みゆの思い出話 其の五
みゆの思い出話 其の五
情熱の夏も終わりに近づき、歌に聞くような燃え上がる恋も得られぬままに夏休みも終わりに近づいている今日この頃、違った意味で私を燃え上がらせてくるとんでもない方が現れました。
「きゃははっ! 太陽ってば、相変わらずどんくさいよね! 体もなまってるんじゃない!?」
「はぁはぁ……こんの品の無い野生児め……。現役高校生がなまるかっ!」
息を荒く吐いて屈みこむ太陽先輩の肩に手を回し、顔を近づけて煽っている方が居ます。太陽先輩の幼馴染のせつなさんです。にしても近いです。なんならいろいろ当たってませんか?
過度なスキンシップに同い年とはいえ横柄な態度。どうやら彼女は私の天敵である事は間違いないようです。
今日は食事に買い物にと、半日あちらこちらをノンストップで歩き回ったあげく、今は『ちょっと運動していこう!』という事でバッティングセンターに来ています。何気に私は初めて来ました。
尚、私的には歩き回ってもうクタクタなのですが、せつなさんは一切疲れていなさそうです。確実に一万歩以上は歩いているかと思うのですが、徒歩は運動に入っていない模様です。
この状態で更に運動しようと言うのですから本当にふざけた体力の持ち主です。それに付き合える太陽先輩も驚きですが。
二人の距離が近くて非常に腹立たしいところですが、いかんせん私はもう足が棒のようです。ちょっと今は無理です。少し休憩させて下さい。
疲れが少しでも取れるようにとベンチに深く座り込みました。そのまま太陽先輩と入れ替わってバッターボックスに立つせつなさんを見ると、その引き締まった体躯からしなやかに振り出されたバットスイングが白球の芯を見事に捉え、快音を響かせていました。
かなりの球速であるにも関わらず、全ての球を見事に打ち返していました。大きな口を叩くだけの身体能力を保持している事が伺えます。
尚、太陽先輩はいいところ打率一割程度でした。正直まぐれ当たりの領域を出ていません。ですが決してこの数字が悪い訳ではありません。せつなさんの能力が化物染みているのです。だって……。
「おま……150キロの球をどうしてそんなに簡単に打てんだよ!? ちくしょう! このままじゃ俺のプライドが許さねえ! もう一回チャレンジだ! 交代だ交代!」
「おうおう、まあせいぜい頑張りたまえ? 太陽君♪」
彼女は一体何者なのでしょうか……。あまり野球に詳しい訳ではありませんが、150キロの球速なんてものは素人が打てるものではなと思うのですが?
下手したらプロの世界でもやっていけるレベルの身体能力を感じます。そういえば身体能力と言えば昔、こんな事がありましたね……。
≪≪≪≪≪
秋の気配を漂わせる初秋の頃、学生は体育祭などの開催がピークを迎えていました。私の中学でも先週実施されました。
ちなみに私は運動は少し苦手です。理由は言わずもがな……邪魔なのです、胸が。
今日は達兄ぃの高校でも体育祭が開催されていたと聞き及んでいます。なので今日は達兄ぃの家にお邪魔するとしましょう。
きっといつものように和宮先輩も一緒に居る事でしょうが……。まあ、あの騒々しさにも随分と慣れてきましたから、今更居ようが居まいが構いません。
達兄ぃのご両親は相変わらず多忙を極めているようで不在であり、いつものように執事さんに挨拶し、中庭のテラスへと足を運びました。しばらくすると暖かい飲み物を持ってきてくれました。
なんて気の利くお方なのでしょうか。執事さんには頭が上がりません。私が身内以外で心の底から笑顔を作れる数少ない人の一人です。
……少し盛ってしまいました。他人では唯一の方です。
そんな中、ジョンとマイケルも寄ってきてひと心地ついていると、賑やかな声が聞こえてきました。
既にジョンとマイケルは獲物を狩るような目で臨戦態勢に入っていました。二匹にこの挙動をさせる人物はただ一人。
しかしなぜでしょうか……。その光景を見て少し心が浮かれてしまっている自分がいるのです。
