2-8 連携
「さあ、第二ラウンドの始まりだ!」
早馬が高揚した声で宣言する。
彼は続けて、三人に指示を出す。
「聖菜! お前は悪霊の注意を引け! 鈴は隙をついて悪霊を攻撃しろ! 良也は遠くから霊力弾をぶちかませ! 俺はお前らの援護をする! やるぞ!」
その言葉の直後、四人は動き出した。
聖菜は前に飛び出し、鈴は森の中へ飛び込み、良也は早馬の斜め後ろに下がって木々の手前で待機し、早馬はその場で両手を前に突き出す。
最前線に出た聖菜が、大悪霊に向けて真正面から突撃した。
この悪霊には、早馬と聖菜の二人だけでは歯が立たなかった。そんな相手であるにもかかわらず、聖菜は臆することなく向かっていく。
大悪霊は当然のごとく反応し、聖菜を迎え撃とうと走り出した。両者の距離は瞬時に縮まり、黒獣霊は聖菜に飛びかかった。
その時、半透明の青い障壁が両者の間に現れた。
大悪霊はそれに頭から衝突し、足を止めてしまう。結界は砕け散ったものの、虎型悪霊の頭が無防備にさらされる。
この好機を逃さず、聖菜は前進して大悪霊の頭に蛇矛を突き刺した。スピードが乗った刺突により、刃の部分がすべて悪霊の中に潜り込んだ。
聖菜はすぐに穂先を引き抜き、後退して距離をとる。
大悪霊の頭から大量の黒い霧が噴出し、消えていく。
蛇矛の刃は波打っているため、突き刺した場合には見た目以上に内部に大きな損傷を与える。それは霊体に対しても同様で、深く刺されば刺さるほど、霊力と穢れをより多く削り取れる。
虎型の悪霊は力を失いながら、その場で悶えた。
だが、霊力の漏出が止まるや否や、猛獣は聖菜に向けて再び突進を始めた。
聖菜は眉一つ動かさず、攻撃前の構えをとる。
彼女は何を考えているのだろうか。大悪霊と正面からぶつかったところで、力負けするのは目に見えている。むしろ攻撃を仕掛けにいった分、激突時の衝撃が強くなるだけだ。ここはおとなしく防御か回避に移るべきだろう。
しかし、今戦っているのは聖菜と早馬の二人だけではない。
ここで、鈴が森の中から飛び出した。
まるで示し合わせたかのようなタイミングだ。聖菜と大悪霊の距離が半分ほど縮まった瞬間、黒獣霊の左側面に鈴が肉迫する。
「はあっ!」
鈴はそこで抜刀し、猛烈な速さで大悪霊の脇腹を横一文字に斬り裂いた。
大悪霊の足が止まり、斬り口から黒い霧が噴き出す。
鈴はすぐさま反転し、逃げるように木々の間へ跳び込んでいった。
その直後、大悪霊の右側面から巨大な霊力弾が飛来し、その胴に直撃する。霊力弾は青い閃光を放ちながら大爆発を起こし、悪霊の体を吹き飛ばした。
良也は木々の前で両手を突き出したまま、大悪霊を注視する。
大悪霊はすぐに立ち上がり、良也に顔を向ける。どうやら、悪霊は最も動きの鈍い彼に狙いを変えたようだ。
そこで、聖菜が跳び上がった。
彼女は空中で蛇矛を華麗に回して穂先を真下に向け、長柄を両手で握り締める。そして、そのまま急降下し、両足で大悪霊の背中を踏みつけるのと同時に、その背に蛇矛を突き落とした。
刃が深く突き刺さり、獣の悪霊は悲鳴にも似た咆哮を上げる。
「お前の獲物は、このあたし、月宮聖菜だよ!」
聖菜は大悪霊に大声を浴びせる。
彼女は霊の背を蹴って跳び、標的の正面に降り立った。
大悪霊の狙いが、良也から聖菜に移り変わる。攻撃力の高いあの二人よりも、積極的に前に出てくるこの小娘を先に倒したほうが良いと判断したのだろう。
虎型悪霊が聖菜に向けて駆け出す。
その瞬間、何かが後ろの右足に巻きついてきた。それに伴って突進の速度が大幅に落ち、大悪霊はバランスを崩して転倒してしまう。
獣霊は後方に目を向ける。
鞭のようなものが青い光を放ちながら、後右足全体に絡みついている。その青光縄は十数メートル先まで伸びていて、その先にはそれを両手で引っ張っている早馬の姿があった。
黒獣は唸った。
攻撃力の高い二人と、恐れ知らずの小娘と、それに加えてこの小僧。一人ひとりの力は弱く、もとの二人だけなら容易に殺せたはずだった。それが四人になった途端に、形勢が逆転してしまった。
