。そのせいで、二人は授業中に気を抜けなくなってしまっていた。
一方、良也と鈴は他の生徒たちと同じように授業を受けることができていた。
休み時間には、退魔師四人は同性のクラスメイトと過ごすことが多くなっていた。
早馬は圭市以外から通学する者たちと意気投合していた。
「山坂、これどういうことかわかる?」
「ああ、だいたいな。ざっくり言うと、単に公式を当てはめるんじゃなくて……」
といったように、早馬は授業や問題集について話すことが多い。
聖菜はというと、
「月宮さんって、陽善村? ってところから来てるんでしょ。名前も知らなかったんだけど、どんなところなの?」
「んー、お米と柑橘を作ってるだけの山奥の村かなぁ。二千人くらい居るけど。あと、妖怪伝説とかオカルトチックなところあるよ」
「えー! なにそれ行ってみたーい!」
このように他愛もない雑談が多い。
場所は変わって文系クラス。良也は、
「月影君は、今週の漫画雑誌、読んだ?」
「うーん、それがまだ読んでいないんだよね。都会は本の入荷が早いなぁ」
「田舎は発売日が遅れるって話、本当だったんだ……あ、今週の読み切り面白かったよ」
と、漫画や映画などの娯楽に関する話をよくしている。
そして鈴は、
「あー、マジ入る学校間違えたわ」
「わかるー。平和すぎて落ち着かねー。皆津木どう思うよ」
「そうねぇ……殴り合いの喧嘩でもしたら即停学だもの。つまらないけど、こういうのも悪くないと思うのよね。もう高校生だから」
と、なにやら若干ガラの悪い女子生徒たちと仲が良いようだ。鈴自身は穏やかに話しているが、話題は少々物騒な事柄が多い。
そうして授業と休憩の時間を交互に繰り返し、昼休みになった。
退魔師四人はいつものように中央階段で合流して、食堂に向かった。
生徒たちで賑わう廊下を抜け、少年少女たちがひしめき合う購買を素通りし、目的地に辿り着く。食堂内も賑やかだが、廊下や購買に比べると落ち着いている。
四人はタイル張りの床を軽快に歩き、注文カウンターの前に立った。
すると、受付で待機していた割烹着姿のおばちゃんが目を輝かせた。
「おー、来たわねぇ、あなたたち! 今日もB定食のご飯大盛りかい?」
「もちろん! ねー!?」
聖菜は元気よく答えながら、他の三人にウインクをする。早馬、良也、鈴はノータイムで頷いた。
それから少し待った後、四人は五百円玉をおばちゃんに差し出してトレーを受け取り、いつもの隅のテーブル席に座った。退魔師ペアで隣になり、同性で向かい合う。
四人はそれぞれに食事開始の挨拶をした後、大盛りの定食にがっつき始めた。
今日のメニューは、アジフライ定食。四人が頼んだB定食は量が多く、アジフライは二つ皿に乗っている。ご飯も山盛りで、ほぼ運動部男子専用の量だ。
半分ほど食べ進んだところで、早馬が仲間たちに声をかけた。
「今日、悪霊の浄化任務は無かったよな?」
「うん。雑霊警戒の見回りはしないとダメだけど」
聖菜が彼の言葉に応え、箸を置く。
他の三人も食べるのを一旦止めて、休息がてらの会話を始めた。
「今週は今のところ、僕たちも任務の予定は無かったよね?」
「そうね。木曜まではゆっくりできるはずよ」
鈴がそう言ったところで、聖菜の頭で何かがひらめいた。
聖菜は目を輝かせながら両手を広げる。
「だったら、今日の放課後は買い物も兼ねて商店街をぶらぶらしようよ! 都会の高校生っぽいことしたい!」
聖菜の蘭々とした声が食堂に響き渡る。
周りの生徒たちの視線が一瞬だけ彼女に集まり、元に戻る。そのタイミングで、早馬、良也、鈴の三人は微笑んだ。
「いいんじゃねぇの?」
「そういえば、商店街をちゃんと見て回ったことなかったね。毎日通っているのに」
「雑霊警戒に備えて食べ歩き、なんていうのも悪くないと思うのよね」
三人の言葉が終わるや否や、聖菜は両手でガッツポーズをとった。
「やった! きーまり!」
彼女は喜びながら箸を取り、勢いよく白米を口にかき込み始めた。
他の三人も食事を再開し、余裕で完食した。
四人は「ごちそうさまー!」と言いながら食器とトレーをカウンターの返却口に置き、それぞれの教室に戻った。
昼休み明けは、少しの眠気に抗いながら午後の授業を三時間分乗り切った。七時間目の授業が終わると、生徒たちは担当場所で十分間の掃除をおこなった。
掃除の後は教室の席に戻り、帰りのホームルームとなった。
早馬たち一年五組では、担任の谷口から手短に連絡事項が伝えられた。言うべきことを言い終わると、谷口は若々しい笑顔をクラス全員に向ける。
「入学から一週間が経ちましたが、高校生活にも少し慣れてきましたか? 今週の金曜日には部活の入部式もあります。部活に入るのか、どの部活にするのか、自分でしっかりと考えて、より良い学校生活を過ごしてもらえたらいいなと思います。それでは、ホームルームを終わります」
