28VS青
♪前回までのあらすじ♪
赤属性のアイゼン、青属性のムイン。
心菜をかけた戦いの火蓋が切って落とされた。
心菜を奪うために、ムインはアイゼンに魔法戦をしかけた。
ムインの水や氷といった青属性魔法がアイゼンに容赦なく襲い掛かる。
最初の青属性上級魔法を不意打ちで喰らってから、アイゼンは体の不調を感じていた。指先と足先の感覚がなくなりそうになっても、意地だけで立っていた。
「アイスニードル」
「ファイアボール!」
白いつららを火の球で溶かせば、
「フロッターホイール」
「ファイアボールッ」
渦巻く水を蒸発させる。
魔法の技術は言うまでもなくムインに軍配が上がった。ファイアボールという赤属性初級魔法しか操れないアイゼンにとって、水と氷を織り交ぜて戦うムインは相性が悪く、防戦一方になってしまった。近距離戦闘を持ち込もうとしても足が動かずにいる。直線上に倒木があるのも邪魔だ。
『相手の得意分野で戦っちゃだめだよ。自身のスタイルを貫いて』
アイゼンの思考が止まりそうになるたびに、すかさず心菜の助言が入った。
距離を考慮して、心菜は剣からボウガンに姿を変えていた。ムインの魔法発動の間を狙って、魔法の矢を打ち込んでいく。その矢でさえも彼の障壁に阻まれてしまうが、ムインは攻撃と防御を同時にできないらしく、矢を避けらなかったときには必ず防御を優先させていた。
『大丈夫。時間は稼げてるよ』
「うん……まだ平気」
氷の吐息は二人の周囲だけでなく、建物や自然まで及んでいた。炎に包まれた街で、不自然にも凍っている空間。その歪つさに気付いてくれる人物が必ずいると信じて待つ。そうして招かれた客がどちらの味方につくかはわからない。それでも今の関係を崩すにはアイゼン一人の力では足りなかった。
「この程度ですか。この程度で心菜の所有者になろうとは、聞いて呆れますね」
『ばーかばーかばーか。キミがアイゼンの何を知ってるんだ!』
ムインが前髪を振り払いながらため息をつくと、心菜が勢いよく噛みついた。
武器になっている心菜の声はアイゼンにしか聞こえない。それでも心菜の批判が小気味良く、アイゼンはムインに反論しなかった。
ムインから見れば、怒りも慌てもしないアイゼンが気味悪く見えるだろう。返答しないのも、言葉を飲み込んでいるのか、たんに何も考えていないのか、判断できるほど一緒の時間を過ごしてはいない。
「黙るぐらいならば口を動かしなさい。貴方も僕と同じく、言霊を操れるのでしょう? そうでなければ生け贄を拒めたはずがありません」
「資料室のこと、やっぱりムインさんだったんだ」
「えぇ、そうです。お互いに思うところがあったようですね」
「オーロラさんに嘘ついて、家に帰れなかったのもあのときの反動?」
「……己の半分も生きていない子供に指摘されるとは、惨めなものですね。彼女に僕の所業を話しましたか?」
「言ってない。言うなら自分で言って」
資料室から始まった夢の件。アイゼンに生け贄になれと命じた男は、直接居合わせたムインにしか知り得ない情報を握っていた。フードの人物と目が合ったときも、この紺色をどこかで見たような気がすると見つめすぎたのがいけなかった。
「考えておきましょう――」
ムインが小さな声で呟けば、剣を模した水がアイゼンの胸を貫かんと迫る。
「――心菜!」
『あいあいさー』
簡単な合図で心菜がボウガンから剣へ姿を変えた。その剣を握り、アイゼンはアクアソードを叩き切った。
剣とはいえ水で構成されているので、一度衝撃を加えればつながりがとけて液体に戻る。地面にこぼれた水は一気に蒸発して見えなくなった。
そのまま次の一手のために心菜を弓に変えて、魔法の矢を射出した。
弾かれるのは理解した上で、弓を射ながら退路を作る。見渡せば火と水の攻防で地面は凍ったりぬかるんだりしていてまともに歩ける状態ではない。
「しぶといですねぇ!」
『そっちこそ! その魔法で街の火を消せたくせにっ!』
「…………我が理想は人智を超え」
深呼吸をしてからムインが唐突に語り出した。
「霧がかる尊き日々よ。永遠に手に入らぬならば、せめて離れてしまわぬように。捧げましょう、己が時間を。捧げましょう、己が人生を――恩恵の呪文」
アイゼンの矢を受けながら、ムインは詠唱を終えた。
恩恵の呪文として世界に捧げられた思いは、思いの重さに応じた現象を発生させる。
ムインの願いは氷の檻となり、アイゼンの周りを囲んで閉じ込めようと地面から生えてきた。
閉じ込められた後、出られるかどうかの保障はない。無論、呼吸を止められたら死んでしまう。助かる見込みがあるとすれば、囲まれる前に脱出するぐらいであろうか。