大悪霊は苛立った。人格や意識といったものを失っていても、残っている本能が戦況の変化を悟った。
それでも、やることはただ一つ。面倒な奴から順番に食い殺していくだけだ。上質な霊力を持った獲物がナワバリに四匹も入ってきているのだ。この機を逃すわけにはいかない。
森の主は立ち上がり、地面を蹴りつける。
後右足を拘束していた霊力鞭を、大悪霊は急発進の力を使って引きちぎった。悪霊はそのまま聖菜に突撃しようと足を前に出す。
しかし、そこに再び鈴が飛び出してきた。彼女は悪霊の左側面に接近し、両足を踏み締めて抜刀斬撃を繰り出す。
強烈な不意打ちを受け、大悪霊は足を止める。
鈴が森に引き下がり、同時に早馬が叫んだ。
「聖菜! 飛べ!」
彼の声が空間を通り、聖菜の耳にはっきりと届く。
聖菜は反射的に真上に大きく跳んだ。
その直後、聖菜の後方から飛来した巨大な霊力弾が、彼女の足を掠った。良也の放ったその光弾は大悪霊の頭に直撃し、激烈に破砕した。
青い光が爆ぜ、その衝撃で大悪霊は後ろに大きく吹き飛ばされる。悪霊は黒い霧を撒き散らしながら地面を転がり、ついには動かなくなった。
聖菜がもと居た場所に着地する。
四人はその場で大悪霊に目を向けた。
標的は倒れたままだが、その姿は揺らいでいない。霊力と穢れが削り足りないようだ。これではまだ浄化できない。
早馬は右手を自らの頭に当て、四人全員の思考を霊力で繋ぐ。
『みんな、ナイスな連携だ。このまま霊力を削り切るぞ』
『ほんと、ヒヤヒヤする。でも、あたしが悪霊を引きつけるから、みんな安心してよ』
『せっちゃん以外は一撃でも受けたらアウトだろうね……僕は引き続き、遠くから攻撃させてもらうよ……』
『わたしも、ヒットアンドアウェイのままでいくね』
四人は口を動かしながら、霊力通信で作戦を確認する。
その終わりを見計らったかのように、虎型悪霊が起き上がった。全身から穢れを黒い煙のように立ち上らせながら、その貪欲な獣霊は視線を彷徨わせる。
そして、その目は早馬を捉えた。
『やるぞ! このフォーメーションを続行だ!』
早馬の声がこの開けた草地に通り、テレパシーとともに他の三人に届く。
その直後、聖菜が駆け出した。
大悪霊が動き出すよりも先に、彼女は敵の正面に迫り、その頭部を蛇矛で縦に斬りつけた。
傷は浅い。黒い霧がわずかに漏れ出す程度だ。
しかし、作戦的にはそれで十分だった。
聖菜は数歩後退する。それを追うかのように、大悪霊が聖菜に飛びかかった。
そこに、鈴が右側面から突撃してくる。鈴は空中で敵の背に右足を蹴り落とし、その巨体を地面に叩きつける。さらに、彼女は着地するのと同時に居合斬りを繰り出した。
右半身を一文字に斬るが、傷は浅い。
鈴はすぐに後ろへ跳んだ。木々の手前で着地し、彼女はその場で待機する。
大悪霊はすぐに立ち上がった。
男二人が即座に標的の動きを封じにかかる。
大悪霊を挟み込むようにして二方向から霊力弾を放つ。早馬の放ったものは右わき腹に、良也の大弾は左わき腹に直撃して爆ぜた。
衝撃の逃げ道が塞がれ、大悪霊は相当のダメージを受ける。その巨体から大量の黒い霧が放出され、跡形もなく消えていく。
虎型悪霊はその場で怯み、身体を強張らせる。
その隙に、聖菜が前面から蛇矛で縦に斬りつけた。
波打つ刃が顔を深く斬り裂き、穢れと霊力を削り取る。痛手のはずだが、大悪霊は身悶えするどころかまったく反応を示さなかった。
聖菜は眉をひそめつつも、後退して敵から距離をとる。
そこに、大悪霊の後方から鈴が突撃してきた。
これまで通りであれば、猛獣の注意は聖菜に向いているため、鈴の高速抜刀斬りが直撃することだろう。
しかし、鈴が接近したその瞬間、大悪霊は後ろに振り返った。
虎霊はそのまま、突っ込んでくる鈴に向けて右前足を振る。
「えっ!?」
鈴は反射的に抜刀の動作を急停止させた。
しかし、突撃の勢いは止められない。刀を鞘から抜くことは止められても、標的に接近することは止められない。いや、足を止めたところで、彼女は大悪霊の攻撃範囲にすでに入ってしまっている。