谷口の言葉で、学級委員が号令をかける。
クラス全員が起立し、微妙に揃っていない「さようなら」の声が教室に響き、放課後となった。
すぐに帰る生徒もいれば、谷口や副担任に話しかける者、教室に残って喋る者、勉強をしようとする者もいる。
早馬と聖菜はさっさと教室から出ていった。
それと時を同じくして、一年一組の教室から良也と鈴が姿を現す。
四人は中央階段で合流し、どこか浮かれた表情で階段を下りて校舎を出て、校門を抜けて帰路につく。そして、その途中にあるアーケード街の入口で立ち止まった。
聖菜はそこで目を輝かせ、飛び跳ねるように数歩前に出た。
「改めて見ると、お店がいっぱいだー!」
「そりゃ商店街だからな」
テンション最高潮な聖菜に対し、早馬は冷静に指摘する。
聖菜は後ろに振り返り、腰に両手を当てながら頬を膨らませた。
「もー、早馬はつまんないこと言う」
「ははっ、悪かった悪かった。じゃあ、いろいろ見ていこうぜ」
早馬は申し訳なさそうに笑いながらも、右拳を高く挙げてみせる。
それに続くように、聖菜、良也、鈴の三人も手を高く突き上げた。
「「「おー!」」」
そうして、四人は県内最大の商店街に乗り込んでいった。
山奥出身の退魔師たちは、視線を頻繁に動かしながら通りを歩き、気になった店に近寄っていく。
宝石店の前では、聖菜と鈴が店内のショーケースに並べられた装飾品を窓越しに見て、うっとりとした表情を浮かべる。
「うわぁ、きれ~い」
「ほんと、きらきらしているね」
仏具店の前では、早馬と良也が入口の展示品を眺めながら年相応に、はしゃぐ。
「うわっ、こんなでっけぇ仏壇売ってんのかよ! 買う奴いるのか?」
「お寺にありそうなサイズだね」
また、お手頃価格のアクセサリー店では、聖菜と鈴が商品を手に取って互いにかざし合うなどする。
「リン、こういうの似合うんじゃない?」
「どうかな~。あ、これセーナかわいい~」
一方、音楽カセット店に足を踏み入れた早馬と良也は愕然とする。
「こ、これ……曲選び放題じゃねぇか!」
「こんなにあると逆に手が伸びないね」
といったように、四人は物珍しそうにさまざまな店を見て回った。物を購入することは無かったが、店員は少年少女たちの来訪を歓迎した。
他にも、四人は商店街を巡った。
「ゲームセンターは……制服じゃ校則違反か」
「洋服屋さんは……また今度でいいや」
「あ、映画館っ! ……今日はそんな時間無いかな」
「カラオケボックス……そういえば行ったこと無いのよね。今は別にいいけど」
と、興味を示すものの立ち寄らない場所も多かった。
そして、アーケード街を一通り歩き切ったところで、聖菜が数歩前に出た。彼女は素早く振り返り、腰に両手を当てて胸を張る。
「やっぱり! 商店街と言えば! 買い食いでしょ!」
聖菜の張り切った声が通りを貫く。
彼女の視線の先には、菓子店、食堂、喫茶店、ファストフード店に加えて肉屋や魚屋や八百屋などの食材を扱う店があった。
早馬、良也、鈴の三人は聖菜に向けて拍手をする。
「いよっ! 待ってました!」
「ちょうど小腹も空いてきたよね」
「夕食代わりにするのもいいんじゃないかしら」
三人がそう言うと、聖菜は白い歯を見せて笑った。
「ノリがいいねぇキミたち。それじゃさっそく、行こう行こう!」
そうして、聖菜の先導のもと、四人は来た道を引き返しながら目的の店へと向かった。
肉屋で揚げたてのコロッケを食べ、小さな屋台でアイスを買って食べ歩き、喫茶店でカフェオレを飲む。
その後はハンバーガーショップに入り、不慣れな様子でセットメニューを頼み、テーブル席を四人で囲んだ。
「バカみたいに食ってるな、今日の俺たち」
「いや~、都会の高校生って感じ~」
「このチェーン店、県内じゃまだ圭市にしかなかったよね」
「都会の遊びはお金が消えていくのねぇ~」
四人は口々に言いながら、ビッグなハンバーガーとフライドポテトとコーラをせっせと口に運んでいく。
そうやって駄弁っているうちに、トレーの上にあるものは全部食べてしまっていた。
少し休憩をとったところで、早馬は店の外を見る。
人通りが増え、スーツ姿の男性もたくさん通り過ぎていく。
早馬は引き上げ時を察し、背伸びをしながらゆっくりと立つ。
「さてと、八百屋にでも寄ってから帰るか」
「お肉も買うよ!」
聖菜もトレーを持って立ち上がる。
良也と鈴は顔を見合わせて微笑み、早馬と聖菜を追うように席を立った。
その後、四人は必要な買い物を済ませ、アーケード街を抜けた。その頃には日が暮れかけていて、薄暗い東の空には丸みをわずかに帯びた月が昇っていた。
四人はそのまま帰路につき、赤い大橋で別れ、それぞれの部屋に帰った。
そして、各自で準備をし、退魔師用の隊服姿で部屋を出る。
「さてと、浄化任務レベル1、雑霊警戒を始めようぜ」
早馬は独り言のように宣言し、部屋の扉を閉めた。




