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2-6 良也と鈴

 早馬と聖菜が悪霊と交戦し始めた頃、良也と鈴も目標に近づいていた。


「すーちゃん、あれって」


「ええ。わたしたち担当の悪霊ね」


 二人は走りながら、遠くに見える標的を注視した。


 直径一メートルほどの黒い球体が、地上一メートルの高さで木々の間を縫うように漂っている。球体には二つの赤い目があり、それらは禍々しい光を放っている。悪霊の輪郭はぼやけていて、周囲には黒い霞のようなものがかかっている。


 良也と鈴は途中で足を止め、悪霊と数十メートルの距離をとった。


 そして、戦闘態勢に入る。


 良也は肩幅ほどに両足を広げ、両手を悪霊に向ける。


 鈴は腰の左側に両手を添え、そこから赤い光を伸ばす。その光は刀のような形になり、弾けた。そこから現れたのは、鞘に納められた日本刀だった。刀の柄は一般的なものより二倍の長さがある。鈴は腰の位置を落とし、抜刀直前の構えをとった。


 悪霊が退魔師の存在に気付き、その二人に目を向ける。


 そこから間髪入れずに、悪霊は球状の体から十数本の触手を生やし、二人に向けて突き出した。


 細く黒いモノが、群れとなって襲いかかってくる。


 だが、鈴は臆せず駆け出した。


 彼女は聖菜の全力突撃を超える速さで走り、向かいくる触手を次々と回避しながら悪霊に近づいていく。


 彼女は最後の触手を躱し、悪霊に接近する。そこから速度を大幅に落とし、敵に肉迫した。


「せいっ!」


 鈴は鞘から刀を抜く。抜刀の勢いを乗せ、球状悪霊を横一文字に斬り裂いた。


 その斬撃は深いところまで達し、悪霊からは大量の黒い霧が噴き出す。黒い霧は噴出時の勢いを失くしたあたりで、空中に溶けるようにして消えていく。


 鈴は刀を抜いたまま、前へ駆け出した。


 悪霊の横を過ぎ去り、標的から十分に離れたところで彼女は後ろに振り向く。


 その時、悪霊が再び多数の触手を繰り出した。


「っ! 回復が早い!」


 鈴は右手で刀を振り、最初の数本を斬る。


 触手は斬り離した部分が崩れるようにして消え、残った部分は勢いを失って悪霊の体内に戻っていく。


 彼女は続けて二本の触手を斬った。


 しかし、刀を振り切った直後、次の触手が豪速で彼女の胴体に向けて突き進んできた。このままでは防ぎ切れない。


 その瞬間、悪霊の背後に向けて青い霊力弾が放たれた。


 バレーボール大の光球は悪霊に直撃し、大きな爆発を起こした。その威力は早馬のものより遥かに強力だ。


 強い爆風と衝撃を受け、悪霊は上方へと吹き飛ばされる。繰り出していた触手もすべて霧散し、鈴に触れることはなかった。


 良也が両手を前に突き出したまま、微笑する。


「危なかったね、すーちゃん」


「ありがとう、良也くん。あなたの霊力弾、やっぱり強いね」


 離れた位置から、鈴も微笑み返す。


 しかし、二人は油断したわけではない。すぐに視線を悪霊に向け、その動きに意識を注ぐ。


 球形の悪霊は体の自由を取り戻し、赤い目を二人に向ける。そして急降下して元の位置に戻るや否や、全方位に無数の触手を突き出した。


 逃げる場所など無い。

 良也と鈴はその場で防御態勢に移った。


 触手が襲いかかるなか、良也は自身の周囲に球状の青白い霊力防壁を張り、鈴は右手の刀と左手の鞘で迎え撃つ。


 触手が結界に次々と激突し、弾かれては消えていく。一本一本の威力は先ほどより小さいものの、結界へのダメージを着実に与え続けていた。


 鈴は的確な判断を絶え間なくおこない、向かい来る触手を刀で斬り、鞘で払いのけていく。しかし、たった二本の腕で対処するには、あまりにも数が多すぎた。


 ついに良也の結界が崩壊する。


 それと同時に、鈴の腹部に一本の触手が直撃した。


「うぐっ!」


 鈴は苦しげな声を漏らし、後ろに飛ばされる。


 それでも彼女は体の制御を強引に取り戻し、空中で後方に一回転。両足で着地すると同時に体勢を整え、すぐに納刀して次に備えた。


 良也は結界を張り直さず、霊力弾で爆風を起こし触手の動きを止めた。


 悪霊はここで一度、触手を自らの体内に戻す。


 良也と鈴は悪霊を見ながら苦笑いを浮かべた。


「やっぱり僕、そー君みたいに結界はうまく張れないや」


