せつな再び
夏の日差しもなりを潜めた秋真っ盛りの清々しい朝。朝食に用意したトーストに蜂蜜を全体的に垂らすと、じんわりと蜂蜜を吸い込み、香ばしくも甘い香りを漂わせた。
電気ケトルで沸かしたお湯をカップに注ぎ入れて紅茶のティパックでちまちまと煮だしていると、制服姿の後輩が現れた。どうやら身支度が完了したようだ。
長い美しい黒髪に突き上がった胸部、スカートからはすらりと長い脚が覗いている。制服のポテンシャルを余すことなく、いや、むしろ120%開放してるのはひとつ下の後輩。
おそらく全ての人類が認めるであろう、美少女の中の美少女。カーストの頂点に居る存在。かつ男子が1000人在学する高校で唯一の女生徒であり、男子校の姫、開闢の始神などの異名をも持っている。
名前は安藤みゆ。そんな子が何をどう間違ったのか、夏の終わりに俺の彼女になってしまった。
幸せと不幸は平等理論から察すると、今回の件で全ての幸せを使ってしまった感すらある。今が絶頂であり、後は落ちるのみなのかも知れない。
「どうしました? 随分と難しい顔されていますが」
俺の用意した朝食をテーブルまで運び終え、怪訝な表情を浮かべるみゆちゃんはすでに自分が飲む紅茶にスティックシュガーを三本程放り込んでいた。
しかしそのティーカップにスティックシュガー三本はやはりちょっとやり過ぎな気がします。飽和状態でもう砂糖が溶けないのでは?
「あ、いや。ほら、みゆちゃんが彼女になったじゃないですか? こんな幸せな状態がいつまで続くのかなぁ~って」
みゆちゃんは小さなため息を落とし、甘ったるい紅茶を一口喉に流し込んだ。めちゃ甘そう……。
「この状態のどこが幸せなのですか。確かに付き合えた事は大きな前進ですが、相変わらず新しい住居は決まりませんし、付き合ってしばらく経つというのにまだ何のイベントも発生しておりません。私はこの由々しき事態を危惧しているぐらいです」
住居の選定はみゆちゃんのさじ加減次第だと思う飲んだけども。そもそも、未成年の女の子が他所の男の家に入り浸ってるなんて普通は事案だからね?
正直、出るとこ出られたら完敗ですからね? 出ないでね?
「はは、そ、そうですね。それでは早く新しい住居を探さないといけませんね」
「はい? どうしてそうなるのですか? そこはついでに言っただけで別に着手しなくてよくありませんか? 今、真に考えるべくはイベントの方ではありませんか? そもそも折角お付き合いして一緒に暮らしてるのですよ? どうしてわざわざ仲を引き裂く方向に持って行こうとするのですか?」
目を細めて鬼のように疑問符を投げつけられた……。さっき自分で住居が決まらないのも由々しき事態のひとつって言ってたじゃないですかぁ……。
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学校に到着するや、教室までの道中、ところかしこから羨む声と苦悶の声が混ざり合う混沌な廊下を抜け、教室に辿り着いた。
それにしても今日は格別に胃が痛い……。毎度俺を凝視してくる皆さんなのだが、まさに目は口程に物を言うを実践してくれている。明らかに妬みと恨みが今までとは桁違いだ。
とは言っても威嚇はそこ止まりなので人体に直接的な被害は無い。メンタルはブレイクしちゃいそうだけど。
「お、開闢の始神を我が物にした太陽君じゃないか」
「達也ぁ……茶化すんじゃないって言ってんだろ! それになんだよ、その言い回しは!?」
「ああ、なんか裏ではそんな感じでみゆの事が呼ばれてるらしいぞ? 随分と大層な話だけどな。まさかの神様扱いとかwww」
草生やすな。それに開闢の始神のくだりは前から知ってるよ。何と言っても芸能界でもそうはいない珠玉の存在だぞ?