鈴は咄嗟に刀を鞘ごと前に出した。
大悪霊の右前足が鞘に激突する。
甲高い金属音とともに、とてつもない衝撃が鈴に襲いかかる。体への直接的な攻撃は防げたものの、彼女は鞘ごと払い飛ばされてしまった。
鈴は宙に投げ出され、地面を転がる。すぐに跳ね起きて両足を地面につけたものの、攻撃の機会を見つけられず、その場で佇んでしまう。
大悪霊からの、予想外の反撃だった。
しかし、攻撃直後の相手には隙ができていた。
そこに良也が霊力弾を撃ち込んだ。
砲撃は命中し、爆発を起こす。だが、大悪霊がわずかに怯んだだけに終わった。これまでの良也の攻撃とは明らかに威力が弱まっていた。
「はぁ、はぁ……霊力が、減って……」
良也は両手を前に伸ばしたまま、肩で息をする。
彼の言う通り、使える霊力があまり残っていないのだろう。それだけではなく、最高の狙撃位置を求めて走り回っているため、体力の消耗も激しい。それを証明するかのように、彼の顔には大粒の汗が流れている。
だからといって、ここで戦闘をやめることはできない。
聖菜は戦況の変化に動じることなく、標的に後方から斬りかかった。
臀部を斬られた大悪霊は、すぐさま体を反転させて聖菜に飛びかかる。
そこから、聖菜と大悪霊の接近戦が始まった。
虎型悪霊が前足で殴りかかり、それを聖菜が蛇矛で受け流す。そうするなかで生まれたわずかな隙を突き、聖菜が相手の体表を斬った。聖菜の攻撃で悪霊の動きが鈍ったが、獣霊はすぐに攻撃を始めた。
聖菜と大悪霊の戦いは互角に見える。だが、聖菜のほうは一撃でも受けてしまえば、戦況は不利になる。一方で、耐久力の高い大悪霊には圧倒的な余裕があった。
早馬は危機を察する。
それでも彼は冷静だった。
「相手の動きが変わりやがった。こっちの霊力も減ってる。だが、それは向こうも同じだ。このまま霊力を削っていけば、浄化はでき……っ!?」
早馬は突然の悪寒を感じ、後方を見上げる。
夜空に浮かぶ楕円形の月。その遥か下に、球形の雑霊が一体、こちらに向かってゆらゆらと飛んできているのが見えた。
それは単なる灰色の霊体で、大した力は持っていない。だが、その雑霊の周囲に黒いモヤが集まってきている。
「くそっ!」
早馬は素早く右手を雑霊に向け、霊力弾を発射した。
標的の動きは遅く、体も大きいため、容易に当てることができた。青い光が弾け、雑霊の姿が揺らぐ。
「浄化!」
早馬は続けて白い霊力弾を放ち、雑霊に命中させた。
灰色の霊体は白い光に包まれ、弾けて消えた。それに伴って、周囲に集まっていた穢れも消え失せる。
早馬は慌てて他の三人にテレパシーを送った。
『作戦変更だ! 一気に片をつけるぞ! 俺たちと大悪霊の霊力にあてられて雑霊が寄ってきやがった。また別の雑霊が来るかもしれねぇ! 雑霊が悪霊化したら俺たちが危ない!』
早馬は声を荒げる。
そんな彼とは対照的に、聖菜は落ち着いていた。大悪霊と一進一退の接近戦を繰り広げながらも、彼女は得意げに口元を上げる。
『あたしの出番だね!』
『っ! 聖菜、理解が早くて助かるぜ! 良也! 鈴! 今から二人で三十秒耐えてくれ!』
早馬は澄んだ声で指示を飛ばす。
すぐに彼の頭の中に返事が響いてきた。
『怖いけど、頑張ってみるよ!』
『しくじったら承知しないからね!』
良也と鈴は動き出し、大悪霊に近づいていく。良也は半分ほど距離を詰め、鈴は聖菜のもとまで駆けつけた。
この二人と入れ替わるように、早馬と聖菜は大きく後退する。
早馬は両手を目の横に添え、大悪霊を凝視した。
「見せてもらうぜ、テメェの霊力の核を」
彼は自らの視覚に霊力を注ぎ込み、虎型悪霊の黒い体内を透視しようとする。相手の霊力量が格段に多いせいか、体内の様子がなかなか見えてこない。それでも彼は目を向け続けた。
聖菜は早馬の横で蛇矛を構え、体勢を低く保つ。
「霊力、集中!」
彼女は両手で長い柄を握り締めながら、体内の霊力を限界まで活性化させていく。まだ使われていない霊力を呼び起こし、決定的な一撃のために力を高め続ける。