「わたしも、セーナみたいにタフじゃないなぁ」


 二人は悔しそうに言葉を漏らす。


 だが、息を吐いて即座に気持ちを切り替えた。


「「でも、攻撃力は自分たちのほうが強い!」」


 二人は誇らしげに声を出し、反撃に移った。


 鈴は地面を蹴り、突撃する。猛烈な速さで悪霊に接近し、攻撃の間合いに入ったところで足を土に押し付けて急停止。刀を引き抜き、悪霊を横一文字に斬り裂いた。


 鈴は横に跳んで悪霊から離れる。


 その直後、良也が霊力弾を悪霊に撃ち込んだ。


 青い光が大爆発を起こす。斬撃と砲撃によって大打撃を受け、悪霊の体中から黒い霧が噴出しては消えていく。


 しかし、その姿は揺らがない。霊力と穢れはまだ残っているようだ。


 鈴は再び納刀し、悪霊に向けて駆ける。


 この強烈な抜刀斬りをもう一度浴びせれば、悪霊は浄化可能な状態にまで弱まるだろう。鈴はそう確信していた


 だが、それは悪霊自身もわかっていた。彼女の一撃を受けてはいけない、と。また、その一撃を防ぐことができる、とも。狙うタイミングは、鈴の抜刀直前、急停止する瞬間、そこに大きな隙がある。


 悪霊は力を集中させ、たった一本の触手を伸ばした。


 鈴が刀を抜き始めるのと同時に、悪霊の突きが彼女の胸に襲いかかる。


「っ!?」


 狙い澄まされたその攻撃を、鈴は即座に見極めた。刀が半分抜けた状態で、左手の鞘を胸の前まで持ち上げて刀身を仕舞い込む。


 納刀時の金属音が甲高く鳴り響き、鞘と触手が激突した。


 直撃は防げた。しかし、衝撃を受け流すことはできず、鈴は後ろに大きく吹き飛ばされてしまった。彼女は地面に墜落し、無様に転がった。


 土に打ち付けられた痛みで体が軋んだ。


 それでも彼女はすぐに跳ね起き、左脇に武器を構える。


「すーちゃん!」


 良也が悪霊に向けて両手を突き出す。


 それを、鈴が右手で制した。


 彼女は静かに息を吐き、悪霊を見据えながら右手で刀の柄を握る。


「二回も見せたら、さすがに反応してくるのね……」


 鈴はそう呟くと、一転して獰猛な笑みを浮かべた。


「だったら……これで決める!」


 自信を露わにし、鈴が最高速で突撃する。


 もう通用しないとわかっているのに、攻撃直前の急停止時を狙われるということがわかっているのに、彼女はまた突進からの抜刀斬りをしようとしているのだろうか。


 いや、違う。


 彼女は一瞬にして悪霊に迫ったが、抜刀するべきタイミングにもかかわらず速度も落とさず刀も抜かなかった。そのまま直進し、敵が触手を出すよりも早く相手の懐に入る。


 そこでようやく、鈴が右手を動かした。


 そして、刀を抜きながら、柄の先端を悪霊の中心部に突き立てた。


 突撃の速度と抜刀時の速度が合わさり、その柄突には強大な威力が乗る。鈍器による強烈な突きを受け、悪霊は後ろに吹き飛んだ。


 鈴の攻撃はここで終わらない。


 半分ほど露わになっていた刀身を納めながら、鈴は怯んだ悪霊に向けて突撃。標的の直前で足を踏みしめ、最高の間合いで刃を繰り出した。


「二段抜刀!」


 鈴は球状の悪霊を真っ二つに斬り裂く。


 その斬り口から莫大な量の黒い霧が噴き出し、ついに悪霊の姿が揺らいだ。


「良也くん!」


 鈴は後ろに向けて声を張り、上に高く飛ぶ。


 その場に待機していた良也が、両手で悪霊に狙いを定める。


「死してなおこの世をさまよう霊魂よ、あるべきところに還れ……浄化!」


 良也は霊力を変換し、両手から白い光弾を放った。


 その浄化の霊力は悪霊に命中し、清らかな光で悪霊を包み込んでいく。その体すべてが白に染まった直後、光が盛大に弾けた。


 悪霊の姿はもうそこにはない。白い光の粒が粉雪のように舞い落ちているだけだった。


 鈴が降り立ち、刀と鞘を赤い霊力に戻して体内に吸収する。


 そんな彼女のもとに良也が駆け寄った。


 二人は出会い頭に右手を叩き合う。


「浄化完了! ……したけど、ちょっと手間取っちゃったね」


「それだけ面倒な相手だったってことよ、さ、セーナたちと早く合流しましょ」


 二人は穏やかに声を掛け合い、森の奥へと走っていった。





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