「とりあえず俺達の事は置いといてだな……達也って彼女いないよな?」
「なんだ、やぶからぼうに。まあいねえけどな。俺はどうも女ってのが苦手でな。みゆは例外として、こうなんか守ってやらないといけない。ってのがどうも肌に合わねえんだよ」
う~ん。そんなものなのだろうか。俺は守ってあげたい派だけどな。てかみゆちゃん結構強いと思うんですけど。
「で? どうした? 彼女が出来た太陽君は今度は俺に彼女でも紹介してくれるのか?」
完全に面白半分でからかっている達也に、周りのクラスメイトも俺達の会話が耳に入ったのか、聞き耳を立てているのが伺える。
男子校において女性との出会いは砂漠の旅でオアシスを発見するのと同義だもんな。事あれば名乗り出て女性とお近づきになりたいのだろう。
そう、急に達也にこんな話をもちかけた原因……実は昨日、幼馴染のせつなから連絡があったからなのだ。
みゆちゃんはせつなからの電話に受け答えしている俺に対し『付き合ったばかりでもう浮気ですか!?』と随分ご立腹だったが。
尚、俺は改めてみゆちゃんには、幼少期に雨上がりの空にかかる虹よりも綺麗に振られている旨と、少し恥ずかしいがみゆちゃんが居るからそんなこと絶対にしないとお伝えした。
すぐさま顔を真っ赤にして俯いて動かなくなった。非常に初心である。俺も人の事を言えたものじゃないが。
少し話が脱線してしまったが、せつなからの連絡の本筋は、みゆちゃんとくっつけてやったんだからこっちにも良い男を紹介しろとの話だった。
ただ、せつなが提示してきた条件が非常に厳しく、1000人の男子高生が在学するウチの学校ですら、するするとふるいから落ちて行った。
ただ一人を除いて。
「なあ、達也。ちょっと先の話になるが今度の冬休みにさ、俺の実家に来ねえか? ちょいと紹介したい奴がいてさ」
正直、あの野生児の狂気に満ちた身体能力と、竹を割ったようなさばさばした性格をまともに相手に出来るのは他をおいて達也しかいないと思っていたのだ。
一応、せつなは何の予備知識無しで見れば普通に可愛い。見た目だけでいえばみゆちゃんとベクトルは違えどかなりの物だと思う。
「あ~、太陽の実家に寄らせてもらうのは嬉しいが、女の子の紹介は要らないぞ?」
どうやら察したようだ。だが、せつなは普通の女の子とは訳が違う。女でもないが男でもない、第三の存在だと思う。
「ま、あそう言わずに一度会ってみてくれないか? 見た目は普通に可愛いからさ。見た目は」
「ん~、でもなぁ……俺は可愛さとかはあまり興味ねえんだよな……」
かなり気乗りしなさそうである。半面、周囲のクラスメイト達がアップを始め出した。今にも俺に声をかけてきそうだ。
「まあそう言うなよ。俺の性格もそいつに影響されて構築された過去もあるんだ。それに体力面もそいつと遊んでいたからついたようなもんだし。この前会ったんだが、更にパワーアップしててな。はっきりいって俺より体力はあるぞ?」
「何者だよ、そいつ。アスリートかなにかか?」
ちょっとはなびいてきた感じはあるが、今度はクラスメイトが少し引いたような気がする。水泳の授業で俺と達也の体を見てドン引きしてたもんな。
「一応は一般人だな。アスリートにはいつでもなれるとは思し、世界を狙える逸材だと確信はしてる。可愛いのは間違いなく可愛いんだが、霊長類最強女子なのは間違いないかな。だからといって筋肉ムキムキって訳じゃなく、実戦で鍛えられてる本物って感じかな。それに性格は天真爛漫、全人類と友達になれる超陽キャラだ」
「ちょ、どんなやつだよww。そんなぶっとんだ奴が本当にいんのかよ? 分かった、分かった太陽の実家も気になるし、面白そうだから行ってやるよ」
せつなの情報を伝えると達也が興味を持ってくれた。尚、クラスメイトはそそくさと興味を無くして落ち着きを取り戻した。
どうやら格闘系女子を想像してしまったらしい。まあ、当たらずとも遠からずってところだが、意外にマッチョ感は無いんだよなぁ。どうしてあんな華奢な体であの無尽蔵なパワーが出るんだか。
しかしせつなも無茶を言ってくる……。そういえば、あいつも元気にしてるだろうか。実家に帰ったら久しぶりに顔を出すとするかな。