達兄ぃの家に来る目的が少し変わってきたような気がします。まるで和宮先輩に会いたくて足を運んでいるような……。
いえ、これは一種の気の迷いです。あの賑やかな人は私にとって天敵とも言える存在です。好意を持つなど甚だ考えられません。
「しっかしめちゃめちゃ足速えな、太陽は。俺もそれなりに自信あったんだが、まさか普通に負けるとは……」
「みんなの応援が俺に力をくれたのさ……なんてな? まあ、普通に田舎育ちだからな。周りに娯楽なんてほぼ無かったし、小さい頃から走り回ってたから勝手に鍛えられていただけさ」
なんと……あの達兄ぃに勝ったのですか? 初めて聞きましたよ、達兄ぃが運動で負けるなんて。
「それに太陽って意外に細マッチョだしな。腹筋とかやべえぐらい浮き上がってんもんな」
「それを言い出したら達也だってそうだろ? 俺よりバッキバキじゃねえか」
……和宮先輩は細マッチョなのですか。そうなのですか。た、確かに好みの体型ではありますね。
おほん……それがなんだと言うのでしょうか。私には関係の無い話です。ふぅ……紅茶を飲んで落ち着きましょう。それに聞き耳を立てるなんてはしたない行為はやめるとしま——
「いやいや、良く言うぜ。この腹筋は俺よりやばいって!」
「ちょっ! 服をめくるな!」
賑やかにテラスに向かってきた二人。達兄ぃがふざけて和宮先輩の服をまくり上げてたおかげで綺麗で逞しいお腹が目に焼き付いてしまいました。
見てしまいました、見てしまいました、見てしまいました……だ、だ、男性のお腹を!? 引き締まった腹筋に綺麗なおへそ……なんて美しい体……はっ!? わ、私は何を!?
「お、みゆ。居たのか」
「うぇ!? おま!? やめろよ!? 変な関係と勘違いされるだろう!? 安藤さん!? あのね違うんですよ!? これは馬鹿達也がふざけてですね!?」
「は、早くお腹、しまって下さい……」
顔を熱くしながら訴えました。その後、和宮先輩は本気で達兄ぃにくってかかっていました。
おかしです。なんなのですか、この胸の高鳴りは。夏場のプールの授業では男子生徒の水着姿を見てもなんともなかったのに、何故和宮先輩の時だけ……。
今度、改めて達兄ぃに相談してみたいと思います……。
≪≪≪≪≪
「くっそぉぉ!! 全然打てねえ!! てか場末のバッティングセンターでなんで150キロ出るのピッチングマシーン置いてんだよ!!」
太陽先輩の絶叫で我に返りました。気づけば衣服が乱れ、先程よりも激しく肩で息をされています。相当消耗してしまった様子です。
「やっぱぬるい都会暮らしで体がなまっちゃったんじゃないの? ほれほれ、ちょっと自慢のお腹見せてみ?」
なんとあの女、こともあろうに太陽先輩の服を捲し上げるや、逞しい腹筋をバシバシと叩きだしたではありませんか。
その腹筋は神、いわば御神体なのですよ? 誰の許可を得て触ってるのですか?
「ちょ、おま!! やめろって!! あのなぁ、少しは女の子らしくしろよ! 普通、男の服をめくって腹叩く奴がいるか!?」
「なあに、言ってんのさ今更。一緒にお風呂も入っていた仲じゃないの。これぐらいのことでピーピーとまあ」
「それ、子供の時の話な!?」
……ちょっともう、我慢の限界です。いくら疲れ果ててるとはいえ、ここまででしゃばられて黙っている訳にはいきません。ここは分からせてやるとしましょう。
拳を握りしめ、ベンチから立ち上がり、せつなさんの前に出て大きく息を吸い込みました。
「言っておきますが、私も一緒にお風呂に入りましたから! しかもつい最近です! せつなさんと違って子供時代ではなく、十分に成長したこの体同士で!」
「安藤さん!? 何暴露しちゃってるの!? 事案になっちゃうからやめてもらえます!? あと、ちゃんと水着は着ていたと公言してもらえますかね!?」
「私の名前はみゆです! いい加減名前で呼んで下さいっ!」
太陽先輩からバットを取り上げ、投球開始ボタンを押し、全てのイライラを込めてフルスイングでバットを振りました。
奇跡的にジャストミートしてホームランが打てました。