四方八方を囲まれて、アイゼンは空を見上げる。
「信じてる」
屈伸して、勢いよく跳び上がった。
かすかな望みだというに、絶対大丈夫と信じて行動を起こせば、手を差し伸べてくれる人がいる。
腰のあたりを後ろから抱きしめられて、アイゼンの足は氷の像よりも少し上でぶらぶら揺れていた。
背中から感じる柔らかい感触と温かさ。風に煽られた黒髪でアイゼンをくすぐっている人物を、この街に来てから一人しか知らない。
「来てくれるって信じてた。シアさん、ありがとう」
「とんでもございません。信じてくださる限り、いつでもどこでも馳せ参じましょう」
空に飛びあがったアイゼンを引っ張り上げたのはシアであった。
彼女は空中に透明な黒いプレートを出現させ、それを足場にして立っていた。空を飛ぶのではなく、抜群なバランス感覚でプレートの上に立ち止まっている。
切り札となるはずの魔法が失敗に終わり、ムインは失意のあまりその場に崩れ落ちた。
術者が戦意喪失したため、氷の檻も消滅した。周囲からも青属性魔法が波のように引いていく。ムインの魔法により消火された部分には、燃え跡とぬかるんだ地面が残った。
戦闘続行の意志を持つ者はおらず、シアはプレートを階段のようにして降りていき、地面にアイゼンを下ろした。
「恩恵の呪文が失敗する理由は主に二つです。人の身にあまる願いを抱いてしまったか、さらに強い願いが衝突して上塗りされてしまったか。あなたはおわかりでしょう」
「……ああ、ああ……。僕の研究が、信念が、敗れるなんてありえない……。恩恵の呪文よりも勝るものなど、真名ぐらいしか……」
シアの言葉はムインの耳に届いていなかった。
己の世界に引きこもってしまったムインを残して、アイゼンとシアは街の人々が避難している場所へ向かった。
炎は街の外壁から漏れる様子はなく、避難してきた人々も固唾をのんで見守っている。
流星は街から離れた位置に降り注いでいる。あの地点に何があるのか気になって、追い求めていたものがこの先にある気がして、アイゼンは強烈に引きつかれた。
人を襲わず、街を取り囲むような火に既視感があったのだ。そして木々を燃やした火とはまた別の火であるとも察していた。
恋焦がれたように熱い視線を送っていたせいか、ついてきていたシアに声をかけられる。
「アイゼンさん。どうしましたか?」
「同じ台詞、シアさんにも返す」
「ここでまたわたくしが同じ質問を投げかけたら、堂々巡りになってしまいますね。遠ざけようとしても近寄ってしまうなんて、何かに憑かれているのかもしれません」
「褒め言葉?」
「褒め言葉と信じてくだされば褒め言葉です。ついでにわたくしのことを信じてくださらなければ、落としてしまうかもしれません」
アイゼンは抵抗する時間も与えてくれないほど素早くシアに横抱きにされてしまった。
落とされるぐらいならば、ここで自ら落ちてしまおうともがくアイゼンに、シアは「冗談です」と笑顔のまま伝えた。
いつでも笑顔をたやさないシアは、笑顔というお面を四六時中被っているように見えた。笑顔が常になりすぎていて、喜怒哀楽も読み取りづらい。
「わたくしの顔に何か書いてありますか?」
「書いてはないけど……むしろ何も書いてないのも変だなって」
「つまり、わたくしの意図を探ろうとしたんですね。残念ですが、見つめても何も出ません。わたくしは従者ですから。主の命を全うするのみ」
「トールさんが主?」
「いいえ。今現在、わたくしに主はいません」
「それなら、あの光が落ちるところに連れてってくれる?」
アイゼンの提案に、シアは大きな動揺を見せた。癖なのか口元で手を隠そうとして、両手でアイゼンを支えていることに気付き、もう一度目を丸くした。
「従者でなくとも、あなたがわたくしを信じてくださる限り、戦いましょう」
「わかった、信じる。だからあの光のもとに連れてって」
「かしこまりました。つかまってください」
シアは軽く会釈をして、アイゼンがちゃんとつかまっていることを確認してから、猛スピードで駆けだした。
アイゼンの全力疾走なんて目でない速度に、横抱きで運ばれている方が目を回しそうになってしまった。離れないようにシアにしがみつくと、シアも落とさないよう慎重にアイゼンを包み込んだ。
お読みくださり、ありがとうございます。
ようやく次話からバトルロワイアル開始になります。ここまで長かったなあ。
氷の檻
ムインの恩恵の呪文 青属性 攻撃対象;敵単体 追加効果:行動不能




